地味三男には才女で通称『長身溺愛令嬢』な婚約者がいる⁉
溺愛、女の子は一度は憧れる言葉じゃないだろうか。
大好きな存在に、溺れる程に愛される。それはきっと素敵なことだろう。
世の女の子が一度でも憧れる状態であると、ぼくも思う。
――だけど、世にはいささか滑稽なことがある。
そこまで大きくもない庭で、同じくそこまで大きくも華やかでもない地味なぼくが、お気に入りの赤い花に静かに水やりをしていると、その花以上に鮮烈な赤が急に目に入る。
「今日はなんて素敵な日なんでしょう! だって、ジョンと会えます!」
「そうですか、キアラ様。ですが、昨日もお会いした記憶があります」
花も恥じらうと言うか、花も圧倒されるような、赤毛の長身の少女は今日もいきなり現れたかと思うと、ひょいとぼくを抱き上げてくるくる回ってみせる。
表情も造形も華やかできらきらしたその子は、相変わらずぼくとは全く違う。
溺愛という言葉がある。そして、世にはいささか滑稽なことがある。
なんてたって――、
特筆した点を持っていない地味な子爵家の三男坊が、
名が轟く侯爵家の一人娘の才女に、この国の王子の最有力婚約者候補だった一つ下の少女に、その溺愛をされているのだから。
今日だって、馬で2日程ある筈のぼくと婚約者様の家の距離を、転移魔法で軽々飛んできた。
その転移魔法も、そんなものは存在しなかったはずなのに、才女である彼女が天性の才能と努力で、物を送る転送魔法の一部を書き換え編み出したものだ。
ううん……すごい魔法なんだけど。そのすごい魔法をぼくに会うために編み出して、頻繁に利用するのは勿体ない気がする。でも、口にはしない。だって、彼女の力は彼女が使いたいように使うべきだ。
それに、このくらいのことに強力な魔法は使っといた方がいいのかもしれない。重要なことに使いだすと危ない気もするしな。彼女がそういうことをするとかじゃなくて、利用しようとしだす輩が出てくるって点で。
というかぼくの方が背低いとはいえ、簡単に持ち上げてぶん回すのは魔法だけじゃなくて筋力もあるよ。多分ぼくが持っていたじょうろの水も零すことなく、いつの間にか魔法で地面に置いてるし。
魔法と筋力と会話のマルチタスク。すごいな。相変わらず何でも出来る人だ。
「そんな冷静に判断するところも好きです。勿論、昨日もそのおかげで幸せでした」
ぼくを下ろして、そうさらりという彼女に照れは無い。ただただ真っすぐだ。
だからぼくも冷静を装って、一礼する。
「それは、光栄です。ミントティーお好きでしたよね。最近、良いのを買ったので、持ってきて下さった果実と頂きましょう」
いつの間にか庭のテーブルに置かれた、かごに入った夕焼け色をした果実はきっと彼女からのお土産だ。
頻繁に会うにも関わらず、彼女は毎回なにかしらもってくる。
「つれないように見えて、しっかりあたくしの喜ぶことや好きなことをして下さりますね。そういうところも素敵です!」
「……ありがとうございます」
目をきらきらさせて感謝する婚約者に毎度ながら困惑するし、眩しくて仕方ない。
彼女が背にしてる太陽のせいかと思うが、やっぱり彼女自身の影響だろう。
見下ろされてるから逆光で顔は影にあるのに、それでも眩しいという印象を抱いてしまうのは、彼女に容姿の華やかさだけではなく、内面から溢れるものがあるからだろう、
喜ぶことや好きなことをしてくれるって、それは婚約者、しかも格上の家の令嬢を招くとなると当然のことだ。そうじゃなくたって、こんなに反応してもらえるのなら準備のしがいもある。
それに、
「キアラ様もぼくがこの前、異国の果実を話題に出したの覚えて下さったようで。こんなにたくさんの種類を集めるのは大変だったでしょう」
「そんなのは、あたくしにとっては容易なことですわ! たとえ、難しくたってジョンの為なら、火の中、水の中入ってでも手に入れて見せますの!」
キアラ様の方が、ぼくなんかよりよっぽど婚約者の為に色々しようとして下さっているからなぁ。ぼく、全然もらった分を返せた気がしないんだけど。
返せる気がしない内に、どんどんプレゼントして頂いたことがグレードアップしてついていけないんだけど。
手に持った異国の果実と、はきはきととんでもない宣言をする婚約者を見比べて、もう何度も似たようなことを繰り返しているのに戸惑ってしまう。
最近じゃ、あまりにもぼくがキアラ様から色々とされすぎてて、貢がせる才能でもあるんじゃないかって噂までされてる。勿論、そんな趣味も才能もない。
彼女が王子の婚約者候補だったときは、『全てを凌駕する才女様』だなんて呼ばれてたのに、
今は『長身溺愛令嬢』なんて呼ばれてるし……。
彼女が国中から溺愛されてるからとかだったら、納得なんだけど、噂的に彼女が溺愛する側なんだよね。たまに頭に『物好き』が加わるし。
