第弐話 蕎麦と饂飩とラーメンと俺
第一部
皆さんは押し掛け女房という言葉を知っている筈だ。女がいきなり男のもとに来て同棲し、そのまま妻となるという、あれだ。創作の中ではよくメインイベントで、実際そういうことになってみたいと俺は密かに思っていた。
だが、現実には大分驚かされた。そりゃ、美人が来たとはいえ、見知らぬ女性が突然やってきて、「貴男の妻になります、〇〇〇〇です」って言われてもねぇ。そりゃあ驚かされるもんですよ。ギャルゲ的に言うと、どこでフラグ立てたんだっけて感じである。もしかしたら中二病じゃないのかと疑ってしまう。前世の絆が何とか言い出しそうで。青天の霹靂、どこの話ではない。杞憂の元の話の、憂いていたことが本当になったってぐらい、驚きだ。
ともあれ、弟の言っていた藤瀬凛音。
登場からいきなりの破壊力である。
ポニーテール長身巨乳美女と、容姿は大人っぽい。それでいて、自分と同期の一六歳。もう動揺しっぱなしである。なんという美人が俺の目の前に現れたことか。
俺自身、巨乳は好きだが(巫女ヒロインがタイプなので)、その前に凄まじいキャラだと思う。顔は文句のつけようもなく、特に左目の下の泣き黒子が、より大人っぽさを醸し出していた。初対面の人はどう考えても、一六歳には見えないと思う。
だが、俺はどこかで会った気がしてならない。
一〇歳までの記憶がほとんど無いからなのかもしれない。
とりあえず、立ち話もなんなので、藤瀬には家に入ってもらうことにした。……不本意ながら。
「ここがお前の家の中か、結構広いな」
「まあ、うちはそこそこ金あるからな」
俺は今、台所で、テーブルを挟んで、藤瀬と向かい合うように椅子に座っている。
初対面の美女と目を合わせながら話すのはかなり恥ずかしいが、俺はどうしてもその理由を聞かなければならない。
「で、どうして俺が君の伴侶なんだ? そもそも君と俺、どこにも接点がないだろうに。少なくとも初対面の男に話す内容じゃないだろ?」
藤瀬は頷き、口を開いた。
「いいだろう。だが、その質問に答える前に、一つ言わせてくれ」
「あ? なんだよ」
彼女は立ち上がって、不機嫌そうに胸の下で腕を組む。持ち上げられたそれに目を奪われそうになるが、俺は視線を逸らして持ちこたえた。
「何故に第壱話の後編で私の出番が少ないんだ? 私がメインなのに」
「何でお前はメインであることを知っているんだ!? いきなりメタ発言かよ!?」
どういうことだよ、それ。そもそもさっきのが壱話って分かってるんなら、もしかして……。
「それにお前は巫女がタイプだしな」
「バレバレかよ!?」
「そもそも、たぶんお前以外知ってるぞ、この事実」
「置いてけぼり!?」
「いや、巫女がタイプなのはたぶんお前のモノローグ的なところなんだが……さっき口に出てたぞ、それ」
「知らぬ間に初歩的なミスを……」
そうなんだよなあ……俺、たまにモノローグ口に出すことあるからなあ……。
藤瀬はそのまま椅子に座り、まだ不機嫌そうな顔で俺を見て、口を開いた。
「とりあえず、その質問だが、お前、昔のこと忘れてるんじゃないだろうな?」
「え? あ、ああ……でもなんで藤瀬が知っているんだ?」
やっぱりか、と藤瀬は呆れ顔になる。そして、持っていたカバンの中から、一本の木刀を取り出した。
何故か、その木刀は見覚えがあった。でも、どこで見たかは思い出せない。
「エイ」
彼女が口を開いた。
それはどこかで聞いた名だった。確か……俺のあだ名……だったっけ?
