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28.舞台の裏側は

 私が名前を呼ぶと、アデル王子はきりりと顔を引き締めた。でもその目には、きらきらとした期待の色がある。彼の後ろに居並ぶ臣下たちには見えていないけれど、彼は今、年相応の少年の顔をしていた。


「その宝冠を、ひとまず受け取ります」


 ひとまず、のところを、これでもかというくらいに強調して発音してやった。けれどアデル王子の目は、相変わらず楽しげに輝きっぱなしだ。


「次の女王に、神のご加護のあらんことを」


 彼はふわんと微笑んで、両手で宝冠を私の頭に載せた。ずしりとしたその感触に、すっと背筋が寒くなる。


「……本当に、これでよかったのよね、レミュエル?」


 振り返ってレミュエルにそろそろと声をかけたら、彼もまた小声で答えてきた。


「たぶん」


「ちょっと、ここであいまいな返事をしないでよ! 自信、なくなるじゃない」


「いや、君は以前から、割と勢いで突っ切るところがあるし、ここもそんな感じで乗り切るしかないかと……」


「否定はできないけれど、恋人として、もうちょっと頼れるところを見せてほしかったわ……」


 顔を寄せ合ってひそひそ話をしていたら、廊下のほうが急に騒がしくなった。


「そやつは王女の名をかたる曲者だ、ひっとらえろ!」


 アデル王子の背後に集まっている臣下たちを押しのけるようにして、血相を変えた宰相がまた姿を現した。いつの間に集めてきたのか、彼の私兵らしい護衛たちが、彼の周りをぐるりと取り囲んでいる。懲りていなかったらしい。しぶとい。


「正統なる王位継承者への危害を指示するとは、不敬であるぞ!」


 しかしアデル王子が、すかさず声を張り上げた。その声に、私兵たちが困惑している。アデル王子の顔を見て、私の頭に載っている宝冠を見て……そのまま、立ち尽くした。


 その隙をつくかのように、下の広場から次々と獣人族がバルコニーに飛び上がってきた。あっという間に、宰相は改めてじっくりと叩きのめされてしまった。私兵たちも、草でも刈るかのようにさくさくと倒されていく。


 宰相はまたクマに両脇を抱えられて、ぶらんとぶら下げられながら退場していった。


「ふう、さっそくやらかしてくれました。おかげで、宰相を追い払ういい口実ができました」


 それを見て、アデル王子はほっとしたように胸をなでおろしていた。




「いやあ、面白かったあ。まさか、ここまでの騒ぎになるなんて、思ってもみなかったよ」


 王宮の一室で、人の姿になったファリアが満足そうに笑っていた。彼はさっき、宰相を取り押さえにバルコニーに上がってきて、そのまま私たちについてきていたのだ。


 で、彼を人気のない部屋に連れ込んで、いろいろ問い詰めることにしたのだ。


「ファリア。いい加減に、こんなことをした理由を説明してくれ」


 レミュエルが難しい顔で迫ると、ファリアが軽やかに答えた。


「兄さんから手紙を受け取って、やっぱりこれはまずいなって思ったんだよ。ふたりだけで王宮に乗り込むなんて、どう考えても危ない。だから動けそうな獣人族たちに片っ端から声をかけて、こっそり集まったんだ」


「そういうことだったのか……しかし、あれだけの数が集まっているのなら、俺が気づいてもよさそうなものだが」


「ああ、兄さんに気取られないよう、王都の風下に集まったからね。何事もなければ、そのまま静かに立ち去る予定だったし」


 そこまで話したところで、ファリアがくすりと思い出し笑いを漏らす。


「その途中で、ハンナと獅子……ブラン、だっけ? にも出会ったんだ。二頭とも、何も言ってないのに僕たちについてきたよ。僕たちがしようとしていることに、気づいたのかもね」


 楽しげに語るファリアの顔は、まるきりいたずら小僧のそれだった。


「で、王宮の近くの森にひそんで様子を見てた。そうしたら、兄さんとベリンダさんが隠し通路から王宮の中に入るのを、フクロウの獣人族が見かけたんだよ」


 見られていたなんて、気づかなかった。侵入するのに気を取られていた。


「だからひとまず、あの広場のすぐ外で待機した。みんなで耳を澄ませながらね。で、兄さんたちが近くに来た気配がしたから大急ぎで整列して、小さく鳴いて注意を引いた。あとは、ふたりが見てのとおり」


