第3話:愛の地獄へようこそ ~前編~
赤みを帯びたオレンジ色の夕空が街を彩る中、雪名家所有の長い黒のリムジンが、俺のアパートの建物の目の前で停まった。
いや、正確には、かつて俺のアパートだった建物、と言うべきか。
俺は震える足取りで車を降りた。後ろからは、4人の美少女たちがまるでレッドカーペットを歩くセレブのように次々と降りてきて、道行くすべての人の視線を釘付けにしている。だが、俺の注意は目の前の光景に完全に奪われていた。
4階建ての古いアパートは、今や鉄の足場と工事用の養生シートに囲まれていた。辺りはすでに暗くなり始めているというのに、ドリルやハンマーの音がまだかすかに聞こえてくる。
「こ、これ……一体どうなってんだ?」答えはすでに分かっていたが、俺は尋ねずにはいられなかった。
ユナが俺のそばに歩み寄り、まるで結婚10年目の夫婦かのように、ごく自然な動作で俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。
「ほんの少しのリフォームですわ、タクヤ様」ユナはあっけらかんと答えた。「作業員たちには昨晩から休まずに残業してもらっていますの。お給料を10倍払いましたから、主要な内装工事は24時間以内に終わらせてくれましたわ」
(金って、この世界じゃマジで超能力だな……)
俺たちはロビーへと歩を進めた。いつも仏頂面で挨拶してくる初老の管理人の姿はない。代わりに、黒のスーツにサングラスをかけた二人の男が、俺たちが通り過ぎる際に90度のお辞儀をしてきた。
「お帰りなさいませ、タクヤ様! ユナお嬢様!」二人は声を揃えて叫んだ。
俺はただ、ぎこちなく頷くことしかできなかった。右側にいるサツキはクスクスと楽しそうに笑い、サラは俺の服の裾をギュッと握りしめている。まるで、一秒でも離したら俺が逃げてしまうと恐れているかのように。
俺たちはエレベーターに乗り込んだ――なぜか内装が金ピカになり、ラベンダーの香りが漂っていたが――俺の部屋がある3階へと向かう。
チーン。
エレベーターのドアが開く。
そして、俺の顎は床に落ちそうになった。
うるさい隣人たちのドアが並ぶ狭い廊下は、もうそこにはなかった。どうやら、3階と4階のフロア全体が完全にぶち抜かれているようだ。
目の前に広がっていたのは、とてつもなく広いリビングルームだった。床はピカピカに輝く白大理石。部屋の中央には、10人は座れそうな巨大な円形ソファが鎮座している。左側の壁には、映画館のスクリーンサイズの薄型テレビが堂々と設置されていた。
そして部屋の隅には……大きな鉄の檻?
「ちょっと待ってくれ」俺は震える指でその檻を指差した。「あれは……何に使うんだ?」
サラがピョンと小さく飛び跳ね、顔をピンク色に染めた。
「あれはタクヤくんのためのものだよ!」まるで新しいおもちゃを見せびらかすように、サラは明るく答えた。「もしタクヤくんが悪い子になって、サラの許可なしにお外に行こうとしたら、タクヤくんはあそこで寝るの! サラがふかふかのクッションを置いておいたから、背中も痛くならないよ」
(サラちゃん、笑顔は可愛いけど発想がエグすぎる!)
「サラの言うことなんて聞かなくていいよ、タクち」サツキが俺を檻から引き離し、キッチンエリアへと引っ張っていく。「見て! サツキの理想のキッチン!」
それは家庭用のキッチンというより、5つ星レストランの厨房のようだった。ステンレス製の調理器具が綺麗に並べられ、隅には巨大な観音開きの冷蔵庫がどっしりと構えている。
サツキは鋭く光る肉切り包丁を手に取ると、器用に手の中でクルクルと回した。
シュバッ! シュバッ!
「これがあれば……タクちの邪魔をするものは、なんでも切り刻めるね」サツキは目を三日月のように細めて微笑んだ。「それが野菜でも……お肉でも……それとも、目障りな害虫でも」
俺はツバを飲み込んだ。その包丁は、ただニンジンを切るためだけにしてはあまりにも鋭く見えた。
さっきから黙っていたアヤネが、部屋の奥にある両開きのドアへと歩いていく。
「寝室はこっちよ」と短く告げる。
俺は戦々恐々としながら彼女の後について行った。ドアが開くと、そこにはキングサイズ……いや、これはエンペラーサイズかもしれないベッドがあった。サッカーができそうなくらい広大なマットレスだ。
だが、俺を震え上がらせたのは、その壁の装飾だった。
俺の写真。何百枚もの俺の隠し撮り写真が、壁一面にびっしりと綺麗に貼られていたのだ。学食でご飯を食べている時の写真、帰り道を歩いている時の写真、教室で居眠りしている時の写真、さらにはあくびをしている瞬間の写真まで。
「いつ……いつの間にこんな写真を撮ったんだ?」俺は恐怖のあまり尋ねた。
アヤネが振り返る。その顔は無表情だったが、瞳には満足げな色が浮かんでいた。
「私たちにはいろんな手段があるのよ、タクヤ」アヤネは曖昧に答えた。「それに、もう写真は必要ないわ。だって、本物がここにいるんだから」
突然、アヤネが俺を押し倒した。俺はふかふかのマットレスの上に仰向けに倒れ込む。
起き上がる間もなく、4人の少女たちがベッドに上がり、東西南北の四方から俺を取り囲んだ。
右にサツキ、左にユナ、足元にサラ、そして頭上にアヤネ。
彼女たちが俺を見下ろしている。この光景は……本来ならすべての男の夢であるはずだ。豪華なベッドの上で4人の天使に囲まれるなんて。それなのに……なぜ俺は、4匹の飢えた狼に囲まれたウサギのような気分になっているんだ?
