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7.旅の目的地は

「ああ、すっきりした」


「ひとまず、いけにえの件はなくなりそうでよかったな。俺のことも、普通の獣だと思ってもらえたようだし」


 街道を並んで歩きながら、レミュエルとふたり笑いあう。


 村を離れた私は、しばらく進んだところで人の姿のレミュエルと合流していた。


 そのまま私たちは、なんとなく一緒に歩き続けているのだった。そうして、さっきの一幕について話していた。


「というか、これでしばらくはあの長老、居心地の悪い思いをすることになるでしょうね。ちょっと変わった獣を悪魔だなんだと主張して、みんなの不安をあおったわけだし」


 最初の計画では、レミュエルに森の中からオオカミの姿で出てきてもらって、私がそっと近づき、恐れる必要がないことを示そうと思っていた。


 要するに、ちょっと変わった獣、くらいに思わせようとしたのだ。そうすれば、村の人の不安をなだめることはできるはずだから。


 けれどあの長老の暴走を止めるために、もう少し工夫した。変わった獣は神の使い、ということにして、いけにえではなくちょっとしたお供え物をすればいいと、そう付け加えることにしたのだ。


 これなら、また何か妙なものが出てきたとしても、いけにえなんてことにはならないはずだ。


 ……もっとも、村の近くに本当に凶暴な獣が棲みつかないとは言いきれないのだけれど……可能性はかなり低そうだから、気にしないことにする。もしそんなものが来たら、いけにえだろうが供え物だろうがほぼ同じ結果になる気もするし。


「無事に解決して、いい気分だわ。あ、でも、思いっきりなでまわしてしまってごめんなさい」


 事前に打ち合わせていたし、黒いオオカミは怖くないのだと村人に納得してもらうためだったとはいえ、成人男性を全力でなでまくるのは、さすがに初めての体験だった。それがオオカミの姿をしていたとはいえ、改めて自覚してしまうとどうにも落ち着かない。


「ああ、いや……君、なでるのがうまいな」


 そして彼は彼で、照れながらそんなことをつぶやいていた。自然と気恥ずかしくなってしまい、お互い黙り込む。


 彼の言うとおり、私は動物をなでるのがうまい。それもこれも、あの笛のおかげで。


 あの笛の存在は秘密にしていたものの、子どものころからこっそりと、隠れて笛を吹いていた。今あの笛を便利に使いこなせているのも、そのころからの練習のたまものだったりする。


 そうしてやってきた獣たちは、みんな友好的だった。当時まだ小さな子どもだった私は、好奇心に負けて獣たちに触れていった。キツネとかウサギとか、オオカミとか。そうして、彼らが好む触れ方を自然と身につけていったのだった。


 それに家では、牛や犬を飼っていた。家族と分担して、その子たちの世話をしていたものだ。


 乳牛のハンナ、元気かな。家にいた動物の中では一番私になついていて、言葉は通じないけれど友人のような関係だった。私がいなくなって、寂しがっていないといいけれど。


 ちょっとしんみりしていたら、レミュエルが気を取り直したように声をかけてきた。


「ところで、君はこれからどこに向かうんだ?」


「特に、目的地はないの。ちょっと領主ともめてしまって、ほとぼりが冷めるまで故郷を離れることにしただけだから」


「それって、かなりの大ごとじゃないか」


 さらりと口にした言葉に、レミュエルがさっと顔色を変える。どうやら、私のことを心配してくれているらしい。


「言われてみれば、そうかもね。ついでに、人探しをしようかとも思ってるの。ただそちらについても、あてはないのよね。この街道をあっちに向かって進んでいたらしい、ってだけで」


 いつ、村に戻れるのか。どこまで、旅を続けられるのか、ガートルード母さんの手がかりは見つかるのか。


 分からないことばかりで、不安にならないといったら嘘になる。だからあえて、考えないようにしてきた。つとめて明るく考えて、旅の楽しさだけに目を向けようとしていた。


 ただ、改めて言葉にしたことで、そんな強がりが少し揺らいでしまっていた。自分の声が、ちょっぴり上ずってしまっているのを感じる。


 レミュエルが足を止め、こちらに向き直ってきた。


「あてのない、人探しの旅……か。だったら、俺の家に寄っていかないか?」


 意外な提案にきょとんとしていると、彼は照れくさそうに視線をそらして続けた。


「俺の家は、この街道をずっと先に行ったところの大きな町にある。そこでなら、人探しもより容易になるだろう。それに、女性ひとりでふらふらと旅をしているより、ずっと安全だ」


「え、でも……」


「植物の調査が一段落ついたから、そろそろ家に戻ろうと思っていたんだ。それに、君に正体を明かしてしまったことを、家族に報告しなければならない。その場に君がいてくれたほうが、いろいろと助かるんだ」


