第10話:夜明け前
転生から半年。
執務室の机の上に、地図を広げた。半年前には空白だらけだった大樹海の地図が、今では外縁部と中層部の大半が埋まっている。魔物の分布、安全な行軍ルート、水場の位置、罠の密集地帯。すべてが冒険者たちの血と死で描かれた情報だった。
冒険者の総数は四十二名。うちオリジンが四名。流れ者が三十八名。
復活の総回数は二十七回。二十七人が死に、二十七人が蘇った。二十七人分のレベルが失われ、二十七人分の死の記憶が蓄積された。
だが、全体の戦力は上がっている。個々のレベルは死と復活で上下するが、連携の精度、魔物への対処法、探索のノウハウ――数値化できない経験値は着実に積み上がっている。
数字は良好だ。予定より一ヶ月早い。
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朝の確認作業を始めた。
まず各部隊のステータス確認。視界の端にシステムが表示する情報を読み取る。レベル、ストレスゲージ、奇癖の発動状況。
メルザス。レベルは回復済み。ストレスは低い。酒の消費量は安定。問題なし。
カイル。最高レベル。ストレスは低い。風俗街の利用頻度は週二回。許容範囲内。
リーネ。レベルは高位。ストレスは中程度。盗み癖の発動頻度がやや増加。注視する必要がある。
ティアリス。レベルは高位。ストレスは低い。賭博場の利用頻度は週二回。パフォーマンスに影響なし。
ガルド。レベルは中位。ストレスは上昇傾向。喧嘩好きの発動頻度が高い。訓練場での発散を継続。
ピク。レベル1。死亡復帰直後。ストレスは高い。復帰プログラムに組み込み済み。
ヒルダ。レベルは中位。ストレスは低い。特記事項なし。
四十二人分のデータを流し読みした。個々の名前と顔と特性を把握している。把握していなければ、管理できない。
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中層部の奥に、深層部との境界を守る大型魔物がいる。偵察隊の報告によれば、森蜘蛛兵の上位互換。八本ではなく十二本の腕。再生能力あり。知性あり。
正面からの力押しは非効率だ。狂気を使えば突破できる可能性はあるが、狂気のリスクは既にメルザスの件で把握している。制御が効かない。味方を巻き込む。
別のアプローチが要る。
ユリウスからの最新の書簡を広げた。他の転生者の動向。戦闘特化の転生者が南東の山岳地帯で活動しているらしい。RPG勇者系。名前はまだ不明。
三人目の候補。戦闘力のある転生者。俺とユリウスでは直接戦闘に向かない。前衛が要る。
だが、まだ接触の段階ではない。こちらの戦力をもう少し積み上げてから。
転生者狩りの情報も更新されていた。新たに一人、転生者が消えた。三人目の犠牲者。ユリウスの分析では、犯人は単独の転生者で、戦闘能力が極めて高い。
俺が殺されても復活する。だが、そのことはユリウスにも伝えていない。
カードは伏せておけ。切るべき時まで。
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午後、ガルドが執務室に来た。
「邪魔するぜ、領主」
「何だ」
「中層部の奥、深層部との境界のでかい奴。偵察隊が二度目の接触を試みた。やっぱり強い。偵察隊の隊長が『見ただけで帰る』を二回連続でやってる。実力者のあいつが逃げるレベルだ」
「想定内だ。正面突破はしない。弱点を探る。パターンを分析する。急がない」
「了解」
「それと、ガルド」
「何だ」
「お前のストレスゲージが閾値に近い。今週は探索を休め」
「……は? 今、一番忙しい時期だろ」
「だから休ませる。お前が狂気に陥って暴走すれば、パーティに被害が出る。被害が出ればレベルロスが増える。レベルロスが増えれば深層部突入が遅れる。お前が一週間休む方が、トータルの損失は小さい」
ガルドが黙った。それから、苦い顔で頷いた。
「……合理的だな、相変わらず」
「そうだ」
ガルドが出て行った。
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夕方、屋敷の窓から領地を見下ろした。
石造りの街並みに灯りが点いている。煙突から薄い煙が昇る。酒場の方角から、かすかに声が聞こえる。
北には大樹海の暗闘。黒い壁。あの奥に、まだ見ぬ深層部がある。そのさらに奥に、魔王がいる。
