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27.獣たちを統べる王女

 黒いオオカミの姿をしたファリアが、喋った。人のときとまったく同じ声で、やけにかしこまった口調で。


「えっ、あの姿で人の言葉、喋れたの!?」


「一応は。よほどのことがない限り喋ってはならないと、そういうことになっているが」


 声をひそめた独り言に、レミュエルがうなるような声で答えてくる。


「よほどのことって……いったい、何がどうなってるのよ!?」


「俺にもさっぱり分からない」


 そうこうしている間も、ファリアの声は響き続けていた。


「友の危機を聞きつけ、我らはこうしてはせ参じた」


「ファリア、いつもと口調がまるで違うんだけど……」


「あいつ、芝居は得意だからな……」


 大いに格好つけて朗々と話しているファリアとは裏腹に、私とレミュエルはただただ呆然とし続けることしかできなかった。


「高貴なる血を引く我らが友よ、人の子がそなたを傷つけんとするとき、我らは人へと牙をむく」


 ひときわ高らかにファリアが宣言したそのとき、私たちの背後のガラス扉がばたんと開いた。ばっと振り返った私の目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。


 クマが、二本足で歩いている。しかも、誰かを体の前にぶら下げて。クマに両手首をつかまれている人物の正体に気づいて、あ、と声を上げる。


「えっと……いつのまに宰相が?」


「……お前が出ていった直後、こやつがいきなり……」


 震えながら、か細い声で宰相が答える。


 そう、クマに捕らえられていたのは、さっき存分に脅してきたばかりの宰相だったのだ。


 しかし服はあちこち裂けているし、その首元にはさっきの蛇が巻きついたままだ。おそらく、無理やりこのクマに拉致されてきた……といったところだろう。


 私は、このクマを呼んではいない。ということは、このクマはたぶん獣人族だろう。おそらくこちらも、ファリアの差し金だ。


「愚かなる人の子よ、彼女の後ろには我らがいる。その意味を、理解したな?」


「分かった、分かったから、もう離してくれ! 助けてくれえええ!!」


 裏返った悲鳴を上げて、宰相がもがく。命を狙われた私が言うのもなんだけれど、こう……哀れになってきた。


 クマを見上げて目を合わせ、小さくうなずく。するとクマはにっと笑い、手を離した。……獣人族なんだって分かっていても、クマが笑うと中々の迫力ね。


 宰相は石の床にしりもちをついて、はうようにしてバルコニーから去っていく。最後にクマが、平手でその尻をぺちんとひっぱたいた。宰相は悲鳴を上げながら、建物の中に消えていった。


 そうして、辺りはすっかり静かになる。集まっている獣人族たちは、どことなく満足気な顔をしていた。


 さすがにもう、宰相も手出しはしてこないだろう。私には獣の友人たちがついているのだと、身をもって思い知ったはずだから。


 ようやく、これで安心できるかも……と思ったそのとき、ふとあることに気づいてしまった。


「ねえ、レミュエル。ここの王族には、獣を操るとか、獣と心を通わせるとか、そういった感じの伝説があるって、そう言ってたわね」


「ああ」


「今のこの状況って、その伝説がそのまんま形になってしまっているような気がするのだけれど」


「言われてみれば、そうだな。……おいファリア、お前……まさかと思うが、狙ってやったのか?」


 レミュエルの呼びかけに、ファリアがふいと横を向いてしまう。……うん、あれは間違いなく狙ってやっている。


「ねえ、これってかなりまずい気がするの。誰かにこの状況を見られたら、どう思われるか……」


 逃げよう。一刻も早く、王宮を脱出しないと。


 そう考えて、バルコニーから立ち去ろうとしたときだった。


「おや、どこに行かれるのでしょうか」


 さっき宰相が消えていった扉から、今度はアデル王子が姿を現した。こともあろうに、大臣らしき人物たちを引き連れて。しかも、護衛の騎士たちまでいる。廊下に人間がみっしりだ。