『物好き』……やっぱ世間様から見てもぼくが溺愛されてるのはおかしいよな。凡人と高嶺の花の組み合わせだもんな。
ぼくの見た目が超絶美形とかでもないしな。栗色の目と瞳の色素同様、印象うっすい見た目をしている自信がある。なんなら庭の地面の上に寝そべっていたら気づかれない気がする。物言わぬ手元の果実の方がずっと存在感がある。
この果実も、一緒に探検記読んだときに、「ふーん、この夕焼け色の美味しそうですね」とか、なんとなく口に出しただけで、欲しいとは言ってないしね。というか、わざわざ採ってきちゃうって分かっていたら、安易にそんなこと口にしない。次から気をつけよう。
でも、それを聞いて探して持ってきてくれた彼女の行動は素晴らしいし素敵なものだとは思うし、嬉しい。
嬉しいけど、そんなに毎回ぼくに色々としなくて大丈夫なんだけど。
「侯爵家のご令嬢が、火の中にも水の中にも飛び込まないで下さい。いや、令嬢関係なく飛び込まないで下さい。危険です」
「心配して下さるのですか! でも心配は無用です! あたくしは防御魔法を張るのが得意です」
「流石ですね」
「ふふ、いざという時に貴方を守れるように練習したんです!」
得意げに宣言する彼女に、ぼくは頭を抱えたくなる。
どうしてそうなるかなぁ?
えぇ……なんで君が守る側なの。ぼくの方が年上だよ。色々とおかしいし、最悪君が守る側でも、守る相手がこんな、華も学も才能も無い、凡人辺境子爵家の三男坊じゃないでしょうに。
「お気持ちは嬉しいですが、まずはご自身の身の安全を確保する方をご優先下さい。辺境子爵家の三男より、侯爵家の一人娘の方が、大事なんですから」
「そんなの知りません。貴方がいなくなったら、あたくしにとって世界が塵同然になります。つまり貴方はあたくしの太陽なんです」
気障な男が女の子に言ってたら、鼻で笑えるような内容だけど、彼女が言うと混乱するし、笑えない。
えと、あのそんな価値はぼくにはございませんよと、言いたい。
言いたいけど、言ったところで無駄どころか、「世間や貴方自身がどう思うが、あたくしにとってはそうです」と言い切られそうだ。というか、前言い切られた。
なんで? どうして? ぼくはそんな大層な人物じゃないんだが。
ずっとずっとぼくは首を心の中で傾げ続けてる。
「それを言うなら、貴方はこの国の太陽で希望です。ぼくのせいで貴方が死のうものなら、それこそぼくは塵扱いされます。キアラ様は勿論、ぼくも平和に安全に生きましょう」
「あら貴方をないがしろにする世界があるなら、それこそあたくしにとって塵ですね」
……溺愛通り越して、もはや過激派なんじゃないだろうか。
なんかキアラ様はぼくが世界を滅ぼせと言おうもんなら、やりそうな気迫があるんだけど。言わないし、させないけどさそんなこと。彼女が持っている才の数々をそんなものに使わせるだなんて馬鹿馬鹿しい。
「ぼくは自分も世界も塵にならなくていいですね」
「ジョンの何も塵扱いをしないという考えは素敵だから、あたくしも平和に安全に生きますわ」
「はい、平和が一番ですね。こうやって穏やかに果実やお茶の話を出来ますし」
「そう思って頂けて何よりです。あたくしも、今こうやってジョンと穏やかに過ごせる日々が何よりの幸せです」
そうやって満面な笑みを浮かべる姿は可愛らしい。可愛らしいけど、戸惑ってしまう。いや、これを素直に受け取れるような人物ではぼくはないんだ。あまりにも見合ってない。
さっきは眩しいなあって思ったけど、彼女、太陽に成り代われちゃうんじゃないかってくらいだからね。ああでも太陽みたいな人だから、ぼくみたいな地味な存在にも目をかけてくれてるのかな……いやでもやっぱおかしいし、何かぼくも彼女にできないかな。
「あ、ありがとうございます。いやでも、キアラ様もぼくに色々と頼み事や、してほしいこととかどんどん仰って下さいね」
「ジョンは健やかにしたいように生きている、それだけで素晴らしいです。その上、あたくしとこうやって話してくださるのだから、これ以上を望んだらばちがあたります」
「あたらないですから。何かしたいこととかあります?」
少しでも彼女に何か返せないかと、そう質問してみる。
「うーん。あっ、ジョンの素晴らしさを国中に布教していいですか? そうすればジョンの良さを知った地には幸せが芽吹くでしょう!」
「それはやめて下さい」
長いまつ毛に縁どられた赤い瞳を輝かせてのとんでも発言を、即却下する。
「そんなぁ!?」
ショックというように後ずさられるし、悲痛な顔をされてしまうから胸が痛むけど、重ねて首を横に振る。大抵のことは受け入れますけど、それは勘弁です。
布教って宗教じゃないんだから。ぼくはなんもとりえもない、三男坊だから恥ずかしさで憤死する。
というか、彼女はなんでぼくを溺愛するんだ?
