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ヒロインはあきらめた  作者: あご
6/17

 ヒーローを追いかける女の子たちの集団は、時にヒロインへ牙を剥く。まあ、それが一番の仕事なんだから仕方がない。

 たまに上手くいくと、ヒーローが偶然聞きつけて助けに現れ、全員の前で、俺は彼女しか愛せない宣言をし、一挙両得、万事解決。


「……そうならないかなあ……」

「きいてるの!? リンデさん!」


 しまった、現実逃避をしていた。

 気を取り直して周りを見れば、校舎の裏にある目立たない場所、私を取り囲む同じ学舎の女学生たち。皆、眼差しが怒りに燃えている。そう、私は今つるし上げを受けている。

 当然ダリルがらみで。

 またもやヒロイン体験をしてしまった、やったあ…? じゃなく困ったなあ。どうすればいいんだろう。


「わ、私は別に何も……」

「まあ! 開き直るのね! なんなのかしらその神経は!」

「そうよそうよ!」


 怒らせないように控えめに怯えて言うと、ますます怒声があがる。

 金のたて巻きロールが見事なジザベル嬢が容赦なく攻め立てれば、子分が同意の声を上げる。

 血筋もいい高級官僚の娘のジザベル嬢は女学校のボス的存在だ。


「私は別に何も!!」

「まあ! 逆ギレ!? どういう神経してるのかしら! あと声がでかいわよ!」

「そうよそうよ!」


 方針を変えても無駄だった。泣きたくなってきた。ここは女学校、ダリルが来るワケがないし、手違いで女学校にいたとしても助けにくるわけないだろうな……。

うーん、こんなこと思うあたりなんだかんだいっても、ヒロイン気分はなかなか諦めきれないものだなあ。


 話は数週間前にさかのぼる。



 ※※※※  ※※※※



 誘拐事件からダリルは積極的に顔を合わせてくる。朝は以前より登校を少し遅らせて私が起きてくるのを待つ。夜は私が部屋にこもるので、小用に出ると廊下で待ち伏せている。

 

「タイツ買ってくれ」


 その一言を言う為に。

もしくはテーブルに置き手紙、廊下に置き手紙、トイレの戸口に置き手紙、ドアの下から置き手紙、内容は全て


『タイツ』


 ノイローゼになりそうだ。あいつ顔がよけりゃ何をやってもいいと思ってんの!? 確実に間違った道を歩み出している!