「私のことが……鬼神流の凛のことが思い出せないか? エイちゃん」
「凛……鬼神流……剣道……はっ」
俺は脳内に閃光が走った。
思い出した。この憎まれ口……!!
「凛か……!!」
「やっと思い出してくれたか、エイ……いや、叡徒」
ふっと、凛……もとい凛音が表情を和らげる。その美しい表情は、昔の浅黒かった凛の面影はほとんど残っていなかった。
「凛……いや、凛音。お前大分美人になったな。分からなかったよ。久し振り」
「何を言う。お前も大分格好良くなった。優男、という部類に入るだろう。ところでお前は、彼女とかいるのか?」
俺はニヒルに笑い、俯いた。
「モテるわけないだろう。どこに行っても野球の期待の話ばかり」
「ああ、ちょっとばかし有名だったらしいな。ま、私も居ないが。他の男は全員、叡徒に劣ってばかりだからな」
「……いや、それはどうかと思うけど」
凛音は微笑し、木刀を俺の目の前に置いた。
「なんでお前の嫁になるのかという質問には、こう答えよう。一つは私は叡徒が好きだ。一目惚れで、引っ越す前から、引っ越してしまった後も。ずっと好きだった。その心情を吐露しただけだよ」
「そ、そうか……」
優しい表情の凛音を見て、俺は思わず頬を赤くしてしまう。
幼馴染とはいえ、とびきりの美人だ。意識しないと言えば、嘘になる。
「もう一つは、すでに母方がこの交際を認めていたらしい。もう一度会ったときは、恋人同士になる。そう決めていたそうだ」
「へえ……初耳だ」
「ところで叡徒」
彼女は突然立ち上がって、俺のところまで来た。
「私は、惹かれる存在か?」
「え?」
「異性として意識するか?」
彼女は不安そうに椅子に座っている俺を見つめてくる。
お前……その表情、結構反則だろ。
「意識しない男なんているのかよ。お前は美人だ、もっと自信を持てよ」
もっとも。
この言葉は俺にこそ言うべきなのかもしれないのだけれど。
凛音は柔らかく微笑み、俺に抱き着いてきた。とんでもない柔らかさが俺の男としての性を誘ってくる。
しかし、女の子の身体ってこんなに柔らかいのか……今知っといてよかった。鼻血出すことにならなくて。
「ありがとな、叡徒。でも私はお前のことをもっと知りたい。そして私のことも知ってほしい。だから、一年間付き合ってくれないか? 答えは、一年後でいいから」
恋愛宣言。しかし俺は快く承諾した。
ところ変わって現在は玄関。
あの後俺は、今日の目的を語った。すると、凛音が笑顔で、案内役を引き受けると言った。
「私に任せろ。美味い店やオススメスポットも、漏れなく紹介してやるぞ」
なので、お言葉に甘えて、案内してもらうことにした。今は彼女に、門の前で待って貰っている。
しかし、凛音もかなり大人びたものだ。背もモデルのように高くなっているとは、本当に驚いている。あの時は小さかったのに。
だけど、幼なじみという言葉には、俺には灰色の思い出がある。それは凛音ではない、後に引っ越してきたもう一人の幼なじみである。
名前を夏納田紅花という、黒髪ツインテールの美少女だった。
瞳は赤く紅蓮の炎のよう。活発で、人当たりの良い子だった。
少々力任せだが、可愛い所も沢山あった。その幼なじみと過ごすうちに、俺はその子に惚れていた。多分、相手もそうだったのだと思う。
しかし、活発ではあるが病弱だったその子は、俺が十二歳、つまりは引っ越してきて四年後に肺炎で死んだ。俺は泣いた。泣いて泣いて、凛音の事も忘れてしまった。
