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俺の嫁が最強すぎる件について。  作者:
第一章 邂逅
4/6

第参話 Starting Of the Rain

第一部



 夜。

 どうにか生き延びた(Dとして)俺は、風呂に入っていた。

 結局、昼飯は凛音と一緒に食べることにし、蕎麦にした。あの場所が、最も逃げ仰せるに適所だったからである。蕎麦は、今まで食べてきた蕎麦の中でも飛びきり美味かった。

 やれやれ、そうしてやっと一人になれた。とりあえず、頭を整理しないと落ち着かない。

 「凛音に夏華に智恵ちゃんか……ふっ、面白い美女が集まったもんだ」

 特に、凛音の破壊力は結構なものがあると思う。あんなに魅力的なキャラ、そうそういたものではない。

 だけども、俺に相応しいとは、思えない。俺は絶望しきった人間だ、あんな良い子には手を出せない。

もっと俺は、罰を受けるべきなんだと思う。

 そう、こんな俺なんか、居なくなっても――。



 「へぇ、叡徒の家のお風呂、意外と広いんだぁ」



 「な゛っ、なななっ!?」

 タオル一枚の凛音、風呂場に侵入。ポニーテールを解いた姿は、更に大人びて見える。黒髪ストレートって、もう神聖な領域だと俺は思います、はい。

「あっ、叡徒ぉ♪ 入ってたんだ♪」

 ……しかもなんかキャラ違うし!? こんなテンション高くないよねぇ!?

 凛音は浴槽に入り、俺の横に座った。

 「はぁ、気持ちい♪」

 「…………」

 「どうしたの、叡徒? 黙り込んじゃって」

 キョトンとする凛音の瞳には、無垢な光が浮かんでいた。普段の、大人の聡明な光ではなく、少女の、純粋な光だった。大人な姿の彼女がそんな光を浮かべているのは意外と言うか、寧ろ萌えるカテゴリーなのだけれど、俺はそのあまりにもデレデレな彼女の姿が疑問だった。

 「凛音……その口調は」

 「あ、話し方ね。私、髪結うと気合い入っちゃってさ、あんな感じになるの。だから、必然的にあんな態度とらなくちゃって思って。だから、こっちが素になるね」

 「でも一回も見たこと無かったぞ」

 「いつも貴男とは戦ってばかりだったじゃない。そりゃ、分からないよ」

 「はぁ、そうなのか……」

 やっぱりまだ年相応なんだな……精神的には。体の方はもう、大人なんだけど。だからこそ、萌えキャラの一人なのかもしれない。

 実際、俺は凛音に萌え始めている。可愛いの意味で、だ。好意ははっきりとしたものは、無い。

 「ねぇ、叡徒♪」

 いきなり凛音は抱きついてきた……すみません、腕に胸当たってますよぉ!?

 「な、なななんだよ急に。お前も俺のDを狙ってるのか!?」

 「え、叡徒のDは、私にとっては何時でも頂けるよ?」

 「爆弾発言ですが!?」

 「だって一番近くにいるんだもん」

 でも今はちゃんと恋愛したいけどね――と、凛音は幸せそうな表情で俺の腕に頬擦りする。

 「……気分良さそうだな」

 「うん。でも欲を言えばもっとイチャイチャラブラブしたいけどね。そりゃもう、周りがドン引くぐらいに、バカップル振りを見せたいなぁ」

 「……そ、そうすか」

 すみません、どうにかしてください、神様。うちの彼女(仮)が、可愛すぎです。決して惚気る訳じゃないんです、このままだとマジで萌え死んじゃいますうぅぅぅぅぅぅぅ!

 な、何だよ、何なんだよ! 可愛いにも程があるだろうが! これって、ツンデレの一種だよねぇ!? あからさまじゃないけど、きっとそうだよねぇ!?

