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31.はちゃめちゃな里帰り

 赤く染めた髪を風になびかせ、歩きながら伸びをする。


「ああ……日差しが気持ちいい。みんなで旅をするのも、久しぶりね」


 んもう。


 がおう。


 私のつぶやきに、ハンナとブランが同時に答えてきた。


「相変わらず、仲がいいな。ただできれば、ハンナたちには留守番していてほしかったんだが……旅の連れとしては、さすがに目立ちすぎる」


 そんな二頭を見て、レミュエルが頭をかいている。


「まあまあ。ずっと王宮暮らしで退屈していたみたいだし、たまには、ね。それに、王宮に置いておくのも、ちょっと……」


 獅子は、獣の肉を食べる。つまりブランとハンナは、本来敵同士……というか、食うものと食われるもののはずだ。


 ところが二頭はとても仲がよく、最近では王宮の広場でじゃれあい……というより、取っ組み合いをするのが日課になっていた。通りすがりの兵士たちはそのさまを見るたび、恐怖まじりの感嘆の声を上げていた。


 それだけなら、特に問題はなかった。けれど事態が、ちょっと妙な方向に動き始めてしまったのだ。


 堂々たる猛牛と、雄々しき獅子。その二頭を従える、未来の女王。周囲の人たちが、私のことをそんな目で見るようになっていたのだ。いつかそうなるかもしれないなとは思っていたけれど、予想よりずっと早かった。


 しかも困ったことに、私はまだあの宝冠と王太子の座をアデルに返せていない。返そうとするたびに、彼はあれこれと理由をつけて逃げてしまうのだ。やっぱりしたたかだったわ、あの子。


 最初は、宝冠を置いて王宮から逃げ出そうかとも思った。でもあの子はあの子なりに辛い日々を送ってきたのだし、私のことを姉上と慕ってくれている。そんな彼を捨てて逃げることが、どうにもできなかった。


 なのでひとまず、彼の了解を取った上で王都を離れることにしたのだ。


 次の王をどうするかという問題は残っているけれど、それよりもほとぼりを冷ますのが先だ。そのためにも、ハンナとブランを王宮から連れ出したほうがいいと思ったのだ。


 王都の悪者はだいたい片付いたし、今なら安心して旅ができる。それに家を離れて結構経つし、そろそろ家族に無事な姿を見せておきたい。


 そんなこんなで、私はレミュエルと共に、こっそりと旅に出ているのだった。ちなみにファリアも、いったんルーチェットの家に戻っている。彼は彼で、今回のてんまつについて家族に存分に語るつもりなのだとか。


 私の故郷を目指して、のんびりと歩く。よく晴れた気持ちのいい日だけれど、どうにも引っかかっていることがあった。


「どうした、ベリンダ。浮かない表情をしているみたいだが」


「あ、顔に出てた? ……やっぱりちょっと、心配なのよね」


「心配? 俺でよければ、話を聞くぞ」


 小さくうなずいて相槌を打つレミュエルに、ため息まじりに説明した。


「ありがとう。あのね、うちの両親、私と生みの母がかなり訳ありなことには気づいていたと思うの。もっとも、一度だって口にしなかったし、態度にも出さなかったけれど」


 だから私は、自分の素性を意識することなく、のびのびと育つことができたのだ。両親には、感謝してもしきれない。


「たぶん両親は、私はどこかの貴族の娘なのだろうって、そう思ってた気がする」


「……普通は、そうだろうな。俺がもし君の両親の立場に置かれたら、同じように考える」


 答えた彼の声音には、なんともいえない複雑な響きがあった。


「やっぱり? ……ところが私はこの国の王女で、しかもこのままのんびりしていたら、女王にされてしまう。そんなことを話したら、両親がどんな顔をするか……想像するだけで恐ろしくて」


