29.王宮は大にぎわい
アデルの命によって捕らえられた宰相は、そのまま投獄された。なんでもこの国の法律では、王太子や王太女に危害を加えようとしただけで、死罪になるのが原則らしい。
なので以前の王太子争いの際も、誰かが王太子になったとたん他の王子や王女の親や親族がこっそりと王太子を暗殺し、それがばれて死罪になり……ということを繰り返していたようだった。アデルからそれを聞いて、またしても頭が痛くなった。
その中でもあの宰相は、他の者たちに尻尾をつかませることなく、時には相討ちになるように仕向けたりして、見事アデルを王太子の座につかせることに成功したのだとか。
「とはいえ、もう彼もただの罪人です。姉上に害をなさないよう、早めに処分することをお勧めします」
こわばった表情でそう進言してくるアデルに、胸が苦しくなる。王太子の座から解放されて以来、彼はとても無邪気な、年相応……よりもむしろ幼げな表情を見せていた。でも宰相の話をするときだけ、最初に会ったときの、物憂げな少年に戻ってしまう。
「……本当に、彼のことを恨んでるのね……」
「はい。宰相の行いのせいで、ぼくの母も命を落とすことになりましたから」
苦しそうにうつむいている彼を見て、心配そうに私たちを見守っているレミュエルと目を合わせる。
「……その件、なんだけれど」
気まずさを感じながら、アデルから視線をそらす。
「彼は遠方の牢獄へ追放、ということでどうかしら。王国の北方、一年を通して凍てつく山の牢獄へ」
えっ、と彼が息を呑む気配がした。そちらには構わず、さらに続ける。
「実際に危害を加えたのならともかく、彼も、彼が連れていた兵士たちも、私には指一本触れることができなかったのだし」
アデルの心境を考えると、この提案が正しいのか分からない。けれどひとつだけ、確かに言えることがあった。
「彼のしたことは、絶対に許せない。でもここで私たちが彼をあえて処刑しないことで、血で血を洗う絶望の時代が終わったのだと、そう示せるような気がするの」
互いに命を狙い合って、殺し合って……その果てに、今の私とアデルがいる。
私は生みの母を失い、自分の素性を知らないまま育った。アデルは物心つく前からずっと、この王宮にひとりぼっちで閉じ込められていた。
私たちは、宰相に怒りをぶつけてもいいのだろう。でもそうしたら、私たちも宰相と同じところまで落ちてしまう。自分の感情に任せて、誰かを死に追いやった。そんなことをしてなお、胸を張って生きられるのか。
こんなふうに考えてしまうのは、私が政治なんてものに少しも縁のない、ただの村娘だからなのかもしれないけれど。
「それに、彼にとっては生かされるほうがより重い罰になるんじゃないかしら」
悩みながら、少しずつ思いを言葉にしていく。
「彼はひたすらに、地位と名誉、それに富を求めていた。その全てが奪われて、それでもなお生きなくてはならない……そちらのほうが、きっと辛い」
「……そう、ですね。分かりました」
アデルはぎゅっと唇を噛んでいたけれど、それでもはっきりとうなずいてくれた。
そうして宰相の件が解決したあとも、私は王宮に留まり続けていた。王宮は寝床もふかふかで食事も豪華だけれど、王女扱いされるのは落ち着かないし、どうにも息苦しい。
一応、王位継承についての法律は修正して、「王太子は、王位継承権を持つ者たちの平和的な合議により決定する」という感じにしてある。
だから、王太子の座を改めてアデルに返すこと自体に問題はないのだけれど、彼は一向に首を縦に振ろうとはしなかった。
とはいえ、私たちは焦ってはいなかった。どのみち、王宮でやるべきことはたくさんあったから。
「王女さん、王子さん、報告書ができてるよ」
明るい声とともに、ファリアが部屋に入ってくる。その手には、何かがびっしりと記された紙が握られていた。
アデルがそちらを見て、はしゃいだ声を上げる。
