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第8話:大侵攻



 その朝、大樹海が唸った。


 夜明け前、地鳴りのような低い音が領地を震わせた。窓を開けた。北の方角。大樹海の稜線が、通常よりも暗い。木々の間から、赤い光が明滅している。


 魔物の目だ。


 一対ではない。十対でもない。数えきれないほどの赤い光が、大樹海の縁を埋め尽くしていた。


 体が熱くなった。口元が引き攣る。


 笑っていた。自分で分かった。これから大勢の敵が来る。盾を構え、剣を振るう。骨が軋むほどの衝撃を受け止める。


 楽しみだった。


---


 我が君が屋敷の広間に全員を集めた。


「大侵攻だ」


 声に動揺はなかった。地図を広げ、指が三カ所を示す。


「魔の大樹海から魔物の大群が領地に向かっている。数は推定百体以上。樹海熊、森蜘蛛兵の亜種、樹人兵を含む。外縁部の魔物が中層部の魔物に追い立てられて、一斉に外に溢れ出している」


 百体以上。これまでの月例侵攻は二十体程度だった。


「冒険者全員に出撃命令を出す。自警団も動員。北境に防衛線を構築する」


「第一防衛線、カイル。オリジンパーティで中央の街道筋を押さえろ」


「はっ」


「第二防衛線、ガルド。流れ者パーティと新入りの冒険者で左翼。森の薄い場所から回り込まれる可能性がある」


「了解だ」


「第三防衛線は自警団。右翼の農地側。戦力は劣るが、地形を利用して時間を稼げ」


「俺は後方の屋敷から全体を指揮する。伝令を各防衛線に配置。状況の変化は随時報告しろ」


 全員が頷いた。


 広間を出る時、我が君と目が合った。


「カイル」


「はい、我が君」


「第一防衛線が最も厚い。お前のレベルロスは許容できない。効率的に戦え」


「はっ。全力を尽くします」


 効率的に戦え。我が君らしい指示だ。「頑張れ」でも「死ぬな」でもない。レベルロスの損失計算に基づいた、合理的な命令。


 それでいい。俺は道具だ。我が君の盾であり、剣だ。道具は性能を発揮すればいい。


---


 第一防衛線。北境の街道筋。


 土嚢を積み、簡易の柵を立てた。メルザスが柵に火の魔法陣を刻んだ。リーネは後方の丘に陣取り、狙撃位置を確保した。ティアリスは俺の後ろに控えている。


「来るぞ」


 大樹海の縁から、黒い影が溢れ出してきた。


 最初は樹海鼠の群れだった。小型の魔物が百匹以上、地面を這うように押し寄せる。


「メルザス!」


「承知!」


 メルザスの火球が地面に着弾し、炎が扇状に広がった。前列が焼き払われる。だが後続が炎を越えて突っ込んでくる。


 盾を構え、剣を振るった。鼠を一匹、二匹、三匹と斬り捨てていく。小さな体だが牙は鋭い。鎧の隙間を狙ってくる。


 痛みがあった。鼠の牙が腕の内側を抉った。血が流れた。


 大したことはない。この程度の傷で死にはしない。死んでもレベルが戻るだけだ。


「カイル、左!」


 リーネの声。左側から回り込んできた群れを、矢が三本続けて貫いた。


 樹海鼠は前哨に過ぎなかった。


 鼠が散った後、本隊が姿を現した。


 樹海熊が五体。森蜘蛛兵の亜種が二体。そして、見たことのない大型魔物が一体。


 木の幹を束ねたような巨体。高さは五メートルを超える。腕は四本。幹の中央に、裂けたような開口部。そこから腐敗した息が漏れていた。


 伝令が持ってきた我が君の分析。


「樹人将。中層部の上位種。大侵攻で押し出された個体。カイル、樹人将は避けろ。樹海熊と森蜘蛛兵の亜種を先に処理しろ」


 避けろ。合理的な判断だ。だが、樹人将が背後に抜ければ領民に被害が出る。


 もう一度、伝令が来た。


「領主様より追加指示。樹人将の足止めは最低限でよい。ガルドの部隊が背後に回り込む。時間を稼げ」


 時間を稼ぐ。それなら得意だ。


「メルザス、森蜘蛛兵の亜種を頼む! リーネ、樹海熊の足を止めろ! 俺は熊に行く!」


 走った。盾を構え、最も近い樹海熊に突っ込んだ。爪が盾を叩く。衝撃が腕に響く。だが、あの頃とは違う。四ヶ月分のレベルが、盾に重みを与えていた。


 剣を振り上げ、前脚を斬った。血飛沫。悲鳴。もう一撃、首筋に叩き込んだ。


 一体目、討伐。


 二体目がメルザスに向かっていた。メルザスの火球が着弾し、後退する。だが、森蜘蛛兵の亜種が同時に攻めてきている。


「メルザス、下がれ! 俺が受ける!」


 森蜘蛛兵の亜種に向かった。六本の腕。盾で二本を弾き、三本目をかわし、四本目が肩に掠った。鎧が裂ける。痛い。だが、動ける。