ぼくは、彼女みたいな素敵な人に溺愛されるような覚えは全くないんだが。
***
幼い頃から、王子様に見初められるような、国に貢献で出来るような、素敵な才能を持った淑女になりなさいと言われ続けてきた。そうでもないとお前の価値は無いと。
だから必死に努力をした。
だけどね、その期待には応えられなかったの。
あたくしはとても背が伸びてしまって、王子より顔一つ分背が高くなってしまったから。それに、武術も勉学も魔法も成績が王子を上回ってしまったから。
『全てを凌駕する才女様』は表向きの言葉、
裏で『生意気な身長同様、全てを凌駕してしまっている身の丈も分からない才女様』という世間からの嘲笑は、あたくしのみならず王子をも傷をつけた。
「お前はなんでもかんでも俺を追い抜いていくよな。そのせいで凄い俺は惨めだ」
王子の自信を削いで追い詰めるような存在になって、彼に拒絶されたから。
王子は酷く疲れていたの。つい零してしまった言葉で、言った後に「違う、ごめん。おれが出来損ないなのが悪いんだ」と真っ青になっていた。
あたくしも、その言葉で張りつめていた糸が切れた。
……なんというかお互いもう駄目だったの。
お互い自分のことに必死で、相手のことを見ないでいたから。『出来損ないではございません』という本音も、身の丈を間違えた自分が口にすれば狂気になるんじゃないかって怖くて言えなかったの。
あたくしが婚約者候補から離脱してからは、関係はむしろ良好になったわ。
ジョンと婚約を結んだことを発表した時に、彼は誰よりも喜んでくれたもの。「よく笑うようになったなあ」とほっとした顔をしていたもの。娘を王子の婚約者にしようと力を入れていた両親に、彼が別の見返りを与えて静かにさせてくれたのも知っているの。
社交界では、あたくしとジョンの婚約を、賢い王子があたくしの脅威を知っていたからとか仕組んだとか勝手に考察するけど、違うのよ。
目の前で首を傾げる婚約者はそんな馬鹿げたことを信じてはいないだろうけど、
毎度のことながらあたくしからの溺愛を理解できない様子だ。
それはきっと、彼自身が己の価値を把握していないからだ。
あたくしは本当にジョンのような存在を布教したいわ。
だってあたくしは――ジョンに救われたもの。
………………その頃のあたくしは、どうすれば王子の隣に立つ人間としてふさわしいのか悩んでいた。
悩んでいたからこそ、自分の噂話に関してピックアップして聞こえる魔法を使用して、改善点を見つけて直そうと必死だった。
けれど、それは自傷行為にも等しくて自分がどんどん追い詰められてる感覚があった。だけどやめられなかった。
気になって気になって仕方なかった。確認することが習慣化して、人前では必死に取り繕っていたけど、一人の時には寝食忘れて自己研鑽や魔法での情報収集をしていた。
間違ってるって分かってたの。そんなの自分にも他人にも良くないことだって分かっていたの。
他人の視線や噂を気にして、そんな不安定なものを、自分を設計する情報として取り入れようとしていた。噂だなんて、その場の空気や流れで変わるもので、深く考えていない意見だというのは分かっていたのに。それでも調べないとそれもそれで怖かったの。
人からの評価や自分を否定する気持ちが、嵐のようになっていて、今にも何かが吹き飛びそうだった。
精神が安定していないせいか、魔法も暴走してしまって、止められなくなってしまった。
そんな時だった。ある少年達があたくしと王子のことを噂していたのを拾った。
『申し訳ないけど、男としては、いくら綺麗でも、自分より背の高い女や、自分より才能も強さもある女の隣に並びたくないよな』と語る彼らに、またかと思った。
背の低くなる魔法でも開発しようかと思ったけど、一度ヒールの無い靴を履いた時の、空気感を思い出す。
気を遣ったって言う事実が他人の目にうつれば、それもまた嘲笑の対象になるのだ。
強さだってそうだ。
あたくしの魔法の技術はもう国中に知られている。下手に出来ないフリをすればそれもそれで反感を買う。