半年前、この窓から同じ景色を見て、「途方もなく遠い」と思った。
今も遠い。だが、距離は測れるようになった。中層部まで制圧した。深層部の入り口が見えている。見えているなら、計画を立てられる。
深層部の守衛を突破する方法。三人目のパーティメンバーの確保。転生者狩りへの対策。
課題は多い。だが、課題が見えていることは進捗だ。
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ノックの音がした。
「入れ」
カイルだった。
「我が君、明日の探索について確認させてください。メルザス様から、外縁部のレベリング周回のルートを調整したいと」
「メルザスに任せる。外縁部のルートは効率が安定している。変更するなら理由を報告させろ」
「はっ。承知しました」
カイルが一礼して去ろうとした。
「カイル」
「はい」
「お前のストレスゲージ、なぜこんなに低い」
「はっ?」
「大侵攻を経て、他の冒険者は軒並みストレスが上昇している。お前だけ低い。風俗街で発散しているにしても、数値が低すぎる」
カイルが真面目な顔で考えた。
「……我が君のお側にいるからかと」
「説明しろ」
「戦うことが好きです。強い敵がいれば興奮します。我が君の指示に従って戦えば、結果がついてくる。結果がついてくれば、ストレスは溜まりません」
「つまり、お前のストレス発散源は戦闘そのものか」
「はっ。そうなると思います」
面白いデータだ。ストレス発散が戦闘と一致する個体。使い勝手がいい。前衛に置く限り、ストレス管理のコストがほぼゼロ。
「下がれ」
「はっ」
カイルが退出した。
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夜。一人になった執務室で、引き出しを開けた。
色褪せた写真。桜並木。笑っている彼女。笑えていない俺。
半年間、毎晩この写真を見た。
最初の頃と比べて、見る時の感情が薄くなっている。痛みが消えたわけではない。鈍くなっただけだ。日常の業務と管理と計算に追われて、感傷に割く時間が減った。
それでいい。感傷は計画の妨げだ。
お前を取り戻す。そのために、ここにいる。
四十二人の冒険者と八千人の領民は、そのための資源だ。道具だ。必要なら使い潰す。必要なら犠牲にする。
そう、思っていた。
半年前は。
今も、そう思っている。思っているはずだ。
ただ、カイルが夜食を持ってきた時に「下がれ」と言う前に一瞬間が空いたのは、何だったのか。メルザスの酒量を「問題なし」と判定しながら、本当に問題がないのか確認したくなったのは、何だったのか。ガルドに「休め」と言った時、合理的な計算以外の何かが混じっていなかったか。
知らない。知る必要もない。
写真を引き出しに戻した。
お前を取り戻すまで、俺はこの場所を使う。ここの人間を使う。それだけだ。
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翌朝、全員を集めた。
「報告がある」
執務室に主要メンバーが揃った。カイル、メルザス、リーネ、ティアリス。ガルド、ピク、ヒルダ。
「中層部の攻略がほぼ完了した。次の目標は、深層部への突入だ」
地図を指した。中層部の奥、深層部との境界。
「ここに強力な魔物がいる。これを突破しなければ先に進めない。偵察と分析に時間をかける。急いで死ぬのは非効率だ」
「御意」「了解」
二つの返答が重なった。オリジンの「御意」と、流れ者の「了解」。半年前には、この二つの声は交わらなかった。
今は、同時に返ってくる。
それが何を意味するのか、考える時間は無駄だ。
「以上だ。各自、準備に入れ」
全員が退出した。
一人で窓の外を見た。
朝日が大樹海を照らしている。黒い木々の輪郭が、金色の光に縁取られていた。
あの向こうに、魔王がいる。あの向こうに、彼女を取り戻す手段がある。
感傷に浸る時間は無駄だ。
次の手を考えろ。
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※本作は、最新のAIコーディングツール「Claude Code」を使用して執筆された実験小説です。
執筆に使用したプロンプトや詳細な設定資料は、本作への反響が大きければ後書きや外部サイトにて公開予定です




