事の始まり
俺はいつからからはっきりとは憶えていないが虫として日々を過ごしていた。
ある日は花に取り付き蜜をなんとか吸い出して渇きを癒やし。
また別の日は大きな木の樹液を他の奴等と奪い合い敗北し。
雑草に飛び乗り慣れない顎を動かして葉を無理矢理食べた。
飛び飛びの記憶を、腐った倒木の樹皮の隙間で思い出していた。
(ヒモジイ…ナニカクワナケレバコノママデハナニカニクワレルマエニシヌ)
俺はここ最近殆ど物を口にしていなかった、気温が下がり身体を満足に動かせなくなってきたので、鳥や肉食昆虫等から逃げ切ることが出来ないと考えて食事の為に動き回らずに運良く見つけた、他の奴等が居ない此処で飢餓感と闘いながらじっと動かずにいた。
(ダメダ、モウナンデモイイカラ…ハライッパイクイタイ!)
数日後とうとう飢餓感に負けた俺は、腐り分解が進んだ木をかじり、喰い千切り腹に納め始めた。貪り付き自分の体積程のスペースが出来た途端に抗えない程の眠気と、全身を強いむず痒さに襲われ出来たばかりのスペースに転がるように落ちた。
(ナ、ンダ…コレハ!?)
全身を襲う痒みは次第に強くなり徐々に痒みから痛みへと変化していった。
(ガ、ガガ…ガ…ガ…ガ……ガァ!!)
痛みが激痛へ変化しても尚襲う眠気との挟撃により気が狂いそうになり、死を望み始めて暫く経った時、ピタリと激痛が収まり、眠気も微睡む位にまで落ち着いた。
(ナニガ…?カラダガサケテイルノカ!?)
どうやら俺は脱皮し蛹に成っている様子だった。完全に脱皮が終わると収まっていた眠気が一瞬で全身を包み込み深い、まるで泥のような眠りに沈み込んだ。
数週間なのか数ヶ月なのかは判らないが急激に意識が深い闇から浮上した。そして、以前は感知出来なかった自分の周囲の情報が何故だか手に取るように感じ取ることが出来た。
(確カ蛹二成ッテ眠ルトイウカ冬眠シテイタヨウナ)
ピキピキと関節を動かし、蛹の中で窮屈ながらもごそごそと蠢く。
(オ?蛹ガ破ケテキタミタイダナ。早ク外ニ出テミタイ)
脚を広げたり蛹の中を引っ掻いているうちに頭が少し蛹の外側に押し出されて、周りを感じる事が出来た。眠りに落ちる前に作り出したスペースの隅にはしなびた蜘蛛ともカミキリ虫ともつかないモノが横たわっていた。
(コレガ俺ダッタノカ?ナントイウ名ノ虫ダ?ミタコトガナイ種類ダナ……ン?何故、俺ハミタコトガナイト識ッテイル?)
俺は完全に脱皮を終えて居たのに外にも出ずに考え始めた。
何故教育を受けた訳でもないのに知識が有るのか、
何故脱皮前と今の身体の形が似付かないのか、
何故自分に虫以外の記憶があるのか。
(俺ハ…何ダッンダ?)
まだ書きながら考えてます。