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『ひょんなことで知り合った人が実は王子だったなんて。
私は貧乏貴族で王宮のごたごたとは縁のない、そんな静かな毎日を過ごしていたのに、王子から夜会の招待状やらドレスやら贈られてくる。断るわけにもいかないから渋々夜会に出れば、王子は婚約者候補達をそっちのけで私にまっすぐ近づいてくる。
もう! ダンスは一曲でいいでしょ!? いいかげん解放してくれる!? ほら、私より綺麗なご令嬢方が嫉妬の光線をウニみたいにまき散らしてくるじゃない! お願いだから平凡な日常をさせてよ!』
「いいなあ……」
私はつぶやいた。
そして別の本にも目を落とす。
『彼の周りにはいつも女の子がまとわりついている。
王女殿下までたまに色目を使う有様だ。スラリとした身長、彫りの深い目鼻立ち、翳りのある色気。剣の腕が立つのも好印象の一つ。
確かに人をとりこにする見かけなんだろう。だけど私は興味ない。あの男の良さがわからない。なのに最近彼は私に声を掛けてくる。いつも一人で凛としている君に興味が湧いたとかなんとか。
やめてくれ。おかげで女の子たちに睨みつけられているじゃないか。私は静かな日常を望んでいるのに』
「うらやましい……」
私は本から目を離し、ベッドにごろんと横になった。
何がうらやましいかって? 美形や王子に好かれていること……まあ、正直言ってうらやましい。14才はまだ王子様を夢見ていい年齢だよね? けど、目下のところはそこじゃない。
大勢いる可愛い女の子の中から沢山の嫉妬を受けつつ選ばれること……嫉妬で攻撃されるのは怖くてやだ。だけど、「大勢から嫉妬されるイコール数々の羨望の眼差し」なんだと知ってなんとも言えなくなった。
これも今抱えるうらやましさには比べものにならない。
うらやましいもの。それは、主人公たちの『動じなさ』だ。
美形から迫られて動じない、王子に特別扱いされて動じない。そのクールな感情。その上逃げ回るなんて。
そこへいくと私の場合。
わたわたおたおた、ゆで上がり、どこか壊れてぽーっとするばかり。
あぁ、きゃいきゃい騒ぐ女子から自分だけ遠ざかって「どこがいいのかしら」とか言う主人公、かっこいいわ。
なのに騒がれている美形をしっかり射止めるってかっこいいわ。
好かれてるのに気づかないってかっこいいわ。
わー、私、頭わいてるわ。
ヒロインになれる人間となれない人間は決まっている。
私はどこをどうとってもなれない派。
素晴らしい才能があるわけでもないし、ものすごい金持ちでもなければ貧しくて過酷な環境に育ったわけでもないし、機転の利く利発な頭でもないし、運動能力も平均だし、ねたみそねみつねみはするし、顔は平均……より下ではないと思いたいけど、何か特徴的なものもない。
あ、手首の関節がありえない方向に曲げられる……そんな小学生男子が自慢するような芸当は気味悪がられて終わったな。
まあ、とにかくあらゆる点でヒロインとしては何の旨味も面白味もない。
なぜ私がこんな風に物語の登場人物をうらやましがってうだうだしているかについては、ちゃんと理由がある。
私の身に物語みたいなことがおきた。
2ヶ月前の事。
父さんが親戚の子を引き取った。1ヶ月下なので弟になる。
複雑な家庭で身寄りが誰もいなくなり、近親者は我が家だけだった。親戚、といっても書類上の話。父さんの義弟の子だから血の繋がりはまったくない。
我が家は父さんと私の2人暮らし、家の事はお手伝いさんを頼んでいる。
母は弟レイシーを産んで亡くなり、そのレイシーも2年前流行病で亡くなっているので、また弟が出来ると喜んだ。が。
彼と初対面の時私はぽけーっと顔を赤くして見とれてしまった。
美しい顔立ち。同い年なのに、なにこの女顔負けな妖艶さは。
スラリとした高い背とバランスのとれた体格も相まって17,いや18才でも通りそう。
私のクセの入った栗毛とは違ってさらさらつやつやの黒髪、その間からのぞく漆黒の瞳、磁器みたいな肌……。
中性的な美を目の当たりにして私はくらくらした。
完璧なまでのシンメトリー、青年と少年の中間、男性すぎず、女性すぎず、ただただ美しい……。
「初めまして。ダリルです」
そう言って微笑むその顔にとろけてしまいそうになりしばし返答を忘れた。
「リ、リンデです」
なんて弟になる相手にどもって敬語でかえすアホな私。そんな私にまたその輝く微笑みを深くして、
「よろしく、姉さん」
と返してくれた。
超絶美形が義理の弟になって一つ屋根の下で一緒に暮らす事になった。
こんな状況、私はどこのヒロインだと思ってしまうのもしょうがなくないですか?