「なるほど、そういうことだったのか……まったく、お前というやつは……」


 状況を理解したレミュエルが、がっくりとうなだれて深々と息を吐いた。


「兄さんとベリンダさんの明るい未来のためだから、これくらいはお安い御用だよ」


 しかしファリアは、さらりとそんなことを言っている。


 宰相を迅速かつ確実に片付けられたのはありがたいけれど、ファリアたちのせいで妙な事態になったとも言える。これ、礼を言うべきなのかしら。微妙なところね。


「あと純粋に、みんなベリンダさんを見たがってたんだ。獣を操る笛を持った、いい匂いのする王女様っていうのが、みんな気になってたみたいで」


「私、見世物じゃないんだけど……」


「ともかく、これでベリンダさんは次の女王……になるのかな? ということは、兄さんが王配だね。ものすごい出世だ」


 口ごもっていたら、ファリアがさらにとんでもないことを言った。頭の上に載ったままの宝冠を引っつかんで、力いっぱい主張する。


「いえ、この宝冠は折を見て返すつもりなの」


「それは困ります、姉上」


 にこにこしながら私たちの会話を聞いていたアデル王子が、口をとがらせて話に割り込んできた。口外しないように頼み込んだうえで、彼にもこの場に同席してもらっているのだ。


 あのとんでもない事態について、アデル王子も知りたがっていたのだ。しかも、ここで適当にごまかしでもしたら、「王女ベルリンディアには奇跡の力がある!」とかなんとか言いふらしそうな気がしてならなかった。


 なので獣人族たちの了承を得て、彼にも秘密を打ち明けることになったのだった。


「ようやくぼくも、自由になれたんです。どうかしばらくは、このままで、ただの王族のひとりでいさせてください」


 切なげでおとなびたその微笑みに、思わず反論の言葉を忘れてしまう。


「アデル王子……」


「どうぞ、アデルと呼んでください。あなたはぼくにとって、たったひとりの肉親ですから」


 その言葉を聞いて、ふと気になった。たったひとりの……って、確か宰相は彼の祖父だったはず。


「えっと、その、宰相は……」


「赤子のぼくをずっと支配下に置いて、半ば幽閉していた人のことですね。血はつながってますが、それがどうしたというのでしょう」


 おずおずと切り出したら、彼は冷たい目でぴしゃりとはねのけてしまった。


「……辛辣ね」


「あの人のせいで、ぼくはずっと、心を閉ざして生きるほかなかったんです。大切に思った誰かが、じきに宰相によって消される。そんなことを繰り返していたから」


「そう、だったの……」


 私が田舎の村でのびのびと暮らしていたころ、彼はこの冷たい王宮で、ずっとひとりで耐えていたのだろう。そう思ったら、急に申し訳なく感じられてしまった。


 しょんぼりしていたら、アデルは私に歩み寄り、間近で顔をのぞき込んできた。


「それにさっきだって、彼はぼくのたったひとりの姉上を、殺そうとしていたんですよ。許せるわけがないでしょう」


 どうやらアデルは、ずっと自分の近くにいた祖父よりも、先日初めて顔を合わせたばかりの私に肩入れしているらしい。


「でも私、あなたにそこまで慕ってもらう理由はないような気がするのだけれど……やっぱり、あの宝冠を押しつける相手が欲しかった?」


「それもあります。でも、姉上からは外の匂いがするんです。自由で、たくましい……そんな匂いです。ぼくはひとめで、あなたのことが好きになりました」


 アデルはまぶしそうに目を細めて、私を見つめてくる。うん、やっぱり懐かれてるわ。悪い気はしないけれど。


「確かに彼女からは、いい香りがするが」


 すると今度は、背後からそんな声がした。いつの間にか背後に忍び寄っていたレミュエルが私の肩を抱き、首元に顔を寄せてきたのだ。


「えっ、ちょっ、レミュエル、唐突に何するのよ! 人前だって、分かってる!?」


「いや、君の恋人は俺なのだと、示しておこうと思って」


「誰によ!?」


「アデル王子に」


「そんな必要ある!?」


 人前でくっつかれた恥ずかしさに声を張り上げていたら、ファリアののほほんとした声がした。


「まあ、離れて育った姉弟が恋に落ちるって、ない話じゃないしね。特に、高貴な家になるほどありがちっていうか?」


「ちょっとファリアまで、変なこと言わないでよ!!」


「……ふふっ」


 私たちのやり取りがおかしかったのか、アデルが軽く身をかがめて笑い声を上げた。


「自由になれただけでなく、こんなに素敵な人たちと知り合えた……ぼくの人生の中で、一番幸せです」


 切なげに微笑んで、彼は私たちを見回す。


「どうぞこれからも、よろしくお願いしますね」


 私たちは自然と、うなずき返していた。みんな、優しい笑顔になっていた。

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