第3話:急な展開
「憂ーっ」
2限目の授業が終わり、教室内にざわめきが宿った。
「咲姫ーっ」
パッと自分の席から離れると、憂と咲姫はお互いのとこにすっ飛んでいった。
クラスの皆は呆れたような微笑みで2人を見ている。
「ねぇ早くっ!!次たっくん体育っしょ!?」
咲姫が憂の手を掴む。
「うん!!たっくん見にいく!!」
そういうと、逆に咲姫の手を掴み憂が走り出す。
たっくんは憂の彼氏である。
本名を山内拓也。
バスケ部のベスメンでポジションはポイントガード。
運動部の女子から好感をもたれていて、女友達も少なくない。
憂とたっくんが知り合ったのはちょうど1年前。
始業式の後、クラス分けで同じ教室になった。
最初はなにも喋らなかったが、月が流れていくうちに、たっくんの方から話かけてくるようになった。
そして、それから1ヶ月たった頃。
『俺、憂のこと好きかっちゃけん。付きおうてくれや』
と、押しに押され見事ゴールイン。
今では憂の方がたっくんにハマっていた。
「うおっ」
体育館に入るとすごい熱気に包まれていた。
思わず後ずさりしてしまう。
人の多い場所が苦手な咲姫は、
「うわー……すごい人気ですね、憂のダーリン……」
顔をしかめながら呟いた。
でも、憂は左右に首を振って、
「この人達たっくん見にきてるんじゃないよ」
と、きゃーきゃー言って騒いでる女の子達を指さした。
咲姫が首をかしげて、
「何で?この人らたっくんのバスケ見に来てるんじゃなかと?」
憂に聞き返した。
憂は背伸びをして、女の子達の頭の間から覗いてみる。
確かにバスケをしているが、今までにたっくんのプレーを見にここまで人が集まったことはない。
憂はもう一度目をこらすと、何かを見つけたように焦点を定めた。
「あー…なるホロ」
多少のギャグも交えながら憂はうなずいた。
咲姫が興味ぶかげに憂と同じ行動をしようと背伸びをした。
でも憂より遙かに背の低い咲姫には人だかりの向こうに何も見えなかった。
「何?何があんの?」
咲姫は憂の腕を揺らす。
憂はこっちこっちと手招きをして歩きだした。
人だかりの少ないとこまでくると、背の低い咲姫でも周りを見渡すことができた。
「ね?たっくん目的じゃないって言ったっしょ?」
憂の指さす方向にはあの藤原がいた。
群がる女の子達に困ったような笑顔を向けている。
咲姫は一瞬でつまんなさそうな顔をして、
「なーんだ」
と、呟いた。「なーんだってアンタ。」
憂は咲姫の反応に笑ってしまった。
咲姫は口を尖らせて、
「もっとかっこいい人かと思ったっちゃね」
ブーイングをこねた。
「十分かっこよか思うけど」
「別にかっこよかない」
「まぁ咲姫が可愛すぎるからつりあわんだけかもね」
「なして憂は咲姫をからかうとね」
「からかっとらせん。ほんまのことだき」
憂は咲姫のほっぺをつまんであっかんべーをした。
「いたっ……だいたい女は藤原藤原うるさかね!どこがええど、あんなチャラ男……」
ドンッ!!
憂に抵抗しようと後ろにズレた瞬間、何かにぶつかった。
咲姫はハッとして後ろを振り向く。
「あら」
憂が顔をしかめた。
咲姫の後ろにはその藤原がたっていた。
「えっ」
咲姫はさっきまで藤原の居た場所へ目をやった。
そこにはもう誰も居なかった。
咲姫の額に冷や汗がにじみ出た。
「ほー……よう人のグチをぶちこらゆうてくれたのう」
藤原のイカツイ目がジロリと咲姫を見下ろす。
いつものあの優しいオーラはなかった。
藤原のもっと後ろの方でなにやら近づいてくる音がする。
「えっ藤原くんが自分から女に話しかけてるっ」
「まじだー!えっショックー!」
「誰やろあの人ー!」
それは藤原目的で体育館に集まっていた女子の群れだった。
「や、あの、えーと……」
咲姫は焦りに焦ってどう答えようか迷っていた。
ヤバそうな空気が咲姫を包む。
「そんなに俺が嫌いなら……」
藤原の目が一段とキツくなった。
後ろでは、集まってきた女達が、
「誰やろあの子」
「藤原くんの何なん」
「でもショックー!まじかわいいやん!!」
「あ、おまけに霜田さんもいるっ」
「もしかして藤原くんあの子のこと……」
と、好き勝手に口論している。
いい加減、咲姫が何か言わねばと思い、口を開こうとした瞬間。
藤原の手が咲姫の首もとめがけて伸びた。
一瞬にして空気が凍った。
「やめっ」
憂が危険を感じ、間に入ろうと身をのりだした。
(殴られるっ……)
咲姫が思わず目をつむる。
ギュッ
………………………
………………………
………………………
………………ギュ?
咲姫の体に何か柔らかいものが密着した。
おそるおそる目を開ける。
「あらららら?」
飛び込もうとしていた憂が目をパチクリさせてまぬけな声を出している。
一瞬咲姫には何が起こったのか解らずにいた。
「きゃー!」
「うそー!何で!?」
「いやぁぁあ!!」
女達の甲高い声で咲姫は我に返った。
「え……」
咲姫は固まってしまった。
それもそのはず。
あの藤原が自分を抱きしめていたのだから。
プチッと何かが咲姫の中でキレた。
「なっ……なにしとんじゃ貴様ぁぁっ!!」
声を荒げて咲姫の体にがっしりと巻き付いている腕を押し返そうと手をかけた。
だけど、男の力に勝てるわけもなく、ただ力を入れているだけで離れようとしない。
「やっ!嫌じゃ!!離れんかいボケ!!!」
暴言を吐きながら力の限り手足をバタつかせる。
咲姫の体全体に悪寒が走っている。
周りにいる子は皆ただこの光景を口を開けて見入っていた。
「咲姫こえー…」
憂が唖然としたまま呟いた。
咲姫はハッとして憂に助けをもとめる。
「憂っ!!はよこのクソ原どかして!!気持ち悪い!!」
その言葉を聞いて、藤原の耳が反応した。
そしてイタズラ気に笑うと、
「咲姫。皆がいるからって照れんでもええやろ?なんならここで俺らの愛見せつけたってもええんやで?」
などと意味不明な言葉を言っている。
咲姫はわけがわからず
「この男頭が狂いよる!!あたしはあんたの女ちゃうんじゃ!!」
もう叫びに近い声を張り上げて、藤原の魔の手から逃れようと必死でもがく。
「…あ……あ……あの……2人はど…ゆう…関係……?」
放心状態の藤原ファンの一人がやっとのことで口を開いた。
他の子はショックで声が出ないらしく、ただその子の言葉に激しく頷いていた。
「どうゆうって。こいつ俺の彼女やから。な?」
それを言うが早いかの瞬間だった。
咲姫の唇に藤原の唇が重なった。
それを見た子達は放心状態から抜け出した。
「あああぁあああ!!!!」
「藤原くんに彼女がおったなんてぇ!!!!」
「あたし死んだるぁぁぁぁああ!!!!」
泣き叫びながら、皆出口へ向かって走り出した。
あまりにも急な展開に、憂を始め、体育をしていた男子生徒も唖然としていた。
藤原はゆっくり唇を離すと、もう一度咲姫に抱きつき、耳元でこう呟いた。
「俺を怒らせたこと、後悔しいよ?」