第4話:流れ者
エルデンフォートの噂は、街道沿いの酒場で聞いた。
「あそこの領主、死んだ冒険者を蘇らせるらしいぞ」
酔っ払いの戯言だと思った。だが、もう一つの噂が引っかかった。
「住人がおかしいんだよ。怪我したら自分で死ぬんだ。『死んだ方が早い』って言って、その辺の石で頭打って。翌朝ケロッとしてる」
背筋が冷えた。
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エルデンフォートに着いたのは、噂を聞いてから一週間後だった。
門をくぐって最初に見たのは、領民の少年が屋根から落ちる光景だった。足を骨折した。少年の母親が駆け寄ってきて、折れた足を見て、顔色ひとつ変えずに言った。
「あらあら。死んで治した方が早いわね」
母親は少年の首に手をかけた。
俺は駆け寄ろうとした。ピクが俺の腕を掴んだ。
「ガルドさん、待って」
母親が少年の首を折った。少年は動かなくなった。
母親は少年の体を抱き上げ、家の中に運んだ。「明日の朝には元気になるわよ」と、隣人に笑いかけていた。隣人は「ああ、それがいいね」と頷いた。
俺は立ち尽くしていた。
ヒルダが隣に来た。無表情だったが、大盾を握る手が白くなっていた。
「……ピク。ここは、何だ」
「わかりません。でも、噂は本当みたいですね」
ピクの声が震えていた。
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屋敷の執務室に通された。
領主は若かった。二十代半ば。黒い髪に、鋭い目。椅子に座ったまま、こちらを一瞥した。感情のない目だった。温かくも冷たくもない。ただ、何かを測っている。
「ガルド。剣士だ。噂を聞いてきた」
「条件はひとつ。俺の指揮に従え」
一言で。遠回しな説明もない。
「それだけか」
「報酬は戦利品の分配。領内の施設利用。復活は配下に自動適用」
「……領民が自分で死んでるのを見たが」
「レベルのない者にはデメリットがない。合理的な判断だ」
合理的。
母親が子供の首を折るのが、合理的。
「お前たちにはレベルがある。死ねばレベル1に戻る。記憶は残る。痛みも残る。それでもいいなら残れ」
淡々としていた。脅しでも忠告でもない。仕様書を読み上げるような口調だった。
「……乗った。行く当てはない」
「そうか」
それだけだった。
領主の目が俺たちの頭上あたりに向けられた。何かを読み取るように数秒見つめ、視線が戻った。
「喧嘩好きか。使い道はある」
何が見えているのか、聞く気はなかった。
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最初の一週間で分かったことがある。
この領地の腹心――領主の側近四人は、異常だった。
騎士のカイル。魔法使いのメルザス。弓使いのリーネ。ヒーラーのティアリス。全員が領主を「我が君」と呼ぶ。
だが、それだけではない。
探索中、カイルが樹海熊の爪で肩を裂かれた。鎧の下から血が噴き出した。普通なら悲鳴を上げる傷だ。
カイルは笑った。
「ああ、深いですな。ティアリス、縫ってくれ」
「縫うより死んだ方が早いのでは?」
「レベルが戻るだろう。面倒だ」
「そうですわね。では縫います」
会話のトーンが、天気の話をしているのと変わらなかった。
ピクが俺の隣で小さく震えていた。
領民だけじゃない。腹心たちも、死を何とも思っていない。痛みに対する反応が、根本的に違う。俺たちが「痛い」と感じるラインが、この連中にはない。
酒場で酒を煽った。隣にメルザスがいた。あの老魔法使いは酒場の常連だ。
「あんた、先月死んだんだってな」
「ああ。森蜘蛛兵にやられた。面倒だった」
「面倒、だけか」
「何が?」
「怖くなかったのかって聞いてる」
メルザスが杯を置いた。琥珀色の目がこちらを見た。本気で不思議そうだった。
「何を怖がる必要がある? 死んでも蘇る。レベルが戻るのは不便だが、また上げればいい」
「…………」
「お主は怖いのか? 死が」
「普通は怖い」
「ほう」
メルザスが酒を飲んだ。まるで珍しい動物を見るような目だった。
俺の方が珍しいのだ、ここでは。死を恐れる方が異常。
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二パーティ体制での探索が始まった。
腹心たちの連携は完璧だった。言葉が要らない。一つの生き物のように動く。
だが、それ以上に印象的だったのは、彼らの奇癖だった。
探索中、リーネの手が無意識にピクの短剣の鞘に触れていた。ピクが気づいて「あっ」と声を上げた。リーネは鞘を手の中で弄びながら、こちらを見た。
「返す」
「あ、はい……」
「触りたかっただけだ」
悪びれもしない。盗みの衝動。それを恥じる気配が一切ない。
ティアリスは探索の休憩中、サイコロを振って次の進路を占っていた。「偶数なら左、奇数なら右」。冗談かと思ったが、本気だった。
「ティアリス。それで決めていいのか」
「最終判断は我が君がなさいます。これは余興ですわ」
サイコロがカチカチと鳴っている。賭け事への衝動。だが、それを隠そうともしない。
カイルに至っては、探索後に堂々と風俗街に行く。「我が君のお許しは得ています」と爽やかに笑って。
こいつらは、自分の欠点を恥じていない。むしろ誇っているようにすら見える。
「我が君が与えた性質だから」。
そう言えばすべてが正当化される。信仰が、異常を日常に変えている。
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ある夜、領主が酒場に来た。水を注文して、隣に座った。
「アンタ、なんでこんなことやってる?」
「大樹海の攻略。その先にある、魔王の討伐」
「……正気か」
「正気だからやっている」
俺は酒を飲み干した。
「俺は目的なんてないけどな。死なない場所があるなら、それだけで十分だ」
領主は水を飲んだ。
「お前は有用だ。喧嘩好きの性質は前衛で活きる。残れ」
有用。道具として。
不快だった。だが、席は立たなかった。
この場所は不気味だ。死を何とも思わない連中。奇癖を誇る腹心たち。子供の首を折る母親。
だが、死なない。行く当てのない人間にとって、それだけは価値がある。
マシな場所だ。不気味だが。
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※本作は、最新のAIコーディングツール「Claude Code」を使用して執筆された実験小説です。
執筆に使用したプロンプトや詳細な設定資料は、本作への反響が大きければ後書きや外部サイトにて公開予定です




