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24.逃げられないのなら

「王宮に?」


 レミュエルの提案に驚いて、ばっと顔を上げる。ブランが眠ったまま、耳だけをこちらに向けていた。レミュエルは切なげに目を細めて、静かな声で続ける。


「……前に、王家の家系図を見せただろう。今、生き残っている王位継承者は、十三歳のアデル王子ただひとりだ」


 あちこちに斜線が引かれた、あの家系図を思い出す。顔も見たことのない、腹違いの弟の名前も。


「だから君を狙っているのは、アデル王子本人か、あるいは彼を担いでいる重臣あたりだろう」


 私を安心させるかのように、レミュエルがぽんと頭に手を置いてくる。


「どうにかしてアデル王子と面会し、君が王位継承権を正式に放棄することと、二度と王宮には近づかないことを宣言する。それがうまくいけば、君は自由になれる……かもしれない」


 その姿勢のまま、少し考えた。確かに、ここで嘆いていても何も変わらない。それに、いつまでも逃げ続けられるとも限らない。分かっていても、素直にうなずけなかった。


「でも私、そういった交渉ごとは苦手だし……獣たちに手伝ってもらって力ずくであれこれするならまだしも……」


 すると、レミュエルがふっと笑った。ひどく優しいその表情に、こんなときだというのにどきりとしてしまう。


「俺がついている。ハンナやブランもいる。それに、悪魔騒ぎをあれだけ見事に解決できたんだ、君ならやれる」


「……あのときは、おかしかったわね」


 森の中での妙な出会いに、ふたりがかりのとんでもないお芝居。あの村長は、結局おとなしくなったのかな。


 そんなことを思い出してしまい、つい笑みがもれてしまう。


「もう一度、やってみよう。あのときと同じように、力を合わせて。それこそ、力ずくでもいい。もしそれでも駄目だったなら、そのときは全力で隣国に逃げ込もう」


「……そうね。試してみる価値は、あるかも。ありがとう、レミュエル。ちょっとだけ、元気出てきた」


 そのまま、彼の首にしっかりと抱きつく。彼もまた、私を包み込むようにして抱きしめてくれた。




 次の日、私たちは久しぶりに前向きな気分で歩き始めた。王都へ向けて、堂々と行進していく。


 こそこそと逃げ隠れしながらの旅は辛かったけれど、こうしてひとたび開き直ってしまえば、意外となんとかなりそうな気もしていた。


 レミュエルは獣人族だけあって感覚が鋭いし、ハンナやブランも獣だけあって気配には敏感だ。見晴らしのいいところを選んで歩けば、不意打ちもされにくい。


 しかもハンナとブランの姿に驚いて他の旅人は近づいてこないから、彼らにまぎれて暗殺者が寄ってくる心配もいらなかった。


 それでも襲ってくるのなら、遠慮なく、容赦なく返り討ちにしてやればいい。


 以前は服の中に隠していた笛を、いつでも吹けるように服の外につけていた。日差しを受けてきらきらと輝く笛を見ていると、ちょっと気分も上向きになる。


 ブランがいると宿は使えないのでずっと野宿だったけれど、案外快適な旅になっていた。


「で、もうすぐ王都……なわけだけど」


 私たちの視線の先、遠くのほうには、大きなお城がどんとそびえていた。その城を囲むように、城下町が広がっている。


「ここから、どうしましょう?」


 目的を果たすには、どうにかしてあのお城に、王宮に入らなくてはならない。といっても、私だけでなくレミュエルも、王都に足を踏み入れるのは初めてだった。当然ながら、土地勘なんてない。