「ねえ、タクヤ様……」ユナが囁き、その指先が俺のシャツのボタンで遊び始めた。「今日は私たちが一緒に住み始める最初の夜ですわ。お祝いをしなければいけませんわね?」
「お、お祝い? な、何のお祝いだよ?」俺の声はひっくり返っていた。
「タクちが私たちのものになったお祝いに決まってるじゃん!」サツキが陽気に答える。
「タクヤくんはサラのもの……髪の毛の先から足の先まで、ぜーんぶ……」サラが俺の足首を撫でながら呟く。
「黙りなさい」アヤネが遮った。「タクヤを休ませてあげて。退院したばかりなんだから」
俺は安堵のため息をついた。ありがとう、アヤネ! お前が一番まとも――
「『尋問と拘束のセッション』は明日の朝から始めればいいわ。今夜は逃げられないように、抱きしめて寝るだけにしましょう」アヤネは淡々と続けた。
(前言撤回! ここにはまともな奴なんて一人もいねぇ!)
「待って!」俺は両手を挙げて降参のポーズをとった。「聞いてくれ、俺は疲れてるんだ。すごく疲れてる。だから……普通に寝てくれないか? いや、本当にただ『寝る』って意味でだぞ。目を閉じて、夢を見るだけの」
4人の少女たちは顔を見合わせた。そして、同時にこくりと頷いた。
「分かった、タクちがそう言うなら」
「タクヤ様のお体のためでしたら、何なりと」
「タクヤくん、ゆっくりねんねしてね……」
「寝なさい。今すぐ」
4人は身を横たえ、できる限り俺に密着してきた。サツキが右腕を、ユナが左腕を、サラが足を抱きしめ、そしてアヤネは……どうやってその体勢になったのか、後ろから俺の頭を抱き込んでいる。
部屋は静寂に包まれた。彼女たちの微かな寝息だけが聞こえる。
俺は見知らぬ寝室の天井を見つめた。体は一寸たりとも動かせない。温かい。温かすぎる、むしろ暑いくらいだ。
しかし、この静けさの中で、俺は別の何かを感じ取っていた。
小さな震え。
俺の右腕から……サツキが震えている? 左腕から……ユナも? サラもアヤネも同じだ。
彼女たちは全員、震えていた。
「……タクち……」サツキが、ほとんど聞こえないほどの小さな声で囁いた。「もうどこにも行かないで……あの暗闇の中に、サツキを一人ぼっちにしないで……サツキ、怖いよ……」
「タクヤ様……」ユナの声はかすれていた。「お金なんていりません……地位もいりません……ただ、私をユナとして見てくれる人が欲しいのです……家の道具としてではなく……」
俺の胸がギュッと締め付けられた。
ゲームの中のあのシーンが脳裏に蘇る。渡辺兄弟に散々利用され尽くしたあの場面。用済みになった途端に捨てられた彼女たち。裏切られた痛み、孤独の恐怖、自ら命を絶とうとするほどの絶望……。
そのすべてが、彼女たちにとっては現実なのだ。
彼女たちの執着……このヤンデレという性質……それは単なるゲームキャラクターのフェティッシュではない。彼女たちの自己防衛本能なのだ。彼女たちは怯えている。トラウマを抱えている。この残酷な世界で、俺だけが唯一の救いの糸だからこそ、彼女たちは必死に俺にしがみついているのだ。
俺の恐怖はゆっくりと引き波のように消え去り、代わりに深い同情心が湧き上がってきた。
彼女たちはモンスターじゃない。ただ、深く傷ついた少女たちに過ぎないんだ。
俺は長く息を吐き、少しだけ無理をして手を動かし、サツキとユナの手の甲をポンポンと軽く叩いた。
「俺はどこにも行かないよ」暗闇の部屋の中で、俺ははっきりと囁いた。「俺はここにいる。おやすみ」
彼女たちの体の震えが、ゆっくりと収まっていく。呼吸も次第に規則正しいものへと変わっていった。
その夜、彼女たちが家と呼ぶこの黄金の牢獄の中で、俺はようやく目を閉じることできた。
もしかすると……ほんの少しの可能性だが……この4人のヤンデレと一緒に暮らすのも、そこまで悪くないかもしれない。嫉妬で殺される前に、彼女たちの心の傷を癒すことができればの話だが。
だが問題は……明日は月曜日だということだ。
俺が学校に復帰する最初の日。そして、彼女たち4人が世界に向けて――そしてあの渡辺兄弟に向けて――タクヤ・エイジは自分たちのものだと見せつける、その最初の日なのだ。




