14
休日。いつまでもベッドにいていい幸せな朝。すっかり居ついたハトたちのクルックーも聞きなれ、惰眠を好きなだけ貪る。貪りまくる。
ドンドン! ガンガン!
貪れない。ハトも驚いて飛んでいってしまった。……休日の朝なのにー!!
腹が立って窓の外に怒鳴りつけた。
「うるっさいなあ! 何時だと思ってんのよ!」
「朝8時だろう! お前こそ何時まで寝てるんだリンデ!」
逆に父さんの罵倒が帰ってきた。うぐ。庭では父さんとダリルが何やら日曜大工をしている。
いやでも日曜大工なのにダリルはなぜ穴を掘っているのだろう。
「ダリルはちゃんといつも通り起きてこうやって父さんの手伝いをしてるんだ。お前はなんだ、だらしない!」
「これくらいでいいですか義父さん」
「おお、いい穴だ! いいぞダリル」
……なに二人で楽し気にトラップ作ってんのよ。
最近父さんとダリルは仲がいい。時間があるときはしょっちゅう二人で何かをやっている。
きっかけは、仮面をつけて魅了を隠したダリルが、学校で色々ないやがらせを受けるようになったことだろう。
彼への妬みが噴出した。「特別扱い」「魅了で中佐をたぶらかしていい身分だ」とか「仮面が気味悪い」とか。でもダリルはダリルだった。
泥を浴びせた連中には、隊舎の部屋中に牛のたい肥をばら撒き、ケンカを売ってきた集団は、子供の頃から襲撃慣れしてるダリルの相手じゃなかった。それに元々孤高だったんだから、精神攻撃が効かない奴だった。
問題は本人が嬉しそうなことだ。
曰く「普通の人間扱いしてもらえてる。やった。明日はなんだろうな。学校ってやっぱ楽しいよな」
…………。ダリルがいいならいいけど。
「そうか成功したか! 侵入方法は会得したな!」
「アリバイも抜かりありません」
「よし、次に主犯格の調べ方だ。悟られるな。それと課業中に仕組まれる攻撃の予測配置図をこの図面に記せ。あとクラスの人物相関図にも次の裏付けをしてみろ」
「父さん、何してんの!?」
迎撃法を仕込んでいたのは父さんだった。
「何だ、ドンパチだけが戦場じゃないんだぞ! いいかダリル、これは静かな戦争、陰湿作戦だ。表沙汰になった所で敗北するこれが真の戦場だ!」
「了解」
なんだろこの人たち。元裏稼業の考えって……。
ま、まあともかく父さん直伝の手法で、いじめの主犯格は掴んだらしい。親が偉い人だそうだ。。
「大元が分かればどうとでもなる」
と言って、笑う義弟。頼みます、魅了用で笑ってくれませんか。口だけニタリって怖いんです。
それからしばらくして、いやがらせは結構簡単に下火になったらしい。一体何をしたんだか知らないけど。そして父さんとダリルはまた何かやりたくて、今こうして、家の周囲に自家製手造りトラップを造る。楽しげなのはいいけど、自宅が要塞って、いやだなあ。
それにしても父さんてば、やっぱ息子の方が楽しいよね。
私に対してはお母さんの遺言「お嬢様のように育て上げるのよ!いいわね!」通り、お嬢様学校に通わせたりしてるけど、色々つまんないだろうな。
くふふ。このままいけば、父さんの上機嫌が増える=物をねだれる回数が増える~。
ダリル、うちに来てくれてありがとねー。
「お父さんが倒れました」
とある日家に帰るとジェダさんが出迎えて、そう告げた。父さんは寝室で寝かされていて、軍医さんも来てくれている。ダリルは数日間訓練に出ているので、父さんの所にたまたま来ていたジェダさんがうちに運んできたと言う。
「と、父さん……どうしたの!?」
「過労です。お疲れなのです。大したことはありません」
説明しようとした軍医さんを遮ってジェダさんが告げる。本当にそうなんだろうか。軍医さんの目が泳いでいるけど……。
「ジェダさん、本当なの? 本当の事言ってよ。覚悟しておくから」
「本当です。内臓が疲れたんです。ウソはつきません」
「飲み薬の量が多いのはなんで? あと起きないのは?」
「ますい「まずい薬でないのを選んだら量が増えました。起きないのはお疲れだからです」
軍医さん今ますいって麻酔って言ったよね。なんで目をそらすの軍医さん! なんでジェダさんに足踏まれてるの軍医さん!
