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名無しの騎士  作者:
3/14

 東方空白地帯に接する国家の一つ、千年近い歴史を有する古王国エメディア。

 能力フェカイトを補佐する純度の高い水晶と希少金属が、多く産出されることで広く知られ、諸外国に大きな発言力を持っている。

 加工・生産を国内で行うため、経済も非常に豊かだった。

 首都ロフィードは、南に政治区、北に軍事区をおき、周囲に居住区や商業区域などが広がっている。

 軍事区はその敷地内に、訓練校、事務棟、各専門部署、修練場、機材搬入・整備場などを有しているため、政治区のおよそ五倍ほど広い。

 その一角、能力者のみが所属する特殊機動部の待機場所兼通常業務を行う一(むね)の最上階で、少女と青年が向かい合っている。


 「何だ、これは」


 不機嫌さを隠そうともしない高い声に、青年はにこやかに笑っている。


「見て分からないか?」


「パートナー選出の報告と辞令」


「分かってるじゃないか」


「私が言いたいのはそういうことじゃない」


「何が言いたい?」


 分かっているだろうにわざわざ問いかける相手に、少女の中で何かが切れた。


「人で遊ぶのもいい加減にしろ!」


 キン、と耳に響く怒号をやり過ごして、青年は笑みを深める。


「可愛い恋人で遊ぶわけがないだろ?藤和ふじか中尉」


 ぬけぬけと言ってのけた恋人に、藤和のつむじで結われた長い髪がゆらりと揺れる。窓は閉められているため、風ではない。

 瞬間、さざ波の音が室内に満ちて、不可視ふかしの力が放たれた。

 標的は青年であったものの、被害を受けたのは彼の背後にあった窓だった。

 怒号と破壊音は階下で働く兵達に聞こえていたが、痴話喧嘩の被害にあった窓が降ってくるなど日常茶飯事、とばかりに平然と仕事をしている。誰かが、しばらくは上に行けない、と呟いたが誰も反応を返さなかった。


「藤和、市内で能力を乱用するな。下手したら人が死ぬ」


「ご安心を、貴方にしか向けてませんよ。特殊機動部部長シルファ=エメディア中将」


 自分が原因であることを棚上げして注意するシルファに、半ば呆れる。


「俺でも、死ぬ時は死ぬがなぁ…」


 破壊されて歪んだ窓枠を見やりながら、しみじみと呟く。

 藤和は、もう相手をすることに疲れ、冷静さを取り戻すために深呼吸を繰り返す。

 きっかり一分。

 ようやく落ち着きを取り戻した藤和は、姿勢を正してシルファをにらみつける。


「本題に戻ります。なぜ、いまさらパートナーを選出するんです?」


 能力は、基本的に一人に一つ。そのため、弱点が明確になりやすく、戦力が偏ってしまう。弱点や偏りを補うため、違う能力を持つ者同士でペアを作る事になっている。

 これは特殊機動部の原則で、単独で任務に当たる者は極めて稀だ。

 人数でどうしても余ってしまう場合があるが、その場合、事務処理や他ペアのサポートに当たる事が多い。単独で任務に当たるには、この世界の環境は厳しすぎるのだ。

 ただ、藤和は唯一、軍に入って以降八年間ずっと単独で任務に当たっている。その実力は誰もが認めるところだった。


「確かに今さらだが、原則だからな。俺としては、別に問題ないと思ってたから特に気にしてなかったけど、上が言ってきたからな。従ってくれ」


 改め書類を差し出すシルファは、申し訳なさそうな表情を浮かべているが、藤和はその奥に隠れている感情に気付いた。


「……楽しんでいるだろう?」


「それはもう」


 心底楽しそうに即答され、張り倒しそうになったがぐっと耐える。


「百歩譲って、パートナーのことは良い。だが、辞令は断る」


「何故?」


「面倒事を押し付けられるのはごめんだ」


「押しつけるなんて人聞きの悪い」


「その通りだろうが。新人教育なんて」


 今日、能力者育成を行う訓練校から、十五人の新人が入ってくることになっている。今回、一人を除いて全員がペアを組んでいる。その一人が、藤和のパートナーだ。

 そのためか、新人の教育・監督という仕事が藤和に与えられた。


 特殊任務や危険地に赴くことの多いここで、新人の生存率は三割を下回る。

 だからこそ、新人の教育は特に厳しく行われる。教育係は比較的軽い任務を選んで新人に経験を積ませる。その任務とて、他の部署からすれば危険度は高い。新人は、教育期間の二ヶ月で半数が死亡、もしくは辞めて行く。教育係の責任は重く、毎年、教育係を受け持っている尉官の者達はこの時期戦々恐々としている。


