同居人(人格?)
倒木のゴキちゃん達と新居前の蜘蛛を頂いた途端眠りについた俺は、繭の中で前と同じ深い眠りから段々と目覚めていた。今回は糸に覆われているだけだったので自分の身体を少しながら視界に納めることが出来ていた。
(これってゴキちゃんの脚の棘だよな、触角も丸まってるけどなんか長くなってるし、妙に艶やかになってる、…喰った奴の特徴が反映されてる?)
俺が軽くはない空腹感に襲われながらも繭から出ずに確認と推測を続けていた時繭を通して新居の出入り口に張っていた網が破かれるのを感じた。
(!侵入されてる?でも蜘蛛の巣ってのは大抵の虫は破けないんじゃねーのか?)
10数秒後中に入った侵入者(?)がどんどん近づき更には俺の入っている繭を触角や前脚でカサカサと探っているのが手に取るように判った。相手の動作は振動から手に取るように判るのだが繭の中に居るために外の視覚情報が全くない状況で、相手が何を為そうとしているのかが判らないし検討もつかない全くのお手上げ状態だ。
(お?ガリガリ引っ掻いて削ってるな、時々羽音も聞こえるから翅が有る奴だ。?なんか嫌な心当たりがあるような…)
繭を引っ掻き薄くなった部分は丁度脚を畳んでいて空いた空間なので有る程度の隙間はあることと、甲虫の様な見た目となった脚なら大抵の事なら傷すらつかないだろうと安心しながら事の成り行きを只眺め(?)ていた。まあ、飯を探さずに済むから楽だな~と。
ガリガリと削る作業を終えて繭に出来た小さくない裂け目に何者かの(もちろん虫の)尻が押し当てられ、その先端から細い針が飛び出して俺を刺そうとして来た。
(やっぱりなっと!よっしゃあ俺をどうにかしようとしたなら、俺に何をされても文句は言えないよな、お前は今から俺の朝飯だ!)
俺は差し込まれた針を脚二本を使い根元からへし折り、残りの脚で繭を無理矢理裂け目から押し開くように引き裂き目の前の腹に食らいついた。カリカリの薄い外殻を眠りから覚めて一層強力になった顎で噛み砕き、内臓を吸い出し始めると他の虫と同じように暴れ出すが繭に引っ掻き傷を少し付けるだけで俺まで届いていない。腹が減っていた俺は数秒で中身を吸い尽くした、既に動かなくなっているコイツの全体を見るために頭だけ出していた繭から抜け出し狭く感じる空間で脚を出来るだけ伸ばし一息ついた。
(コイツ、俺に卵産みつけようとしたんだな、吸い出してるときに粒々したモンも一緒に吸ったし。そういやあの蜘蛛の時も粒々したモン有ったな…ま、関係ないか所詮この世は弱肉強食。弱けりゃ喰われるだけだ。……やっぱ前より頭がすっきりするしいろんな事思い出したってよりか、理解できるようになったのか?…考えるのは後にしてコイツを喰っちまうかまだまだ腹減ってるし)
ごちゃごちゃ考えるのを放棄して、ひとまず目の前のご馳走を頂くことにした。
しばらくして雌蜂を繭の中に残した針まで食い尽くして、前よりも狭く感じるがひとまずおいといて身体の確認を再開した。
(………変わってんのは脚に棘が生えたのと翅が茶色く大きくなったのと触角が節くれ立ったのからゴキちゃんの細い針みたいなのに変わっただけか。こんだけでかけりゃ飛べるかな?…ヨシ!また周りの探索兼食糧調達の為にも行くしかないな)
俺はまだまだ満足していない腹のためにやはり前よりも狭く感じる通路を何とかくぐりながら出入り口に出た。久し振りの開放感を感じながら背中の甲殻を開き大きくなった翅を慎重に広げ数回はばたいて出入り口から飛び出そうとした。
(よっしゃ!行けそうだ!『マテ』ってうぉっ!?何々つーか誰!?つーか何処!?)
俺はキョロキョロと周りを警戒しながら通路に引っ込む。今の聞き慣れない声の耳によく馴染んでいる言葉、確かに言葉だった、だが周りには人間は居ない、ならば誰が喋っているのか?片言だったが俺の行動を見ていたかのように飛び出そうとしたのを止められた。近くに居るはずなのに姿は見えなかった。
(まさか幽霊のたぐい?)
『ユウレイデハナイオマエガイウトコロノホンノウクンダ』
(何で喋れるんだよ!つーか片言で一息に喋るの聞き取りづらいから辞めてくれよ!)
内心ビクビクしながら本能君にお願いをする、言葉が長いと意味が頭に浮かばないし何より二重人格って幼少期のトラウマが原因とかって何かで見たことが有った気がする。
『オマエガ、ホショクシタ、タマシイガ、タマリ、ユウゴウシ、オレヲ、ケイセイシタ。カタコトナノハ、タマシイガ、マダマダ、タラナイカラナ、カリノ、ツナガリヲ、オマエト、ツナゲル、コトシカ、デキナカッタ。…コトバニ、クギリヲ、イレタ、コレデ、ナントカ、リカイシテクレ』
(虫が集まった割には頭いいな区切りが有るだけで全然違う、ありがとな…えーと、俺が補職じゃなく捕食か……俺が喰った魂が一つになって本能君が創られたってことか?で、魂が未だ足りないから片言だと。あってる?)
