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ヒロインはあきらめた  作者: あご
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そろそろシリアスモードにしたい。

 女の人が部屋の中に入り込んできたのと、私の背後のドアが乱暴に開かれたのと同時だった。

 唖然とする私をよそに、「カチリ」と二か所で音がする。後ろからと……目の前の女の人が持っている

 銃の立てた音。


「アルテシア・ルロイ。家宅侵入で拘束する」


 ジェダさんの低い声が私の頭上を通り、女の人に届く。ストロベリーブロンドの長い髪を一つに束ねた女の人は銃口をジェダさんに向けたまま、薄く笑いながら口を開いた。


「ジェダ少尉殿に告ぐ。国家間犯罪法第十五条、国外への拉致誘拐による緊急 措置に伴う強制執行。ダリル・ラファティの身柄を保護する」


 ? ダリル・なんちゃら? 何がどうしたなんの話? すぐにジェダさんがしゃべりだし、私の頭上で二人のやり取りが続く。


「国家間取引法第三十三条によりダリル・エンライトンのマレヴィル王国国籍取得は無効。よって貴様には執行権も侵入権も保護権も捕縛権も逮捕権も連行権も成立しない」


 ???


「国家間取締法第十八条、未成年保護目的の国籍取得は国家間法が第一の効力に非ずガーシュ条約第二条A-4項を適用、ダリル・ラファティの国籍は保護されている」


 ?????


「国家間取引法第二十七条により貴様は他国での宗教活動規定範囲を超えている。よって捕縛権を行使する」


 ???????????


 頭がゼラチン状態になったせいで、ジェダさんが私の横を駆け抜けたことに気付かず、いつの間にか女の人と組み合っている。ななな何事!?

 腕をひっぱられてハッとすると、ダリルが私を立たせようとしていた。それに従って立ち上がった時、風圧と一緒に後ろ髪が数本踊ったのを感じた。何だろうと振り向くより早く、ダリルが私の横に足蹴りを入れる。

 ドン!と音を立てて本棚が揺れ、女の人が叩きつけられたことを知った。

 茫然としているとまたダリルに腕をひっぱられる。


「早く来い!」

「ダ、ダリ……?」


 ダリルに引きずられるようにして、部屋から出る間際、ダリルに蹴られた女の人が笑ってこちらを見ているのと目があった。痛くなかったの!? 怖い怖い怖いー! ダリルより足早になって階下へ降りた。

 そこでまた私は茫然とした。知らない人たちがわが家の居間で、のびている。


「なにこれこれなに!?」

「お姫さまの手先。縛ってあるから心配するな」


 知らない人たちは皆、青あざの他に靴底の模様もある。ダリルがやった足技なんだろうな。

 それにしてもお姫さまの手先怖い。お姫さま怖いー。ダリルに引っ張られて、半地下室に降りる。緊急用の部屋は一応何でもそろってる。

 カンテラの火を灯し、長椅子に座ったところでやっと一息ついた。ついたけど、まだ茫然としていた。


「ジェダ少尉が先に知らせを出している。向こうも下手な動きはこれ以上できない筈だ」

「こうなること予想はしてたのにジェダさん一人に任せてたの? 父さんがもうちょっと何かしてくれてもいいと思うんだけど」

「誰もこんな強引なこと仕掛けてくるとは思わないさ。多分あの女の暴走だ」


さっき笑ってた女の人か。


「会ったことあるの?」

「お姫様の警護をしていた。異常なくらいにお姫様狂いだったからな。それでなくとも、俺一人の対策に人も予算もそんなに割けるわけないだろ。少尉一人置いてもらってるだけでも義父さんが押し切ったことなんだし」

