第壱話 現れた俺の侍嫁
都市部、神衣町。日本の中でもかなりの大都市で、店や高層ビルが立ち並ぶ都市エリアと、家が密集するやや田舎な風景の住宅地エリアが大きな鉄橋によって繋がっている町だ。科学の発展が著しく、交通網に最新の技術を使っている。科学においては世界中の中でもトップで、この町に住む二五歳の科学者の黒川智仁はノーベル賞を五年連続受賞している、超有名人だ。
この町の表向きは、様々な地方から人々が集まり、職を求める者や高校に進学する者がいる。この神衣町はどの高校も進学率はトップで、しかも国立の大学が町の中にある。職もどの職も、特に科学者はかなり給料が高く、この町は、科学者のユートピアとも科学者の中では噂されている。
だが裏向きは、一五人の異能力者「王」があちらこちらにいる。その王が未だどんな意味を表しているか、秘密警察「狼牙」は調査中らしい。
そんな新しい町、神衣町に、俺こと五十崎叡徒は、新しい生活、出会いに期待しながら引っ越してきた。
―――――――
けたたましい目覚まし時計のスイッチを押し、俺は寝癖のある頭を掻いて、ベッドから身を起こした。目覚まし時計の針は、五時五五分を指していた。
先の交信の話だが、結果から言えば、香我美はこの町の裏向きを教えてはくれなかった。
「今はまだ教えられないね、お義兄ちゃん。時が来たら、いずれ教えるよ。ではまたね」
陽気な声で背を向けて去って行ったところで、目が覚めた。時。その時は、来るのだろうか。
まあ、いちいち考えても仕方が無い。取りあえず、珍しく早く起きることができたのだから、途中まで読んだライトノベル「空の空」でも読み進めるか。
俺はベッドから立ち、一伸びしてから、本棚から本を取出す。垂れ目の巫女美少女が表紙のラブコメディ本だ。椅子に座り、本を開く。
小説は色々読んできたが、やはりライトノベルが一番だ。読んでいてとても楽しい。特に、美少女巫女が出てくる作品は、お気に入りだ。俺は巫女系美少女が好みのタイプだが、残念ながら今まで一度も会ったことがない。だから、この神衣町では会えることを、密かに心待ちにしているのだ。
「いやしかし……紗夜美は良いなあ。このキャラはメインヒロイン級だろ。特にこのツンデレっ振り……巫女属性には意外な組み合わせだけど、マッチしてるんだよなぁ……本当に、可愛いよな。面白いけど、何でこの作品はこの娘がメインじゃないんだろ……本当に、遺憾だよなぁ」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、俺は今日の会議の議題を思い付く。
五十崎家では、那波母さんがブレインストーミングの大切さがどうとか、自分の考えをしっかり伝えるのが大切とかと言って、一日一回、一つのテーマに対して、個々の考えをまとめ、一人一人発表するというのが習慣だ。テーマを考えるのは、俺・笈也・典奈の三人で、一日ずつ交替している。昨日は片付けで忙しかったからやっていないが、今日から再開する。俺が最初の方が、五十崎家の流れを良くすることができるだろう。
ちなみにその発表会は、常に不毛である。
六時を五分ほど回ったところで、俺は本を閉じる。直後、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「お兄様、起きていらっしゃいますか」
妹、典奈の声だ。俺は陽気な声で応じる。
「ああ、起きているよ。おはよう、典奈」
「おはようございます。朝食の準備ができましたので、お早く」
「ん、すぐ行くよ」
階段を下りていく音が聞こえる。普通の兄妹なら日常会話だが、俺は少し、幸せを感じていた。
というのも、妹は引っ越す前日まで、心の病で入院していたのだ。その妹が、元気に早起きして、朝食を作ってくれる。日常的だが、とても嬉しいのだ。
俺は早く着替えることにした。発表もあるが、今日は神衣町を見て回るのだ。時間は、無駄にはしない。
快晴の空が、とても美しかった。
*
着替えて一階の食卓に向かうと、典奈が朝食を並べ、弟の笈也が椅子に座っていた。典奈は俺に気付くと、輝くような笑顔を向けた。