「何で、私なんだ…」


「いつも中尉から選んでるんだけど、それが藤和を含めて十二人だろ?その内、二人が任務中の負傷で三ヶ月内勤。一人は家業を継ぐために今日付けで退職。一人は病気で入院して、二人は諸事情あって帰省中。三人は隣国に赴いている外務大臣の護衛として出向中。二人は遠方に任務。で、残ったのが、藤和」


 優秀なのは結構だけど時によりけりだな、と笑うシルファに、軽い殺意を覚える。だが、藤和はそれ以上に、二十日間が期限の任務を二週間で終わらせて帰って来た一昨日の自分を、罵ってやりたかった。

 都合よく、全員が仕事やらで埋まっている状況にも、怒りがわいてくるがそれは彼らのせいではない。


 シルファが引かないことは、恋人である藤和がよく分かっている。軍のトップからの命令なら、藤和に拒否権は存在しない。


「分かった…」


 諦めのため息をつく藤和に、シルファは首を傾げる。


「無理はしないようにな?」


「貴方の今後次第ですね、中将」


 嫌味で返して、書類をひったくるようにして奪い、背を向ける。

 怒りが収まらない背中を見送り、シルファはこらえきれずに吹き出す。補佐官がやってくるまで、シルファはずっと笑い続けていた。



※※※



 シルファは、エメディアの現王、第二六代ロウェド三世の第八子、末っ子とはいえ王族として生まれた。今は亡き生母が、北方民族出身の側室だから王位継承権はないものの、天才の誉れ高い著名人だ。その実態が、恋人をからかうことを趣味にしていることは、ほんの数名しか知らない。