「もー。世の中金ばっか。夢がない」

「ところでなんで仮面つけてるんだ?」

「あ、忘れてた……取れないのこれ」

「はあ?」


ダリルが溜息をついて後ろのベルトを見るが、やっぱり取れないのでナイフで切って、やっと仮面を外せた。


「……ったく。俺が最近仮面をつけてるって情報のせいであの女、間違えてお前を襲いかけたかもしれないのに」

「えええ!? いくらなんでも仮面だけで間違える!?」

「……俺、あの女と会った時、女装させられてたから……」


 うつろな顔して答えるダリル。あ、これは淫靡で退廃な生活の一部かな。聞かないでおこう。うん。


「悪かったな、巻き込んで」

「や、えと、勝手に仮面をつけたのは私だし……」

「普通の家は仮面を付けたら窓から人が襲ってくることはない」

「…………」


 ……困ったなあ。謝られると、こそばゆいむずがゆい。事の次第を理解しきってないのかもしれないけど、大の男に真剣な顔して謝られるのは、昔から苦手でならない。


「ま、まあ、レンブランのシュークリーム全種類各3つで手を打つわよ。10の日限定のも含めてね」

「お前な……」


 ダリルはちょっと怖い顔をしたまま、私にも分かりやすいように事情を話した。

 これは聞いてても面倒な話だなあと思った。何が面倒かというと。

 姫神子さまがダリルを欲しがっている理由は、魅了されたからという理由ばかりじゃない。

 彼女はダリルが特殊な魔法顔だということを知っている。

 国教徒のボスとして、ダリルを欲しがっているのだ。人を引き付ける宗教にダリルの魅了ほど役に立つことはないんだから。宗教国家マレヴィル王国にこれ以上必要な人材はいない。


「だからしつこく迫られた。婚姻して、子孫も魅了を受け継げば国家は安泰だろうから」

「……でも今はちゃんとうちの人間だって国も認めてるのに、なんであの人たち諦めないのかな」

「2年前、マレヴィル王国の金持ちに買われて、その時裏ルート手続きでマレヴィル国籍になったんだ。ラファティはその時の名字。その後また正規じゃない方法でこっちの国の金持ちに買われて。父さんが引き取るまで俺にはっきりとした国籍はなかったのさ」


 そしてこういった場合、未成年のダリルには発言権もなければ何の権限もない。子供の意見は法の前では無視。

 このあやふやさなので、王女様が「うちの国の人間です!」と主張することもできてしまう。

 王女様がダリルを連れて帰るなんてことになれば、上層部は怒り出すだろう。言ってはなんだが、魅了を持つダリルはいわば人間凶器だ。民の心を掴むのにも役立つだろうし、うちの国としては人間凶器を輸出してしまうようなものだ。


「はー。大変な存在なんだね、ダリルって」

「だからそんなのほほんと受け入れてどうするんだよ! 事の重さ分かってないだろ!」


小声だけど怒鳴られた。


「な、なんでそんなに怒るのよ。怒っていいの私の方じゃないの?」

「じゃあ怒れよ。いつか俺に巻き込まれて怪我するかもしれないんだからな。そういうこと考えてないだろ? その時になって俺のせいだ、引き取らなきゃよかったって気付いたって遅いんだよ」

「…………」

「生憎監視の身でどこにも逃げられないから、お前らを巻き込んで黙ってここにいるしかない。……だから、お前が義父さんに言えばいい。俺と暮らしたくないって。義父さんはお前には甘いしさ」

「そうなれば、ダリルはどこに住むの?」

「どこだっていいだろ」

「……じゃあ、なんでこないだ、わざわざ私を探したりしたの?」

「…………え?」

「なんで普通に話をするのが贅沢だとか、マズいケーキ食べたりとか、リボンくれたりとか、なんで、怒ってくれたりするのよ。そういうのって全部、姉って認めてくれたって勘違いするじゃない! ダリルこそ! そう思わせといてこんな時になってそっぽ向くなんてなによ! バカ! アホ! ゼラチン男!」


