第四話 人刀と黒影
長い入学式が終わり、転校生挨拶を終え、昼休みになった。俺は今、凛音に学園のあちこちを案内されている所だ。
しかし、なんという肉食系女子--厳密には、面食い系女子の多いこと。クラスの挨拶を終えた途端に、ひっきりなしに話し掛けてくる女子の数々。全体的にレベルが高い女子が多い。だけど、そんなに俺、格好いいのだろうか。隣の席になった凛音は、それを見て膨れっ面だし。
……女性の嫉妬って、初めて見た気がする。
そして今も、凛音は口を聞いてくれない。
そんなに、可愛い子いたかなあ……。
「な、なぁ、凛音」
手を無理矢理引っ張って、尚且つ無口になっている凛音に、俺は声を掛けた。
「…………」
「誰に嫉妬してんのか分からねえけどさ、俺は凛音ほど可愛い女子なんて、あのクラスに居ないと思ってるぞ」
「……!」
「少なくとも、お前は今まで見てきた女性の中で、一番綺麗だ。だから、俺の話聞いてくれよ」
食堂まで来た所で、凛音は手を離し、真っ赤になっている顔を向け、人差し指で俺を差した。その表情は、明らかに動揺している。
「な、何でお前は、私にそんな発言が出来るんだ!?」
「何でって……お前がべた誉めするのと同じ原理さ。俺はお前のことが好きになりたい。綺麗な笑顔をもっと見たい。だから、お前を喜ばせる台詞を重点的に使ってるんだよ。それとも何だ、お前は今までのが嘘だったって言うのか? それに、朝はあんなに喜んでたじゃないか」
「ち、違う。それは無いけど、朝とはなんか違う……」
「じゃあ朝は何だって言うんだよ?」
俺の言葉にあわあわする凛音。……可愛い。
「あ、あれは私に制服が似合っているってことで、今のは私本体を誉めてて……も、もう、叡徒の馬鹿っ」
赤い顔のままそっぽを向いた凛音に、俺は首を傾げる。
「バカップルになりたい、と言ってたのは凛音だぞ」
「……お前は羞恥心という二文字を自分の辞書に刻み込んだ方が良いぞ。しかし、実は天然だったのか……残念系イケメンだな、君は」
なんでだろう。可愛い凛音を見て萌えたいだけなのに。風呂の時までの萌えは要らないけど(好きなタイプが変わってしまうから)、可愛いものは愛でたいのに。俺は巫女キャラがタイプだが、同時に可愛い女の子も結構高評価なのだ。特に凛音みたいなのは。
凛音は一つ咳払いして、説明を開始した。
「とにかく、ここは学園の食堂だ。質は良いが、値段は割とリーズナブルな学食だぞ……」
「へぇ……」
別にここは、二人共テンションが低いわけではない。何かというと、呆れの感情だ。
俺と凛音の視線の先には。
平たい皿に、肉を何枚も山積みにした上に、丼ご飯を掻き込んでいる二人の姿が写っていた。
一人はご存知、黒狼さん。骨付き肉をムシャムシャと食っている。
そして、もう一人は--。
「モグモグ、美味いっすね、この肉」
黒髪紫眼の美青年、高田光臣である。高田は、俺の左隣の席で、クールでかなり大人しい雰囲気の少年だ。軽く挨拶を交わした程度だが、俺はこの少年から、あるものを感じた。どうやら、俺の同類のようだ。
大切なものを、失っている--。
「……二人共、何をやっているんだ?」
凛音は声を掛け、俺と共に彼女達の近くの席に座る。
近付いてきた俺達に、黒狼さんは笑顔で言った。……肉を口に入れながら。
「ほふ、ほふひはは(ほう、よく来たな)」
「黒狼さん、先に飲み下して下さいよ……」
口に物を入れたまま喋らないようにしましょう。
「ゴクン。……で、五十崎少年に、藤瀬女史。一体、この愚先輩に何用かな?」
「いや、特に用は無いのですが……しかし黒狼先輩、よくそんなに食べれますね」
凛音が呆れながら言う。だが俺は、黒狼さんよりも高田に興味がある。
五十崎の名を聞いた時に少し目を見開いたものの、その後は食べ続けている高田に俺は声を掛けた。
「なぁ、高田君……だっけ」
「ほふひはほ、ひははひふん? (どうしたの、五十崎君?)」
「…………」
同類のキャラらしい。
「ゴクン。……五十崎君か。オレの名は知ってるな」
「ああ」
「じゃあ言うことなし。モグモグ」
「ち、ちょっと待てい!」
な、なんてとっつき難い……話が展開しないじゃないか!
