第六話:涙、後悔、涙
「えっ?なんやて?」
憂はその男にもう一度問う。
「……だ、だから……さっき……飯沼さんが藤原くんに……」
それはオタク系マニアのあの勇だった。
咲姫が藤原に追いかけられていた事、そしてここを出ていってしまった事、憂の態度に心配していたこと。
さっき見た一部始終を憂に告げた。
「……ちょっとコレはやばいかなぁ……」
さきほどまで藤原と一緒に盛り上がっていた憂も、咲姫がなかなか戻ってこないことに心配していた。
さっき強引に咲姫の唇を奪ったほどだから、今度は何をするか分からない。
憂と藤原は同じ中学だった。
藤原はあのルックスと優しさで中学の時も変わらずモテていた。
でも明らかに他の子と咲姫に対する態度が違う。
本当の藤原はもっと優しく、女を無理矢理に扱う男ではないことをしっていた。
そんな藤原の性格を知っていた憂は、だからさっきの出来事もそんな心配などしなかったのだ。
でも、何かが藤原の中で変化していることを考えると、なぜか胸騒ぎがする。
『ヤンはチャラ男が多いきね。そんなんヤダ』
フと咲姫の言葉を思い出した。
『この男頭が狂いよる!!あたしはアンタの女ちゃうんじゃ!!』
憂は真っ直ぐ空を見据えた。
そして、
「……勇ありがと」
そう言うと、真っ先にかけだした。
ドクンドクンと胸が高鳴る。
だが、探すあてなどない。
憂はしばらくウロチョロしていた。
そして思いたったように周りの子に声をかけはじめた。
「なぁ咲姫と藤原みとらんと!?」
「咲姫どこおるかしらひんかぇ!?」
「藤原は!?」
「あの2人どこいったかわからひん!?」
憂は必死になって聞く。
だが返ってくるのは、
「てかあの2人つき合ってんの?」
このセリフだけ。
男に聞いてみても同じだった。
だんだんと憂に焦りがつのった。
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「っ!いってぇ!!」
いきなりの激痛に藤原が口を離した。
咲姫は舌の侵入を防ぐために、藤原の唇に歯をたてた。
咲姫はやっと離れた口からハァハァと息をはき、ペッと唾をはきすてた。
足はガクガクとふるえている。
「……ってめ……」
藤原が咲姫の手を掴み直す。
だが、それと同時に藤原の体がギグッとなった。
呆然と咲姫を見つめている。
「……え、ちょ……」
藤原の手がパッと咲姫から離れた。
咲姫は下をうつむいて震えていた。
目からは涙を流しながら……。
「……っ……」
唇をかみしめながら、声を押し殺している。
咲姫は流れる涙を手で拭いながら口を開いた。
「あんたって……今日初めて話す女でもっ……そんなことできんだね…」
咲姫の目は藤原を見ようとしなかった。
さっきまで強気に咲姫をせめていたのに、もう完全に女の涙に押されていた。
後悔が藤原を掠める。
どうしていいか分からず、藤原はオロオロしている。
何か考える神経が遮断されたようだった。
「理由は……あたしにあってもっ……こんな……力ずくなこと……まじっ最悪っ……」
この言葉で藤原が大きく揺らいだ。
あの咲姫を睨んでいた目はもうなかった。
いつものあのどこか拍子抜けしている藤原の目だった。
それでも咲姫にかける言葉が見つからず、グッと何かをこらえていた。
「……っそこどけよ……」
咲姫が藤原を下から睨む。
藤原はしばらく動かなかったが、ゆっくり道をあけた。
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「あれっ!?憂じゃん!!どしたのー」
もう頼れる相手はたっくんだけだった。
憂は息を切らしながらたっくんのいる教室に向かったのだった。
「…っハァっ……たっくんさっ……咲姫と藤原見なかった!?」
呼吸を整えながら憂が言った。
たっくんはキョトンとして、焦る憂を見つめていた。
でもすぐに、言葉を下す。
「咲姫ちゃんと藤原?そんなら確か空き教室で見たがや」
憂の頭にピンと線がはった。
それを聞くと、たっくんの手をつかみ、
「たっくんも来て!!」
と、走り出した。
この時、憂の中で向かう場所はもう決まっていた。
━━教材室。
今では立ち入り禁止で、前に憂と咲姫のサボり場だった。