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30.王都の夜を駆ける影

 その日の夜。


 私とレミュエルは身なりを変えて、王都の裏通りを歩いていた。人っ子ひとりおらず、辺りはしんと静まり返っている。


 私は以前宰相のところに押しかけたのと同じような薄手のドレスをまとい、ショールを被っている。ただ今回は、さらにその上からたっぷりとしたマントを羽織っていた。


 付き添っているレミュエルは、どうにも彼らしからぬ格好をしていた。黒いズボンに黒いシャツ、しかもシャツの前を豪快にはだけていて、腹筋の辺りまで見えていた。髪も大ざっぱにくくっていて、無造作に流れている髪がどうにもなまめかしい。


「……ねえ、若干、目のやり場に困るんだけど」


「男が少々肌を出していたところで、問題ないだろう。これが、今回もっともふさわしい服装……らしい。ファリアによれば、だが」


 と言いつつ、彼も少々とまどっているようだった。シャツのえりを引っ張って、困ったように肩をすくめている。


「というか君は、田舎の出なんだろう? 農夫たちの中には、それこそ半裸で作業をする者もいると思うが」


「あなたの肌は、また別なのよ」


 どんどん話が妙な方向に流れていっていることに気づいて、とっさに別の話題を持ち出す。


「というか、これから向かうのって、闇社会の根城……なのよね。それって、具体的に何なの? 今まで掃除してきた連中とはどう違うの?」


「遥かにあくどい」


「よく分かったわ。つまり、完膚なきまでに叩きのめしちゃっていい連中なのね」


「まあ、そういうことだ。下手に手出しすると危険らしいが、徹底的につぶせば問題ないだろう」


 田舎育ちの私にはぴんときていないのだけれど、都会には闇社会というものがあって、中々に危険らしい。これまで送り込まれてきた暗殺者なんかも、どうやらこの闇社会の人間のようだった。


 だったらこちらとしても、遠慮なくやっつけられる。今までの恨みも込めて、大暴れしてやるつもりだ。


 ぐっとこぶしを握り締めていたら、レミュエルが薄汚れた木の扉の前で足を止めた。


「ああ、ここだな。……いくぞ、ベリンダ」


「ええ、頑張りましょうね」


 うなずきあって、扉を開ける。そのまま堂々と、中に入っていった。




「ああん?」


 突然入ってきた私たちを、いぶかしげな野太い声が出迎えた。


 そこは、どうやら酒場か何かのようだった。それも、普通の人は間違っても出入りしなさそうな雰囲気の。


 うわ、酒臭い。タバコ臭い。空気がよどんでる。椅子に座ったがらの悪そうな男たちが、ランプの頼りない明かりに照らされている。その姿は、どうにもまがまがしい。


 そこにいたのは、やけにごついのが四人ほどと、細身だけれど鋭い目つきのがひとりだけ。細身の男は、他の男たちよりも上等な服をまとっていた。


「君たち、ここがどこだか分かっているのかな?」


 細身の男が、優雅な仕草で酒場の中を指し示している。その顔には、こちらを馬鹿にするような笑みが浮かんでいた。


「ええ。王都の闇社会を支配するお方が、くつろがれる場所なのだと聞いておりますわ」


 負けじと優雅に答えてやったら、ごつい男たちがいっせいにいきり立ち、こちらに向き直った。しかしその男たちを、細身の男がなだめている。


「ええ。私が、その闇社会を束ねる頭ですよ」


 細身の男は、少しも動揺することなくさらりと答えてきた。からかわれているのかもしれないけれど、ひとまず彼の言葉を信じることにする。彼が頭であろうとなかろうと、ここでやることは同じなのだし。


「実は、ちょっと小耳にはさみましたの。生き延びておられた王女を暗殺せよと、宰相がみなさまにそう依頼してきたらしい、って」


 にっこりと笑って真正面から切り出すと、細身の男がおかしそうに目を細めた。


「おや、そのような情報をどこで聞きつけられたのでしょう?」


「王宮に、知り合いがいますの。王女様、困っておられるようですわよ?」


「あいにく、王女に差し向けた暗殺者はみな失敗したようです。そのまま戻ってこなかったので、詳細は不明ですが。王女は、よほど悪運の強いお方なのでしょう。ああ、獣を従えておられるとの噂もありますから、そいつらにやらせたのかもしれませんね」


 とても和やかに、頭が答えてくる。物騒な場所で物騒なことを話しているとは思えないくらいに、のんびりとした態度だった。まあ、それは私もだけれど。


「こちらとしても、これ以上無駄に手駒を失いたくはありません。宰相は失脚されたとのことですし、これ以上お付き合いする義理もないのです」


 ちょっぴり大げさに肩をすくめ、頭は苦笑してみせる。


「ですので、王女の件については手を引くつもりでした」


 それはありがたい。けれど、もうひとつ確認しておくことがある。


「もし、また別の誰かがあなたがたに王女暗殺の依頼をしたらどうなりますの?」


「条件によっては、受けますよ」


「あら、困りましたわ。でしたらその旨、王女様にお伝えしないと」


「いえ、その心配は不要です」


 頭はそう言って、ゆっくりと立ち上がった。


「私があれこれ素直に話したことを、おかしいと思われなかったのですか? 私は君たちを、生きて帰すつもりなどなかったのですよ。不用意にここに立ち入り、闇社会の名を出した時点でね」