 確かに、そうかもしれない。獣人族の存在を知ってしまった私とこのまま離れてしまうのは、彼にとっては都合が悪いのだろう。


「前に、君からは信頼できる匂いがすると言っただろう。家族に君を合わせれば、細かく説明する手間がはぶける」


 と思ったら、彼は真顔でそんなことを言い出した。彼が真剣なのは分かるのだけれど、彼の家族に囲まれて、四方八方から匂いをかがれるさまを想像してしまった。それも、みんなオオカミの姿で。駄目だ、面白すぎる。


「……今、何か失礼なことを考えてはいないか?」


「気のせいよ。そういうことなら、少しくらいおじゃましてみるのも悪くないかも」


 さらりとごまかすと、彼はほっとしたように微笑んだ。


「よし、それじゃ決まりだな」


「ねえ、あなたの家って、どれくらい遠くにあるの?」


「この街道をまっすぐに進んで、山を二つ越えたところだ。少し歩くが、道は悪くない。君の足でも、そう苦労せずにたどり着けるはずだ」


 歩きやすい道なら、かつてガートルード母さんが通っていてもおかしくない。ちょっぴり期待しつつ、思ったことをつぶやく。


「しかし、大きな町で暮らしていて、しかも植物の研究をしている、か……あなた、いい家のお坊ちゃ……息子さんじゃないの? 見るからに育ちがよさそうだし」


 すると、レミュエルがちょっと気まずそうな顔をした。


「否定はしない。といっても、そこまで大した育ちでもないぞ。少々裕福な商家の出というだけで」


 少し早口で説明したかと思うと、すぐさま彼は言い返してきた。


「それを言うなら、君のほうが謎だ」


 謎……って、やっぱりクマを連れていたことよね……内心焦りつつ、涼しい顔をしてみせる。


「私、ただの田舎娘よ? 特技は牛の乳しぼりと山歩きだし」


「それにしては教養があるし、気品もある。それこそ、妙に育ちがよさそうに見えるんだ」


 そんなはずないのに、と思いながら、さらに説明する。


「村に、隠居した元学者がいるの。村の子どもたちはその人のところで学んでるから、これくらいは普通よ」


「なるほど、そういうことか……しかし、その気品はやっぱり分からない。礼儀作法など、学んではいないのだろう?」


「当たり前でしょ、田舎者なんだから。というか気品って、何よ」


 どうにも訳の分からない言葉に尋ね返したら、彼は真剣に考えこみ始めた。


「ううん……どこがどうなのだと言われても、具体的に語れないんだが……こう、ぱっと人目を惹くというか、自然と他者を従えるような雰囲気をまとっているというか」


 なんだ、それ。今まで指摘されたこともなかったし、自覚したこともなかった。改めて考えてみても、やっぱり分からない。


「あの村の者たちが、悪魔など存在しないとすんなり信じてくれたのも、君のその雰囲気のおかげではないのかと、今にして思えばそんな気もする」


「ううん……そういうものなのかしら? 実感がわかないんだけど」


「そうだな。妙なことを言ったかもしれない。気にしないでくれ」


 彼はそう言ったものの、やっぱりまだ何やら考えているようではあった。




 レミュエルとふたりの旅は、楽しかった。お喋りしながらせっせと歩いて、夕方になると野宿の準備を協力してこなす。そうしている間、私は一度もあの笛を使わなかった。使わなくても、何も困らなかった。


 村を出たとき、ひとりでしっかりやっていくんだって張り切っていたけれど、思えばあれは強がりだったんだろう。ずっとひとりだったら、きっとそろそろ寂しくなっていた。


 じきに、ひとつめの山を越えた。そうしてふたつめの山に差し掛かったところで、奇妙なものが見えてきた。


 私たちが歩いている街道は、先のほうで二股に分かれていた。脇の細い道を、二台の馬車が進んでいる。やけに物々しい雰囲気の屈強な男たちが、馬車を守るように、見張るように取り囲んでいた。


 赤い夕日の色に染まったその姿に、背筋がぞわりとした。


 田舎の村で育ち、外の世界をろくに知らない私にも分かるくらい、その一行は不穏な気配を漂わせていたのだ。もしあれがうちの村に来たなら、みんなクワやら鎌やらを手に飛び出してくるだろう。


「……ねえ、あれって……普通の旅人には見えないんだけど……」


「ああ、そうだな。いったん、隠れるぞ」


 レミュエルは私の腕を取って、近くの茂みの陰に連れ込んだ。声を思いっきりひそめて、耳元でささやきかけてくる。


「あれは、人買いの馬車だ」

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