 深々と息を吐いて、頭を抱える。前を行くハンナとブランの大きなお尻が、楽しげに揺れていた。


「いえそもそも、ブランを連れて帰ったら、村が大騒ぎになってしまうような気もする……今さらだけれど」


 小声でうなっていたら、レミュエルがくすりと笑った。


「案外、大丈夫な気もするが。君の両親は、ハンナを快く君のところに送り出すような方々なのだから」


「まあ、うちの両親、変わっているといえば、変わっているのよね……牛の自主性に任せるなんて、普通はしないもの」


 もーう。


 私たちの話が聞こえたのか、ハンナがのんびりと相槌を打ってきた。


「……ごちゃごちゃ考えるだけ、無駄かもね。ひとまず、当たって砕けてみましょうか」


「いつもどおりだな」


「そうね、出たとこ勝負はいつもどおりね」


 どちらからともなく、明るい笑い声が漏れる。私たちの声は、よく晴れた高い空に吸い込まれていった。




 そうやって旅を続けるうちに、遠くに懐かしい村の姿が見えてきた。


「姉ちゃん、帰ってきたんだな!」


 牛たちを放牧させていた妹と三人の弟たちが、私たちの姿に気づいていっせいに歓声を上げる。しかしみんな、少し離れたところで足を止めてしまった。


「お姉ちゃん、知らない大きい人……それと、そっちの大きいの……なあに?」


 みんなはレミュエルと、その後ろにいるブランをじっと見つめていた。全員の顔に、うっすらとおびえの色がある。


 みんなをなだめるように、にっこり笑ってさらりと答えた。


「こっちの大きいのはレミュエルで、こっちの大きいのはブラン。どっちも、危なくはないから」


 するとレミュエルが、不服そうに口をはさんでくる。


「ベリンダ、さすがにその紹介の仕方はどうかと思う」


「こう言ったほうが怖くないかなと思ったの」


 んんもーう。


 私たちのやり取りを聞いて、ハンナがおかしそうに鳴く。それを聞いて、妹たちの緊張もようやくほぐれてきたようだった。みんなして、レミュエルとブランを興味津々といった顔で見つめている。


「でっかい兄ちゃん……えっと、レミュエル、だっけ?」


「姉ちゃんとどんな関係?」


「何の仕事してるの? 強そうだから、兵士とか?」


「ブラン、大きいね……怖くないの? 触れるかな?」


 そうして口々に、そんなことを言い始めた。この騒ぎを聞きつけたらしく、畑のほうから父が、家のほうから母が駆けつけてくる。


「ベリンダ! 帰ってきて、大丈夫なのかい? その、領主は……」


 顔色を変えていた父の視線が、ブランの上で止まる。


「……それだけ強そうな護衛がいれば、大丈夫だね、うん」


 そして母は、ハンナとレミュエルを見て目を丸くしていた。


「まあ、ハンナも一緒に帰ってきたのねえ……それに、立派なお連れの方も」


 ふたりのほうに一歩進み出て、言葉を返す。


「ただいま、父さん、母さん。こちらはレミュエル、その……旅の途中で出会って……今は恋人」


 ああ、照れくさい。事実だけれど、この上なく照れくさい。


「で、こちらはブラン。ハンナのお友達」


 照れくささをごまかすように、早口で続けた。それからレミュエルの腕をつかんで、家のほうに引っ張っていく。


「ほら、立ち話もなんだから、家に行きましょう! ハンナ、ブランと一緒にこの辺で待っててね」


 あまりにも騒々しい里帰りに、村人たちが何事かと集まり始めていたのだ。このままこの場に留まっていたら、あっという間に質問攻めにあってしまう。


 そうなる前に、大急ぎで家の中に駆け込んだ。後ろから、両親の足音がついてくるのを聞きながら。


 息せき切って家に入った私に、母が薬草茶を出してくれた。懐かしい味のお茶で心を落ち着けてから、改めて口を開く。


「父さん、母さん」


 改まった私の態度に、両親が不思議そうに首をかしげた。


「その、驚かないで聞いてほしいのだけれど……」


 言いたくないけれど、黙っているわけにもいかない。緊張で乾いてしまった口をもう一度お茶で湿してから、小声で告げる。


「……私、王女だったわ」


 すると両親は、ふたり同時にわずかに目を見張った。けれどすぐに、大きくうなずいている。


「ああ、そういうことだったのか」


「納得ね」


「ちょっと、何、その反応!?」


 てっきり、もっと驚くと思っていたのに。肩透かしを食らってしまって、思わず声を張り上げてしまう。


「だってなあ。ガートルードさん、本当に上品な方だったからなあ……」


「『ベリンダには、自由な人生を歩ませてほしい』って頼まれたから、あなたのことも実の子としてのびのびと育てたけれど……なのにあなたは、妙に気品のある子に育ったし」


 しかし両親は、やはりのほほんと答えてきた。


「まあ、ただものじゃないんだろうなって、そう思ってたよ」


「もっとも、あなたがこの村で幸せに暮らすのであれば、それでいいとも思ってた」


「領主ともめて村を出ていったときは、うっすら嫌な予感がしていたんだが、まさか女王になるかもしれないなんてなあ」


「でも、あなたの好きにすればいいと思うわ。女王になってもいいし、ここに戻ってきてもいい。それに、レミュエルさんのところにお嫁にいって、そちらで暮らしてもいいもの」