 きっと、さっきの騒ぎを聞きつけて集まったのだろうけど……まずい。とってもまずい。


「先ほど、宰相がほうほうの体で逃げていくのが見えた。『獣が……あの女が……』と、震えながらつぶやいていた」


 アデル王子の言葉に、臣下たちがいっせいにうなずいている。


「そして来てみれば、この有様……どうやら獣たちは、そなたに力を貸すことにしたようだな」


 彼は私の肩越しに、外を見ていた。その目が、おかしそうに細められる。


「王女ベルリンディア・リーン」


 私のもうひとつの名を口にして、アデル王子が微笑んだ。さほど声を張り上げているようには思えないのに、彼の高い声は辺りに朗々と響いている。


「よくぞ、戻られた。我は王族として、そなたの帰還を歓迎しよう」


 やけに晴れやかな笑顔で、彼は一歩私のほうに進み出た。


「そして王家のしきたりによれば、そなたが次の王となる。それに獣たちも、そなたを歓迎しているようだ。この国の頂点として、そなたほどふさわしい人物はいない」


 そうしてアデルは、かぶっていた宝冠を手にして、こちらに向き直ってきた。どうやらそれを、私に渡そうとしているらしい。


「えっ、それはさすがに無理」


 思いっきり後ずさりして、全力で首を横に振る。


「だいたいそれだと、宰相との約束、破っちゃうことになるんだけど……」


 もうここには近づかないから、私のことは見逃してほしい。そういう約束になっているのだ。それを堂々と破るのも、気が引ける。


「だが、宰相が本当に約束を守るという確約もないしな」


 ふとレミュエルが、そんなことを言い出した。


「ちょっと脅しただけでおとなしくなるような人間が、あの血みどろの権力闘争を勝ち抜けるとも思えないんだ」


「そう言われると……否定できない……」


 レミュエルと顔を突き合わせてひそひそと話し合っていたら、アデル王子が笑顔で割り込んできた。


「あ、どうやら祖父と何か約束しているようですが、その点については、どうぞ気になさらないでください。あの人は、もともと人でなしですから。権力を手にしたら、追放なり投獄なりお好きにどうぞ」


 ころりと変わったアデル王子の口調に、レミュエルとふたり、言葉に詰まる。えっ、なんで? 何があったの?


「ぼくはずっと前から、祖父のやり方にはうんざりしていたんです。けれどぼくは非力な子どもでしかないから、一矢報いることすらできなかった。どうかぼくの代わりに、お願いします」


 しかしそのことを問いかけるより先に、アデル王子はまたおごそかな口調で叫び出してしまう。


「みな、先ほどのことを見ただろう! 我が姉に向かって、獣たちは頭を垂れた。これこそ、ベルリンディアが正当なる王であることのあかしだ!」


 ……もしかしてアデル王子は、私が宰相と話にいくことを知って、こっそりと計画を練っていたのかもしれない。どうにかして、厄介な祖父を追い払い、ついでに王太子の座を私に押し付ける、そんな計画だ。


 そこへもってきて、ファリアがこんな派手なことをやらかしてくれたものだから、アデル王子はここぞとばかりに便乗して……ああ、頭が痛い。


 それにしてもアデル王子、物憂げな第一印象とは違って、案外したたかな子なのかもしれない。ファリアと気が合いそうね。


 額を押さえてうめいていたら、レミュエルがこそりとささやいてきた。


「……その宝冠、いったん受け取ってしまうというのはどうだ? そのあとで、王家のしきたりのほうをいじって、またアデル王子に押しつけ返せばいい」


「中々に、えげつないことを考えるのね……」


「だがそうでもしないと、この場は収まりそうにないぞ。それに、今後の安全について考えると、君とアデル王子が協力しておいたほうがいいかもしれない」


 彼の口ぶりは、やけに深刻だった。


「この王宮はがたがたのようだし、あの宰相を黙らせても、また似たようなものが出てこないとも限らない。放っておいたら、また命を狙われかねない」


 視界の端で、アデル王子がこくこくとうなずいている。……本当にもう、どうなってるのよこの王宮。


「でもそれを一掃すれば、今度こそ君は平和に生きられる。これも乗りかかった舟だ、こうなったら王宮の大掃除としゃれこもう。もちろん、俺も手を貸す」


 やけに熱っぽく、レミュエルは言い切った。その頼もしい口調に、ついうなずいてしまう。


「……そうね。明るく平和な未来のために、ここは腹をくくるとしましょうか」


 それから、アデル王子に向き直った。緊張で身震いしそうになるのを、深呼吸してこらえる。


「……王子アデライシャ・リーン」


 私の声は、夜の空気の中に広がっていった。

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