第7章:邂逅
転生から四ヶ月が経った頃、最初の手紙が届いた。
門番が差し出した封筒には、蝋で封がされていた。紋章は見覚えがない。鷲と剣を組み合わせた意匠。
封を開くと、丁寧な書体の手紙が一枚。
『エルデンフォート伯爵領主殿
突然の書簡、ご容赦ください。
私はアルヴァレス辺境伯の客将を務める者です。
貴殿と同じ境遇の者として、一度お会いしたく存じます。
返答を待ちます。
――ユリウス』
同じ境遇。転生者だ。
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手紙を三度読み直した。
五十人の転生者が、この世界のどこかにいる。接触はいずれ来ると予想していたが、相手から仕掛けてくるのは想定より早い。
アルヴァレス辺境伯領。エルデンフォートから南に馬で三日。大樹海には隣接していない内陸の領地。ユリウスはその領地の客将――つまり、現地の貴族の下に身を寄せている立場。転生者が必ずしも領主になるわけではない。俺のように領地ごと出現するケースは、ゲームの能力に依存する特殊な形態だ。
転生者同士の関係は、基本的に競合だ。魔王を討伐できるパーティは上限三人。五十人の中から、最大三人。協力する相手を選ぶのも、排除する相手を見極めるのも、情報が要る。
会うこと自体にリスクはある。だが、会わないリスクの方が大きい。相手の能力と意図を把握できないまま放置する方が危険だ。
問題は、こちらの情報をどこまで開示するか。
復活能力の噂はすでに広まっている。隠しても無駄だ。だが、詳細――レベルリセットの仕組み、ストレス可視化、奇癖の解析、そして自分自身にも復活が適用されること――は伏せる。
特に最後の一つは、絶対に漏らさない。俺が死んでもゲームオーバーにならないという情報は、切り札だ。相手に「この男を殺しても意味がない」と思わせるか、「この男は殺せる」と思い込ませるか。状況次第でどちらにも使える。
「メルザス」
「はい、我が君」
「アルヴァレス辺境伯領について調べろ。領地の規模、軍事力、交易路、辺境伯の人物像と、ユリウスという名の客将について。三日以内にまとめてくれ」
「御意」
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会談の場所は、両領地の中間にある街道沿いの宿場町を指定した。中立地帯。どちらの領地でもない場所。
護衛はカイルとリーネ。戦闘力と情報収集を兼ねた組み合わせ。メルザスとティアリスは留守番。留守中の領地運営と防衛を任せた。
馬で一日半。宿場町に着いたのは、午後の遅い時間だった。
指定された宿の個室に入ると、先客がいた。
若い男だった。俺と同い年くらいか、少し上か。銀縁の眼鏡をかけ、整えられた黒髪を後ろに流している。上質な外套の下に、軽装の鎧。領主ではなく、旅の武人といった風体。
その横に、一人の女が立っていた。長い赤毛を三つ編みにし、腰に細剣を佩いている。護衛。
「やあ、ようこそ。ユリウスです」
男が立ち上がり、手を差し出した。笑顔。自然な、人懐こい笑顔。
笑顔が自然であるほど、警戒が必要だ。初対面で好意を前面に出す人間は、何かを引き出そうとしている。
手を握り返した。
「エルデンフォートの領主だ」
「名前は?」
「必要ない」
「ふうん。慎重だね」
ユリウスが笑った。観察している目。笑顔の奥で、俺の反応を測っている。
テーブルを挟んで座った。護衛のカイルとリーネは部屋の隅に立ち、相手の赤毛の女と向かい合っている。
「まず確認する。お前が転生者である証拠は」
「直球だね。いいよ。こう言えば分かるかな――『ゲームを選べ』」
あの声。転生の時に聞いた声と、同じ文言。転生者しか知り得ない情報。
「十分だ」
「そちらも?」
「ああ。同じ声を聞いた」
「よし。じゃあ本題に入ろう。お互いの手札を見せ合おう」
「手札を全部見せる奴はいない」
ユリウスが一瞬黙った。それから、また笑った。
「確かに。じゃあ、僕から一枚出す。君も一枚出してくれ」
「聞く」
「僕のゲームは恋愛シミュレーション。セーブ&ロードの能力を持っている」
セーブ&ロード。思考が加速した。
「詳しく」
「記憶を保持したまま、特定の時点に意識を戻す能力。体は戻らない。記憶だけ。セーブポイントは一つ。直前のセーブ地点にしか戻れない。ロードすると前のセーブは消える」
強力だが、制限がある。一回限りのやり直し。だが、この情報が正確かどうかは分からない。制限を過少申告している可能性がある。あるいは、過大申告。弱く見せて油断させるか、強く見せて牽制するか。
「恋愛ゲーム由来ということは、魅了の能力もあるか」
「鋭いね。あるよ。ただし効くのは現地の人間だけ。転生者には効かない」
本当かどうか、確認する術はない。
「さて、君の番だ」
「ダンジョン経営系。領地の管理と配下の運用がメインだ」
「復活能力があるって噂は本当?」
「本当だ。配下の冒険者が死んだ場合、蘇らせることができる」
「デメリットは?」
「ある」
それ以上は言わなかった。レベルリセットの詳細を教える理由がない。
ユリウスが眼鏡を押し上げた。追及しなかった。賢い。
「なるほど。僕にはそういう力がない。配下が死んだら、それっきりだ。その点では、君の方が経営には向いている」
「それはどうも」