 さっき怒れって言ったんだから怒ってやる。なのに許した当人は本当に怒ったらぎょっとして、慌てて口を塞いできた。


「バカ静かにしろ! てかゼラチン言うな! 腹立つ!」

「もが!もががが!(ゼラチンがいやならゼリー男!)」


 ダリルの腕をはがそうと暴れたら、私の口を押えていたダリルの手によってそのまま長椅子に沈められた。くっ、腕の長さの差でこぶしも何も届かない。

 疲れてくると、ダリルが黙って見下ろしていることに気付いた。……何よその顔。その泣きそうな顔は。


「俺だって知るかよ。きっと俺の父さんや姉さんがふいっといなくなった時みたいに、お前もいなくなると思ったら……だから……」


 そのままもう片方の手でひたいを抱えてしばらく黙り込んでしまった。カンテラの灯りが揺らめいて、天井に私とダリルの怪獣みたいな影を作っている。


「……だとしてもなんであそこまで焦ったんだか。なんであんなに腹が立ったんだろうな。自分でも分からない。何をどうしたいんだか」


 手が力なく離れて自由になる。考え込むダリルに、私からは何の答えも見つけてやれない。けど。


「じゃあ、一つだけ答えてよ。ダリルは今のままがいいの? それとも別の場所に住みたいの? 本当は、どうしたいの?」


 また続く沈黙。その沈黙を、ドアを叩く音が引き裂いた。


「ダリル・エンライトン君。出てきたまえ。これは外交問題に関わるのだぞ」


 誰? あのおじさんな声は。ダリルと顔を見合わすが、彼も首を振る。その後に別の怒鳴り声が続いた。


「ここは俺の家で、ダリルは俺の息子だ! いい加減にしろエレンダール議員!」


 父さんの声! 安心感と一緒に、「議員」の言葉に戸惑った。しかも何やらどたどた物音もする。その上ごちゃごちゃ聞こえるその他の声。


「やめないか! 一介の軍人風情が国家間に口を出すな!」

「これ以上公賓をお待たせする気か!」

「ダリル君、会話を望んでいるだけだ。何か誤解があったようだが、君とは交流を持ちたいと……」

「るっせえ! 出ていけ! 人の家荒らしといてなんだ!」


 父さん……いつでも父さんは父さんだね、すがすがしい。それにしても、思った以上にややこしいことになってる……。


「俺が逃げたから議員をひっぱり出してきたのか。明日には帰らなきゃいけないから焦ってるんだろうな、向こうも」

「あの議員のおじさん、なんでマレヴィル側についてるのよ、ひどい。ダリルがマレヴィルに渡れば困るの政治家の人たちなのに」

「あのおっさんもお姫様の宗教に入ってるかもな。この国、基本的に宗教も思想も自由だし。おかげで政治家も一枚岩じゃないし。俺を監視する派、危険だ処分したい派、魅了なんてバカバカしい信じない派、外交の取引材料に使おう派。……あのおっさんはこれか。取引材料に使おう派」


 色々ごちゃごちゃ、ごちゃごちゃ。『特殊な人間』て……。思った以上に外野がうるさいんだ……。




「ダリル。そこにいるんですね」


 澄んだ声。心が静まるような……きれいな、女性の声。

 ダリルがドアの方向に顔を上げ、目を丸くしている。もしかして……。


「……本人のお出ましかよ……」


 うそ。こんなわが家に、そんな、一国の王族が、しかも宗教団体のトップが、物語に出てくるような存在が!?

 あわあわしていると、ダリルが一つ息を吐いて小さく笑った。


「行かなきゃな」

「待ってよ。父さんが何のために今まで……」

「俺は他人の感情も自分の感情も理解できないゼリー男だけどさ、お前と義父さんは大事な人間だってことは分かったよ。そういう人間に負担かけ続けて平気なほどゼリー状態でもない」


 頭をさっき本でされたみたいにポンと一つ軽く叩き、それからダリルは地上への階段を登り始めた。


「……さっきの答え、聞いてない。本当はどうしたいの?」

「さとれよ、ちょっとは」

「…………」


 黙り込むと、妙に静けさを感じた。都合のいい方に考えていいってことかな? そうなのかな?

 それならば、何か、最後に一つくらいあがいてもいいよね?


「ダリル、まだ行かないで」

「?」

「ダリルを諦めさせればいいってことだから……魅了がなくなったって思わせればいいのよ。つまり……」


 ダリルがバッと振り向いて私を見下ろした。その目は輝いている。え? 何故?