 このままだと好きなタイプが揺らいでしまいそうだったので、視線を逸らしながら、問い掛ける。

 「な、なぁ凛音。本当に俺なんかで良いのか? 親達が決めたんだし、別に完全に従う理由なんて無いんじゃないのか?」

 「私は理由が要らないくらい、叡徒が大好きだよ。従う理由としては、それで充分だよ」

 更に抱きしめてくる凛音。

 「それに……貴男も“王”なんでしょ?」

 「!?」

 何故だ。何故凛音がそれを知っている。影の力は何一つ使っていないのに。

 「お前は、一体……」

 「私も“王”。鬼王よ。同族の気配は大体分かるの。貴男はまだ覚醒しきっていないから、反応が微弱なのだけれど、私には分かる」

 凛音は俺から離れ、湯船から出て、俺と目を合わせた。ほんのり桜色に蒸気した絹のような白い肌と、タオル一枚しかないのでわかってしまう豊満なボディラインが俺の目を引き付けてしまう。

 そして、平時はポニーテールにしている、紺色がかった長い黒髪も魅力的だった。

 凛音は俺の右頬に手をつけた。スベスベした、心地良い美しい手で、俺の心拍数は更に上がる。

 「貴男は影王。だけど、まだなりたてで、このままではもう一つの人格に飲み込まれてしまう。だから……」

 彼女は優しく、暖かい笑みを浮かべて言った。



 「私が、いるの」




 「…………」

 俺は絶句した。こんな可愛い娘、鬼王というには相応しくない。美しさは最早、神の領域である。鬼で例えるなら、鬼王よりも、鬼子母神と言うべきだろう。

やはり、俺はこんな素晴らしい娘に、そぐわない。

 「ねぇねぇ、背中洗ってくれる?」

 俺は彼女の問いに、首を縦に振って了承した。

 俺なんかが彼女に触れるなんて、それこそ罪なことなのだけれど、でも、美しい彼女の頼みを断ることこそがそれ以上に失礼なことなのだ。

 俺は自分への罪悪感を感じながらも、綺麗な背中を洗い始めた。







 その夜は、違う夢を見た。

 王とも関連しない、まるで違う夢だ。俺は白い空間の真ん中-と思える場所――に立っている。

 「何だ、ここは……?」

 そのまま前に歩いていく。すると、突然風景が変わった。

 その風景は、和室。何故にそうなるのだろうと普通は思うが、俺はやはりここは、と眉を顰めた。

 『お兄様……』

 あの時だ。我が父が典奈を犯そうとしているのを発見し、激昂して影の能力を発現させ、激情に任せて父親の影を半死半生にしたときだ。

 『何を……する……叡、徒』

 『決マっテんダろォ……あンたヲぶっ殺す!』

 “影人”の状態の俺が、父親を影ごといたぶっていく。

 これを見せて何をしようと言うのだ。

 「お義兄ちゃんには、近いうちに覚悟を決めてもらわないといけないんだよ」

 いつの間にか、俺の隣に元・影の王、紗堂香我美が立っていた。相も変わらないその笑顔は、不快を感じさせる。

 「覚悟、だと……?」

 俺の言葉に、香我美は頷く。

 「そう。私達王が相手にする存在は、一筋縄じゃいかない。下手をすれば、すぐに殺される。実際、この街では既に五人の王がその相手に殺され、吸収された」

 「お……おいおい、そんな物騒な奴がいるのかよ……」

 「うん。だけど、お義兄ちゃんには、その者を圧倒する可能性が十分に備わっているの。でも、それはあくまで可能性や才能の話。現時点はまだ開花していない能力なの」

 香我美は真剣な面持ちで続ける。

 「明日戦う、鬼王のお姉ちゃんは初期の王の中では能力が最強と言われているわ」

 「……聞いていたか」

 実はあの後風呂から上がり、帰り際に俺は凛音から誘いを受けた。

 「手合わせをしよう、叡徒。能力を付与した君の剣技を見てみたい。場所は住宅エリア河川敷、時刻は昼飯を食べた後だ。勿論、やるからには全力で行かせてもらうぞ」

 元々剣技においては、凛音の実力は、身に染みるほど分かっている。それに鬼王としての能力を付与するなら……どれくらいなのだろう。

 「鬼王の能力は、王の異能力を全て無効化する。王の間では最強の、“鬼神ノ衣(オウガ・オブ・インファクト)”と呼ばれて、恐れられている。だけど、お義兄ちゃん。お義兄ちゃんの能力は、キャンセルが効かない-ううん、現雷王もね、お姉ちゃんの能力ではキャンセル出来ないの」

 「それは……どういう事だ?」

 俺と現雷王。それだけが、最強の能力をキャンセルする……だと?