「格好良いですね、お兄様。とてもよく似合っています」
俺は微笑して妹を見た。
艶のある腰まで届く黒髪に、くりっとした大きな目。柔らかそうなぷくっとした唇に、白い肌。意外とスタイルの良い体には、白のエプロンが似合っている。幼くて、それでいて儚げな印象も受ける。
我が妹とは思えない美少女すぎる妹に、俺はこの家に生まれてよかったとさえ思っている所だ。
兄としては、可愛い妹がいることは、とても幸せなことだと思う。
「兄さん、典奈に見惚れているんじゃねぇよ。近親相姦になっちまうぞ」
笈也が悪態をつく。こいつは俺と同じ優男で、最凶の能力者である。それについては説明したくないが、そのせいで両手に包帯を巻いている。
なので、俺がつけたあだ名は。
「五月蠅いよ、リアル中二病。黙ってろ」
「この包帯は中二病じゃねぇよ! つーか、リアルと中二病って、語源的に矛盾してるだろ!」
「いや覚えやすくていいじゃん。存在が中二病と言われるよりは、全然良いだろう」
笈也の横に腰を下ろした俺の言葉に続き、典奈が加勢する。
「そうですよ、兄上。そこは認めましょうよ」
「……わかったよ」
妹の言葉に渋々下がる笈也。
ちなみに典奈の俺の呼び方は「お兄様」、笈也の呼び方は「兄上」である。前にどうして一緒にしないかと聞くと、妹は頬を赤らめながら言っていた。
「お兄様はとても敬愛に値するお方。そんなお兄様に『お』を付けずにお呼びするなど、とても不遜なことです」
そんな感じで、ブラコンな雰囲気さえ漂う妹と、最凶の弟。俺が誇りに思い、大切にしたい兄弟だ。
「朝早くだが、今日のテーマを発表するぞ。いいな、聞いていろよ二人とも」
二人が席に座ったところで、俺は声高らかにテーマを宣言した!
「好きなものについて、だ!」
「好きなもの……ですか」
椅子に座った妹、典奈が呟く。ホットミルクの匂いが俺の食欲を掻き立てる。可愛い妹が作ってくれた朝食を早く食べたいと思いながらも、俺は典奈の言葉に頷いた。
「そう、好きなものだ。時刻は七時半から、一階の会議室で。各々、発表内容はまとめておけよ」
我が五十崎家には、玄関の近くに会議室なるものがある。今回引っ越してきたから無いかと思ったが、広い空き部屋があったので、そこを使おうと決めたのだ。
俺は典奈に聞き返した。
「ところで話は変わるが、今日の朝食のメニューは何だい、典奈?」
典奈は佇まいを直して、立ち上がる。
妹、典奈は丁寧な口調といい素晴らしい礼儀作法といい、大和撫子と呼ぶに相応しい人物だった。……一方で、ゴスロリ服が戦闘服だとか、忍者に憧れて修行するとか、かなり突飛な部分も持ち合わせてはいるけど。だが、俺を含め変人揃いの五十崎家の中では、まだマシな方だった。俺と弟はギャルゲ&ライトノベルオタクだし。母さんは美人だけど、大分残念だし。でもそう考えると、人って結局完璧なものなんて居ない。存在するならばそれは、神とかの類だろう。それだから、この世って面白いのだと思う。
「鮭の塩焼き、ワカメのお味噌汁、野菜のソテーです。久し振りに作りましたので、お味の方は少々落ちているかもしれませんが……とにかく、お召し上がりください」
典奈が着席したところで、俺はいただきますの号令をかけ、鮭の塩焼きの欠片を箸で取って口に運ぶ。表面が焦げていないそれは、焼き加減も絶妙で、味付けもかなりのレベルだった。
不安げに見つめる妹に、俺は飲み下してから微笑を返した。
「また腕を上げたんじゃないか? 美味しいよ」
「あ、ありがとうございます」
ホッとした様子の妹。
妹の料理の出来は、いつだって最高レベルの物だった。俺も料理はできるが、兄弟三人の中で真ん中ぐらいのものだ。妹はそれでいて、レパートリーもかなり豊富なので、将来は料理屋を出してくれるのを、俺は俄かに期待している。
「ところで兄さん。隣近所に挨拶はしないのか?」
弟はホットミルクを飲みながら、真っ当なことを提案してくる。
「良い提案だな。町に行く前に、両隣の家に挨拶に行くか。で、お前はご近所の人を知っているのか?」