「何? 君と話す事なんて一言も無いんだよ」
「俺のこと嫌いなのか!?」
「うん、嫌い。だから、どっか行ってよ」
「…………」
即答だった。
そんな、直截的な……。二度目の心折れそうな場面だよ、ここ。俺、結構毒舌に弱いんだよ……。
俺はうなだれて、隣の凛音に泣き付いた。
「うええん……初対面で嫌われたよぉ……」
凛音は優しい表情と優しい手付きで俺の頭を撫でる。それは宛ら、大きな子供をあやす、母親のようだった。
「よしよし、泣かなくても良いんだぞ……例え全世界の人間がお前を嫌いでも、私はお前が大好きだからな……」
「凛音……わぉっ」
俺の顔の位置は、凛音の豊満な胸の中心に置かれた。そのまま、抱きしめられる頭。
「だから、存分にここで泣いてくれ」
「……きゅう」
胸の柔らかさと温かさ、彼女の香りで気を失いそうになる。
……刺さる視線に気付き、現実に引き戻されたが。
「り、凛音……もう良いよ」
「む、そうか。抱かれたくなったらいつでも言えよ」
凛音は俺を解放する。……抱かれたくはないが、その魅力的な胸は、いずれ別の方法で、味わわせてもらおう。
さて、問題の視線は、先程俺を嫌いだと言った高田から発せられていた。だが、侮蔑ではない。寧ろ、羨望の視線のようだ。
「オレもアリアに……ゼロめ、早くぶん殴りたい」
「? 何か言ったか?」
「君には関係ない話だ」
高田は食べ終わり、その場から立ち去って行った。
何だよ、アイツ……。完全にぼっちになるタイプの人間じゃないか。
「アイツの事は構うな、少年」
一息ついた黒狼さんが言う。
「アイツは今年の春--二日前ぐらいか、大切な人を失ったのだ。そしてアイツは焦っている。無くした物の大切さを今頃気付いたのだからな」
「何故--」
理由を聞くと、黒狼さんは首を横に振る。
「知っているが、ここからは言えん。言ったら、アイツの怒りを買ってしまいそうだ。強いて言うなら、多分“一般人”の君には関係ない話なのだ」
一般人。
俺は一般人なのだろうか。
凛音の方を窺うと、大きく縦に頷いていた。
知りはしないが、どうやら分かってはいるようだ、“王”関連の出来事ということに。
それでも頷いているのは、不安定な王という俺の存在に、黒狼さんの言っていることは正しいと、肯定しているようだった。
「君からは私に近しいものを感じるが……どうやらまだ不安定なようだな。強くなったら、私にそれを聞きに来い」
そう言い残し、黒狼さんは去った。
凛音は俺と向かい合う。
「先輩の言うとおりだ。私達は、これから強くなろう。あの小生意気な、高田の話を聞くためにな」
「……ああ」
早く、凛音に相応しい男にならなくちゃ。
*
授業を終え、放課後になり、俺は何の気なしに校庭をふらついていた。
サッカー部が部活は無い為に、適当にふらつける場所があったからである。それに、たまには一人でふらつきたい。
仕切られたフェンスからは、野球部の威勢の良い声や甲高い金属音が聞こえる。
足を止めて耳を澄ませる事はあるが、しかし、彼処にはもう戻るつもりは無い。
野球を辞めると共に、道具と一緒に、茶菓木市の思い出は全て置いてきたのだから。
俺が歩いていると、目の前にボールが落ちてきた。後ろを振り向くと、野球部の部員が、こちらにグラヴを振っている。
俺は投げ返した。少し力を入れすぎたか、俺の好返球を捕れなくて、そいつはボールを零した。
俺は溜め息を吐き、背を向ける。するとそいつは、大声で言った。
「野球部、入らないか!?」
何を言っているんだ、アンタ。
俺は振り向く。そいつはもう、目と鼻の先、というか距離は一メートルまで迫っていた。小柄だが、野球部には珍しい、黒髪でやや長髪の美少年だった。
「ボクは檜垣叉甫。君と同じ学年の野球部さ。どう、ボクと勝負してみない?」
「勝負だと?」
「そう。君が勝ったら、ボクはすっぱり諦める。ボクが勝ったら、君は野球部に入って欲しい」