ジェダさんは顔を口と眼球以外動かさないから表情が読めない。軍医さんは「一週間程安静にしてればいいですから」と言って帰ってしまった。
ノディエ婦人が世話を是非にと来てくれた。すごくありがたくて涙が出そうになった。
ふいに寂しくなってくる。父さんはバカでかくて不死身っぽく見えるけど、不死身じゃないんだった。……突然過労死したらどうしよう。レイシーみたいに居なくなったら……。軍人の家族は皆どこかで覚悟は決めておかなきゃいけないけど、過労死の覚悟なんかできない……。
ふとテーブルに置かれたままの手紙の束が目に入った。いつも部下さんが整理してるけど、バタバタして忘れてるのかな。その中に私宛のもあった。絵が描かれた可愛い手紙。
『R・サミィ』? 雑貨屋さんか。ヒゲとか覆面買った時の雑貨屋さんかな。そう思って読んで……。
『今なら雛菊のリボンをプレゼント! 知りたくありませんか? この手紙を受け取った幸運なアナタだけにお届けする秘密のお得な情報♡』
大きな蝶の絵。……蝶?……雛菊のリボン……?
「リンデちゃん、レジェスちゃんが目を覚ましたわよ!」
ノディエ婦人の声でハッとして、慌てて父さんの寝室へ向かった。
父さんは「なんだここは」と第一声。
「なんだ、ぶっ倒れてたのか。そういえばここの所バタバタして寝てなかったな。はははは」
「心配させないでよぉ。ビックリしたんだから」
「すまんすまん」
「父さん……。仕事そんなに大変なの?」
「大したことない。今ちょっと忙しいだけだ。心配するな、今の山場を越えたら退職してのんびり喫茶店でも開こうかと思ってるんだ」
はははと笑うけどやめて。夢かなう手前で敗れて死亡しそうな話。
次の日には父さんは元気になって仕事へ行くと言い張ってきかない。なんとか2日間は父さん付の兵士さんとジェダさんに手伝ってもらってベッドに縛り付けたが、3日目に父さんは自力で抜け出し、職場へ逃走した。
「もー! 父さんのばかー!」
開け放たれた寝室の窓から叫んだけどスッキリしない。
病気がちゃんと治ってから色々話したいことあったのに、勝手なんだから! こっちも勝手にするから!
「おじ様はもう大丈夫なのに、元気がないわね」
「そ、そう? そんなことないよ。この残暑で疲れてるのかも」
私は笑って、ディアナの瞳を見つめた。心配してる様子に申しわけなくなる。
「ならいいけど。うちの父様も、おじ様ならもう心配ないって太鼓判を押してるわ。気負わないでね」
「うん、ありがとう、ディアナ」
軍管区でも顔パスが利くディアナのお父さん、ベネディクトさんは警巡隊の総隊長で、うちの父さんとは昔戦場で戦った仲らしい(敵そっちのけで)。戦火の友情というわけだ。その流れで私とディアナも知り合って、長い付き合いだ。
「そうよリンデさん。せっかくこんないい天気なんだから楽しんでちょうだい」
向かいに座るジザベルが声をかけてきた。その隣で一の子分、エリアーデも「そーよそーよ!」と同意。ありがたいなあ。
そうだよね、こうやってせっかくジザベルが私の誕生日パーティを企画してくれたんだし。
その誕生日パーティの為に私たちは今、馬車に揺られている。どこへ行くかといえば、街に近い小山のリミニ山中腹だ。
「綺麗な場所があるのよ。うちの馬は山岳運搬用に使われていた子だから! だから大人数は無理だけど、ピクニックパーティにしない? 街は暑くてかなわないわ」
「あ、ランチとお菓子持ち寄りにしましょうよ」
「それいい。果物なにがいいかな」