 さっきまで緊張していたのが悔しくなるくらいに、ふたりとものほほんとしている。


「ねえ、ふたりとも……いくらなんでも、呑み込みがよすぎない?」


 思わず問いただしたら、ふたり同時に穏やかな笑みを向けてきた。


「だってあなたには、支えてくれる大切な人がいるのでしょう? だったら、安心だわ」


「どの道を選んでも、お前なら間違いなく幸せをつかみ取れる。お前は昔から、人一倍たくましいからな」


 そうして両親は、レミュエルに向き直る。


「レミュエルさん、どうか娘をお願いします」


「見てのとおり、少々おてんばではありますが、私たちの大切な娘なのです」


 深々と頭を下げた両親に、レミュエルが静かに答えた。


「はい。俺にとってベリンダは、何よりも大切な存在ですから」




 そんなやり取りのあと、私とレミュエルは家の外に出て、放牧場の木陰にやってきていた。


 家を出たとたん村の人たちに囲まれたけれど、そちらは両親に押しつけて、ここまで逃げてきたのだ。


 張り出した木の根にふたり並んで腰かけて、ほっとひと息つく。


「さすがは、君の家族というべきか……元気というか、野性的というか」


 ふとつぶやいたレミュエルの視線の先には、ブランの背中に乗ってはしゃいでいる弟たちがいた。妹もハンナの背に乗って、きゃあきゃあと明るい声を上げている。


 彼は弟妹を優しい目で見つめていたけれど、ふいにこちらを向いて、目を細める。


「でも、安心した。君の家族が、君の素性を知ったことで態度を変えてしまったらどうしようと、俺はそちらのほうも心配していたから」


「……そうね。実は私も、少しだけ同じことを考えてた」


 彼に笑いかけて、天を仰ぐ。みずみずしい葉を茂らせた木のこずえが、そよ風に揺れていた。


「私はもう、この村を発ったときの私じゃない。いろんな体験をして、自分の素性を知って、あなたやブランを連れて戻ってきた」


 あれから、まだほんの数か月しか経っていないとは思えないくらいに、いろいろなことがあった。


「でも、私はやっぱりこの村の子で、両親の子ども。そのことを実感できて、よかった」


 ここに来て、自分の根っこの部分を確かめることができたように思える。


「これで、きちんと自分の未来に向き合える気がするの。アデルとのことも、あなたとのことも」


「……そうか」


 私の言葉を聞いたレミュエルが、ひときわ優しく微笑んだ。見ているだけで、きゅっと胸が切なくなるような、温かな表情だ。


 急に顔が熱くなるのを感じながら、視線をそらす。足元を見たまま、もじもじと付け加えた。


「……その、ね。私にとってもあなたは、何よりも大切な存在だから」


「ああ」


 レミュエルが笑って、身じろぎする気配がした。彼の腕が、私のほうに伸びてくる。なぜか、身がこわばってしまうのを感じた。今まで、何度もこうやって触れ合う機会があったのに、やけに体が熱くなる。


 彼の腕が、私の腰に回された。並んで座ったまま、そっと抱き寄せられる。密着した彼の体のたくましさに、また心臓がどきりと跳ねる。


 まるで夢の中にいるかのような、ふわふわとした心地のまま、彼に身を預ける。


「あっ、ハンナ! だめ!」


 妹の焦ったような声に、我に返る。そのときにはもう、ハンナの巨体が目の前に迫っていた。


 すかさずレミュエルが私を横抱きにして、ばっと飛びのいた。ぎりぎりのところで、ハンナをかわしている。どうやらハンナは、私たちにちょっかいをかけようとして、つい勢いをつけすぎたらしい。


「本当に、君といると退屈しないことばかりだな」


 私を抱え上げたまま、レミュエルが笑う。私たちの無事を確認した妹たちが、ほっと安堵のため息をついていた。


「そうね。自分でも驚くくらい、次から次へといろんなことに巻き込まれてばかりで」


 彼の首に腕を回してしがみつきながら、微笑み返す。


「だからどうか、これからもよろしくね。あなたに助けてもらえないと、私ひとりじゃいろいろ大変だから」


「任せてくれ」


 私を抱えているうちに楽しくなったのか、レミュエルが上機嫌でくるりと回る。まるで、ダンスでも踊っているかのような軽やかな足取りだ。


「ただ、俺からもひとつ、頼みがある」


「何かしら?」


「さっき飲ませてもらった薬草茶、その配合を教えてもらいたいな。興味深い味がした」


「あ、やっぱりそこが気になるのね。あれ、ちょっと珍しい薬草をまぜてあるの。ちょうどこの時期が旬だから、あとで自生地に案内するわ」


「協力、感謝する」


 恋人同士とは思えない、甘さのかけらもない会話。けれどこんなことをのんびり話せていることが、とても嬉しかった。ああ、平和だなと、そう思えたから。


「そうだわ。しばらく行方をくらまして、ふたりで植物研究の旅に出るのはどう? アデルが焦って配下を差し向けてくるかもしれないけど、それを全力でかわしながら」


「まるで鬼ごっこだな。いや、かくれんぼか」


「そういうこと」


 ふたりで明るく笑いながら、くるくると回り続ける。最高に、幸せな気分だった。

ここで完結です。お付き合いいただき、ありがとうございました。

☆などいただけると、とても励みになります。


いずれまた新作を投稿する予定ですので、そのときはどうぞよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
完結お疲れ様でした。 どんな立場になっても、ブレない2人、読んでいて心地良かったです。 そしてなんと言ってもハンナ! 実はこの物語の裏ヒーロー(?)だったのでは?! 明るい気持ちを持つ事ができるお話を…
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