今回凛音の事を思い出したことによって、この悲しい記憶も鮮明に思い出したが、所詮昔は昔。今は生きるときを生き抜かなければならない。それが天国にいるあいつの為にもなるはずだと信じているから。例えそれが、とんでもない地獄だとしてもだ。
俺は身支度を整え、玄関を出る。すると、目に入ってきた光景は、門に隠れている凛音の姿だった。 戦慄の表情さえ浮かばせている凛音は、少し縮みこんでいた。かなり脈絡の無い展開で、俺は疑問に思い、問う。
「一体どうしたんだ? こんな所に隠れて」
「い、いや……私には怖い幼なじみが居てな……私はとても苦手で、しかも、もうすぐそこまで来ているんだ」
そう返す凛音の声には、先程までの覇気が無い。
「い、一体どうして――」
問いただそうとしたその時。
「貴男が、五十崎叡徒君ですね?」
横からの声。
鈴の鳴るような美しい声。
俺は顔を横に向けた。立っていたのは、黒髪を巫女風に結った美少女。黒い瞳の垂れ目と、白い肌が特徴的だ。服装は薄桃色のカーディガンと、黒のスカートを着用しており、凛音よりは大人しく、女の子の服装に見える。
完璧に、俺の好みのストライクゾーンド真ん中である。だけど、何故だか感激よりも驚きの感情が勝っていた。
「まずは名乗るのが先ですね、叡徒君。私は逢見智恵、この町の神下神社の神主の一人娘です」
智恵ちゃんは、胸に手を着いて俺に一礼した。
礼儀も正しく、気品もある。この美少女の何処が怖いのだろう。
凛音の方を見ると、俺の後ろに隠れていた。弱々しく俺の服を掴み、震えていた。
「……うぅ」
まるで小動物のようだ。目には怯えの光を浮かべている。……やばい、ちょっと可愛い。
「しかし、貴方はかなりの美形ですね。二枚目、という言葉が相応しいです」
智恵ちゃんは微笑しながら言う。
俺は驚きながらも、理由を聞いてみた。凛音が怯えている理由を、だ。
「智恵ちゃん。君、何で凛音が怯えてるか分かるかい?」
それを聞くと、今までの品行方正な態度を覆し、息を荒くして、欲望にまみれた目で言った。
「凛音ちゃんは、私のハーレムメンバーにするんですよ!!」
……そうか、合点がいった。こんな目の持ち主、例え幼なじみであろうが怯えるわな。
百合だし。
「しかし、叡徒君は、BL系のキャラですね。貴方のような優男さんは、BLにぴったりですよ! 早速今日から、私貴方を主役にした小説でも妄想しておきますね!!」
嗚呼、何でこうなるんだろう? 何が悲しくて欲望(性欲)にまみれてて百合でBL好きな美少女に、今朝から絡まれるのだろう。何だか、凛音が可愛く思えてきた。
興奮している智恵ちゃんを見て溜め息を吐いた俺は、小動物のように震えている凛音の肩をひしっと抱いた。庇護欲からである。
「はぅっ!?」
顔を赤らめる凛音。……はぁ、なるほど、求められると案外脆いタイプか……か、可愛ええ。大人びた容姿の凛音は、その時十分すぎる程の破壊力を持っていた。半端ではない、ツンデレ。ちょっと普通のツンデレではないのだけれど。
「え、叡徒……?」
不安げに見上げてくる凛音。それを見て、俺は“萌え”という感情を再認識した。
可愛いな、うん。巫女がタイプって言ってたけど、ちょっと撤回しても良いレベルだこりゃ。
「あら? 貴男達はそういう関係なんですか?」
クスクスと笑いながら問う智恵ちゃん。
「良いでしょう。貴男達纏めて私のハーレムに加えてあげますよ!」
堂々と宣言した智恵ちゃんに、俺は慌ててつっこむ。
「いや待て待て、智恵ちゃんは百合じゃないのか!?」
俺のつっこみに、智恵ちゃんは満面の笑みでこう言いやがった。
