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25.孤高の王子

 豪華な部屋の中にいたのは、色白で小柄な少年だった。理知的な面差しは十二歳くらいにも見えるけれど、体格はどうにも小さくてひ弱だった。


 まとっているのは、やはり豪華そのものの衣。ルーチェットの町で暮らしている間にいろんな人を見たけれど、目の前の彼ほど上等な服を着ている人はいなかった。


 こちらに向けられた目は、青空のように澄んだ青。そして……私と同じ、淡い紫の髪をしていた。間違いない、彼がアデル王子だ。


 突然私たちが現れたことに、彼は動揺しているようだった。けれどそこは王子というか、彼は取り乱すことなく私たちをじっと見つめていた。


「私はガートルードの娘、ベリンダ。十七歳よ。こう言えば通じるかしら?」


 ヴェールを外し、淡い紫の髪をゆっくりとかきあげる。胸元に下がっている形見の笛を手にして、掲げてみせた。


 少年の目が、さらに見開かれる。色の白い頬が、うっすらと赤く染まっていった。


「その髪……その笛……そして、ガートルード……」


 彼の声には、顔には、ただ驚きだけがあった。敵意は見て取れない。となると、こちらに暗殺者を送り込んでいたのは彼ではないのだろうか。


 ちょっぴり困惑しながら、レミュエルと視線を見かわす。


 やがて少年は目を伏せ、淡々と口を開く。老人のもののような、やけにゆったりとした口調だった。


「我はアデル。真の名を、アデライシャ・リーンという。この国の王族の、最後の生き残りだ。ゆえに、次の王となることが定められている」


 一瞬、彼の目が私に向けられた。その口元がきゅっと引き締められたのは、苦しさからだろうか、嬉しさからだろうか。私には、分からなかった。


「十八年前に姿を消した、ガートルードの子……ベルリンディア」


 そして彼は、私が知らない名で私を呼んだ。


「男子であればベルリンディス・リーン、女子であればベルリンディア・リーン。それが、そなたに与えられるはずの名だった」


 どうやら王族は、生まれるより前に名前を用意されるらしい。それも、真の名前と、普段の呼び名のふたつを。


 アデライシャだから、アデル。ベルリンディアだから、ベリンダ。なるほど、雰囲気は似ていなくもない。


「……まさか、そなたが生きていたとは、な」


 彼の声は、温かかった。間違いない、私を殺そうとしているのは彼じゃない。


「どうしてこのようなところに来たのかは知らぬが、ここにいては殺されるぞ。我は何も見なかった。早く出ていけ」


 つっけんどんなその言葉にも、私へのいたわりが感じ取れた。それは嬉しかったけれど、このまま引き下がるわけにもいかない。まだ目的を果たしていない。


「もう既に、私のところに暗殺者が来ているの。物騒で仕方がないから、なんとかしてもらえないかって頼みにきたのよ」


 目の前の少年は、この国にたったひとり残された王子だけれど、たぶん私の腹違いの弟だ。だからなのか、肩ひじ張らずに話すことができた。


「私は王族としての地位なんて、これっぽっちも興味ない。これまでずっと、田舎の農民の娘として生きてきたのよ。そしてこれからも、平民として生きていくことを望んでいるの」


 アデル王子は、目を真ん丸にして私の話を聞いていた。そうしていると、年相応の少年にしか見えない。


 けれどすぐに、彼はまた目を伏せてしまった。椅子のひじ掛けに置かれた手が、ぐっと強く握りしめられている。


「……すまないが、我には止めようがない。おそらくそれは、宰相の仕業だ」


 そうして彼は、沈痛な面持ちで語ってくれた。かつてこの国のてっぺんで巻き起こった、高貴な血で彩られた争いについて。


 先の王には、複数の王妃がいた。そして王妃たちとその親族たちは、自分たちと血のつながった王子や王女を掲げ、他の王子や王女を排除しようとしたのだ。要するに、玉座の奪い合い。