 「王は普通の人間に力を譲渡する事が出来るのは知っているでしょ? 雷王もその類なの。私やお姉ちゃん達は“元王(オリジン)”で、力を受け継いだ人間は“偽王(フェイク)”なの。その能力は元とは構造的に違うから、キャンセルは無理だと言えるの。だけど、お姉ちゃんには“影操”の能力が効かない体質だから、そこは注意してね」

 「……お前は何処まで物を知ってるんだ?」

 とても十四歳の美少女には思えない知識を聞き、俺はげんなりして聞く。その返答には、満面の笑みで的外れな答えが返ってきた。

 「これぐらい、普通だよ」

 「何処が普通なんですかねぇ……」

 香我美は少し笑い声を上げた後、背を向けた。

 「じゃ、お義兄ちゃんの誕生日に、一大イベントを用意しておくよ。……頑張って、“未熟な覇王”さん」






 翌日、俺は何の気なしに、街へと繰り出した。特に午前中は何も無いし、夏華のラーメン屋にも寄って見たいと思っていたからだ。

 夏華から教えられた道を歩いていると、途中で歩行路で、何やら探し物をしている女性がいた。何事かと、俺は声を掛けた。

 「すみません……どうしたのですか?」

 女性が振り向く。その顔を見た俺は声を失った。別に知っていた顔ではないが、美しい女性だった。

 ナイトブルーの腰ほどまでの長髪は、シャギーが入っておりかなり攻撃的な印象。その上、琥珀色の吊り目も手伝い、正に圧倒的な「攻め」の美貌だった。しかしながら目鼻立ちも整っており、女性的精悍さを感じさせる女性だった。背丈は夏華より少し高い。服装は黒のライダースーツ。……真っ昼間から怪しい格好ではあるが、ボディラインをこれでもかという程強調させているその格好は、かなり刺激的であった。

 女性は少し困った顔をしながら、俺に言ってきた。ハスキーボイスの、人を惹きつけるような声だった。

 「む、手伝ってくれるのか。では、好意に甘えようか。私はここで、財布を落としたのだ」

 「それは大変ですね。では探しましょうか」

 「しかし、手伝ってくれる気持ちは有り難く頂戴するが……本当に良いのか? 見ず知らずの私に」

 心配そうに言う女性に、俺は微笑して返す。

 「人間は、助け合って生きるものですから」

 俺の言葉を聞き、彼女は微笑んだ。人懐っこい印象を受ける笑顔だった。

 十分程探し、近くの自動販売機の下に落ちていたそれを、俺は女性に手渡した。女性は安堵した様子で財布を胸に抱く。

 「有り難う、少年。君のおかげで助かったよ」

 「いえ、そんな……女性が困ってたら、助けてあげるというのが紳士ですし」

 「そうは思っていても、行動にはなかなか出せないものだ。この礼をしたいのだが……」

 「い、良いですよお礼なんて。俺はこれからあるラーメン屋に行かなきゃならないので……」

 女性は暫時目を丸くし、その後微笑した。

 「奇遇だな、ラーメン屋には私も行くところだったのだ。“火竜”と言う所にな」

 女性は俺の右隣に並び、俺の肩に手を回した……って良いんですか、そんな事!?

 「あ、あの……?」

 「ふむ、大分ウブな少年と見える」

 いや、そりゃそうでしょう。貴女みたいな美しい女性、意識しないと言えば嘘ですよ!?