「え、バイセクシャルですよ?」
「もっと酷かった!?」
俺はショックを受け、更に凛音を抱きしめる。
創作と現実はあまりにも隔たりがあるという、当たり前の事は分かっていたつもりだが、まさかここまでとは思ってもいなかった。全然凛音の方が可愛いよ、うん。智恵ちゃんと付き合って、妄想BLの主人公にされてたまるかよ。智恵ちゃんのせいで巫女キャラの価値観が変わってしまいそうだ。
凛音は茹で蛸のように顔を赤くし、漫画のように目をぐるぐる回していた。案外求められると脆いものだ。ツンデレにも程があるだろう。
「ところで叡徒君達は何をしに行くのですか?」
「あぁ、凛音に町の案内をしてもらおうと思ってね。今から出発するんだ。智恵ちゃんはどうしたんだい?」
「私は巫女として神社のお手伝いです。長期休業中はよく手伝うんですよ」
大変だな、巫女ってのも。そういえば、色々と禁欲しなきゃいけないんだっけ、巫女って職業。なんか、妄想するのも分かる気がするが、でもバイセクシャルは無いと思う。うん。
「そっか。大変だな。じゃ、これからよろしくな、智恵ちゃん」
「よろしくお願いしますね」
智恵ちゃんは笑顔で答え、去っていった。
しかし、笑顔は大分素敵だな、智恵ちゃん。なかなかスタイルも良いし、美少女としては高いレベルだろう。性格はちょっとヤバめだけど。
茹で蛸になっていた凛音を離し、俺は凛音に問いかける。
「大丈夫か、凛音? しかし、お前案外脆いんだな。求めるのに求められるのは慣れていないのか?」
凛音はまだ頬を赤くしながら、そっぽを向いて、胸の下で腕を組みながら言う。
「ま、まさか抱きしめるとは思わなかったから、少し驚いているだけなのだ。それよりも早く出発しよう、叡徒」
俺はにやつきながら承諾した。
こいつはこいつで、容姿も性格もかなり可愛かった。
俺が最初に行ったのは、バッティングセンターだった。神衣町のバッティングセンターは、センターというよりバッティングドームで、バッティングマシーンと打席の距離も、およそ18.44mと、かなり実際の距離感に近いようだった。
「ここのバッティングマシーンは最速155km/hまで出るからな、プロ野球の選手もオフシーズンになると、ちょくちょく姿を見かけるらしい」
凛音の説明を聞きながら、俺はその155km/hにいる人物――もとい、半袖のシャツに黒い長ジャージズボンの女性の後ろ姿を見ていた。
髪は紅く、髪型は長いツインテール、背は高く、整ったスタイルを持つ。華奢なイメージがあるが、その女性が、軽々とホームランを連発しているのだ。呆気にとられるのは当然である。
「なあ、あの娘凄くないか?」
俺は凛音に訊ねてみる。凛音は溜め息を吐きながら、答える。
「あぁ、常連客のことか。あいつも私の幼なじみだよ」
最後の一球を打ち終わり、その娘が出てきた。後ろ姿からも素晴らしいと思っていたが、前からでも素晴らしかった。顔の造りは強気が全面に出ていながらも、整って美しかった。
娘はこちらに気付くと、近くまで来て、屈託の無い笑みで話しかけてきた。
「よぉ凛音、珍しいな、お前がこっちに来るなんて。横の奴は……ええと、誰だ、この優男」
随分と荒々しい口調だが、不思議と嫌ではなかった。然しこの美少女、紅花に驚く程似ているな……。
「こいつは五十崎叡徒。今日からこの町に住む私の隣だ。折角だから、今案内をしているのだ」
凛音が軽く俺の紹介をした後、俺は微笑しながら頭を下げた。
「よ、よろしく……」