俺はせせら笑い、小柄な檜垣を見下ろす。
「それは俺に何のメリットも無い。そんな非生産的な勝負、お断りだね。大体、君が勝てるわけ、ないだろう」
「やってみないと、分からないよ」
妙に強気な少年だ。それだけに、癪に障る。
俺がどうして野球をしないか、知らない癖に、偉そうな口を叩くな。不愉快だ。
俺は背を向ける。
「俺には興味ない。他を当たりなよ」
「……冷めてるね」
ぽつりと彼は呟いた。
「どうしてそんなに野球を嫌うのさ。実力もあるのに」
「強いて言うなら--俺はものを知りすぎた」
そう。ただ有名になっただけじゃ、意味が無い。そもそも俺はプロも目指していないのだ。中学生の時にそれで遅れて、妹が汚されかけた。もう、辛い記憶はうんざりだ。
「逃げるんだね、現実から」
そう言った彼に、俺は顔だけを向かせ、言う。
「そこまで言うなら、野球の未来を考えてみろ。プロになった所で、興味ない人には知られない。それに……大切なものを、失うかもしれない」
そう、一瞬の遅れにより、取り戻せない物もあるのだ。
「野球、と聞くだけで、身震いがするんだ。辛い事を、思い出しそうで」
「そんなの、皆で話し合えば--」
「話し合いで解決出来るならこんなこと言わない。それに……思い出すものが近くにあって、どうして解決できようか」
これは。
俺だけの問題だから。
“普通”では、俺は決して、ないのだから。
「だから、そういうのは止めてくれ。このままだと……お前を、殴りかねない」
そう言い残し、俺はその場を去ろうとした、その時。
大きな音がして、校舎裏の二本の大木が横に倒れた。
突然の出来事に俺は動揺しつつも、校舎裏に向かった。途中、檜垣がついてこようとしたが、「お前は部活に戻れ」と言うと、すぐ戻っていった。
そして、校舎裏に着くと、異様な光景があった。
二つの切り株の間には、上に袖の無い状態のワイシャツを着て、尚且つ下はショートパンツで際どい印象の、かなり長身の女性が立っていた。長い黒髪は、ボサボサで、清潔感は無いが、臭くは無い。顔立ちは、端正である。
「ふぅ、こんなところかな……ん?」
女性は俺に気付き、目の前まで近付いてきた。
女性の割には、かなりの長身。バレーボール選手並みの身長だ。一九〇は悠に超えているだろう。
……なんか、女性に見下ろされるって、気分悪いな。
「小さいな、小童と呼んで良いか?」
声域は低めだが、割と女性的な強さを感じさせる声だった。
「……いや、それは止めてください」
「ま、そりゃそーか」
豪快に笑う彼女。なんか、凄く男勝りだな。男らしすぎるわ。
「名乗りが遅れたな、おれは七刀薙と言う。この学園の三年生だ。小僧、名は?」
小僧……ですか……しかし、先輩だったのか。ちょっと意外。口調は会った女性の中では最も荒々しいけど、美人ではある。
「俺は、五十崎叡徒と言います」
「五十崎叡徒……良き名だ」
ふっと七刀さんは微笑み、言う。
「では五十崎、おれはあんたを試させてもらう」
「試す? 何を--」
その瞬間、彼女は貫手を顔に向けて繰り出してきた。辛うじて、俺は顔を逸らし、避けたが、彼女の親指が掠めた。
「……!」
爪が掠ったわけでも無いのに、頬が切れ、血が吹き出した。
俺は、傷口を抑え、彼女との距離を取る。
「痛ぇ……何すんだ!」
「やるな。おれの最も速度のある技“鬼灯”を初見でギリギリ避けるとはな」
七刀さんは、左足を前にする構えを取った。
「すまんな、もう一つ申し遅れた。おれは一五“王”が一人、刀王の七刀だ。後、さっき斬れたのは風圧とかじゃねぇ、おれ自身が刀なんだ。王は刀をそれぞれ持っているが、おれは持たない。感じる所、あんたは影の王らしいが……神刀・黒影は持ってなさそうだな。まだまだ新しい王だと見える」
「王の……一人」
七刀さんは不敵な笑みを浮かべ、突進してきた。
「実戦経験は少なそうだなぁ、能力はつかえるのか!?」