「……そこらの女の子に頼んだら?」

「知らない奴にそんなことをしたら変質者だろうが。それに俺は……この顔を悪用したくない」

「……っ! とっくに! ッタイツで! よ…っ!」


 怒りと突っ込みが多すぎると興奮過多で言葉が上手く出ないものだと知った。


 ……でもよく考えれば、私が彼を変態へといざない、目覚めさせたんだ。責任を感じる。

 感情が薄かったダリルが初めて何かを欲しがったんだし。しかたない。なんとかしよう。

 そう思って私はあちこちの店をまわり、代わりになりそうなものを買った。下着でもなんでもないし、これなら勘弁してもらえるだろう。

 あと逆毛になったヒゲやおさげヒゲなど、数点購入して一緒に手渡した。


「……いいのか? これを、俺に?」


 受け取ったダリルの目はキラキラと輝いて、生命力に満ちあふれた。やばい、魅了を振りまかれる、見るな私。


「……いいよ、これ、すごく……」


 心の底から嬉しげな声だ。そんな明るい声も出せるんじゃないの。ちょっと子供っぽいけど、甘い色気声より感情が込められて大分いい。

 私も、姉として立派に役目を果たし、いい仕事をしたなと、気分がよくなった。



 ※※※※ ※※※※



「……フルフェイスニットの黒い目出し帽はやっぱりあなたの差し金だったのね、リンデさん」

「は、はい……私が贈りました」


 こめかみがピクピクするジザベル嬢が怖くて、私は素直に認めた。なのに彼女のピクピクはおさまらず、更に血管が浮き出た気がする。


「あなたのせいでダリル様のお顔がしばらく拝めなかったのよ! どういう権限があってあなたが彼の顔を公開停止にするのよ!」

「そうよそうよ!」

「義姉だかなんだか知らないけどいい気にならないことね!」

「そうよそうよ!」

「な……ダリルだって大変なんだから! あれはダリルの夢、希望なのよ!」


 負けないわ、と言い返せば、ジザベル嬢はさらに攻撃をしてくる。


「その夢希望でダリル様は連行されたじゃないの!!」


「…………はい、そうでした……」


 私は速攻負けた。


 目と口しか穴のない首までの帽子を被る長身の男が目立たないワケがなかった。

 トロンとされるどころか背を向けられ、むしろ逃げていく人までいることに彼は新たな喜びを感じ、図に乗って繁華街まで足をのばした結果、通報され職質された。

 だが彼は帽子を取りたがらず、そのまま連行された。連行先の警巡隊詰所でも断固として死守しようとしたため乱闘を起こし、逃亡中の犯人と思われ、留置室で一泊した。

 ……顔を見せれば皆親切にしてくれたろうに。そんなにも帽子のこと……


 帰ってきたダリルは疲れた様子もなく、むしろ夢見心地が表情に残っていた。乱闘で毛糸がほつれ、無惨な姿になった帽子をしっかりと握りしめ、彼は力無くつぶやいた。


「……気持ちよかったよ。牧羊犬になったみたいで」


 その不憫さに、私は涙を禁じえなかった。

 ……どうせ手放さなければいけない幸せなら最初から知らなければよかった……。彼の微笑みはそう語っていた。

 

その後の彼は何かをあきらめたように、生き死人のようだった。



 ※※※※ ※※※※


「目出し帽なんて使うのは強盗かテロリストくらいでしょうが! そんなもの贈るなんて!」

「な……それは生産者に失礼じゃない! 彼らはそんな思いで目出し帽を作ってるんじゃない、顔を暖めたくて作ったのよ! 工場長にあやまって!」

「じゃあ夏間近に贈るんじゃないわよ! あと工場長ごめんなさい!」

「ジザベル様騙されてはいけません!あれは店のオリジナル一点ものでしたわ!」

「! なんですってよくも! 工場長って誰よ!」


「そこでなにしてるの!」


 ただの口げんかになっている騒ぎを聞きつけた声。幼馴染で親友のディアナだ。


「ディアナ、ありがとう! 来てくれて!」


「大丈夫? リンデ。……あなた達なんなのこれは。よってたかって。場合によってはこの事を生活評価の対象として先生に報告するわよ」


 さすが冷静で正義感の強いディアナ。ジザベル嬢たちも悔しそうに息を飲む。だけどさすがはジザベル嬢、可愛らしいお目目でキッとディアナをにらみつける。春の妖精と戦女神が対峙しているようだわ。


「そうはいうけどディアナさん。最近のリンデさんの凶状は目に余るわ。知ってるでしょう? 彼女の義弟君、ダリル様のご様子」

「ダリル……? え? 彼が何?」


ジザベル嬢、凶状はあんまりよと反論しようとしたが、それよりディアナの顔が気になる。……赤い?


「そうよ。先週も先々週も様子がおかしいと思わない? あれは全部リンデさんの差し金だったのよ!」

「ああ……確かに……え? あれはリンデのせいなの?」


 ディアナはジザベル嬢に同調した上に、怪訝なその眼差しが親友に向ける目じゃない気がする。

 何だかイヤな予感がした。


 「じゃあ、アレ・・や、アレ・・もあなたなの? 説明して、リンデ」

 「う……。分かったわよ……」


 ※※※※ ※※※※



 目出し帽の失敗の後、私はダリルの改造計画を実行した。軽く死に体状態の今なら好きにできる。

 とりあえず外出時には他のパーティグッズをつけているから、今のところダリルの通学路は(本人だけ)平和なものとなった。

 だけど根本的に変えなければなんの解決にもならないのだ。

 美形に見えず、うっとりしないような姿、それでいて職質されないような風体が望ましい。

 例えば髪。頭のてっぺんだけ丸く刈りあげるとか、逆に真ん中だけ残してカブのようにすれば愉快じゃないかと意見をしたが、ダリルは悲しく首を振る。校則で奇抜な髪は禁止だそうだ。