「ふーん。見た目はクールそうだけど、なんか面白そうな男だなぁ。ま、アタシは好きだけど。アタシは火浪夏華。歓迎するぜ、叡徒!!」
歯を見せて夏華は言う。こういうサバサバした美少女も良いな。ツンデレっぽくて。
「アタシの家、ラーメン屋やってるから、たまには寄れよな! 叡徒だったら、幾らか安くしておくぜ!」
「お、ありがとう!」
ラーメン屋もあるのか、やっぱり多機能だな、神衣町は。
「ところで凛音よぉ。アタシとこれから勝負しねぇか?」
勝負を持ちかける言葉に、凛音は眉一つ動かさず返す。
「何の勝負だ? 剣術のは遠慮したいが」
「ここはバッティングドームだぜ? やることと言ったら…分かるだろ?」
「……あぁ、あれか。……ふっ、この私が負けるはずなど無い。他の面でも負けはしない!」
……どうやらホームラン競争らしい。
ぎゃあぎゃあと喚きながら、二人の勝負は始まった。
俺は温かく、美少女二人の騒がしい勝負を見守る事にしたのだった。
そして、その二時間後。つまり案内を終え、現在三月三〇日一二時。
俺はとある修羅場の中心部にいた。
いやいや、ちゃんと前の話からは繋がってるよ? だけどね、こう表現するしかないんだ。まあ、修羅場って言っても、大分下らん争いだが。
しかし修羅場って表現が合ってんのか、この争い……。
ああもう、今日は女難の日か? 今日新たな美女に出会う度にこうだよな。智恵ちゃんには幻想を砕かれるし、夏華の力には脱帽だし。
何で……何でだよ!
「何で昼飯について論議を交わさなきゃならん!?」
あまりの不毛さについつい心の叫びを聞かせてしまいました、五十崎叡徒一六歳で御座います。地の文なのに鍵括弧が普通ですが、そこはご了承くださいますようお願いします。
場所は俺の家、会議室。割と広く、机が四つとホワイトボードがある。そして、隣で論議する美女三人。位置は扉側が俺と凛音の席、ホワイトボード側が夏華と智恵ちゃんの席で、くっつけて向かい合うようにしている。
「いやだからな――」
「私はこう思います――」
「やっぱ――」
今日出会った三人、凛音と智恵ちゃんと夏華は、それぞれの希望を言い合っていた。なんでも、俺にその自分のおすすめする店を紹介したいとか。……もしかして、俺に惚れてんの、凛音だけじゃないのか……?
ぎゃあぎゃあと喚く三人に、俺は提案した。まぁ、惚れてるなら、この提案くらい聞いてくれるだろう。
「一人一人自分の考えを言っていけば良いんじゃないか? そのままだと、埒があかないぞ」
俺の提案により、なりを潜める議論。そして、夏華がホワイトボードの前に立った。
「まず、アタシから発表させてもらうぜ。アタシはラーメンが良いと思う!」
提案を聞き、他の二人はやっぱりかという視線で彼女を見る。
「それは売上伸ばしたいだけじゃないですか……」
「ナツも困ったものだな。そのネタ、マンネリ化してるぞ」
その反応に、夏華は顔を赤くしながらも言う。
「な、何だよっ。別に良いじゃないか。とにかくだ、アタシの店のが絶対に美味い!」
「言い分は分かったから、早く発表してくれよ、夏華」
俺の声に、夏華は頷き、発表を始めた。
「アタシんとこのラーメン屋は“火竜”っていうとこだ」
「火竜……と言えば、あの、日本一の」
「そうだ。味のバリエーション、麺のコシ、スープのコク全てが高いレベルに仕上がっているぜ」
おお、あの店があったのか。ナイスだな神衣町。
「今日はお前に舌鼓を打っていただきたい。だから、アタシはこのラーメンをおすすめする!」
一体どんなラーメンだろう、楽しみに――。