という流れで、こうして今、ジザベルの御者兼お目付け役の馬車に乗せられている。山道といっても緩やかだし道は整備されてるし、街と違って空気が涼しくて気持ちいい。
ちょっと心に引っかかるモヤモヤも晴れかてきたかな。
のほほんと楽しくしていた矢先、馬車が脱輪した。脱輪した上に、車軸がぽっきり折れて、使い物にならない。
御者が代わりの馬車を持ってくるにしても、「お嬢様を山道にのこしていくのは……」と目を曇らせ、迷っている。そうしていると。
「あれ?」
草原に、訓練用の野戦服姿がちらほらいるのが見えた。その中に、仮面が一人……。
「ダリルがいる」
「なんですって! さっ、ここでランチにしましょう!」
ジザベルはじめ、皆いそいそと馬車から下りだした。
私が手を振ると向こうもこちらに気づき、大きな荷物を引きずって近寄ってくる。仮面は日焼けしなくていいなあ。
「やっぱりダリル。何してんの?」
「戦技訓練……だけど、な」
ダリルは後ろにいるもう一人の訓練生に顔を向ける。そちらの彼はなんだか苦笑いしている。
「えーっと俺らのチーム、迷ってる最中なんすよ」
「ここどこなんだ?」
「……リミニ山だけど」
「おいおい! 俺ら山ひとつ越えちゃったよ!」
あはははと笑う二人。おいおいはこっちだ。
ふと後ろのジザベルたちを見ると、その顔はあからさまなほどに落胆顔だ。あ、そっか、ダリルが仮面つけてるからか。それでもジザベルはくじけず、ダリルに微笑みかける。
「あの、もしよろしかったらお弁当、どうですか?」
「あー……。訓練中だから」
ダリルが断ろうとしたが、もう一人がダリルを小突く。
「バカ、緊急事態だ。昨日からろくなもん食ってねーんだぞ。どうせ俺らのチームは失格なんだし。それに女の子の誘い断んな」
「バレたらどうする気ですか先輩。失格どころか処分ですよ」
ディアナがすかさず提案する。
「政府高官のお嬢様の馬車が脱輪してあなた方が助けてくれた。護衛もいない少女たちを守るため、付き添った……ってことにすれば、叱られ度も減ると思うわ。どうかしら」
「それは助かります!」
と御者さんが一番喜びの声を上げた。
「まあ、緊急事態だし、人助けだし、うん、仕方ないこれは」
「……いいやもう。食っちまえ」
空腹が彼らを狂わせているのか、ダリルたちはあっさり折れたので、御者さんは安心顔で、馬に鞍をつけて来た道を戻っていく。
「そ、そんな、いいのかな……」
グーグー腹の音を鳴らして、後からやってきたのは、クルト君と、もう一人体格がいい男の子。うわーフラフラだ、気の毒……。
「僕たちも参加して足りるかな」とクルト君は心配するが、馬車にある数々のバスケットを見て彼らは言葉を失った。
スモークラムサンド、チキンベーグル、ポークチョップ、フォカッチャ、ケバブ、パニーノ、ガレット、カクテルフルーツ、チュロス、パンケーキ、梨、……が各4つずつ、それに中樽のレモネード。
「……お前らどれだけ食う気だ……」
「しょ、しょうがないじゃない。持ち寄ろうって言ったら、皆が皆の分持ってきちゃったから……」
「4×4で16人分……」
「けっこう肉食なんですね……」
「重量オーバーの脱輪じゃ……」
「シッ。失礼なこというなお前ら! いやー美味しそうだな!」
こうして私たちは彼らを交えてのランチとなった。
しかしこれが後々、ややこしくなっていく原因となる。
迷った等の不測の為に見張りの教官がついてくるもんじゃないのか、とかの突っ込みは受け付けません。多分教官は彼らを見失いましたー(バカな)