 そうして、王子や王女はひとりまたひとりと暗殺されていった。


 そんな中、王妃のひとりであるガートルードは、身重でありながら単身姿をくらまし、それきり行方不明になってしまった。きっとどこかでのたれ死んだのだろうと、捜索はじきに打ち切られたのだとか。


 ガートルードがいなくなって数年後、王宮の争いにも終止符が打たれた。宰相が自身の孫にあたる、赤子のアデルを王太子にすえたのだ。そのとき、もう他の王子や王女たちは死に絶えていた。病床の王には、もう新たな子を作るだけの力もなかった。


 そうしてこの国は、事実上宰相のものとなった。彼はアデル王子を大切に大切に閉じ込め、まるで自分が王であるかのようにふるまっている。


「……自分の孫を王にするために、邪魔なものは皆殺し、か……ベリンダ、宰相は君の言葉など聞き入れてはくれないような気がするんだが」


 ここまで黙って話のなりゆきを見守っていたレミュエルが、難しい顔でささやきかけてくる。


「私も同感よ。平民として暮らすので放っておいてください、なんて言っても、お構いなしに殺しにきそうよね」


 明るい声で返すと、彼もにやりと不敵な笑みを浮かべた。


「かといって、おとなしく殺されてやる道理もないな」


「もちろんよ。それに、もう逃げ回るのは止めにするって決めたもの」


 敵ははっきりした。しかもそいつは、遠慮なくぶちのめしてやれそうな悪党だ。そのことが分かったからか、不思議なくらいに気分が落ち着いていた。覚悟が決まったのかもしれない。