「やっぱりタイツが……」

「うーん、目立たない方針がいいわね。そうなるとやっぱり人相を変えるのが手っ取り早いなあ」

「タイツ……」


 仮面は職質の恐れがある。となると。


 化粧をしてみよう。

 ダリルの肌は丈夫だ。以前強力接着剤を3日つけて、かぶれの一つもないんだからすごい。ドーランでもペンキでも好きなだけ塗って大丈夫だろう。

 ん? よく見れば顔のあちこちに線みたいな痕がある。まあ、この驚異の肌だし、ダリルだからなんか普通じゃないんだろう。それよりも、この至近距離で見ればそのキメの細かさ、ホクロ、アザの無さにうっとりと見とれ……てる場合じゃないでしょ。ここは嫉妬くらいしろ、しっかりしろ私。


「こ、これでどうかな……」

「お前はどうなんだ?」

「…………よ、よく分かんなくなってきた……」

「……まあ、一応これで出てみるか……」


 私は少しずつダリルの顔に馴れてきてる可能性もあるので基準にはならない。白塗りに作った顔でダリルは学校に向かった。

 結果は失敗だった。いつもと違う雰囲気がステキだと囁かれたそうだ。

諦めず、次の日は青い死人顔、次は黒いが目と口の周りは白い顔、次は脂ぎった赤ら顔……


「ダメだ。顔色変えただけじゃ話にならない……」


一日経って化粧が剥げたストライプ顔でダリルは溜息をつく。

ストライプになろうがまだらになろうが七色になろうが、どんなあなたも素敵ですと、恥ずかしげに告白されたそうだ。

確かに……白塗りはまるで光の天使、死人顔は儚き者への切なさ、黒い顔は雄々しく大地を駆け力強さと逞しさで野獣も女の心も仕留めそう、脂ぎった赤ら顔は灼熱の……いや、ポエムしてる場合じゃなかったよ、つい。

魅了~MIRYOU~……なんて怖ろしいの……。それ以上に怖ろしいのが……。


「……こっちもダメ……資金切れ……」


化粧だのドーランだのヒゲだの、14歳の小遣いにはキツいものだった。 


うなだれていたけど私はあきらめなかった。そうよ、顔色がダメなら……。

取り出したのは白じいから手に入れた例の強力接着剤。それを小さく切った布に含ませて、ギリギリまでつり上げた両目の横に貼った。


「! これいけるかも!」

「おい……。目が霞む……」

「あ、でもまだ足りないかな。一応……」


更に口の両端をつり上げてここも接着剤つきの布で固定。


「やった! これよこれ!」

「……しゃべりづらい……」

「鏡見てみて! すごくひどいから!」


自分の顔を確認したダリルはしばらく無言で鏡の自分を見つめていたが、やがて「これが俺……?」と呟き、私の方を見て、グッと親指を立てた。

そのニヤリと笑った(と思う)不気味な表情に、私は息を飲んだ。


魅了がない。ポーッとしない!


そうか、顔のパースを歪ませればけったいな魔法が解けるんだ! 

完璧な配置の造形があの魔法を作ってたのか!


「大発見よ! 学会に出していい!?」

「どこのだ。だけどホントにこれで……」


ダリルはしばらく見惚れるかのように鏡の自分を見つめていた。

これでやっと、会話の時は耳たぶだの服の繊維だのじゃなく、目を見て話が出来る。

ふとした時に以前読んだ弟と姉の禁断の恋物語を思い出して、ついあわよくばな考えを持たないで済む。

「一緒に過ごしているうちにいつのまにかお前のことが……」な妄想から解放される。

魅了よ、あの手この手で攻撃してきたけど、ばかめ、もう私の敵ではないわ。

 


