現状確認
脱皮を終えて暫くじっと動かず込んでいたが、俺はまたも空腹感に覚え覚悟を決めて倒木から這い出すことにした。また前回のように腐った木を食べるのが嫌になった、ということも頭にある。
(ソレニシテモ、前ヨリ頭ガスッキリシテイルヨウナ気ガスル。周囲ノ知覚ノ感ジモ前ヨリハッキリトシテイル)
樹皮の下から外に慎重に周りの気配を探ってから数ヶ月ぶりかは判らないが日の光の元へと出る。
蛹の中や倒木の中では伸ばしきる事の出来なかった新しい身体の隅々まで確認の意味も含めて広げることにした。
(…前ノ身体ノ時ハ気ニシナカッタガ、俺ノ記憶ニアル虫トハ大分違ウナ。脚ガ四対八本、触角ガ二対四本、翅ガ二対四枚、目ガ複眼二対四ヶ所、単眼ハ一ツカ、コレハ…触肢ダッタカ、一対二本、鋏角一対二本、身体ハ頭部、胸部、腹部ニ別レテイル。蜘蛛ト何カノ昆虫ガ混ザッタヨウナ虫カ…トイウコトハ…)
俺は自分の考えが正しいのか知りたくなり、腹部に意識を集中した。すると腹部の端、ようするに尻の部分に半透明の雫がにじみ出ているのを感じることが出来た。俺はその雫に右の後ろ脚の爪先を触れさせてから未だに乗っていた樹皮の端に伸ばした。
(ヤッパリ糸モ出ルノカ見タコトモ聞イタコトモ読ンダコトモナイナコンナ虫…ン?読ム?読ムッテ本ヤ文字ダヨナ、ナンデ虫ノ俺ガソンナモン知ッテンダ?…ダメダ腹ガヘッテコレ以上考エラレン)
空腹感が限界を超え、段々と周りの感覚が霞んできた俺は思考を一旦放棄して食えそうなモノを捜すことにした。
暫く倒木の周りを落ち葉をめくったり前脚で浅く土を掘り返したりしたが何も無い。仕方なく冬眠?前は食えたのだから倒木は食えるんだろうと諦めて倒木に張り付き樹皮をガリガリと削っていく。
(ン?…何カ…居ル?)
削っていた樹皮の下に何かが居るようで薄くなった樹皮がもぞもぞと動いている。
脚から伝わるその感触に薄皮を破くのを躊躇っていたら、俺の身体は俺の意志を無視し鋏角を何かが居るであろう其処へと突き刺して、あろうことかそのまま何かを引きずり出してしまった。俺の視界はその何かの艶々とした茶色く薄い翅で埋められてしまう。俺の身体は俺の意志を無視したままソレの体表を喰い千切り中身である体液を吸い出し嚥下し始めた。
(マテマテマテ!コノ艶トイイコノ翅トイイコイツッテ…マサカ…)
俺の身体はソイツのドロッとした体液を吸い尽くすと満足したのか俺に身体の支配権を返した。
俺は少しだが腹が満たされた感覚と、コイツの正体を確認したくない嫌悪感との間で吸われていた間はピクピクと痙攣していたコイツの身体を放せずにいた。
俺の身体、仮に本能君としておこう、本能君は俺の躊躇いを無視してコイツの身体から鋏角を抜き死骸を目の前に落とした。
(ヤッパリ、コイツッテ…ナンデコンナ場所に居ルンダヨ。ゴキチャン)
そう、見間違えようもなくコイツはカサカサと家屋の中を駆け回り、時には飛び回る、人が嫌悪する、一部には愛好家が居るであろう害虫の代表格のゴキ○リだった。
(隙間ニマダ居ルナ…腹括ルシカネーカ、マタ本能君ニ支配権取ラレタクネーシ)
俺は覚悟を決めて樹皮の隙間に脚を突っ込み、残りのゴ○ブリちゃん達を美味しく頂いた。