 「あぁ、そう言えばまだ名乗っていなかったな」

 女性は俺から離れ俺の正面に移動し、名を告げた。

 「私は黒狼紅禰。神衣第一学園三年の女子高生だ、よろしく。では聞こう、少年、御主の名は?」

 ……先輩だったのか。確かに大人びてはいたが。

 「俺は五十崎叡徒。神衣第一学園二年に転校してくる者です」

 「ふむ、五十崎少年か。名から察するに、蜜柑の名産地から来た者だな?」

 「その通りです、黒狼さん」

 「ほう、面白い奴が来たものだ。ではこれからよろしく頼むぞ、五十崎少年?」

 尊大な態度だが、どうもこの人は嫌いにはなれない何かを持っているようだ。

 そのまま、俺と黒狼さんは話をしながら歩いていた。黒狼さんは黒いバイクを押しながらついて来る。

 「黒狼さんは何を目当てに火竜へ行くのですか?」

 「マムシラーメンを目当てにしているのだ。最近疲労はピークに達しつつあるからな」

 人気だな、マムシラーメン。やっぱり気になるな、今度頼んでみようか。

 「そう言う五十崎少年は何を目当てに?」

 「特濃ハバネロラーメンですよ。午後に大事な事があるので、ちょっと自分に喝を入れたいと思いまして」

 「ふむ、なかなか殊勝な心掛けだな」

 「そう言えば疲労がどうとか言ってましたが、バイトでもしているんですか?」

 「ん、いやいや、受験勉強だよ。ほら、今年には大学入試だったり、就職試験もあるだろう? それに向けての勉強だよ」

 「はぁ、大変ですね」

 進路……か。今から決めていた方が絶対に良いはずだけど、野球を辞めた俺には何も残ってないなぁ……剣道で食えるわけが無いし。その上、この町には大変な化け物が住み着いているらしいからな、進路なんて考えている余裕が無い。いっそ、黒川教授のように科学者にでもなろうかな……。