「特濃ハバネロラーメンだ!」
「火吹きそうだな、そのラーメン!」
ネーミングからして随分スープが赤そうだ、そのラーメン。
いや待てよ。火竜って確か、激辛ラーメンでも有名だったな。美味いのかもしれんが、もしかして……。
「……なぁ、夏華ちゃんよ。もしかして、激辛メニューしか無いのかい?」
俺の質問に、夏華は首を振って答えた。
「いや、醤油ラーメンもあるぜ? だがアタシはこのラーメンを是非とも食べて欲しい!」
……こりゃ却下だな。
発表を終えて、満足げに座る夏華。その横で、凛音が呟いていた。
「確かに美味いが……初対面の者にあれをすすめるべきじゃないな。まだマムシラーメンを紹介していた方が、マシだ」
マムシラーメン……? 何だ、その健康に良さそうなラーメンは。ビジュアルも味も気になるな、後で食いに行くか。
「よし、では私の番だな」
凛音は立ち上がり、ホワイトボードの前まで移動し、豊満な胸の下で腕を組む。持ち上げられるそれに、何回見ても、男なら目を奪われてしまいそうな光景だ。俺は頬を赤く染めながらも、視線を逸らす。絶対に分かってやっているはずだ。凛音はぱっと見、夏華や智恵ちゃんよりも巨乳である。
「私が紹介するのは、蕎麦だ。やはり日本人たるもの、和の麺を食べんでどうするのだ。葱にわさびに天かすが活きる、唯一無二の舞台-つけ麺も普通の蕎麦も、私は日本が生み出した究極の食だと思っている」
熱く語る凛音に、俺は感銘を覚えつつ、何度も頷く。
やっぱり、こういう発表が良いよね、ちゃんと会議してるって感じだね。
「春になれば温かいお汁と共に蕎麦を食べることを目標にして日々を頑張り、夏になれば笊蕎麦の汁にわさびを入れ過ぎて戸惑い、秋には名月を見ながら卵を溶いた月見蕎麦を食べ、冬には年越し蕎麦を感涙に咽びながら食べる--あぁ、今の私の人生に悔いは無し! あっぱれ笊蕎麦ビバ薬味!」
な、なんか、ヒートアップし過ぎてるな……まぁ、でもしょうがないか。俺も好きなものを語る時はこんな感じだし。
結局、俺は凛音に対して、悪い感情なんて一つも持てないようだ。
「そんな私からの選りすぐりの店だ。“水流庭”、神衣第一学園のすぐ側の店だよ」
「確かにまぁ、あんなに蕎麦好きの凛音の口から紹介されるなら、検討してみるか。学園の近くだし、帰りに寄るってのも良いな」
「ふふっ、前向きな答えを期待しているぞ」
俺に大人びた笑みを見せ、凛音は自分の席――俺の前に座り、再び腕を組む。
しかし、なんだな、凛音の美人度は他の二人の追随を許さないな。智恵ちゃんも夏華も、まだどこか幼い感じだしな。美“少女”である二人に対して、凛音は本当の意味で美“女”だ。体も心も立ち振る舞いも。本当に同年代とは思えなかった。……一方で、可愛い所も勿論あるけど。
俺は俺の前の席に座った凛音を見つめた。凛音は少したじろぐ。
俺はこんな魅力的な女の子に相応しいのだろうか。影を負う、錆びきった心の俺に。絶望しきっていた俺に。
そして、彼女との関わりで俺は変われるのだろうか。
凛音は頬を赤らめて、あわあわしながら聞いてくる。
「ど、どうしたのだ、急に」
「いや、見惚れてた」
ありのままの感想を述べると、彼女は顔を真っ赤にした。
「そっ、そそそんな直截的に言わなくてもな――もう少し、おぶらーとに包んでくれ」
どうも彼女は、動揺した時に外来語を平仮名で言う癖があるらしい。大人なビジュアルなのに、平仮名。――もう、ギャップ萌え。
「可愛いな、凛音は」
「はぅ!?」
