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6.村は救われた

 その日は交互に火の番をしながら、それでも朝までゆっくりと休むことができた。やっぱり、ひとりで野宿をするより安心できる。


「ああ、よく寝た……」


 上体を起こしてううんと大きく伸びをすると、先に起きていたレミュエルが納得いかないような表情で声をかけてきた。


「おはよう、ベリンダ。……そうも無防備に熟睡されると、複雑な気分だな」


「そうなの?」


「まあ、な。普通、初対面の男の前ではもう少し警戒するものだと思う。まして俺は人ではないし、いろいろと不審な存在であることも自覚している」


「普通ならそうだけど、なぜかあなたに対してはあんまり警戒する気になれないのよね」


 理屈っぽく説明してくるレミュエルにあっけらかんと返すと、彼は喜んでいるような悩んでいるようなややこしい顔になってしまった。


「それだけ気を許してもらっている、ととらえてもいいのだろうか……」


「たぶんそう」


 無責任そのものの私の返答に、彼がぷっと吹き出した。


「なんというか、君といると悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなるな。……どうか、今日はよろしく」


「ええ、任せて。一緒に、悪魔の噂をなんとかしましょう」


 にっと笑いかけると、ほっとしたような笑みが返ってきた。




「ひとつ、納得できないことがあるのよね」


 昨日の残り物で手早く朝食を済ませ、野宿の後片付けをしながらふとつぶやく。


 昨夜から、どうにも気になっていることがあったのだ。せっせと作業を進めていたレミュエルが、首をかしげてこちらを見た。


「どうしたんだ、唐突に?」


「これから私たちは、悪魔の噂を打ち消すために村に行く。たぶん、昨日相談したやり方でどうにかなるとは思うのだけれど……」


「同感だ。君と話し合ったおかげで、実にいい案ができた。感謝する」


「でもね、私……悪魔が出たぞ、だからいけにえだ、っていう考え、嫌いなのよね……」


 眉間にしわを寄せて、これまでのことを思い出す。


「そもそも、私が通りがからなかったら、いずれ村人の誰かがいけにえにされていたのだろうし……」


 あのときの村人たちの表情からすると、たぶんもう『いけにえを捧げる』ところまでは決まってしまっていて、『誰がいけにえになるか』を決めている途中だったんじゃないかなって気がする。


「いけにえにされた誰かは、もちろん悪魔に行きあうことはない。でも、他の獣に襲われるかもしれないし、もう村には戻れない。悲劇であることに変わりはないわ」


「……ひとりを犠牲にして、村の人間の心の平穏を取り戻す。合理的と言えなくもないが、俺も好きではないな」


「でしょう?」


 レミュエルに同意してもらえたのが嬉しくて、ついつい弾んだ声が出てしまう。これなら、もうちょっと話を進めてみてもいいかもしれない。


「で、相談なんだけど……」


 声をひそめてささやきかけると、レミュエルはこちらに身を乗り出してきた。


「村人たちの感じからすると、いけにえだなんだって言いだしたのは、間違いなく長老ね。彼に、ちょっと釘を刺しておきたいなあって……」


 あの長老は、私に悪魔を探させようと誘導してきた。でも他の村人たちは、通りすがりの私を巻き込むことを申し訳なく思っている様子だった。


 つまり、あの村で一番頭が古くて固くて問題なのは、長老だ。


「よその村のやり方に口をはさむのはお門違いとは思うけれど、私を巻き込んだのはあっちなんだから、ちょっとくらい首を突っ込んでも許されると思うの」


「……君、結構おせっかいだな……」


 口調こそたしなめるようなものだけれど、彼の顔には笑みが浮かんでいる。


「おせっかいだからこそ、あなたに協力することにしたのよ」


「それもそうか」


「というわけだから、これから実行する計画に、もうちょっと付け加えたいのよね。実はもう、案はあるの」


「ひとまず、聞かせてくれ」


 片付けの手を止めて、ひそひそこそこそと話し合う。互いの顔に浮かぶ笑みが、どんどん大きくなっていった。




 少しあと、私はひとりで悠々と村に戻っていた。


 村の人たちは私の無事な姿を見ると、安堵と驚きを顔いっぱいに浮かべる。


「旅の方、ご無事で戻ってこられるとは思いませんでした」


 あわてて駆けつけた長老が、さらりとそんなことを言っている。驚いたからか、本音が出てしまったのだろう。失礼だな。


「いえ、その……悪魔の出る森は、危険ですからのう……」


 口が滑ったことに気づいたのか、長老が大急ぎで言葉を添える。


「悪魔? そんなもの、最初からいませんでしたよ」


 ことさらに明るく、にっこりと笑うと、その場の全員が目を丸くした。


「森の中で、素敵なものと出会ったんです。ほら、あちらに」


 くるりと振り返って、森のほうに向き直る。やがて遠くから、黒いオオカミが駆けてきた。村の人たちから悲鳴が上がる中、私もオオカミに駆け寄る。そうして、がばりと正面から抱きついた。