 「……っと、もう着いたか」

 俺は赤い看板に気付き、足を止めた。どこの町にでもありそうな、外見だった。

 「ここが、火竜……意外と貧相な外見だな」

 率直な感想を黒狼さんが呟く。

 暖簾をくぐり、俺と黒狼さんは店内に入った。

 「いらっしゃ……おぉ、叡徒!」

 カウンターには、エプロンを着けた夏華がいた。俺と黒狼さんはカウンター席に座り、注文を済ませると、俺は夏華に声を掛けた。

 「この店、いつも手伝ってるのか? 何か大分こ慣れているじゃないか」

 夏華は無邪気な笑みで応じる。

 「おう、家業だからな! しかし、叡徒が特濃ハバネロを頼むとはなぁー。一体どういう風の吹き回しだ?」

 「気になったからね、食べに来たんだ」

 そうかそうかと二度頷くと、夏華は黒狼さんの方を向いた。

 「珍しく、黒狼先輩も食べに来てくれるなんて嬉しい限りだぜ!」

 「火竜は美味という噂だからな、来るのは当然と言った所だろうよ。特に……マムシラーメンの美味さは舌を巻くものがあるらしいな」

 「お、そうなんだよな。大分マムシラーメンは何か人気なんだよな……うちは特濃ハバネロがお勧めなのに」

 「健康に良いからな、マムシは」

 勿論、辛いのも嫌いじゃないが――と、コップの水を飲みながら黒狼さんは言う。

 「話は変わるが、五十崎少年。君はこの神衣町をどう思うのだ?」

 いきなり話を振られた俺は、焦りながらも、なんとか答えた。

 「えっと……なかなか良い町だと思うんですが、何か裏の顔が黒いという感じは拭いきれないです」

 「……そうか、そうなのか」

 黒狼さんは頷いた後、再びコップの水を口に含み、飲み下した。

 この人も、何か知っているのだろう。いや或いは、王の一人かもしれない。この町の美しい女性は殆ど王だと、疑ってみた方が良さそうだ。

 「さ、特濃ハバネロラーメンとマムシラーメンだ。たっぷりと味わってくれよ!」

 俺達の前に置かれるラーメンどんぶり。……いやしかし、これは何だ。

 何で、スープが真っ赤で、付け合わせの葱代わりに青唐辛子がある。ゴポゴポしてるし。

 その他様々な面で衝撃的なビジュアルなそれに驚いていると、黒狼さんがちらちらこちらのラーメンを見ているのに気付く。その視線の先は……ああ、そうか。

 「黒狼さん、チャーシュー欲しいんですか?」

 「なっ、そっそんなことはない! ……でも、正直に言うと、欲しい……」

 顔を真っ赤にした彼女に俺は苦笑し、チャーシューを一枚分けて彼女の皿にあげた。

 人懐っこい笑みで、彼女はそのチャーシューにかぶりついた。

 ……全く、この町の王は、可愛いやつばかりだな。







 三月三一日、つまり今日の午後一時。

 雲行きが怪しくなってきた頃、俺は河川敷に来た。

 既に来ていたと見える凛音は、昨日と変わらない服装……黒Tシャツにパンクジーンズ姿だった。

 凛音は俺に気付くと、右手を上げた。

 「おう、来たか。意外と早かったな、叡徒」

 対し、俺は黒のジャケット(これは香我美の能力の産物)と薄茶色のジーンズ、シャツは赤色という姿だった。

 右手には凛音に返してもらった黒い木刀。持ち物はそれだけだった。

 「あぁ、来たぞ。さぁ、始めようか」

 「よし、そうするか。私はもうウズウズしてたぞ」

 凛音は不敵に笑い、木刀の先を俺に向けた。

 「では、試合おうか」

 「ああ、存分にな」

 二人共、まずは青眼(剣道の基本的構え)になる。まずは凛音の動きを見ねばならない。後の先をとるのはかなり難しい相手ではあるが、それでも、見極めねばならない。

 「先手必勝――だッ!」

 素早い突進と共に、凛音が面を打とうと木刀を上段に構える。ガラリと空いた隙。そこに俺は胴を叩き込もうとした――が。

 「隙あり――何!?」

 なんと、両腕を上げると共に足払いをされてしまっていたのだ。尻餅を着く俺に、凛音は見下ろしながら言う。

 「甘いな、叡徒。これは剣道じゃない。試合だ。本気で掛かって来い、じゃなければ、私には勝てんぞ」

 「分かってるよ、そんな事」

 俺は立ち上がり、バックステップで彼女との距離を取る。そして左手を架空の鞘にし、木刀を納刀した。

 今の一撃で、完全に目が覚めた。幼き頃の戦いの記憶が、滝のごとく流れ込んで来る。もう--同じ轍は踏まない。

 「ほう、抜刀術――か。技には、同じ技で対応するのが常識というものだ。ならば、私も……」

 凛音も同じ構えをとる。

 凄まじい剣気を感じる。これが今の凛音の実力だというのか。一歩踏み出しただけで、一閃を決められそうだ。

 同時に凛音も、先までの余裕は表情から消えていた。同じ事を感じているのだろう。

 ならば、この状況を打破するには最初から一つしかない。

 それは、相手よりも速く踏み込んだ上で、全力の一撃を叩き込むこと――!

 「先手必勝だ、凛音!」

 俺は大声と共に、左足を強く踏み込む。同時に、凛音も突進してくる。

 「うおおおおぉぉぉッ!」

 「はあああああぁぁぁぁ!」

 ……速い。まるで、韋駄天のごとく、凛音の動きが――だがッ!

 「影一閃!」

 「真・鬼神流一之型、韋駄閃(いだのひらめき)!」

 互いの抜刀術がお互いの体に炸裂。俺は右脇腹に凄まじい痛みが走り、片膝を着き、呻く。だが凛音も同じように、呻いていた。

 「くっ……二段抜刀術か!」

 「ふっ……ふふ、そうだ、二段構えだ。何時までも一閃だけじゃ戦えないからね、手刀を叩き込むことにしたんだ」

 一閃に改良を加えた、影一閃。普通の刀と手刀で構成される、二段構えの抜刀術である。厳密には、体術混合剣技だが。

 「ただの抜刀術じゃ崩せない……君の一閃から対策を講じたものだよ」

 そろそろ痛みも引いてきたので、俺は立ち上がり、彼女の方を向く。彼女もまた、そうしていた。

 しかし、やはり凄い。更に剣気が高ぶっている。剣の“鬼”であり、復讐の“鬼”でもあるのだろうか。

 とりあえず、能力においては既に鬼のような高さだと思う。一矢報いたのも、本当にまぐれの領域だろう。

 「ここからは私も少し本気を出そう……来い」

 彼女は木刀を両手で持ち、刀で言う刃の部分を上にし、上段に構える。俺は両手で木刀を持ち、無行(刀の先をを下に下ろす構え)に構えた。

 そしてどちらともなく、再び突進していった。

 距離が縮まった所で、俺は乱撃を繰り出す。

 「真影刃舞!」

 木刀を速く降って無数の斬撃を与える、乱打技だ。

 しかし、凛音もそれを読んでいたようで、乱打技で応じてきた。

 「なめるな! 乱打技で私が敗れる事はない!」

 木刀と木刀のぶつかる音が何度も鳴る。だが、凛音の一撃一撃はかなり重く、受け止めるだけで手にダメージが来る。

 (くっ、このままでは……!)

