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〜日常〜

「泥棒ーーっ!」


 肥えたパン屋の主人が罵声を上げる。その叫びに弾かれるように勢いよく店から飛び出す人影。


 影は大きな袋を抱えて人混みを擦り抜ける。慌てて追い掛けるがもう遅い。一陣の風は何者にも止められはしない。風は人の目を擦り抜けて暗い路地へと飛び込んだ。


 周りに人の目がないことを確認すると、影はポッカリと口を開いた穴へと吸い込まれていった。ガリガリと鉄の蓋が穴を塞ぐと、何事もなかったかのように街は元の流れを取り戻した。




 汚物で汚れた下水が運ぶむせ返るような腐敗臭。光すら届かぬ鼠たちの巣窟でうごめく人影。


 暗闇に閉ざされたこの地下でほのかに燈るアルコールランプに照らされながら、盗んだパンに食らいつくのはまだ若い紅髪の少年。


 ロジャー=サイクス。15歳。十年前の大戦により孤児に。身寄りがないため、院に収容されるも施設を飛び出す。以来盗みを働いては一目をかいくぐっての地下での生活に落ち着く。


 食事を終えると手作りの寝床に着く。明かりがなければ自分の足元すら見えない暗闇で、ロジャーは見えもしない天井を見つめた。


 施設に居れば少なくとも寝床と食事にはありつける。だがそれだけなのだ。自由がなければ希望もない。いや、少なくとも誰しもが希望を抱いて施設を訪れるのだ。希望を捨て、夢を見なくなるのは施設に入ってからだ。


 施設の院長は力無き子どもたちを食い物にしては私腹を肥やし、用が済めば金を受け取り売り払う。一度買われたら最後、一生金持ちどものオモチャにされるか過酷な労働を強いられるか。


 例えそのせいで死ぬことになろうが、誰が咎めるだろうか。棄てられ、クズと追いやられた子どもに誰が涙を流すだろうか。戦争に負けたこの国で、思いやりなどという甘い感情をもつ余裕は誰にも在りはしなかった。


 それは自分も同じだ。自分の行く末を知り、仲間を捨て一人逃げ出したのだ。いくら言い訳をしたところで、本心は自分が一番よく知っている。


 自分の未来はこの暗い地下とよく似ていた。仮にこのまま生き長らえたとしても人並みの幸せを手に入れることなど出来るのだろうか。


 瞼を閉じても暗闇しか見えない。絶望と屈辱に塗れた少年は静かに眠りに着く。次に目覚めた時は温かいベッドの上だ。そんな幻想を抱きながらロジャーは深い眠りへと吸い込まれて行った。一筋の雫を頬に残して。

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