そう言って、右の手刀を繰り出す彼女--しかし、その攻撃は俺には届かない。
何故ならば、その能力を発動していたから。
手刀は俺の姿をした影を切り裂いた。
俺を探す七刀さんの影から、俺は出現し、黒い木刀で胴を抜く要領で、背を抜く。
「ぐっ……やるな!」
「能力の一つ、“影潜み”。侮ってもらっては困りますよ」
「しかし……これはどうかな!?」
一瞬で背後をとられたかと思いきや、俺の黒木刀を奪い、俺の影に刺した。
途端に、一気に身動きがとれなくなり、俺は身を捩った。
「一体何をっ……」
七刀さんは俺の前に立った。
「影刺しだ。原理は影縫いと同じ感じだな。身動きが取れまい」
「負ける……ものかぁーっ!」
気合い一発、動きがとれるようになった。……そんなわけは無いが、右腕だけは動けるようになり、木刀を抜いて身動きを取れるようになった。
七刀さんは目を丸くしながら言う。
「気合いだけで解くとは……五十崎、やる男だな」
「今度は……こちらの番だ!」
俺は黒い影を木刀に纏い、切りかかる。しかし、一つの手刀に依って、それは真っ二つに斬られてしまった。
唖然とする俺に、彼女は足刀を繰り出してきた。斬れはしないが、かなりの衝撃で俺は膝を着いた。
「面白かったが……どうやらここで終いのようだ」
咳き込む俺を見下ろしながら、七刀さんは右手刀を振り上げる。
「試すだけだったが、気が変わった。……死ねよ。大丈夫だ。首は、おれが持っておいてやる。ここがお前の、断頭台だ」
嗚呼。
俺はここで死んでしまうのか。絶望したまま、その生を終わらせてしまうのか。
凛音。
お前は新しく、伴侶を見つけろよ。
…………。
嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ!
死にたくない、まだ俺は死ねない!
凛音と、離れたくない!
俺は……俺は!
(主よ。生きたい、その願い、しかと聞いたぞ)
……え?
「死ね」
振り下ろされる手刀。だが、その手刀は、またも回避されていた。
俺自身も何が起こっているか、把握出来ていない。俺の意識とは別に、体が動いているようだ。
再び背に一撃を喰らわせる俺であり俺でない人間。その手には、柄も鍔も刀身も真っ黒な長刀が握られていた。その刃には、彼女の血が付いている。
七刀さんは短く呻くと、体勢を整えた。
「……誰だ、お前は」
髪の長い、俺であり俺でない人物--五十崎影人その者は、笑みを浮かべながら名乗った。
「我は五十崎影人。五十崎叡徒の心に巣くう者也」
「……お前が、五十崎の」
影人と黒い長刀を見て、七刀さんは呟く。影人は首を振り、俺の口で言う。
「否、あくまで我は、我が主、叡徒の内面的人格に過ぎぬ。影の王に依って作り出された、魂を持つ人形だ。それでも我が主よりは、今は戦闘力が上である」
影人は刀の先を下ろす無行の構えを取った。
「少なくとも、剣士である御主の背後を取れるまではな……我が出たからには、全力で片付けさせてもらう」
七刀さんは口元に笑みを浮かべ、再び同じ構えを取る。
「良いだろう、来い」
「……聞くが、その構えは何なのだ? 随分と面白い感じの構えではないか」
「これは全刀流--『睦月』という。全刀流には、あと三つの構えがある。心配すんな、今あんたに披露することは、ない」
俺の意の介さない状態で進められる会話。だが、これは一つのチャンスでもある。
影人に乗っ取られているとは言え、俺の意識ははっきりしている。ならば、影人の剣技を見ることが出来るのだ。これ以上の機会は無い。
「そうか、それは残念だな--『御主が死んでそれを見れなくなる』とはな。御主とは良き好敵手になれたろうに、残念さ加減も一入だ」
「おれはあんたに殺されるつもりは無い。おれは、“ゼロ”を殺さなくちゃならないんだ。ここで立ち止まれない」
“ゼロ”……? 誰だ一体?