微笑して言う俺の言葉に、凛音は遂に突っ伏してしまった。……凛音弄り、癖になりそうだ。
微笑しながらそんな彼女を見ていると、横の視線が凄まじく痛いことに気付く。見ると、ジト目の智恵ちゃんと夏華がその視線を送っていた。
(そういうのさぁ、他でやってくれないかなぁ)
(全くです)
まるでそう言いたげな視線だ。俺は曖昧に笑い、発表を促した。
智恵ちゃんは一つ咳払いをし、ホワイトボードの前に立って話し始めた。
「凛音ちゃんの言い分もなかなか的を射ていますけど、やはり、饂飩が日本の麺だと思います!」
ほぅ、こちらは饂飩か。確かに讃岐饂飩とか、地方の有名な物は、饂飩が多いよな。
「特にきつね饂飩は和の心そのものだと私は思います。そこで、私はきつね饂飩が美味しい“稲荷道”を紹介します! 出汁も麺のコシも最高級です!」
これは面白い戦いだな。蕎麦か饂飩か。うーん、悩みどころだな。
智恵ちゃんが席についた所で、急に顔を赤くしていた凛音が顔を上げ、俺に訊ねてきた。まだ頬は赤い。
「さぁ叡徒、どれを選ぶのだ!?」
悩む俺。そんな俺に、既に敗北が決まっている夏華が、そうとも知らずに言い出してきた。
「なあなあっ、アタシの所だろ?」
残酷な現実を言ってやろうかと思ったが、その事実は俺の口ではなく、凛音が放った。
「お前の所は既に敗北しているだろう」
夏華はムッとして凛音に返す。
「何だよ、それ。そんなの、叡徒に聞かなきゃ分からんだろうが。なぁ、叡徒?」
俺は曖昧に笑い、再び熟考する。
蕎麦……饂飩……蕎麦……饂飩……。
「あ、あの」
熟考していると隣の智恵ちゃんが声を掛けてきた。俺は智恵ちゃんの方を向く。
「どうしたんだい、智恵ちゃん?」
もじもじしながら俺を見る彼女。
「これは私個人の意見なんですけど……」
「どんなの? 言ってみてよ」
この葛藤を解決するのなら、どんな意見も欲しい所だ。
彼女は頷き、満面の笑みで言った。
「叡徒君を食べたいです」
「……はぁ?」
いや、意味は分かるよ。だが、だけども、何故にこのタイミングで? よく見れば、興奮し始めてるし。
「叡徒君は、Dですよね?」
「その法則なら君らは全員Sだろ? ああ、俺はDだよ」
その言葉に智恵ちゃんも夏華も鼻息を少しだが、荒らげている。
「最近アタシもムラムラしてんだよなぁ。アタシも叡徒が食べたいなぁ」
……え何これ? ちょ、ちょっと怖いですよ!?
だが、唯一の良心、凛音が即座に俺に助け舟を出す。
「だ、駄目だぞ二人共。叡徒のDは私のものだぞ。食べるは私だけなんだぞ!」
「駄目ですぅ、耐え切れませぇん……」
「アタシもだ……」
物凄い欲望の渦を感じる。もしかして、あれか? 俺が少し凛音といちゃついたからなのか!?
俺は立ち上がり、凛音の肩に手を置いた。
「分かるな、凛音。こうなったらどうするべきか」
「あ、ああ」
凛音は頷き、立ち上がる。そして。
『逃避行、だ!』
かくして。
一時間ほどの鬼ごっこ(危険度はかなり高い)という名の死闘が繰り広げられたのだった。
全国の佐藤さん、お気持ち、お察しいたします。
とぅ びー こんてぃにゅーど。
No.2
藤瀬凛音
性別:女
年齢:一六歳
身長:175cm
体重:50kg
3S:B92(発展途上)、W56、H89
誕生日:三月三日
剣術:真・鬼神流
能力:鬼王(他の異能力の効果を全て無効化)
好きなもの:叡徒、蕎麦、日本史(特に戦国、江戸)、稽古
苦手なもの:逢見智恵の欲望の眼差し、世界史、数学、外来語
最近の悩み:胸の成長が止まらないせいで、服がキツイ……。