 正面から突っ込んでいってもまず成功しないだろうから、ひとまず何かで兵士たちの気をそらして、手薄になったところに忍び込むしかなさそうだ。


「獣たちの力を借りるしかなさそうだが……どう指示を出せばいいものか」


「そうね。かなり危険な橋を渡ってもらうことになるし、強い子にお願いしたいところだけれど」


 ぶもっ。


 強い子、という言葉に反応したのか、ハンナが力強く吠えた。筋肉の張りつめた太い首を伸ばして、前足で地面を踏み鳴らしている。


「ハンナ、まさかあなた……おとりになるつもり、とか?」


 ぐるるる。


 するとブランも、がっと四肢を踏ん張って、毛を逆立てている。猫が時々見せる姿勢ではあるけれど、やはり獅子だと迫力が違う。


「あなたも手伝うから大丈夫、ってこと?」


 やけに張り切った様子のハンナとブランにそう声をかけると、二頭はそのとおりだ、といわんばかりの顔でつんとあごを上げた。


「……前から気になっていたんだが、君はハンナとかなり意思疎通できているようだな」


「長い付き合いですもの。ハンナが赤子のころから、面倒を見てきたの」


「しかしブランとも、同じようになんとなく意思が通じているような気がする」


「言われてみれば、そうかもね。気にしていなかったけれど」


 そう答えながら、ハンナとブランの首をかいてやる。二頭は嬉しそうに目を細め、私の手に頭をすりよせてきた。


「王族は動物と話せるという言い伝え、あれは案外正しかったのかもな」


「それより、この子たちも協力してくれるみたいだし、さっそく準備を整えましょう」


 王都の近くの草原、街道からちょっと離れたところに移動して、軽く打ち合わせをする。それから、王宮に潜入する準備を整えていった。


 私はハンナたちと一緒に王都の外にひそみ、レミュエルが王都で必要なものを買いそろえて戻ってくるのを待つ。


 そうしていよいよ、身支度を整えていった。


 まずは髪の染め粉を落とし、淡い紫色に戻す。ガイアス商店でレミュエルが買ってくれた白い花飾りは、元の髪にもよく似合っていた。


 それから髪を隠すように、用意したヴェールをすっぽりとかぶる。服装もいつもの動きやすいチュニックとズボンではなく、多少地味だけれど上質のワンピースへと替えた。これならたぶん、王宮でもそこまで悪目立ちはしないだろう。


 レミュエルも同様に、いつもより少しいい服に着替えている。ハンナとブランにも、少しいい食事を与えた。ここから二頭には頑張ってもらうのだし、栄養をつけてもらわなくては。


「これで、準備は完了ね」


 夕暮れ空の下、ぐるっとみんなを見回すと、レミュエルが重々しくうなずく。そうして、彼はすぐに黒いオオカミの姿に変わった。


「じゃあ、行ってくるわね。ハンナ、ブラン、あなたたちも気をつけてね。危なくなったら、すぐに退くのよ?」


 二頭にそう声をかけて、レミュエルの背にまたがる。ぎゅっと首にしがみつくと、彼はそのまま走り始めた。


 作戦の内容は、こうだった。


 ハンナとブランには正面から王都に突っ込んでもらって、町を混乱に陥れてもらう。もっとも、人を傷つけないように気をつけてと、そうお願いしておいた。人々の注意を引いてくれればそれでいいのだからねと、よく言い含めておいた。


 で、混乱に乗じて私とレミュエルが王宮に忍び込む。これだけ。


 王宮の間取りなんて知らない中、アデル王子を探さなければならないけれど、それについてはレミュエルに考えがあるようだった。


 そうして、二手に分かれて王都に突っ込んでいく。


 遠くのほうでわき起こる叫び声を聞きながら、レミュエルは王宮の塀をぽんと飛び越える。私を背に乗せているというのに、身軽なものだ。


 そうして王宮の裏手、物陰に隠れると、彼は鼻面を上げてひこひこと匂いを嗅ぎ始めた。


 裏口から廊下に入って、分かれ道でまた風の匂いをかいで。彼は迷うことなく、王宮の奥のほうへと向かっていった。


 彼ら獣人族は、鼻がきく。そして私は、彼らが好む香りを放っているらしい。うっとりするような、言うことを聞きたくなってしまうような、そんな香りなのだとか。


 この国の王族は、動物たちと心を通わせるという言い伝えがある。もしそれが、この香りによるものなのだとしたら。


 私の腹違いの弟でもあるアデル王子も、同じ匂いを放っているのではないか。私たちは、そう考えたのだ。そしてどうやら、その読みは当たっていたようだった。


 先に進むほど、レミュエルの足取りに迷いがなくなっていく。


「おそらく、この部屋だ」


 王宮の三階、奥まった一角にある部屋の前で、レミュエルが人間の姿になる。匂いをたどるときはオオカミの姿のほうが好都合だけれど、ここから先はこちらの姿のほうが何かと便利だ。


 レミュエルが周囲を警戒し、こくりとうなずく。扉に張りついて、そろそろとノックをした。返ってきた、入れ、という高い声は、まだ声変わり前の少年のもの。


 これは、本当にアデル王子のもとにたどり着けたのかもしれない。どきどきしながら、部屋の中に入った。


「このような時間に、何ごとだ」

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