「また何かやってくれるのか!?」

「なんでうれしそうなのよ! ……私だって本当はもうこんなことしたくないんだからね」


 私はポケットから接着剤を取り出した。いつどこで必要になるかわからないと思ったから、いつも常備していた。でもどうしよう。誘拐された時の二番煎じは無理だし……。


「大体、こんなことでうまくいくわけないのは分かってるよ。ただの子供だましだから。でも少しくらいあがいても罰は当たらないと思う。ダリルの意思がちっとも通らないなんて……て、ちょっと!!」


 せっかく語りを入れていたのに、ダリルはすでに接着剤を布にしみこませ、鏡に向かって目を吊り上げることに夢中で聞いちゃいなかった。ちょっとちょっと。さっきまでの物悲しげな影のある様々な宿命を背負った顔の男はどこへ行った。

 このパターンは正直もうごめんなのにな。でもさっきより元気が出てるダリルを見ていると、仕方ないか、という気分になってきた。

 それから私はいろいろかき回して、小道具を持ち寄った。使ってない脱脂綿。それと父さんのガウンとクッションと襟巻と帽子と毛布と……。


「どうするんだそれ」

「全身の体型を変えるの。顔だけ細工してるのがバレバレっていうのはあんまりだから、せめて」


 お腹や腕にタオルとか毛布とか巻いたり、クッションを付けたりした上に父さんの大きなガウンを着せる。

 ほっぺたに脱脂綿を詰めて、帽子にも布を入れて頭を大きく見せて……。

 うーん、まだなんか足りないな。あ、そうだ蓖麻子油あったっけ。これを顔にぬたくって、脂性にして……。


「い、一応別人みたいになったと思う……」


 そう、横に巨漢の完成だ……。だけどダリルは何か不満顔だ。


「面白味が足りないな。これじゃ普通に太った男だ」

「面白くしたくてしたんじゃないの! お願いまっとうな道を歩いて! 私が悪かったから!」


 せっかく魅了に大分慣れてきて、普通にダリルを見れる時間が長くなったのに、こんなこと嬉々としてするようになったら……私ってばほんとになんてことしてたの……!

 半泣きになりかけていると、ぼすんとダリルの膨らんだ腹にあたって頭を撫でられた。


「よしよし泣くな。なんかお前小さくてかわいいな、あはは」

「かわ……!? あは…!? よ…っ!?」


 い、犬猫みたいにされてる! 確かにぼぶょん体型からすればそりゃ……っ! 腕の中でおたおたする私に構わず、ダリルはなでなでしながら穏やかに言った。


「別に失敗したっていいよ。お前が言う通り黙って従うよりだったらさ。これだけする位に嫌がってるって意思表示にはなるだろ。じゃ行ってくる」


 そういって狭い階段を上がっていく。なんだか、変装っていうより変身って感じの、さっきとはうって変わった前向きさを見せて。……風船みたいなのに、かっこいい気がした。

 ドアの前でこちらに振り向き、小さく手を振って笑うダリル。やめてよそういうの。なんだかこれから死地に向かうみたいで、半泣きが全泣きになるじゃない。

 ガチャリ、とドアノブの音。それからギイ、と重い音を立てて開く扉。


「ダリル……」


 お姫さまの声。階下にいる私からは何も見ることができないけど、声はよく聞こえた。その後に続くダリルの声も。


「久しぶり、王女様。相変わらず無礼ですみま」

「キャアアアアアアアアア!!」


 バタン。


 漏れていた光が消え、階段は再び闇になった。どうやら話の途中で扉を閉められたらしい。だがまたすぐに開く音がした。


「不審者だ! 不審者だぞ!」「貴様どこの誰だ!」「両手を後ろに組んで伏せ」「ダリルはどこですの!」「お前らバカか! あれは」「ぐはああ!」「ごほお!」「こらダリルやめんか!」「デュフ」「ダリル訓練生落ち着け!」「ダリルー!」「ぐわあ!」


 あわわわわわわ……。

 何が起きているのか知らないけど、施した変装が見事すぎたのは分かった。でも皆さんの怒涛の叫び声に恐ろしくなり、私は階段の下でプルプル震えているしかない。部外者になりたい。私が最後あたりに叱られるオチだこれ。それにしても私って結構腕がいいんじゃない? よし、将来化粧師になろう。でも全身改造の方が才能あるのかも。あ、でも私のしてることって「美しさからの転落」になるし、あ、でもマニアもきっといるよね。その方面で有名芸術家になって……



 現実逃避をしている間にコトはあっさりと終わっていた。



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