 それぞれの階級に応じて、執務を行う部屋が割り当てられている。その一つ、中尉の執務室には、三人しかいなかった。

 負傷して事務処理中だった二人は、不機嫌もあらわに入って来た藤和を見て、口を閉ざす。

 声をかけることすら躊躇うほどに空気がピリピリしているが、腕を負傷しているノーフィス=ロウェイルが勇気を出して声をかける。


「どうかしたのか?中将とやりあってたようだが…」


 一階のここは、最上階にあるシルファの執務室とは距離があるが、直線的にはましただ。砕けた窓が降ってくるのを、彼はしっかりと目撃していた。


「………新人教育を任された」


 重々しい響きの呟きが落とされ、三人は驚き固まる。驚きから脱した後、負傷している二人が藤和の両肩をたたき、一つ頷いた。


「「ガンバレ」」


「内心、自分じゃなくて良かったと思っているだろう……」


 負傷しているとはいえ、指導だけなら行えるのだ。

 藤和が予定より早く仕事を終えて帰ってこなければ、二人が指導係になった可能性はある。

 から笑いをしてごまかす二人の頭を小突いて、自分のロッカーから愛用の武器を取り出す。


 東方が毒素の影響を強く受けてほとんどの人が住めなくなり、文化がほぼ途絶えてしまっている。そのため、東方の伝統的な道具や発掘品は高値で取引される。

 藤和の武器もそのうちの一つ、『刀』だ。しかも、二本。それぞれ、赤と青の紐がつかに巻かれている。

 それらを自作した剣帯に留めて、いつのまにか入っていた教育係の腕章を苦い表情で取り上げる。いらだち紛れにポケットに押し込む。

 任務や公式行事の時に身につける長衣をはおる。


「辞令を出すにしても、せめて前日にしてほしいよな」


 苦笑交じりノーフィスに、藤和の隣でロッカーを掃除していた男性が顔をあげる。


「中将のことだ。面白くしようと思ったんだろうよ」


 シルファよりも早く軍に入っていたドレイク=ノルヴァは、上官に対してもあけすけな物言いをする。


「私は面白くありません」


 同僚であっても、自分の数倍の経験を積んでいる彼に、藤和は丁寧な対応を崩さない。

 身支度を整えると、ロッカーを締めて立ち上がったドレイクに向き直り、藤和は深々と頭を下げる。


「今まで、ご指導ありがとうございました。いつまでもお元気で」


 丁寧な別れの言葉に、他の二人も頭を下げる。

 父親が死に、老いた母を心配したドレイクは、妻子を連れて故郷に帰る。そこは、北の未踏地域に接した街だ。今もまだ、厳しい冬のさなかだろう。

 照れたように頬をかいて、ドレイクは笑う。


「ありがとな。お前らも元気で頑張れよ、若造」


 成年男性としては小柄なドレイクは、藤和が戻ってくる頃にはもういない。かたく握手を交わして、藤和は部屋を後にする。

 本当なら、この後のささやかな送別会に、参加できる予定だった。というか、そのために、藤和は早く帰って来たと言って良い。それをつぶされて、シルファへの怒りが湧き上がるが、ひとまず、深く息を吐いて落ち着ける。


 特殊機動部が専用に使う道場に、新人たちは集められている。そちらへ足を向けようとして、ふいに見えた薄紅色を追う。

 政治区の建物の隙間から、薄紅色の花が見えた。遠めだが、それがなんであるかは分かる。


 知らず、口元がほころんだ。


 今は四月。空白地帯から持ち帰られた苗を品種改良してようやく咲かせた、桜が咲き誇る。


(嫌いではないが、好きでもない季節だ…)