「皮肉じゃないよ。本心だ」
ユリウスが身を乗り出した。
「本題はここからだ。魔王討伐について、どう考えている?」
「考えていないとは言わない」
「パーティ上限は三人。五十人から三人。組む相手を選ぶ必要がある」
「ああ」
「僕は候補を探している。君もその一人だ」
「候補の一人、ね」
「正直に言おう。僕はすでに他の転生者三人と接触した。君で四人目だ。七人の存在を確認しているが、会ったのは四人」
情報を出してきた。だが、これも真偽は不明。七人という数字が正確か。三人と会ったという話が本当か。確認する手段がない。
「君の願いは何だ?」
直球。
答える義理はない。だが、完全に拒否すれば、この会談自体が無意味になる。嘘をつくか、はぐらかすか。
「まだ決めていない」
嘘だった。決まっている。彼女の復活。だが、それを初対面の相手に明かす理由がない。
「本当に?」
「願いがないわけじゃない。だが、お前に教える段階ではない」
「フェアだね。僕も全部は言わない。ただ、一つだけ。僕の願いは『人を取り戻すこと』だ。これだけは本当だ」
人を取り戻す。漠然とした表現。意図的に曖昧にしている。
「願いが三つまで叶うなら、二人で組めば取り合いにならない。互いの願いが競合しない限りは」
「仮定の話だな」
「仮定だよ。今すぐ組もうとは言わない。ただ、連絡を取り合う関係は築きたい」
妥当な提案だった。同盟ではなく、情報交換のパイプ。コストは低く、リターンは見込める。
「一つ条件がある」
「何だ?」
「こちらの領地には来るな。情報交換は書簡か、中立地帯でのみ行う」
「了解。僕が身を寄せている領地にも来なくていい」
「互いの戦力を見せないということか」
「そういうこと」
手を差し出した。ユリウスがそれを握った。
手は温かかった。だが、温かい手が安全とは限らない。
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宿場町を発つ前に、ユリウスが廊下で立ち止まった。
「一つだけ、忠告しておく」
「何だ」
「転生者の中に、危険な奴がいる。名前は分からない。他の転生者を殺して回っている奴がいるらしい」
「根拠は」
「接触を試みた二人の転生者が、消えた。連絡が途絶えただけじゃない。その二人が身を寄せていた場所から、痕跡ごと消えている。世界改変で挿入された存在が、丸ごと消滅したようだ。転生者本人が死んだということだろう」
転生者が死ねば、世界改変の影響が巻き戻る。存在の根拠が消え、周囲の記憶や記録からも消えていく。理屈は通る。
「……転生者同士が殺し合う場合、復活のような救済措置があるかは分からない。少なくとも、消えた二人は戻ってきていない」
その言い方。慎重だ。「復活が適用されない」と断言するのではなく、「分からない」と。情報が不足しているという前提を正直に示している。本心かどうかは別として。
俺としては、自分の復活能力が転生者狩りの相手にも有効かどうか、確認する手段がない。試す気もない。
「気をつけてくれ。君が死んだら、僕は有望な候補を一人失う」
「そうだな」
「僕のセーブ&ロードは、自分が死んだ場合にも発動する。一度だけやり直せる。君にはそういう保険があるか?」
「ない」
嘘だった。復活能力がある。だが、それを教える理由がない。「殺しても無駄」という情報は、ユリウスが敵に回った場合にのみ切る札だ。
「……分かった。忠告は受け取っておく」
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帰路、カイルが馬を並べてきた。
「我が君。あの方は信用できますか」
「信用するつもりはない。だが、今は敵ではない」
「はっ」
カイルは余計な質問をしなかった。他の転生者の存在は、オリジンにとって処理しにくい情報だろう。俺以外にも「外なる存在」がいるという事実。だが、カイルはそれを不安として表出しない。我が君の判断に従う。それだけだ。
リーネが後方から言った。
「あの赤毛の女、強い」
「分かるのか」
「剣の握り方。重心の位置。私が弓を構えた時、射線上に立たないように動いていた。私の矢を読んでいる」
「どの程度の脅威だ」
「単独では殺せる。だが、あの男と連携されると面倒になる」
リーネの評価は常に正確だ。
エルデンフォートが見えてきた。丘の上の屋敷。煙突から立ち昇る煙。北に広がる大樹海の黒い壁。
執務室に戻り、引き出しを開けた。色褪せた写真を取り出す。桜並木。笑っている彼女。
ユリウスには願いを教えなかった。正しい判断だ。
パートナー候補が一人見つかった。転生者狩りの情報も得た。収穫はある。
だが、信用はしない。ユリウスの情報も、笑顔も、善意も。すべてが真実である保証はどこにもない。
写真を引き出しに戻した。
お前を取り戻すためなら、誰とでも組む。誰でも切り捨てる。
感傷に浸る時間は無駄だ。
次の手を考えろ。
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※本作は、最新のAIコーディングツール「Claude Code」を使用して執筆された実験小説です。
執筆に使用したプロンプトや詳細な設定資料は、本作への反響が大きければ後書きや外部サイトにて公開予定です