「あの神を気取る小生意気な娘か。吸収しなきゃ能力は使えず、自身は吸収以外無能力というただの人間。そんな奴にこの世を支配されかけているなど、世も末だな。だが現に被害が出ているからな、あいつを認めねばなるまい。だが、刀王よ。御主一人で何が出来るというのだ。下らん仇討ちは止せ」
仇討ち……だと? そのゼロは相当な強さを誇っているようだな。
香我美に聞いた物騒な奴とは、そいつの事か--。
「やってみないと分からないさ。それに……おれはまだ実力の半分も出していないんだぜ? あんたなんてその気になりゃあ、五秒で片付けてみせるさ」
「……大した自信だな。まぁ、強ち過信ではなさそうだ」
「事実だ。おれは一五王中戦闘力最強だぜ? 鬼王が解放したところで、おれには適わないさ」
「その気にならぬのは、何故だ」
「あんたの主はおれ以上の才能を秘めている。それに、かなり特殊な力をお持ちのようだ。殺すのは、惜しい。まぁ、さっきのは演技さ。途中で止めるつもりだった。だが、あんたが出て来たからには、少し、痛い目にあってもらうしかあるまいよ」
「……そうか、ならば」
影人は刀を納めた。そのまま居合いの構えになるのかと思いきや、腕を下げて棒立ちしていた。
「その自信、斬り崩させてもらう」
「……何だ、その構えは」
「“明鏡止水”とでも言おうか。構えない事により、次の行動を悟らせない無の境地の構えだ」
「好きに構えろよ。勝負は一瞬だからな!」
七刀さんは右足で地を蹴り、右の掌底を繰り出してきた。
「全刀流--花鳥風月!」
しかし、影人はそれ以上に素早い動きで彼女の横を駆け抜けていた。背後を取りそして、抜刀する。しかし、その攻撃は空を斬り、体勢を低くした七刀さんの足刀が右脇に入ったように見えた。
だが、どうやら、これは影潜みのようで、七刀さんの攻撃はまたも当たらない。
影人は切り株の影から現れた。
「影の王は、打撃攻撃ではダメージを与えられんよ。手刀は当たるがな」
「……くっ」
「影の王は一五王最も未知数の能力だ。我が主に憑依出来たことに、我は感謝している。我が主も、特殊な能力を持っておるし、剣技で鍛えたこの肉体を存分に振るえるからな」
影人は再び明鏡止水の構えをとる。途端に、七刀さんが突進してきた。距離を詰めただけじゃなく、凄まじい速さで手刀、掌底、足刀を次々に繰り出してくる。
しかし、影人は明鏡止水の構えを一切崩さないまま、それらをいとも簡単に回避していく。
「明鏡止水の構えは、攻守に適した実戦向けの構え也。力技では破れんよ」
「くそっ!」
凄い。これが、もう一人の自分の力か。なるほど、強くならねば呑まれてしまいそうだ。
「ほら、どうした。動きが鈍って来て居るぞ? ゼロを一人で倒そうとする者の強さではないな」
「ちぃっ!」
七刀さんの額に汗が浮かび始めた。
これが、影人の戦い方。なんと持久戦なのだろう。
「先程余裕綽々の者とは思えぬな。ほら--右脇が空いて居るぞ?」
影人はそう言うと、回旋運動を加えた左の足刀を、七刀さんの右脇に放った。
「かはっ……!」
いとも簡単に吹っ飛んだ身体は、近くの大木に叩き付けられた。
だがそれでも立ち上がった七刀さんを見て、影人は呆れ顔になった。
「全く、女性だと言うのに呆れた打たれ強さだな。図体は伊達ではないということか……」
「おれは負けられないんだ! アイツの……秦太の仇、ゼロを殺すまでは! うおおおおお!」
獣のような雄叫びを上げる、七刀さん。その髪の色が薄くなり、銀色に輝き、ストレートになった。
銀髪になった七刀さんは、不敵な笑みを浮かべた。
「待たせたな! これが俺の全力、“全刀開眼”だ!これは俺に死んだアイツが、授けた力だ! 仇討ちを、成功させる為にな!」
影人は眉を顰めながら言う。
「鞘を失い、抜き身を晒すか、血に飢えた人刀め。仇討ちは一人ではこなせないことをその身に教えてやる。覚悟しろ」
七刀さんは、地を蹴り、全身による回転攻撃を繰り出した。
「全刀流--神楽独楽!」
影人は刀の柄に手をかけ、膝の力を抜き、目にも止まらぬ速度で空中の七刀さんの横を駆け抜ける。武道最高峰の奥義で神速の移動術、縮地法だ。
いや、ただ駆け抜けたのではない、横切る瞬間に、刀を抜いたのが感覚で伝わってくる。しかも、一閃じゃない。あの超速度の中で、連撃を繰り出したのだ。
「ぐああっ!」
無数の打撃を食らった七刀さんは、呻きながら、片膝を着く。銀髪が、元に戻っていく。