 剣を突き刺した。関節の隙間。前回の戦闘データが頭に残っている。剣が関節を貫通し、腕の一本が千切れた。


 リーネの矢が残りの腕を射抜いた。メルザスの火球が直撃する。今度は弾かれなかった。炎が体内に侵入し、内側から焼く。


 倒れた。


 だが、樹人将がまだいる。


 五メートルの巨体が、ゆっくりとこちらに向かってきていた。歩くたびに地面が震える。木の腕が振り上げられる。


「カイル殿! 領主様より! 正面から引きつけてください! ガルドの部隊が背後に回り込みます!」


「了解!」


 盾を構えた。樹人将の腕が振り下ろされる。


 受けた。


 衝撃が全身を揺さぶった。膝が地面にめり込んだ。盾の表面にひびが入る。二重構造の内層が軋む音。


 だが、砕けなかった。


 次の一撃。別の腕。左から。盾を傾けて衝撃を逸らす。木の腕が地面を抉り、土が噴き上がった。


「ティアリス!」


「回復します」


 白い光が体を包んだ。肩の傷が塞がる。膝の痛みが引く。


「メルザス、火!」


「承知!」


 火球が胴体に命中した。木の体が燃え上がる。だが、すぐに消える。樹皮が分厚い。


「リーネ! 燃えているところを射れ!」


「了解」


 矢が炎の中に飛んだ。焦げた樹皮の割れ目に命中し、内部に刺さる。そこにメルザスの二発目が着弾。内部に直接炎が入った。


 樹人将が悲鳴を上げた。


 そして、背後から。


「よっ、と!」


 ガルドの剣が、樹人将の膝裏を斬った。巨体がバランスを崩す。前のめりに倒れかけた瞬間、ヒルダが大盾で支えるように構えた。倒れかけた重心が止まる。


「ピク!」


「はい!」


 ピクが滑り込み、短剣で足首の腱を切った。巨体が完全に崩れ落ちる。


「今だ!」


 走った。倒れた樹人将の頭部に向かって。剣を両手で握り、全体重を乗せて突き刺した。


 幹の裂け目。口のような開口部。その奥に、鮮やかな赤い核が見えた。


 剣が核を貫いた。


 樹人将が痙攣し、動かなくなった。


---


 戦闘が終わったのは、日が傾いてからだった。


 百体以上の魔物のうち、討伐したのは六十体以上。残りは大樹海に退却した。


 死者は七名。流れ者の冒険者が五名。自警団が二名。


 全員、翌朝には復活した。レベルは1に戻った。


 合理的に見れば、七名分のレベルロスは大きい。中層部の攻略が数週間遅れる。だが、領地は守った。領民の被害はゼロ。我が君の配置が適切だった。


---


 夜、酒場にいた。ガルドが隣で杯を煽っている。


「七人死んだ。七人のレベルが吹っ飛んだ」


「ああ。だが、領地は守った」


「そうだ。……お前、樹人将の核を刺した時、楽しかっただろう」


「分かるか」


「分かるよ。お前の顔、笑ってた」


 否定しなかった。楽しかった。巨大な敵に向かって走り、剣を突き立てた瞬間。恐怖ではなく、昂揚があった。


「オリジンってのは、皆そうなのか」


「俺の場合はそうだ。戦うのが好きだ。我が君がそう作った」


「……不気味な連中だよ、お前ら」


「よく言われる」


 ガルドが口元を歪めた。


「だが、お前が正面で踏ん張ってなかったら、左翼は持たなかった。礼は言う」


「礼は不要だ。我が君の命令に従っただけだ」


「そうかよ」


 ガルドが酒を飲み干した。


 窓の外を見ると、屋敷の窓に灯りが見えた。我が君の執務室だ。まだ起きている。被害の集計と、今後の対策を練っているのだろう。


 あの方は常に計算している。俺たちのレベル、戦力の配分、損失と利得の天秤。それが我が君だ。


 俺は我が君の盾だ。盾は前に立つ。敵の攻撃を受け止め、味方を守る。それ以上のことは考えなくていい。


 だが、最近一つだけ思うことがある。


 我が君は、いつも一人であの執務室にいる。


 盾は敵の攻撃だけを受け止めるものではないかもしれない。あの方の前に立ち、何かを遮ること。それもまた、盾の仕事なのかもしれない。


 何を遮るのか、まだ分からない。


 杯の中の麦酒を見つめた。琥珀色。メルザスの目の色に似ている。


 飲み干した。明日からまた、前に立つ。


---


※本作は、最新のAIコーディングツール「Claude Code」を使用して執筆された実験小説です。


執筆に使用したプロンプトや詳細な設定資料は、本作への反響が大きければ後書きや外部サイトにて公開予定です

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