いえ、無理に同意は求めませんが……。
ダリルは老若男女問わず、人を魅了する。右隣のグィンさん一家も左隣のジャガーさんもダリルが微笑むと骨抜きにされた。
ここでみんなと一緒にメロメロになって恋は盲目状態になってしまう私。ヒロインじゃなくその他大勢位置の証拠だよね。
また弟ができるんだと喜んでいた心は何処かに飛んでいってしまった。
ダリルをレイシーと同じようになんてできない。同い年、というのはもちろんだけど恋に落ちてしまった感情は止められない。
庭を案内してほしいと請われ、手を引かれてどぎまぎする始末。
「姉さん、熱があるの? 大丈夫?」
顔を覗かれ、間近でみるダリルのキラキラした瞳に失神しそうになったっけ。大丈夫と言ってみたものの、挙動不審でおたおた。もう、庭の花よりダリルを見てる方が心が華やいだ。
「今度は街に出てみない? リンデ」
いつしかダリルは私を名前で呼んでいた。私の名前が彼の声に乗っただけで心臓が跳ね上がってしょうがなかった。
そんな風に私はダリルを意識しまくり。ダリルは誰からも好かれるのでたまに嫉妬するくらいだ。
近所のおばさんと話しているだけでイライラしたりした。
はいここでもヒロイン失格。ヒロインたるものむやみやたらに負の感情をもっちゃいかんものよね。嫉妬はかわいくしなきゃ。……かわいい嫉妬って、どんなのですか?
そうこうするうちにダリルは父さんの手配で、軍の養成学校に入学した。
あああ、離れてしまうーと思ったけど、しばらくして彼は特例として家から近いということで寄宿舎内に入らずに済んだ。
……あとで知ったことだけど、ダリルの存在は寄宿舎内をおかしくさせたらしい。
その、あれです。教会に仕えるお弟子さんとか監獄にもそういう噂ってあるじゃない。男ばかりの所だと、アレがソレなのでコレをアレする役割の存在が……。
と、とにかく、ダリルをめぐっての流血沙汰があるとのこと。じゃその原因のダリルを退学させろ、との話が出たけど、上層部の半数が何故か反対。特例で自宅通勤となったのだそうだ。
父さんが一度ものすごく彼を褒めていた。射撃と体術、銃剣術が驚異の成績だったそうだ。
学科を叩き込めば幹部候補は楽勝だろうと言う。
そんな凄い人が私の義弟、という事に気持ちがよかった。
そのうち養成学校の塀の隙間や上に、若い女の子が貼り付くという現象が起こった。
どこからダリルの存在を突きとめたんだか、彼女たちは一目見ようと平日の昼下がりから一応軍施設になっている養成学校に押しかける。
以前は怖くて近寄れなーいと言ってた女学校の同級生までもが授業をサボって塀の隙間を捜しまくる。その見学者たちはどんどん数が増え、集団になった女達に怖いものはなくなっていく。
たまに私はダリルと一緒に帰りたくて学校の門の前で出待ちをした。
黄色い声とすり寄ろうとする女の子たちを早歩きで避けるようにするダリルに声をかければ微笑んで、
「リンデ、来てくれたんだ」と私と一緒に並んでくれる。その時の周囲の嫉妬の目線、あれは怖い。
だけど今正直に認めれば、気持ちよかったんだ。
こんなに大勢の中から私を選んで私だけに微笑みかける。それは優越感、そして自分が勝ち得てると錯覚させるもの。
あなた達が一生懸命着飾って束になっても彼はあなた達を見向きもしないのよ、ご苦労様ね。
……心のどこかでそう言っているのを認めようとしなかった。
やり方がどうであれ一生懸命な女の子たちを高みの見物よろしく「選ばれてるのは私なのよ」とあざ笑って。
※余計なお世話な警告※
あらすじにもありますが、愛され系ではありません。美形男子×平凡女子を望む方は回れ右です。
但し成長記なのでどう転ぶかは分かりません、そんな話です。
細かい背景や世界観はそのうち別で上げるつもりです。
タグはそのうち変わるかと思います。マイペースに進みますので気軽にお読み下さい。