その日からダリルは、生き死人から生者に戻り始めた。



※※※※ ※※※※



「……あのきつね目の薄笑い顔はあんまりだと思うの。リンデ」


親友と信じているディアナが冷たい目で私を見つめる。そんな、ディアナ。あなたはいつだって私の味方だったのに。


「でもディアナ、これはダリルの為なのよ、あなただけでもわかってよ」


「いい? リンデ。あなたのしたことは麗しい騎士様を水虫にしたり、憧れの王子様を歯槽膿漏にしたのと同じ事なの。私たちの夢を壊したのよ……。私たちに悲鳴を上げさせないで」


親友だった気がしたクラスメートのディアナが悲痛な顔をする。……簡単になびくことのないディアナまで……。おのれ、魅了め。

魅了への恨みを込めて私は、クールな顔をしながらきっと私と同じような妄想もしたに違いないディアナに宣戦布告した。


「私は皆が敵になろうと、これからもダリルの顔を守るわ!」

「あなたが一番攻撃してるじゃない。接着剤だの謎の顔料だの……」

「そうよそうよっ!」

「いや、あれは、ダリルが化け物肌のなんでもOKだから……」

「まあダリル様を化け物呼ばわりしてるわ!」

「言い間違えました神々の肌のダリル様! とにかく! 義弟がジロジロ見られるのを嫌がってるんだからなんとかするのが家族ってものでしょう!?」

「リンデ……」


ディアナが静かに語りかける。


「他人が逃げていくのを悦ぶ……これは立派な変質者の心理よ。分かって? あなたは木を見て森を見ていないのよ。義弟を保護観察処分にしたくないでしょ?」


木を見て……ハッとした。そうだ。目的の為に大事な事を見落としていた。このままだとダリルは人間を失格してしまうかもしれない。そうまでして目的を果たしていいのだろうか。

私はがっくりとうなだれた。何をしていたのだろう。私は……。


「……私が悪かったわ……。皆、ごめんなさい……」


ぽん、と優しくディアナが私の肩に触れる。顔を上げればディアナは柔らかく微笑んでくれていた。


「いいのよ、リンデ。あなたは昔から話せば分かる子だったじゃない」

「ディアナ……ありがとう……でもごめん、もうダリルを止めることは私にはできないわ……。私、どうすれば……」

「そうね……。近々軍部内で、軍用逮捕術大会があるのよね」

「うん? それが?」

「あれだったら素顔じゃないとダメなのよね。見れるわよね。でも民間にチケット出回らないじゃない? 家族とか招待客にしか配らないじゃない? ねえリンデ?」

「まあ! そんなのが!」

「まあまあ!」

「は? え?」

「チケット融通してくれない? リンデ」


とたんにみんながきゃいきゃいはしゃぎだした。え、ちょっと、なんでそうなる?


「……謀ったわね、ディアナ。わざとこの流れで言うなんて。ここで断ったら私、ぼっち確定じゃないの」

「人聞き悪いわね、リンデ。一度でいいのよ。一度皆で喜びを共有したら後はどうとでもなるものよ。あなたを助けてやってるんだから」


クスリと笑うディアナに悪魔が見えた。あの悪魔を植え付けた『魅了』が憎い。でも私は決して屈しない!


「それに……言ってたわね、3ヶ月間のこづかい使い果たしたって。チケットはそうね、もちろんタダじゃ貰えないわ。報酬はもちろんあるわよ。一枚これでどう?」

「!」


ディアナの提示した額に私は生唾を飲んだ。なんてゼロが多いの。今いる人数×この数字だと、以前から欲しかった祭り用のドレスが……

ダメダメ! なに考えてるの! ダリルを利用して金儲けなんて!…………でもあいつの為にいくら散財したっけ……。いやいやいや! アレは私が勝手にやったことなんだから! ……でもここで断ればハブられる……まてまてまて! 屈しない!から1分も経ってないよ!


「悪いけどディアナ……」

「レンブランの店のシュークリーム食べ放題よね」





ダリルにバレなきゃいいよね。


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