 余裕しゃくしゃくで彼が言い切ったのと同時に、部屋の奥からさらに数人の男たちがなだれ込んできた。素早く私の背後に回り込み、入り口の扉をふさいでしまう。


「さあ、覚悟してもらいましょう」


 あ、なめられてるわ。確かに、こちらは私とレミュエルのふたりきりだけれど。でも、残念でした。猫かぶりはここまで。


「あいにくと、私もあなたたちをとっちめに来たのよ」


 こちらも高らかに言い放って、ヴェールをばっと脱ぎ捨てる。


「この髪の色、分かる? 私はベルリンディア・リーン、あなたたちが消そうとした王女その人よ!」


 宰相のときと同じように、男たちがたじろぐ。その隙をついて、さっき脱ぎ捨てたマントを拾い上げ、叫ぶ。


「さあみんな、出ておいで!」


 私の声に答えるように、マントの中から、何か小さなものがたくさんはい出してくる。そうしていっせいに、男たちに襲いかかった。


「う、うわあ!!」


「なんだ、これはっ!!」


「どういうことだ!!」


 出てきたのは、サソリにハチに、小ヘビたち。あと、噛まれるととっても痛い虫とか痒い虫とか。それがうじゃうじゃと。


 たっぷりとしたマントの裏側には大きなポケットがいくつも作られている。あらかじめ、そこにこの虫たちを隠しておいたのだ。


 ……たっぷりと虫を隠したマントを着っぱなしというのは、野山を駆け巡って育った私にも、ちょっときつかった。思い出しただけで、鳥肌が……。


 しかし、耐えたかいはあった。狭い部屋の中は、今や男たちの悲鳴で満ちていた。全身にまとわりつく虫やヘビを追い払おうと、必死になっている。そのせいで、誰も私たちのほうを見ていない。楽しいくらいに大混乱。


 笑いを噛み殺しながら、隣のレミュエルにマントを渡す。


「はい、それじゃあよろしくね」


「ああ、任された」


 彼はそのまま部屋の隅へ向かい、マントをかぶってかがみ込んだ。


 次の瞬間、大きな黒いオオカミが姿を現す。ひらりと機敏な動きで、オオカミは私の隣に移動して、身構えるとうなり声を上げた。


 突然現れたオオカミにおじけづいた男たちが、青ざめながら寄り添っている。かばい合っているのではなく、互いを盾にしようと頑張っている。見苦しいったら。


「そしてこちらは、私の大切な仲間。虫たちの毒に倒れるか、それとも彼の牙にかかるか、どちらがいい?」


 私の言葉に合わせて、レミュエルがさらに身を低くして、ぐるるるとうなる。本当に、剣呑な獣の演技がうまくなったわね、彼ったら。


 ごつい男たちは見た目によらず気が弱かったようで、すっかり戦意喪失してしまっていた。そんな彼らに、頭が怒鳴る。


「お前たち、この程度でひるむな!」


 しかしそう言っている彼も、よく見ると膝が笑っていた。もうひと押しといったところかしら。


 つかつかと頭に歩み寄り、さっと足払いをかける。それから、腹の辺りを思いっきり踏みつけてやった。ぐえっという情けない声を上げて、彼は伸びてしまう。それを見て、ごつい男たちが震え上がっている。


「さて、あとは衛兵を呼ぶだけね。これだけめちゃくちゃにしておけば、彼らでも対応できるでしょ」


 マントとヴェールを拾って、命乞いの合唱を聞きながら外に出る。オオカミのレミュエルも、ゆったりとした足取りであとをついてきた。去り際に振り返ってウォンと鳴くと、男たちがまた悲鳴を上げた。


 そうして通りに出たところで、レミュエルがまた人の姿に戻る。


「それじゃあ、俺は衛兵を呼んでくる」


「ええ、いってらっしゃい」


 駆け去る彼の背中を見送っていたら、後ろから声をかけられた。


「お見事です、姉上!」


「息ぴったりだなあ。苦戦するようなら手伝おうと思っていたけれど、その必要もなかったみたいだし」


 がうっ!


 アデルとファリアとオスカーが、曲がり角の先から姿を現していた。それぞれ感心したように目を見張っている。


 私たちが城下町に出向くと聞いたアデルが、どうしても一緒に行きたいと言って聞かなかったので、こんな形でこっそりついてくることになったのだ。


 ちなみにファリアは道案内で、オスカーは護衛だ。頼もしいのは確かなんだけど、こんな町中にクマがいていいのかとも思う。


 もし誰かに見つかったら、レミュエルのときと同じように私の仲間だと主張するしかなさそうだ。……獣を友とする王女ベルリンディアの名前が、さらに売れてしまいそうで嫌だけど……。


 アデルはおそるおそる建物の中をのぞいて、それからぱっとこちらに向き直った。


「こうやって姉上は、旅の間たくさんの人々を助けてきたのですね。尊敬します!」


「まあ……間違ってはいないけれど……尊敬されるようなことでもないのよね……うっかり巻き込まれたり、自分から首を突っ込んでしまったり……そのせいで、平穏な旅ができなかったのだから」


「謙遜しなくてもいいよ、王女さん。いやあ、この国の未来は安泰だなあ」


 がうがうっ。


「ファリア、オスカーさん、ふたりしてからかわないで……それより、誰かに見つかる前に王宮に戻りましょう」


「はいっ! ふふ、夜中の散歩も、楽しいですね。姉上が王都に来てくれて、本当によかった」


 元気よく答えたアデルは、弾むような足取りで進んでいく。私と同じ淡い紫の髪が、月の光にきらきらときらめいていた。

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