「よしよし、いい子ね」


 後ろ足だけで立ち上がったオオカミは、私の肩に両手を置いて顔をすり寄せてくる。そのさまは、とてもよくなついた牧羊犬のようだった。やっぱり可愛い。


 私がオオカミの耳や首をかいてやるたび、オオカミも嬉しそうに目を細めている。村人たちが息をのんで、私たちを見守っているのを感じる。


「森の中を歩いていたら、この子に出会ったんです。とても人懐っこくて、賢いんですよ」


 まあ、獣人族なのだから、賢いのは当然だ。レミュエルをなでまわしているのだと考えるととたんに照れ臭くなるので、考えないようにする。


「みなさんはきっと、この子を悪魔と見間違えたのでしょう。ごらんのとおりとても大きくて、後ろ足で立っていると人間くらいの影に見えなくもないですから」


 なおもレミュエルとたわむれながら説明しても、村人たちの顔はまだ晴れない。まだちょっと、私の言葉を疑っている顔だ。


 もっともこの反応は想定内だったので、焦ることもなくさらに説明する。


「私も田舎の出ですけれど、森の中を歩いていると普通とは違う獣に出会うこともあるんです」


 会ったことないけど。


「そういった獣は神の使いや、森の精霊だとされているんです。出会ったら静かに、そっとその場を離れろと、そういわれています」


 でまかせだけど。


「あとで、森にささやかなお供え物をすると、恵みをもたらしてくれるって言い伝えられています。……いけにえを捧げるなんて、とんでもない」


 私の隣でちょこんと座っているレミュエルの頭をまたなでると、村人たちの恐怖もちょっと薄れたようだった。


 荷物の中から、チーズをひとかけら差し出すと、レミュエルは素直にそれを口にした。遠くのほうで様子を見ていた子どもたちから、「わんちゃん、かわいい……」という声が聞こえてきた。


「ほら、いい子ね」


 レミュエルが小さな声でうぉんと鳴き、私の手にまた顔をすり寄せてくる。犬のものより硬い毛が、ざらざらしてくすぐったい。自然と、笑顔になってしまう。


 それを見ていた村人たちの顔から、少しずつ警戒の色が薄れていく。そこを見計らって、レミュエルの顔を正面から見つめた。


「ねえ、オオカミさん。あなたはいけにえ、欲しいの? こちらの長老さんが、あなたにいけにえを捧げようとしているのだけれど」


 するとレミュエルは長老に向き直り、背を低くして身構えた。その喉から、小さなうなり声が聞こえてくる。


「うむ……?」


「ひいっ!」


 長老が身をこわばらせ、村人たちが後ずさりする。長老は村人たちを盾にして、さりげなく逃げようとしていた。


 すかさずレミュエルがばっと飛び出すと、村長の服をしっかりとくわえてしまう。うなり声は、さらに大きくなっていた。鼻にしわを寄せたその表情は、さっきまでとは打って変わって恐ろしげだ。


「な、なぜ……先ほどまで、あんなにおとなしゅうしておったというのに……」


「いけにえだなんていうから、腹を立てたんですよ」


 ぐるるるる……。


「もういけにえなんて、やめたほうがいいと思いますけど。ねえ、オオカミさん?」


 レミュエルは何も答えずに、小さくうなったまま村長をにらんでいた。


「わ、分かった、これからは供え物にする……それでいいだろうか」


 まるでその言葉が分かったかのように、というか実際に分かっているのだけれど、レミュエルは長老を解放し、またちょこんとお座りした。村人たちがなんとも言えない微妙な目で、長老をちらちらと見ている。


 気まずい空気を全力で無視して、大きくうなずく。


「どうやら、この子も納得したみたいですよ。みなさんも、また不思議な獣を見かけたら、ぜひそうしてくださいね」


 もう一度にっこりと笑うと、レミュエルがぽんと駆け出して近くの森に消えていく。それを見届けて、悠々とその場をあとにした。

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