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5.焚火を囲んで

 ひとまずクマを森の奥に返して、レミュエルとふたりきりになった。


「で、悪魔の噂を消すにあたって、あなたには何か案があるの?」


「いや、ない。というか、今しがたその噂を聞いたばかりで、まだ気が動転してるんだ」


「まあ、気持ちは分かるわ……」


「すまない」


 レミュエルはすっかり落ち込んでいる。耳も尻尾も垂れている犬のようだ。申し訳ないけれど可愛くもある。


「いいわ、一緒に考えましょう。ひとりではいい解決策が浮かばなくても、ふたりならどうにかなるかもしれないし」


 年上の、立派な風体の男性ではあるけれど、どうにも彼のことが放っておけなかった。あのオオカミの姿を見てしまったからかもしれない。


 獣を呼び出せる笛を持っているからか、私は獣たちに親しみを感じがちなのだ。少なくとも、あの領主とかあの長老とかより、ずっと好感が持てる。


 そんな内心を笑みでごまかして、あれこれと話し合う。ちょっとした思いつきを膨らませて、修正して。そうしているうちに、少しずつ作戦のようなものが形になり始めていた。


 だいたいの案がまとまったころには、もう日が傾き始めていた。


「ありがとう。君が相談に乗ってくれたおかげで、どうにかなりそうな気がしてきた。俺はそろそろ野宿の支度をするが、君はどうする?」


「私も野宿するわ。さっきの村に戻って泊まれるところを探してもいいのだけれど、そうなると説明が面倒だし」


「そうか。何か手伝えることがあれば言ってくれ」


「ええ。でも、たぶん大丈夫よ。私、野宿には慣れているから」


 笑顔で答えると、彼は意外そうに目を見張っていた。


 それからふたり協力して、野宿の準備に取りかかる。植物の研究のため旅をしているというだけあって、レミュエルはとても手際がよかった。


 ぱちぱちと音を立てて燃えている焚火を前にして、彼がふと眉間にしわを寄せた。


「……しかし、うら若い女性とふたりで野宿というのも……君は気にしないのか?」


「気にしないわよ。だってふたりなら火の番も楽だし」


 確かに、初対面の男性とふたりきりで野宿というのは、ちょっぴり緊張しなくもない。でもレミュエルは、不思議なくらいに警戒心を抱かせない人だった。


 ……もしかすると、キノコに熱い視線を向けていたあの姿を見てしまったということもあるのかもしれない。本人は真剣そのものだけれど、はたから見るとちょっぴり……いや、かなり面白い姿だった。


 考えてみれば、私たちってかなり妙な組み合わせなのかも。


 いい匂いがすると言って私を協力者に選んだ彼と、気が向いたしなんだか和むからという理由で彼に手を貸している私。大ざっぱな者同士、ちょうどいいのかもしれない。


「ひとりで野宿するのって、結構面倒だもの。火をたきっぱなしにするのは大変だし、周囲を警戒しながらだと、よく眠れないから」


 私の言葉に、レミュエルは焚火に枝をくべながら不思議そうに小首をかしげた。


「しかし、君はクマを従えられるのだろう? 野の獣を警戒する必要はないように思えるんだが。この季節なら、火をたかずとも暖かく眠れるし」


 ぎくりとしながら、あわてて言葉を探す。笛のことは内緒だし、深く追及されたくない。早く、話題を変えないと。


「それは、まあ……ちょっと事情があって、いつでも獣を従えられるというわけでもなくて……それより、さっきあなたが観察していたキノコで夕食にしない?」


 彼は植物の研究をしているという話だったし、さっきのキノコにとても興味があったようなので、それについての話を振ってみた。ごまかされてくれるといいなと、そう思いつつ。


「……あれ、食べられるのか?」


 すると彼は、手を止めてこちらをじっと見つめてきた。とっても意外そうな顔をしている。あ、やっぱり気になってるみたい。


「ええ。私の故郷では、普通に食べてるわ。水辺に生える香草と一緒に鍋に入れると、おいしいの。ちなみにその香草も、さっきの泉のところにあったわ」


「それは知らなかった。ぜひ、その話をもっと聞かせてくれ!」


 獣の話をしていたことなどきれいに忘れたかのように、レミュエルはきらきらと目を輝かせている。拾った枯れ枝を手にしたまま、こちらに歩み寄ってきた。


「分かったわ。それじゃあ、夕食の支度をしながら話してあげる。食材集め、手伝ってね」


 さっきの泉のそばに戻って、まずは香草を集めていく。


「香草は先のほうだけ摘んでね。下のほうは固いし香りも薄いから」


「ああ、確かに香草のたぐいはそういった傾向があるな。……こんな感じでいいのか?」


 やけに慎重に、彼は香草を摘みとっている。そのぎこちない手つきがおかしくて、つい笑ってしまっていた。


「ええ、うまいわよ。よくできました」


「……仕方ないだろう、植物の観察はしているが、採取するときはハサミを使っているんだ」


 固い枝ならともかく、こんな草なら手でちぎったほうが早いのに。やっぱり彼は、いいところの生まれなのだろうな。旅に出なければ、きっと一生知り合うことなんてなかった存在だ。


