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第9話:居場所



 大侵攻から二週間が経った。


 七人の死者は全員復活した。レベルは1に戻った。


 だが、空気が変わった。


 酒場の騒がしさは同じだ。風俗街の客足も変わらない。だが、冒険者同士の目つきが変わった。


 以前は、腹心と流れ者の間に壁があった。腹心は「我が君」と呼ぶ信者集団。流れ者は死なない保険目当ての寄せ集め。互いに距離を置き、仕事として最低限の連携をしていた。


 大侵攻が、それを少しだけ崩した。


 正面の防衛線でカイルが樹人将を止めている間、俺たちは左翼で樹海熊の群れと戦っていた。右翼では自警団が必死に踏ん張っていた。全員がバラバラの場所で、同じ敵と戦った。


 死んだ七人のうち、五人は流れ者だった。


 全員、復活した。全員、レベルを失った。全員、死の記憶を抱えて翌朝に戻ってきた。


 酒場で、その五人と飲んだ。


「三回目の死だ。いい加減慣れたと思ったが、慣れないもんだな」


 トリスという名の槍使いが笑った。顔は笑っているが、手が震えていた。杯を握る力が強すぎて、指の関節が白い。


「俺は二回目。前より楽だったけど、目が覚めた時の感覚だけは嫌だ。体が新品なのに、頭の中だけ古い。ズレてる感じ」


 ノエルという名の剣士が言った。


「お前ら、よく冷静でいられるな」


 俺が言うと、トリスが肩を竦めた。


「冷静じゃねえよ。ただ、ここにいる理由が変わった」


「変わった?」


「前は、死なない場所だから来た。保険目当てだ。でも今は違う」


 トリスが杯を置いた。


「大侵攻の時、自警団の連中が逃げなかっただろう。農民だぜ? 戦闘なんかしたことない奴らが、鍬と鎌を持って魔物と戦った」


「領地を守るためだろう」


「ああ。あいつらは、ここが自分の家だから戦った。……しかも、あいつら、大侵攻の後で笑ってたぞ。右翼の自警団で死んだ二人の家族が、翌朝に復活した本人を見て、『ああ、おかえり。畑の水遣り頼むよ』だとさ」