『オオムネ、セイカイダ。チシキヤ、チノウニツイテハ、オマエカラ、オボエタ』
(スゲーな。で、俺が捕食したってどういう意味?俺が喰ったのってゴキちゃん達と蜘蛛だけだよ?後蜂みたいなのも居たか、でも魂なんて見たこと無いモン喰った覚えはないんだけど)
『オマエハ、イキタママ、アイテヲ、クラッタノダロウ?オマエハ、ホショクタイショウヲ、イキタママ、クラウコトデ、アイテノ、タマシイヲ、トリコムコトガ、デキルノダ』
(…でも、ゴキちゃん達と蜘蛛と蜂の魂なんて微々たるモンじゃないの?)
俺は自分が喰らった生き物たちを思い浮かべながら本能君に問い掛けた。
『…クモト、ハチノ、タイナイノ、タマゴニモ、タマシイノ、ホウガガ、フクマレテイル。ソレダケデハナイ、オマエニハ、キオクガ、ナイガ、オヨソ、センホドノ、ドクムシノ、タマシイガ、トリコマレテイル』
ん?何か聞き捨てなら無いフレーズが含まれていたような…しかも何だよ!千て俺の喰らった生き物たちとは比べられないくらい多いし!
(毒虫ってどうゆうこと!?しかも千って何!そんな強いなら飢え死にしそうになって腐った木なんか食うわけ無いだろ!馬鹿なこと言うんじゃねー!!)
『オマエニ、ワカリヤスク、イウト…サラトイウ、カンジノウエニ、ムシトイウ、カンジヲ、ミッツノセテ、コ。ソレノアトニ、ドク、トイウ、カンジヲ、ツナゲテ、コドク、ト、ヨム。ソノ、ジュジュツデ、オマエノ、ウツワタル、コノカラダガ、デキテイル。ソシテ、オマエハ、ソノ、コドクデ、ツクラレタ、ムシノ、ギセイシャダ、ドウユウ、リユウカハ、フメイダカ、オマエノ、イノチト、トモニ、タマシイマデ、クラッテシマッタ、ラシイ。オマエガ、コノカラダデ、ウエテイタノハ、ムシトシテノ、ホンノウデハナク、ヒトトシテノ、ホンノウデ、ウゴイテイタカラダ』
(長いから…えーと皿の上に虫が三匹で蠱で、後ろに毒で蠱毒ね。確か蠱毒って壺だか瓶だかの中に色んな毒を持った生き物を入れて放置して、殺し合わせて最後に生き残った一匹を呪術に使う、だったっけ?でもあれって食らい合いはしても虫が合体するなんて書いてなかったけどな…しかも魂を捕食する虫なんて聞いたこともないな)
『スガタニ、ツイテハ、タダノ、キケイノ、ムシトイウダケダ。ダガ、ソノムシガ、ホカノ、ドクムシヲ、クライツクシ、オヨソ、センホドノ、タマシイヲ、トリコミ、イキノコリ、ジュジュツノ、カナメトシテ、ノニ、ハナタレ、ジュサツタイショウ、デハナイ、オマエヲ、オソイ、オマエノ、タマシイヲ、トリコミ、イマガアル』
(うーん…………流れ弾?とばっちり?まあ何でもいいけど俺は呪い殺される筈ではなかったけど、事故で殺されたと。でもって不幸にも俺を殺した虫が魂を捕食する力が有ったせいで俺は取り込まれて虫になってしまったと、こーゆー事か?)
『ソノトオリダ。ソノウエ、ジュサツタイショウガ、シンデ、イナイノデ、コノ、タマシイヲ、クラウト、ナゼカ、スガタガ、カワル、ノウリョクモ、キエナイ』
(そういや何で魂を取り込むと、形が変わるんだ?その生き残った一匹の虫って倒木の中で起きたときの、あの形だろ?蠱毒の入れ物の中で喰らった生き物たちの形が出てきてないんだろ?)
『カセツデ、イイナラ、コノ、チカラノ、ゲンインハ、オマエヲ、トリコンダ、セイダト、オモウ』
(…えーと。…何で俺なの?)
『コノカラダノ、サイショノ、モチヌシダッタ、ムシハ、タマシイヲ、クラウ、チカラ。ソシテ、オマエニハ、クラッタ、タマシイノ、スガタニ、ミズカラノ、カラダヲ、チカヅケル、チカラガ、アッタノダト、カンガエラレル。オマエニハ、タマシイヲ、トリコム、チカラガ、ナカッタタメニ、ニンゲンノママ、ダッタノダト、オモワレル』
(俺を取り込んだんなら人間の形に近づいても良いんじゃないの?何でモロに虫なのよ)
『オマエノ、タマシイノ、スガタガ、アメーバヤ、スライムノ、イワバ、フテイケイノ、スガタヲ、シテイタノダロウ。ダカラ、オマエハ、コノ、ムシニ、トリコマレテカラ、クラッタ、イキモノノ、スガタヲ、スコシズツ、ジブンノ、カラダヘト、ハンエイ、サセテイル、ミタイダナ』
(つまりは、あれだ。俺が人間に近づくには、人間を喰らうしかないと?)
『ダロウナ、シカモ、ジョウケンハ、イキタママトイウコトダ』
(…ゴキちゃんみたく何人も殺さなきゃ、人間の形にはならないって事か?)
『ソンナコトハ、ナイダロウナ。アレハ、ゴキブリノ、タマシイノ、リョウガ、オマエガ、スガタヲ、カエルノニ、イッピキデハ、トテモ、タラナカッタタメニ、カズガヒツヨウニ、ナッタダケダ。ニンゲンナラバ、ヨホドノコトガ、ナイカギリ、ヒトリデ、コトタリルダロウ。』
俺は本能君のその言葉を聞いて安心しないまでも、落ち着くことが出来た。今後、どうしても人間の姿に戻りたくなったときは、自殺志願者や瀕死の重傷者に同意を取り喰らうか、凶悪な犯罪者を襲って喰らう事にしよう。