最凶とはいえ存在が中二病とはいえ、基本は真面目な弟だ。付き合いとか、色々気にすることもあるのだろう。
俺の問いに、弟は元気よく答えた。
「右隣に藤瀬凛音っていう、お姉さん系美女がいるんだ!」
……前言撤回。
やはりお前は、存在自体中二病だよ。そんな欲望に忠実な人間でどうすんだ。
俺と弟はギャルゲを嗜むが、弟は年上の女性がタイプらしい。本人曰く、デレさせた時の萌え度が半端じゃないとのこと。同学年なら、無表情キャラが良いらしい。
なんとなく、俺はこいつの未来が心配になってきた。家に絶対熟女連れてきそうだもん、この弟。
俺は盛大な溜息を吐き、味噌汁を口に運ぶ。……良い出汁が効いてるな。
先の弟の発言だが、少々引っかかる言葉が一つある。
藤瀬凛音という、女性の名だ。恐らく初めて聞くはずだが、何故か聞いた覚えがある。そして俺は、何かを忘れていた気がした。具体的に言えば、幼少時代に何をしていたか、だ。
そのまま味噌汁を愉しんでいると、ぺたぺたという裸足の足音とともに、紫色のショートヘアの中性的な美貌の持ち主の女性、那波母さんが台所に入ってきた。俺は母さんを見て、危うく茶碗を落としそうになった。いや、俺だけではないだろう。弟も妹も、唖然としていた。
母さんは、下着姿だった。しかも黒。何故に勝負下着。
「おはようさん、皆。……ん、どうした、皆?固まっているが」
「「「なんでその恰好なんだよ!? (ですか!?)」」」
兄弟全員で突っ込む。
二十代にしか見えない上にスタイル良いから、余計毒なんだよ、俺や笈也にとって!
「どうしてって……私は汗っかきだからな。裸じゃないと眠れんのだ。それに裸のまま皆の前に出ては恥ずかしいだろ? だから……」
「だからって申し訳程度の装備で来るんじゃねぇよ、母さん! ワイシャツでも良いから、上になんか来てくれ!」
「兄さんの言うとおりだよ、母さん! 目のやり場に困るんだ!」
「私としても、その恰好はいかがなものかと……」
息子たちの猛反発に遭い、渋々戻る母さん。
全く……刺激的すぎるだろ、母さん。
それだけじゃなく、家事はテキトー(料理は五十崎家の中でトップだが。)なので、俺達が主に家事を担当している。真面目に作ればいいのに。美味しいのに。
まぁ、ワイシャツだけと言うのも、結構目の毒な気はするが。
母さんが着替え終わり戻ってくるまで、俺達三人は盛大な溜息を吐いていた。
*
何だかんだで朝食を終え、俺は自室に戻った。時刻は七時一〇分。まだ余裕はあった。
そして、俺は決意をしていた。
「今日こそ、弟を論破してやるぞ……ふふふ」
そう、今日こそは!
絶対にあいつに巫女キャラの素晴らしさを叩き込んでやる!
お姉さんキャラなど比でもない、その高度な萌え度を叩き込んで見せる!
「今日は叡徒教祖の生誕としてやる……くくくく」
完璧なるまでに、教え込んでやる!
その脳に、心に!
そう、今日はそうなるはず――だった。
「おーい叡徒、お客さんだぞー」
一階から那波母さんの声がする。俺は頭を掻きながら、一階まで下りて行った。
そして玄関を開くと。
俺は唖然とした。
「……五十崎叡徒だな?」
そう言うポニーテール女性。
身長は日本人女性の平均を遥かに上回り、モデルの如く背が高い。俺とそんなに変わらないくらいだ。紺色がかった長く黒い髪をポニーテールにし、目は切れ長で瞳は黒く、強気な光を宿していた。左目の下に泣き黒子があり、顔立ちは整ってかなり大人びている。服装は黒の長袖Tシャツ、青のパンクジーンズで、攻撃的な印象を受ける。スタイルは抜群で、特に、豊満な胸が印象的だ。完璧すぎるルックスの彼女は、年上にしか見えなかった。
だが更に唖然としたのは、次の言葉だった。
「お前の嫁になりに来た」
とぅ びーこんてぃにゅーど。 (後書きも読んでね)
キャラ紹介1
五十崎叡徒
性別 男
誕生日 五月八日
身長・体重 178㎝・60kg
好きなもの ライトノベル、ギャルゲ、野球、剣道
嫌いなもの 香我美の笑顔、過去、空虚な時間
剣技 神影一刀流
最近の悩み 女に間違われる