あたくしは、あたくしなりに頑張ってきたのに……なんで、何時だって空回ってしまうのっ。
いつも通り、そう思った時だった――、
そこでぽつりと、それまで黙っていた少年が声をあげたのだ。
「え、どこからでも見つけられていいじゃん。才女って言われるほど努力できる素敵な存在がみんなから見えやすいように、神様はきっとあの子の背を高くしたんだよ」
別に他の少年達を咎めるような響きではない。
ただ、マイペースに世間話に対して一意見を述べたであろう、軽やかな少年の声だった。
他の場でも、みんながみんな、あたくしに対して攻撃的な人間じゃないの。そんなの一部の人間だってのは分かってるの。
今の別の子達だって、あたくしが聞いてしまってるだなんて夢にも思ってないからこそ発言したの。個人の趣味趣向を勝手に聞いてしまっているあたくしが悪いんだもの。
それでも、みんなあたくしを肯定する時は、人としての善性からで、その人たちの性格故で、心のどこかではあたくしを否定する人間に共感することだってあるでしょうなんて、失礼だけど思っていたの。
あたくしと真逆な令嬢とあたくしを選べって言われたら、あたくしにも気を遣いながら前者を選ぶでしょう、そう思ってた。
でも、そうじゃなかった。
それはあたくしの勝手な思い込みだった。
その少年の、ジョンのその言葉が――あたくしのぐらついていた根本を一気に安定させた。
あたくしが聞いてるなんて微塵も想像してないし、公の場でもない、仲間内での会話。
だからこそっ、……本気でそう思ってくれてるのだと信じられたのっ。
彼はきっと、人としての正しさとかじゃなくて、善性とかじゃなくて、心の底から、自然と思ったことを周りに流されずことなく口にしたのだろう。
素直に口にした結果、あたくしの背の高さも肯定的に捉えているし、あたくしの頑張りにも気づいて、あたくしという存在を素敵だと評したのだと分かったから、涙が出た。
ああそれなら、あたくしも貴方のことを見つけられるように、こんな風に生まれたのね、生きてきたのね。
あたくしは――あたくしのままでも、良いのねっ。
『え、どこからでも見つけられていいじゃん。才女って言われるほど努力できる素敵な存在がみんなから見えやすいように、神様はきっとあの子の背を高くしたんだよ』
今まで膨大な魔力を消費して使い続けていた情報収集魔法が、全部切れた。
その言葉だけ何度も頭の中で反芻した。そうしたら、よく眠れた。
急なあたくしのアプローチにジョンもジョンの家も、最初は驚いていたけど、最近ではもう受け入れてくれている。
時々、ジョンが知り合いに『あんな立場もあって、能力もある相手に付き纏われて怖くないのか』と心配されているのを聞く。
その知り合いをあたくしは悪いとは思わないわ。
正直、あたくしもあたくし自身も突飛な行動や、常識はずれな行動をしてしまったなと後から振り返って反省することがあるもの。
地に足がついて、いつも落ち着いた彼に対して、あたくしはいつもせわしないし滅茶苦茶だから。
でもジョンは、
「悪気はないし、元気で楽しそうだからいいんじゃないかな。なんでこんなぼくを気に入ってるのかは分からないけど。
あんなに幸せそうに笑ってもらえるのなら、多少変わったことが起こってもいいよ。
まあ、ぼくは色々と頑張らないといけないけどね」
そう笑って話してくれたから。
あたくしの為に、別に好きでもなかったお茶についてよく覚えてお茶を振る舞ってくれる。
頻繁にあたくしが訪れても話題がつきないように、様々な文献を読み漁ったり、旅人から話を聞いたりしてくれる。
自分は魔法使えないけど、君の魔法をこう使えば面白いこと出来るんじゃないかと提案してくれる。
彼自身は大したことのないと思っている行動が、日常に溶け込むような自然な優しさが、あたくしという存在を、これ以上ないくらい認めてくれているから。
だから、もう無関係な誰かに認められなくたって、変人扱いされたっていいの。だって、あたくしにはジョンがいるもの。
あたくしは――、貴方に見つけてもらえて、貴方を見つけられる、『長身溺愛令嬢』でいられて幸せだわ。