 背筋がぞっとした。死んで復活した家族に、畑の水遣りを頼む。何事もなかったように。


「……あの連中は相変わらずだな」


「ああ。領民ってのは、死ぬことを風邪をひくくらいにしか思ってない。不気味だよ。でもな」


 トリスが俺を見た。


「俺らは保険目当てで来た。死なないから。便利だから。でも大侵攻の時、逃げなかった。復活するんだから、領地の外で待ってりゃいい。それなのに、戦った」


「……酔ってるのか」


「酔ってる。だから正直に言える」


 トリスが笑った。今度は、手が震えていなかった。


---


 翌日、カイルと訓練場で手合わせした。


 剣と盾の打ち合い。カイルの動きは正確で、重い。こっちの隙を見逃さない。


「く……っ」


 三合目で押し込まれた。剣を弾かれ、喉元にカイルの剣先が止まった。


「ガルドさん、もう少し踏み込みが甘いですね」


「うるせえ。お前の盾が固すぎるんだ」


 カイルが剣を引いて、爽やかに笑った。


「もう一本いきますか」


「ああ」


 構え直した。


 カイルは大侵攻の翌日から、普通に訓練を再開していた。あれだけの激戦の後で、疲労も恐怖もない。腕の傷は治ったが、鎧の損傷がまだ直しきれていない。それでも訓練する。


「カイル」


「はい」


「お前、大侵攻の時、楽しかったって本当か」


「ガルドさんにも言いましたっけ。ええ、楽しかったです。強い敵と戦うのが好きなんです。我が君がそう作ってくださった」


「その言い方がいまだに気持ち悪い」


「そうですか?」


 カイルは本気で不思議そうだった。自分の性質を気持ち悪いと言われても、傷つかない。傷つく理由がない。「我が君が作った」が、カイルにとっては誇りの源泉だから。


 腹心たちは変わらない。大侵攻の前も後も。死を恐れず、痛みに怯まず、奇癖を堂々と発露し、領主を「我が君」と呼んで仕える。


 変わったのは、俺たちの方だ。


---


 ある日の探索で、ピクが死んだ。


 中層部の罠。毒の胞子を撒く巨大な茸が不意に破裂し、全身に毒が回った。ティアリスの解毒が間に合い、命は取り留めたかと思ったが、二度目の破裂があった。


 二度目は、誰も間に合わなかった。


 翌朝、ピクが復活した。


 レベル1。フードの奥の目は赤く腫れていた。


「ガルドさん」


「何だ」


「死ぬのって、痛いですね」


「ああ」


「でも、帰ってこれました」


「ああ」


 ピクが俺の隣に座った。いつもは距離を取る子だが、今日は近い。


「ガルドさんは四回死んでるんですよね」


「五回になった。大侵攻で一回追加だ」


「五回……。慣れますか」


「慣れない。だが、戻ってくる場所があるなら、耐えられる」


 ピクが黙った。しばらくして、小さく言った。


「ここが、戻ってくる場所ですね」


「……そうだな」


 ヒルダが朝食の皿を持ってきた。ピクの分と、俺の分。何も言わず、テーブルに置いて去っていった。


「ヒルダさん、優しいですね」


「あいつはいつもああだ。黙って飯を運んでくるだけだ」


「それが優しいんですよ」


 そうかもしれない。


---


 夜、酒場で一人飲んでいると、領主がやってきた。水を注文して、隣に座った。


「ガルド」


「何だ」


「お前の【喧嘩好き】だが、大侵攻の後、発動頻度が上がっているな」


「……分かるのか」


「ストレスゲージが上昇している。大侵攻の死と復活で蓄積されたものだ。喧嘩の衝動として表出している」


 言われてみれば、確かに最近、些細なことで苛立つ。新入りの態度が気に入らない。訓練中に手加減しすぎる奴にイラつく。


「対処法は」


「お前の奇癖は攻撃衝動だ。抑えると別の形で噴出する。発散させた方がいい。訓練場で新入りの相手をしろ。実戦形式で」


「喧嘩していいってことか」


「訓練という形でだ。殺すな。新入りのレベルロスは非効率だ」


「……了解だ」


 領主が水を一口飲んだ。


 こいつは俺の奇癖を分析し、管理している。不快だが、的確だった。喧嘩の衝動を訓練に回せば、新入りの実力も上がる。一石二鳥。


 だが、この男の見方に慣れることはないだろう。人間を数値で見る。ストレスをゲージで測る。奇癖を変数として管理する。


 それでも、ここにいる。


「ガルド」


「何だ」


「以前、狂気の作戦に志願したな。まだ有効か」


「ああ、有効だ。条件は前と同じだ。暴れたらリーネに足を射ってもらえ」


「それは前提だ」


「もう一つ。狂った後、酒場で飲む権利を保証しろ」


「パフォーマンスに影響しない範囲で」


「……メルザスと同じ扱いか」


「同じだ」


 領主が立ち上がった。


「深層部への突入が近い。お前の戦力は必要だ。コンディションを維持しろ」


 それだけ言って去った。


 「お前の戦力は必要だ」。道具としての評価。礼でも激励でもない。


 不思議と、不快ではなかった。必要とされている。その事実だけが、乾いた形で残った。


---


 酒場を出て、夜空を見上げた。


 星が出ていた。屋敷の窓に灯りが見える。領主はまだ起きているのだろう。


 大樹海の黒い壁が、北の地平線を覆っている。あの奥に、魔王がいるらしい。


 俺は最初、この場所を「マシな場所」と呼んだ。死なないから。行く当てがないから。


 今も、マシな場所だ。


 ただ、マシの中身が変わった。


 死なないから、ではなく。戻ってくる場所があるから。ピクやヒルダやトリスやノエルがいるから。腹心たちの異常な死生観も、領民の不気味な日常も、全部含めて。


 ここにいる理由が、消去法ではなくなった。それだけのことだ。


 大げさに言うつもりはない。居場所なんて言葉は、柄じゃない。


 だが、酒場の椅子に座る時の感覚が変わった。以前は他人の場所に間借りしている感覚だった。今は、自分の席がある。


 それだけで、十分だ。


---


※本作は、最新のAIコーディングツール「Claude Code」を使用して執筆された実験小説です。


執筆に使用したプロンプトや詳細な設定資料は、本作への反響が大きければ後書きや外部サイトにて公開予定です

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