 それはレミュエルも同じだったようで、彼もいたずらっぽく笑っていた。


「ならばあとは」


「実力行使あるのみ、ね」


 同時にうなずいてから、不思議そうな顔で首をかしげているアデル王子に、笑顔で向き直る。私の表情に不穏なものを感じたのか、アデル王子がかすかにびくりと身を震わせた。


「ねえアデル王子、あなたは私のことを、助けようとしてくれているのでしょう?」


 何も見なかったから早く去れ。彼なりに私を守ろうとして、そう言ってくれたのだろう。


 それにさっき、宰相について話しているときの彼の顔は、ひどく苦しげなものだった。彼は宰相に担がれてはいるけれど、宰相のやりかたについていけていないのだ。


 だったら彼に、味方してもらえないだろうか。ほんのちょっとでいい、彼が力を貸してくれれば、この事態を打開できるかもしれない。


「ついでにもう少しだけ、協力してくれないかしら?」




 私たちがアデル王子のもとを訪ねた二日後、私とレミュエルは改めて王宮に侵入していた。今回はハンナとブランの手は借りずに、静かに、こっそりと。それも、隠し通路から。


 王宮の人気のない廊下で、ふたり短く言葉を交わす。


「それじゃ、行ってくるわね。何かあったら、手助けよろしく」


「ああ、気をつけてくれ。……以前、君に贈った匂い袋が、こんなところで役に立つとはな」


 ガイアスの家でお世話になっていたころ、レミュエルのものと同じ匂い袋を作ってもらった。オオカミの姿を取っていれば、彼はいつでも私のあとを追いかけられる。


 だから安心して、単独行動をとることができた。ここからは、とにかく目立たないようにしなくてはいけない。だから、少しの間私ひとりで動いたほうがいい。


 レミュエルに別れを告げ、どんどん奥へと進んでいく。迷わず歩き続けた先に、ひときわ豪華な扉があった。うん、ここだ。


 服のポケットから小さな香を取り出し、扉の前に置く。慎重に火をつけると、細い煙がたなびき始めた。無臭の煙は扉の隙間から、部屋の中に吸い込まれていく。


 しばらく待って、十分な量の煙が中に入ったのを見届けてから、こんこんと扉を叩いた。いつもの私よりはずっと落ち着いた、ゆっくりとした叩き方だ。


 すぐに、中から言葉が返ってきた。年かさの男性の、どっしりした声だ。


「このような時間に、誰だ?」


「少しだけ、お時間をいただけないでしょうか」


 やはり普段の私なら絶対に出さないような甘ったるい声で、しとやかに呼びかける。


 この話し方は、レミュエルにみっちりと教え込まれたものだ。この作戦においては必要なことだけれど、どうにも口がこそばゆくてたまらない。


「……入れ」


 中からの返事を聞いて、するりと室内に入っていく。そこにいた男性が、私の姿を見て感心したように目を見張った。


 今の私は、体の線がくっきりと浮き出る細身のドレスをまとい、ちょっと濃い目の化粧を施している。さらにヴェールをかぶって、元の色に戻したままの髪を隠した。


 さっき姿見で確認したけれど、我ながら中々になまめかしい美女に仕上がったと思う。


「こんばんは、宰相様。夜分遅くに失礼いたします」


 できるだけいい女に見えるように、しなを作って悠然と微笑んでみせた。この態度もまた、レミュエルとの特訓の成果だった。


 どうにかして宰相をたらしこみ、油断させるのが、この作戦の肝だ。ところが私は、男性を誘惑する方法なんて何も知らない。たぶん、酒場とかにいる女性をまねればいいのだと思うけれど、あいにくとそういった知り合いもいない。


 困っていたら、レミュエルがあれこれと教えてくれたのだ。「俺だって別に詳しいわけではないからな。ただ、ルーチェットの町でずっと暮らしていると、そういった女性たちを見かける機会もあるんだ」と言い訳していた。まあ、そこについては彼を信じよう。


 そして宰相の部屋がどこにあるのかは、アデル王子から聞き出した。ちなみに、王宮に入るための隠し通路も、彼が教えてくれた。


 アデル王子によれば、この時間、宰相は自室でひとりきり、高級な酒をのんびりとたしなんでいるのだとか。


 だからそこを狙って、宰相と差し向かいで話し、暗殺の指令を取り下げさせる。それが、今回の作戦の目的だった。


「どうしても、お話したいことがありましたの。少しだけでも、お時間をいただけませんか?」


 しとやかな口調のせいで、口がくすぐったい。必死にこらえて、そっと流し目をよこした。さて、誘惑できているといいのだけれど。


「ほう、これは美しい……」


 すると宰相は、にんまりと笑って私の全身を上から下までなめるように見つめた。うう、気持ち悪い。


 彼は五十代後半、そろそろ老いがはっきりと姿に表れている。しかしそれにしては、脂ぎっているというか、生臭いというか……まあ、あれだけえげつない権力争いをやらかすだけあって、精力のほうも中々、ということなのかもしれない。


 ただ、女の色香で釣れるのなら話は早い。


「ねえ、こちらで話しませんこと?」


 鼻にかけた甘ったるい声でそう言って、彼をソファへと誘導する。案の定彼はほいほい釣れて、私のあとを追いかけてきた。メス犬の尻を追いかけるオス犬よりも節操がない。


 まあ、これにはまた別の理由もある。さっき私が部屋の前でたいたお香は、吸った者の頭をほんのちょっぴりだけぼんやりさせて、微妙に判断力を奪うという効果がある。例によって、レミュエルの特製だ。


 といっても、そこまで恐ろしいものでもない。言うならば……ほろよい気分で気が大きくなっている感じ、といったところだろうか。


 危険人物である宰相の守りを少しでも崩すために、このお香を使うことにした。のはいいけれど、こうもちょろいとちょっと拍子抜けだ。


 レミュエルに習ったことを思い出しながら、ソファに色っぽく腰を下ろす。そのまま宰相から顔をそむけ、うつむいた。


「おお、恥じらっているのか、これはまた愛い……どれ、悪いようにはしない。だから、どうか顔を見せておくれ」


 気色の悪い笑い声を上げながら、彼が私のヴェールに手をかけた。あえて抵抗せず、そのままヴェールが外れるのに任せる。


 ヴェールの下から流れ落ちた淡い紫の髪が、ろうそくの明かりを受けてつややかに輝いた。


「なっ!」


 とたん、宰相が顔色を変える。


「この髪、気に入っているんですの。見ていただけて嬉しいですわ」

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