 脳裏に蘇るのは、地獄のような風景とそこから救われた瞬間だ。嫌な思い出も一緒に思い出して、苦笑を浮かべる。それらを振り払うように、道場に向かって足を動かした。

 今までは、年相応(というにはいささか大人びた)表情を浮かべていたが、道場の扉を目にするとそれらが一変する。


 感情がそぎ落とされる。

 息遣いさえ静かなものになり、人形のように無機質な光しか瞳には宿らない。


 無言で扉を開ければ、かすかに聞こえていた話声がぴたりとやむ。

 道場内には、藤和より年上の若者が十五人いた。

 上官の目がないためか、思い思いにくつろいでいたらしい。寝転がっている物や楽な姿勢で話していた者など様々だ。

 それらを素早く見渡す。

 彼らが身につけているのは、明るい群青一色の軍服。それは見習いの証。正式な軍人は、深い群青に黒の縁取りがしてある軍服を身につける。

 正規の軍服を着ている藤和を見ても、かれらはぽかんとしたままだ。


「今年度の新人は、随分と礼儀がなっていないらしいな」


 決して大きな声ではなかったが、抑えつけられるような威圧を感じた彼らは、慌てて整列する。

 藤和が自分達の上官だとようやく認識し、直立不動で敬礼する。

 誰もが階級の徽章きしょうが刺しゅうされている、藤和の左胸に視線を注ぐ。彼らにとっては身近な上司となる中尉を示すものだと知り、緊張が高まる。


「よろしい。軍人を目指すのなら、いついかなる時でも礼節をわきまえろ」


 一つ頷いて、座るように命令する。

 まだぎこちない動作で座る彼らには頓着せず、ポケットから取り出した腕章をつける。


「これより二ヶ月、お前たちの教育係を務める、藤和だ。殺す気でしごくから、死なないように踏ん張れ。質問があるなら受け付ける」


 ざっくばらんで無感情な言葉に、彼らが向けたのは不信と不満の視線だった。

 聞かずともその心情は理解している。毎年、新人は藤和に同じような視線を向ける。慣れているから、不快にすら思わない。

 しばしの沈黙ののち、一人、恐る恐る手を挙げた。


「立て。何だ?」


「中尉は、今まで、どのような戦いをしてこられたのでしょうか」


 遠慮がちな問いに、藤和の瞳の奥で、不穏な炎が揺れる。


「力などなさそうな小娘に、自分達の指導ができるのか、と問いたいのか?」


 彼らが言いたいことを直接つきつける。息をのんで視線を泳がせるが、気にしない。

 自分よりもはるかに小柄で華奢、年下であろう少女に、不信を抱くのは当然だろう。だが、たたき上げの下士官は、藤和の能力を見抜く。彼らと下士官の差は、経験の有無。

 経験豊富な下士官は、一目で藤和の有能さを見抜く。藤和の人徳もあるが、その能力と実績が確かだからこそ、一目置かれる。

 沈黙し続ける新人に、無表情のままでしばし考える。


「……そこ、動くなよ?」


「え…?」


 小さな呟きに眉を寄せた。その時には、藤和は新人の目の前にいた。

 瞬間移動したようにしか思えないほど速い。瞬き一つの時間で、藤和は三メートル弱の距離を無にした。

 言葉もなく立ち尽くしている新人を気にすることなく、胸の下で腕を組んで見上げる。


「七年前、初めての単独任務で毒獣ギフティオの討伐。五年前、オビラノとの公害問題の紛争では将を打った。二年前、毒獣の大量発生時、八百弱の群れを壊滅……。そんなところだな。他に質問は?」


 問われ、反射的に首を横に振る。

 座れ、と再度命じて、元の位置に戻る。

 驚愕と消せない不信や不満をたたえた新人を見渡して、思いついたように口を開く。


「私に指導されることを不満、もしくは、不安に思う者、立て」


 そう言われても、立てる者はいない。


「別に罰する気はない。意思確認をしたいだけだ」


 言われ、半信半疑ながらも、十四人が立ち上がる。一人だけ、目を丸くして周囲を見渡し、座ったままの少女がいた。


「お前は?」


「え、いえ、あの……私は、不満も不安も思っていませんから…」


 困惑しつつも、しっかり目線を合わせて答える。

 そこで、藤和は少女が誰か理解する。


「アリサ=オーガ、だな。教育期間を終えた後、私とペアを組む予定になっている。よろしく」


「よ、よろしくお願いしますっ」


 慌てて立ち上がったアリサが頭を下げる。その勢いで、少々大きめの眼鏡がずれた。

 ん、と短く頷いて、全体を見渡す。


「明日から二日に一度、この道場で鍛錬を行う。全員、修練服に着替えて早朝五時に集合。全員が動けなくなった時、解散。鍛錬以外は、割り当てられた部屋で各自の仕事をこなせ。週に一度、休息日が設けられているが、その日はここの掃除をしてもらう。手抜かりをすれば罰則を与える。良いな」


 実質、休日はない。厳しい指示に騒然となるものの、正規軍人とっては休日が書類上の物であることなど、普通のことだ。


「今日は、棟内の案内をする。その後は、宿舎で休め」


 言うだけ言って背を向ける藤和に、最も体格のいい青年が他を押しのけて前に出る。


「ガキが偉そうにっ!!」


 藤和の腕の倍はありそうな太い腕が振りかぶられるが、藤和は小さくため息をつく。


 キッ……。


 静かな金属音とともに、青年の動きが止まる。

 その喉仏を、藤和の刀の切っ先が捕らえていた。

 あと一歩、鍛えられた反射神経がなければ踏み込んでいただろう。その一歩のおかげで、彼は命拾いをした。そうでなければ、確実に喉を貫かれ、命を失っていた。

 金属音以外、誰も把握できなかった。

 藤和の動きも、何があったのかさえも…。


「相対した者の実力も測れない者に、とやかく言われる筋合いはない」


 ゆっくりと、刀を引いて鞘に戻す。


「それと、私はさほどお前達と年は離れていない。これでも十七だ。あと、口の利き方をわきまえろ。どんなに気に入らなくとも、私はお前達の上官だ。本音と建前を使い分けろ。未熟者」


 一喝、というにはあまりにも静かな罵倒に、青年は何も言い返せない。

 それを無視して、再び背を向ける。

 歩きだした藤和を、数秒遅れて新人たちが追いかける。


 誰にも見えていないのをいいことに、藤和はわずかに口元を歪める。

 嫌で仕方なかったこの役割が、少し、楽しめそうだと思えてきた。


 血気盛んな若者を、性根からたたきなおすのも面白いかもしれない、と……。

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