「あっ、ファリアさん。思ったより早かったですね」
「というか、『王女さん』は止めてって、いつも言ってるでしょ……」
私は私で、これで何度目になるのか分からない苦情を口にしていた。
ファリアは私やレミュエルと一緒に王宮にとどまり、私たちを手伝ってくれていた。のはいいのだけれど、ちょくちょく私のことを『王女さん』と呼ぶようになってしまった。居心地が悪いので止めてほしいと言っているのだけれど、聞いてくれない。
のみならず彼は、アデルに対してもとても気軽に接し、『王子さん』などと呼ぶようになっていた。
敬意を払っているんだかいないんだかよく分からない、けれど親しみのこもったその呼び方を、アデルはすっかり気に入ってしまっていた。
なんとなくそんな気はしていたけれど、やっぱりアデルとファリアは馬が合うようだ。
レミュエルがファリアに歩み寄り、紙の束を受け取る、ざっと目を通して、眉間にしわを寄せた。
「なるほど、だいたいは片付いたようだが……こちらの件については、俺たちが出たほうがよさそうだな。衛兵たちでは、少々力不足だ」
そうして、深々とため息をついている。
「しかし、大掃除だと言い出したのは俺だが、さすがにここまでとはな」
私たちが今もなおここに留まっているのには、もちろん理由がある。
私とアデルが平和に暮らせる国造りのために、私たちはみんなで協力して国の大掃除に乗り出したのだ。
宰相とつるんで悪さをしていた大臣やら文官、さらに彼らと組んでいた出入りの商人たちなど、ちょっと調べただけで悪人たちが山のように出るわ出るわ。春の小川のオタマジャクシか、あるいは秋の畑のスズメの群れかってくらいにいた。
私たちが宰相を牢獄送りにしたことで、彼らに逆恨みされるかもしれない。そうなったら、平和な暮らしなど望めない。
なので先手を打って、そいつらをまとめて片付けておくことにしたのだ。といっても別に、非道なことをしたわけではない。ただ法律にのっとってきちんと処罰し、ついでにちょっと脅しただけ。
前に、宰相をぶちのめしてくれたクマの獣人族の方……筋骨隆々の中年男性で、名はオスカー……が協力してくれたおかげで、面白いくらいとんとん拍子にことが進んだ。
しらを切る連中に対して、オスカーは鼻にしわを寄せ牙をむいて迫っていったのだ。傷つけないように気をつけつつ、しかし逃げられないようにしっかりと抱きしめていた。『王女の命令に忠実に従う獰猛な獣』の役を、彼はとっても楽しそうに演じていた。
……ただ、『獣を統べる王女』の噂がさらに広まってしまわないか、ちょっと心配ではある。一応、口止めはしておいたけれど。
そうして、王宮はすっかりきれいになった。のはいいけれど、その過程で他にもいろいろと、よからぬものを見つけてしまったのだ。王宮の血なまぐさい争いは、城下町で暮らす民の心をもすさませていたらしい。
あくどい商売をしている商人に、ごろつきと裏取引している兵士、そんなものがはびこっているせいで、城下町の治安と景気はどんどん悪くなっていた。
善良な民たちは毎日おびえ、息をひそめて暮らしている。そんな事実が、城下町を偵察していたファリアによってもたらされたのだ。
で、そんな話を聞いてしまったからには、放っておくこともできなくて……。
私たちは手分けして、そういった悪人たちをちょこちょことお仕置きしていったのだ。ちょうど、私が村を出てから何度もそうしていたのと、同じように。
ちょっとした悪党なら、王宮の兵士たちに出張ってもらう。でも時々、普通に罰しただけでは心根を入れ替えなさそうだなっていう雰囲気の連中もいるのだ。あるいは、兵士たちでは手に余るような連中とか。
そういう場合は、私とレミュエルが直接出向くことにしている。何度も組んであれこれと悪人を黙らせてきたし、もうお手の物だ。
「姉上、城下町に行かれるのですか?」
私たちの話を聞いていたアデルが、ちょっぴり不穏な感じに目を輝かせていた。