 遂に、木刀はたたき落とされてしまった。そのまま衝撃が身体に来るかと思ったが、衝撃が来たのは、顎だった。

 「ぐはッ……!?」

 更に、常人では有り得ない程の力で、俺の身は空高くへと投げ出された。目に見えたのは俺よりも高く飛んでいる、木刀を上段に振りかぶった凛音。

 「これが真・鬼神流の技だ! 一の奥義、“鬼神剣舞・絶”――!」

 凛音が木刀を振り下ろしてくる。それは遠心力も手伝って、かなりの威力になるだろう。

 その為、一か八か、俺は賭けに出た。それは――。

 「はっ!」

 「何っ!?」

 その一撃が直撃する前に、俺はどうにか真剣白刃取りを成功させた。手が少し痺れたが、なんてことない。

 そして、そのまま地面に着地する。

 俺は手を離し、大声で笑った。

 「ハハハっ、ハハハハハハッ」

 つられて、凛音も、

 「ふっ、ふふふふふふふふふ」

 二人でひとしきり笑った所で、俺は言った。

 「いやぁ、面白れぇな、凛音との戦いって」

 「私もそう思う。こんなに熱くなったのは、本当、久し振りだ」

 だがな……と、凛音はすぐに真顔になる。

 「戦いと言うのは、楽しいだけではない、痛いときだってある。それを忘れぬ事だ、叡徒。少なくとも、これからの戦いは楽しいなんてものは、恐らく無いだろう」

 「“王”--の戦いか」

 「無論。異能力の持ち主達の戦いだからな。叡徒はこれからと言った所だが……うむ、点数的には七十五点と言った所だな」

 えらく高めな点数だな。

 その根拠を聞くと、

 「木刀が影を纏っていたぞ、知ってたか?」

 え、と思って、俺の木刀を見る。

 木刀はいつの間にか、黒紫の物体を纏っていた。

 「その木刀は異能力のものだからな、どうにかお前の木刀による攻撃は避けまくったよ。何を付与していたかは知らないが、それを無意識に発動出来るなら、大分力の使い方は上手いんじゃないのか? 後は、これを如何に応用するかだな……おや?」

 「え?」

 ポツリポツリと空から雨が降ってきた。手合わせを始める前からこんな天気ではあったが、何か、気分が晴れない。熱い戦いの熱を、急激に冷やされようで。

 凛音もそうらしく、怪訝な顔で言った。

 「む……降ってきたか。仕方ない、家に引き返そう。……そして叡徒の部屋に入ろう」

 「何で!?」

 「嫌か?」

 潤々した目で上目遣いをする凛音。……くっ、こんな時だけ女の武器を存分に使いやがって……何も言えないじゃないか。

 「い……嫌じゃない」

 俺の返事に、凛音は輝くような美しい笑みで、返した。




 こうして、俺達にはちょっと気分が害される感じだったが、この雨は、ある者の心の涙だったらしい。

 それを知るのは、もう少し、後なのだけれど。



 そして二日後。

 俺は私立神衣第一学園制服を着って、黒の学生鞄を持ち、家を出た。学生服は、紺色の詰め襟だったが、とても色が気に入っていた。

 玄関を出ると、そこには案の定、凛音が立っていた。

 「お早う」

 「あ、あぁ、お早う」

 俺は少し動揺しながら言った。学生服の凛音の立ち姿は、かなり新鮮だったのである。

 黒のブレザーに、赤いチェックのスカート、紺色のネクタイ。学生服であるのに、更に美しく見えるのは、何故だろうか?

