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第3話:最初の死



 外縁部の小型魔物を狩り始めて、十日が経った。


 私のレベルも少しずつ上がった。火球の威力が増し、詠唱速度が上がった。とはいえ、この老いた体で剣を振るわけではない。杖を構え、火球を放ち、魔力が尽きれば後方で息を整える。つまるところ、若い者たちが前で血を流し、私は後ろから火を投げるだけだ。


 不便な体だ。だが不満はない。我が君が私をこの姿で生んだ。白い髭も、皺の深い顔も、膝が鳴る関節も、すべてあの方が定めたものだ。ならば、これが私の正しい在り方だ。それ以上、何を求めるというのか。


---


 十一日目の朝、我が君は地図を広げていた。


「今日は少し奥まで行く。前回の撤退ポイントを越える」


「どこまでで?」


「行けるところまで」


 我が君の声に、微かな焦りが混じっていた。地図上の空白――まだ踏み込めていない領域が、あの方を苛立たせている。合理的に見えて、空白を放置できない性分なのだ。効率を追い求めるあまり、時折リスクの秤が傾きすぎる。


 まあ、若いとはそういうものだ。長く生きたわけではないが――いや、生まれて十一日しか経っておらぬのだが――なぜか、そう思う。老人の体を与えられたせいだろうか。この皺と白髭が、余計な感慨を運んでくる。


 だが、それを口にはしなかった。我が君の判断は我が君のものだ。老骨の杞憂など、求められてもおらぬ。


---


 前回の撤退ポイントを超え、未踏の領域に入った。瘴気が濃い。松明の光が届く範囲が狭まった。木の根が足元を掴むように這い回り、歩くたびに小さな虫が飛び立つ。嫌な場所だった。嫌だから、酒が恋しくなった。


 音もなく現れた。


 四本の脚と、八本の腕。蜘蛛のような下半身に人間のような上半身が生えている。顔はのっぺらぼう。白い楕円形の肉塊が首の上に乗っている。


「撤退。全員、今すぐ――」


 我が君の声が途切れた。森蜘蛛兵の腕が振り下ろされ、カイルの盾が砕けた。カイルの体が木の幹に叩きつけられた。


 ティアリスが駆け寄り、回復を始めた。だが出血が多い。


 我が君の指示が飛んだ。


「ティアリス、カイルを連れて離脱。メルザス、リーネ、時間を稼げ」


 時間を稼げ。


 火球を放った。胴体に命中した。弾けただけだった。焦げ跡すら残らない。リーネの矢も同様。刺さった矢が、腕の一振りで折れて飛んだ。


 森蜘蛛兵の八本の腕が振り上げられた。ティアリスの方を向いている。


 カイルは動けない。ティアリスは両手が塞がっている。リーネの矢は尽きた。


 我が君は戦えない。


 状況は明確だった。誰かが壁にならなければ、ティアリスとカイルが死ぬ。レベルが戻る。非効率だ。


 ここで私が死ねば、私一人のレベルロスで済む。カイルとティアリスの合計レベルロスより、私一人の方が損失が小さい。


 計算は合っていた。合っているのだから、迷う理由がない。


 もっとも、計算だけではなかったのかもしれぬ。若い者が先に死ぬのを見ていられない――などと言えば格好がつくが、私は格好を気にする年齢でもない。ただ、この老いた足が、自然と前に出たのだ。老人というものは、往々にして、理屈より先に体が動く。若い頃の記憶がないのだから比べようもないが、そんな気がする。


「若い者を先に死なせるのは非効率ですな」


 杖を構え、前に出た。防御魔法を展開した。この相手に耐えられるはずがない。分かっている。


 だが、一秒でも稼げれば。


 八本の腕が、同時に振り下ろされた。


---


 痛みはあった。短かった。最初の一撃で体が壊れ、痛覚が追いつかなくなった。


 杖が折れる音が聞こえた。良い杖だったのだがな、と思った。


 視界が暗くなる。


 最後に見えたのは、我が君の顔だった。いつもの無表情。だが、目が動いた。私の方を見て、何かを計算しているようだった。レベルロスの損失か。復帰までの日数か。次の探索計画への影響か。


 そうそう、そういう方だ。我が君は。


 私の死に感傷を抱く必要などない。道具が壊れれば、修理の算段をする。それが正しい。安心して死ねるというものだ。


---


 次に目を開けた時、天井が見えた。


 屋敷の一室。見覚えのある梁。体に痛みはなかった。手を持ち上げた。五本の指が動く。新品の体だった。


 レベルは1に戻っていた。十日間の蓄積が消えた。


 面倒だが、それだけだ。面倒というのは、つまり、また一から火球の練習をせねばならんということで、これが老いた体には実に億劫なのだ。若い連中は回復が早いが、この体は同じことを繰り返すのに余計な時間がかかる。我が君はこの体を選ばれたのだから文句は言えぬが、文句を言いたいと思うことはある。言わぬだけだ。


 記憶は残っている。八本の腕。体が砕ける感触。杖が折れる音。全部覚えている。


 死ぬのは不便だった。痛みは不快だった。だが、恐怖とは違う。恐怖は、失うものがある者が感じるものだ。私にはレベル以外に失うものがない。レベルはまた上げればいい。時間はかかるがな。


---


 翌朝、屋敷の門の前に立った。


 我が君がやってきた。目の下に隈はない。よく眠れたのだろう。当然だ。駒が一つ落ちた程度で眠れなくなるような方ではない。それでこそ我が君だ。いちいち駒の死を悼む主では、五十年と持つまい。


「メルザス。復帰にどれくらいかかる」


「レベルを元に戻すのに、同じペースなら十日ほどかと。もっとも、この老骨の回復力を考えますと、もう少しかかるやもしれませんな」


「長い。効率の良い狩場を組み直す。お前のレベルに合わせた低レベル帯を並行して回す」


「御意」


 それだけだった。「大丈夫か」も「怖かったか」もない。


 正しい。それが正しい。


 だが。


「我が君」


「何だ」


「本日は探索を休まれるのでしょう?」


「お前のレベルが戻るまで、中層部は避ける。外縁部の効率周回に切り替える」


「では、酒場に行っても?」


「パフォーマンスに影響しない範囲で」


「……善処いたしましょう」


 善処、と言いながら、善処する気はあまりなかった。死んだ後の酒は格別なのだ。いや、死ぬ前の酒も格別だし、何もない日の酒も格別なのだが。つまり酒はいつでも格別だということだ。我が君はこの性質を私に与えてくださった。ならば、存分に味わうのが筋であろう。


 酒場に向かう道すがら、空を見上げた。青い空だった。


 死んでも空は変わらない。当たり前のことだ。当たり前すぎて、わざわざ感慨を抱くのも馬鹿らしい。だが、老人というものは当たり前のことに感慨を抱く生き物なのだ。生まれて十日余りしか経っておらぬのに、もう老人の感慨を覚えている。


 カウンターに座り、一番安い麦酒を注文した。一口飲んだ。


 苦くて、ぬるくて、泡が少ない。


 美味かった。


 我が君は、私にこの奇癖を与えてくださった。酒を美味いと感じる体。酒を飲みたいと思う心。


 これは私の一部だ。我が君からの贈り物だ。


 誇りだ。


---


※本作は、最新のAIコーディングツール「Claude Code」を使用して執筆された実験小説です。


執筆に使用したプロンプトや詳細な設定資料は、本作への反響が大きければ後書きや外部サイトにて公開予定です

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