「な……なんだ、その技は」
刀を納め、影人は振り向いた。
「神影一刀流奥義--無間閃」
「無間閃……だと……?」
「無い間の閃きと書いて無間閃。その名の通り、相手に息を吐かせる間もない速度で、連撃を繰り出す技だ。だが、安心しろ。神刀・黒影の切れ味はなくしておいた」
そう言って、影人は納刀した神刀・黒影を前に突き出す。
「御主なら知っておるだろう、神刀の全てはその切れ味を制御できると。無間閃は殺す為の技ではない。殺す為の技は、無間閃・惨と言うのだ」
「何故、おれを殺さない」
「御主は我が主がゼロを倒すと言った時に、相手になって欲しいからだ。それで御主から一本取れるようなら、我が主に協力して欲しいのだ。さすれば、御主の仇討ちも成就するだろう」
「……もし、倒せなかったら?」
「実力も知らずに無鉄砲に飛び出す主ではあるまい」
「……それも、そうだな」
ふっと七刀さんは笑い、あれだけのダメージを受けていながら、影人の方を向いて立ち上がった。
「今度は、無間閃について対抗できる技を考案しておくよ」
「ふふ、期待しておこうか。さて……我は疲れたから、在るべき場所に戻ろうか」
すると、俺の髪が元の長さに戻り、意識も大分戻った。……左手には、神刀・黒影が握られたままだった。
「五十崎よ」
七刀さんが声を掛けてくる。
「強くなれ。あの男、五十崎影人を超えるのだ。そして、おれと再戦しよう」
「は、はい」
「お前の秘めたる強さ、期待しているからな」
そう言うと、七刀さんは去っていった。
俺は左手に握られた神刀・黒影を見る。
柄も鍔も鞘も刀身も、全てが真っ黒の太刀である。影人はこれを俺に持たせて、何をするつもりなのだろう。
だが、無間閃のヒントは得た。後は、どうやって身につけるか、だ。
「叡徒!」
声がする。振り向くと、凛音が居た。
「凛音……」
「大丈夫か? 心配したんだぞ」
「…………」
俺はあの時、凛音を求めた。多分、無意識のうちに、離れたくはないと感じていたのだろう。
無言のまま、俺は凛音をギュッと抱きしめた。何時ものごとく、凛音は真っ赤になって慌てる。
「なっ……おい、叡徒!?」
「……悪い、凛音、少しの間、このままで」
「え……う、うん、分かった。……泣いているのか、叡徒?」
「……グスン……」
怖かった。怖かったんだ。
絶望のまま死ぬのが。
暗い闇に突き落とされる事が。
何よりも、お前と離れるのが。
一番、怖かった。演技だったとしても……怖かった。
再び大切なものを--大切な人と、離れるのが。
凛音は俺の背に手を回した。
「大丈夫だ、私はここに居る。だから、泣くことは無いぞ」
「……凛音……」
俺は暫く泣いた後、凛音から離れた。
「俺はもう、泣かない。絶対に、強くなってみせる。大切なものを、守る為に」
まだ愛情なんて湧いていない。
凛音も夏華や智恵ちゃんや黒狼さんのように、大切な仲間だ。
まだ同じ扱いだ--だけど。
凛音はその中でも、特別な友達だ。
そして、その大切な人達を守る為に。ゼロの破壊を阻止する為に。影人を超える為に。七刀さんと再戦する為に。
絶対に--強くなってみせる。
「その一言、待ち望んでいたぞ」
不意に頭上から声がする。上を見ると斬り倒されていない木の太い枝に座っている、スーツ姿の母さんが居た。母さんは、ここの教師になったらしい。俺達のクラスの担任でもある。
「母さん!?」
「泣き虫の癖に、七刀の攻撃を回避するとはな……感心したぞ」
よっ、と俺の前に木の枝から降りて、着地する母さん。
「だが、まだ足りぬな。影人に頼らない戦いをせねば」
「……何時から居たんだよ、母さん」
「最初からずっと居たぞ。気配を消すのは隠密行動の基本中の基本だ。それは知っておるだろう?」
がさつでズボラで適当な癖に、やるときはかなりやる大人なんだよあ、母さんは。その片鱗を少しでも見せてくれれば助かるのに、「能ある鷹は爪を隠すものだ」とかなんとか言いやがって。その能のせいで、俺達が苦労してるってのに。
「……で、何で母さん? 母さんに手伝える事があるわけ無いだろう」
「心外だな。私はこの時を境に心外革命を起こそうかと思うが、どう思う? 昔あったから、今やっても良いよな?」
「今やったら確実に捕まるぞ!」
捕まった時の家への負担を考えろ。
因みに心外革命じゃなくて清亥革命。
心外だった事を訴えるつもりか?