 なるほど、絶世の美人は何を着ても目立つものなのだな。

 「ん? どうした、目を丸くして」

 俺の動揺を感じた凛音が聞いた。

 「あぁ……見惚れてた」

 俺の台詞に、凛音は魅力的な大人の笑みを浮かべた。

 「ふふっ、嬉しいぞ。だが、急ぐぞ。この格好ならこれから殆ど見るのだからな」

 俺は頷いて、門を出た。しばらく歩いていると、智恵ちゃんが俺の右横に来た。

 智恵ちゃんは俺に、屈託の無い笑みで挨拶をしてきた。

 「お早う御座います、叡徒君」

 「あぁ……お早う」

 今日はBL好きな一面見せないよな……って凛音。冷や汗掻きすぎだろ。どんだけ智恵ちゃん苦手なんだよ。

 「今日から叡徒君も私達と同じ学校に通うんですか、よろしくお願いしますね!」

 「あぁ、こちらこそ。分からない所は是非教えてほしいな」

 「勿論です! 私が親身になって――」

 「あぁ、BLやバイセクシャルなのはごめんだからな」

 俺に釘を刺され、おろおろする智恵ちゃん……って凛音、今度は笑いを我慢してんじゃねぇよ。お前、実は智恵ちゃんが大好きなんじゃないのか。

 そうしてるうちに、夏華と黒狼さんも加わってきた。

 「お早う、少年」

 「お早う御座います、黒狼さん」

 うむ、と頷いて凛音の隣の黒狼さんは空を見上げた。お姉さんキャラが二人並ぶと、こうも違う雰囲気なのか……。

 「しかし、良い天気だな。花見でもしたいところだ」

 「黒狼先輩が花見に居ると、食費が馬鹿にならないです」

 智恵ちゃんにツッコミを受け、シュンとする黒狼さん。……ま、確かに、肉好きだからなぁ、この人。

 だが即座に立ち直り、黒狼さんは反論に出る。

 「しかしよく言うではないか。『花より団子』と」

 「先輩のはそんな可愛い言葉で片付けちゃいけないです! むしろ、『傍若無人の暴飲暴食』と表現されるべきなんです! 全く、私のハーレムメンバーとあろうお方が……他のメンバーを見習って下さい!」

 「「「いや、ハーレムメンバーじゃないから」」」

 さらりと爆弾的発言してんじゃねぇよ。

 「ふふっ、皆さん、揃いも揃ってツンデレなんて……古いですが、私は今、萌えに萌えています!」

 「いやそこ萌える場面じゃないから」

 智恵ちゃんにツッコミを入れる夏華。更にぎゃあぎゃあ騒ぐ二人を見て、俺は微笑した。

 左横の凛音が声を掛けてくる。

 「どうした、叡徒?」

 「あ、いや、幸せだなって思ってさ」

 「幸せ?」

 「そう、幸せ」

 「……そう、だな」

 ぎゃあぎゃあ言い合いをする智恵ちゃんと夏華。

 外見は凛音と同じく大人でそれでいて先輩なのに、まだ子供っぽく頬を膨らませている黒狼さん。

 そして、内面は凄く萌えキャラな凛音。

 こんな個性的で、面白い仲間達に囲まれて、幸せだと思わないのは最早、嘘である。

 「恵まれてるんだな、俺も。初めて、まだ人生捨てたものじゃないなって思ったよ」

 「……そうか。あ、あのな、叡徒……」

 「ん?」

 凛音は左手を俺の前に出した。その頬は、かなり真っ赤である。

 「も……もし良かったら……こ、恋人繋ぎ……してくれないか?」

 まだ正式ではないとは言え、彼女は彼女である。これは更に近づきたいという心の表れなのだろう。

 俺だって、もっとお前の事を知りたい。好きになりたい。

 そんな考えから、俺は間髪入れずにその手を握る。……本当は少し、気恥ずかしいが。

 「これで、良いな?」

 その俺の問いに、凛音は頬を上気させながらも、笑顔で頷いた。

 「……うん!」

 やっぱり、可愛い娘だと思う。俺も早く、こんな娘に相応しい男になりたいところだ。

 しかし、こんなことをすると、周りの視線が痛いことは、既に気がついていた。

 案の定、ジト目で見る女性二人。

 「凛音ちゃん……抜け駆けでイチャイチャするんですか……?」

 「アタシはそれだけは負けるつもりは無ぇ……ここで雌雄を決しようか、凛音?」

 黒狼さんは笑ってるだけ。最早、野次馬と化していた。

 「アッハハハハハ! 良いね良いねぇ、喧嘩最高だね! それ、やれやれ! 今宵は喧嘩祭りじゃ!」

 黒狼さんは別問題だが、ジト目の二人は殺気がやべえ。射殺されてしまいそうだ。

 「し、仕方ない、凛音、あれだ!」

 「え、あ、あれか。了解した!」

 俺達は左手を握り合ったまま、地面を蹴って走り出した!



 『生存への逃避行Part.2!』



 まだ、どんな未来があるか、この時は知る由も無い。

 だけど、この時は本当に楽しかった。俺も凛音も夏華も智恵ちゃんも黒狼さんも、皆笑っていたと思う。

 結局、今を全力で楽しんでこそ、人間なのだ。







とぅ びー こんてぃにゅーど、ねくすとすてーじ。



キャラファイル3


黒狼紅禰

年齢 十七歳

身長 173cm

体重 55kg

3S B88 W56 H90

誕生日 六月六日

使用剣技 狼牙滅砕流

異能力 狼(満月時に狼人に変身できる)

最近の悩み 食べる肉が足りない……(泣)

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