 笑顔のまま、せっせと香草を摘んでいく。十分な量が集まったところで、レミュエルに声をかけた。


「それじゃあ、今度はキノコを集めましょう」


 そう言うと、彼の顔がぱっと輝いた。本当に、このキノコが気になっていたらしい。変な人。


「根元をつかんで、そっと引っ張ってね。雑に扱うとちぎれるから。それと」


 さっそくキノコに触れている彼の手に触れ、言葉を添える。


「それはよく似ているけれど、別のキノコ。うっかり食べると、ちょっぴりお腹が痛くなるの。味も悪いから気をつけて。食べられるのはこっち」


「へえ、そうなのか。同じものに見えた……どうやって区別するんだ?」


「ここのね、かさの内側のふちのところ。おいしいキノコはここが白で、おいしくないほうは薄い紫。ちょっとかさを引っ張って、裏側に光が当たるようにすると見分けやすいわ」


「なるほど、これは後できちんと記録しておかねば……」


 一本のキノコを一緒にのぞき込んでいるうちに、ずいぶんと顔が近くなっていることに気がついた。ふっと鼻をかすめたのは、彼の髪の香りだろうか。


 急に気恥ずかしくなってしまって、そっと後ろに下がる。なんだろう、ジョンとお付き合いしてたころも、こんなふうに感じたことはなかったのに。


「だったら、そのふたつのキノコを存分に観察していて。食べる分は、私が集めておくから」


「いいのか!? 恩に着る」


 私の申し出を受けて、彼はふたつのキノコをじっくりと見比べると、懐から出した紙束にあれこれと書きつけ始めた。素敵なおもちゃを見つけた子どものような顔だ。


 くすりと笑って、キノコを集めにかかった。このキノコを口にしたときの彼の喜ぶ顔が、難なく思い浮かんでしまった。




 しばらくして、私たちはふたりでひとつの鍋を囲んで、わきあいあいとお喋りをしていた。


「素朴な見た目からは想像もつかないくらい、滋味のある味わいだな。これなら、貴族の口にも合うかもしれない。ああ、間違いなく高級食材だ」


 キノコと香草、それに泉で釣った小魚を塩で煮ただけの鍋に、彼は大喜びだった。満面に笑みを浮かべて、何度もお替わりしている。予想以上の喜びだ。


「喜んでもらえてよかったわ。でも、こんないいものをもらってしまってよかったの?」


 鍋だけでは足りないだろうと、彼は塩漬け肉と固焼きパンを分けてくれたのだ。塩漬け肉は脂が乗っているし、固焼きパンは固すぎず、噛みしめるとふわんと小麦の香りがする。


 これ、明らかにいい品だ。少なくとも故郷の村では、こんなものを食べたことはない。


「いいんだ。君にはおいしい鍋をふるまってもらったし、これくらい当然だ」


「ありがとう。私、こんなにおいしい保存食、初めてだわ」


 私も、一応食料は持ってきている。小麦粉を少々と、よく乾燥させたチーズ。村を出るときに、両親が持たせてくれたものだ。


 小麦粉を水で練って焼くか煮るかして、あとはその辺で摘んだ草とか、釣った魚とかでしのいでいた。


 私は、釣りは得意だ。というのも、獣を呼べる笛を使っているうちに、獣や鳥に情がわいてしまって……狩りができなくなったのだ。


 故郷の村では、女性も罠を使って狩りをする。私だけ何もできないというのも心苦しいので、代わりに釣りの腕を磨いていた。こんな形で役に立つなんて、思いもしなかったけれど。


「そうか。喜んでもらえて、何よりだ。近くの町で手に入れたんだが、俺も気に入っている。よければ、もう少しどうだ?」


 無邪気にそう言って、レミュエルが明るく笑う。ずうずうしいかな、と思いつつ、もうちょっと食べてみたいのも事実だった。


「それじゃあ、お言葉に甘えて……ふふ、おいしい」


 もうすっかり日も暮れて、フクロウのおっとりした鳴き声だけが、夜の森に響いていた。

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