「捕まっても、叡徒が助けてくれるんじゃないのか? 仕方ない、こうなったら確実に心外革命起こすしか手が無いじゃないか」
「心外革命から離れろよ……で、何が手伝えるんだって?」
「あ、ちょっと待って、今、友人に革命への参加を依頼してるから」
「本気でやる気か!? 頼みますから止めて下さい!」
俺は力づくで母さんの携帯を奪った。全く、危ない人だな……。
母さんは頬を膨らませた。
「ぶー、良いじゃないか、たまにはストレス解消しても」
「で、何で母さんが俺を手伝うんだ? 母さんは剣術を知らないだろう?」
「話題転換した……まぁ、それが本題だが。厳密には私が、じゃない。お前達自身が、だ」
「自分で力をつけろ? じゃあさっきの発言はどういう事だよ」
ふふん、と笑う母さん。
「実はな、新しい部の創設に成功したんだ。名を“闘技部”と言う」
「へえ……それで?」
「どうだ、ここで剣術を磨いてみては? 普通の剣道部じゃ、たかが知れているだろう?」
「……まぁ確かに、剣術は学べないもんな。だが、部員は何人だ?」
「凛音も含めて、四人だな」
四人? 一体誰が入ったんだ? 夏華は生徒会らしいし、黒狼さんは多分入らないし……誰が?
「よし、分かった。入部するよ」
「ん? えらくあっさり入部したな」
「見たことが無い奴が二人、もしくは三人居るんだろ? 手合わせするのが楽しみだ」
「ふっ、流石に泣き虫脱却しようとしているのか……我が息子ながら、久々に感心したぞ」
漸くここで、凛音が俺に話しかけてくる。とても嬉しそうな笑顔だった。
「叡徒も一緒に入ってくれるのか、私はとても嬉しいぞ。二人で過ごす時間が長くなるのは非常に有り難い事だ」
「お……おう」
この部に入ったもう一つの理由は、凛音と一緒に居られるからである。心のどこかに、友人の凛音と一緒にやれる事を喜んでいる自分がいるのだ。
俺の凛音への評価が、次第に変わりつつある。これがどういう事を示すか分からないが、それでも、以前より楽しい事は明白である。
そう、あの野球部の空虚な時間より。評価じゃなく、俺自身を見てくれる、人が居るから。
だから、檜垣君、俺は野球部には入れないんだ。
二度と、辛い目には会いたくないから--。
「これから同じ仲間として宜しくな、凛音」
「何を今更。私はいずれ叡徒の嫁になる女だぞ。夫を助けんでどうするのだ」
「ふっ……そうだな」
まだ恋愛なんてものは分からない。まだ、彼女の気持ちにちゃんと答えられる、相応しい男になれるかは分からない。
それだからこそ、俺は強くならなくちゃいけないんだ。
とぅ びー こんてぃにゅーど。
No.4
七刀薙
性別 女性
身長 195cm
体重 70kg(筋肉)
3S B89 W55 H92
誕生日 七月七日
使用剣術 全刀流
能力 刀王(手刀が刀のように斬れ、開眼すれば四肢が刀のように斬れる)
好きな物・事 修行、焼肉、刀の鍔を集める事、勉強
嫌いな物・事 ゼロ
最近の悩み 身長が高すぎて様々な入口に入りづらい。