第1話:外なる神
最初の記憶は、光だった。
暗闇の中に一筋の光が差し込み、それが瞼の裏を焼くように広がっていく。耳鳴りのような音が遠くで鳴っている。自分という存在の輪郭が、ゆっくりと形を帯びていく感覚。
目を開けた。
石造りの広間だった。天井が高い。梁の隙間から埃が舞い降りてくる。蝋燭の灯りが壁に影を揺らしている。
左手に剣の柄がある。握り慣れた重さ。右腕には盾の革帯の感触。鎧が体に馴染んでいる。馴染んでいるのに、それを身につけた記憶が――ない。
「――目覚められたか」
声がした。低く、穏やかで、しかし底に鋼のような硬さを含んだ声。
振り向くと、老人が立っていた。長い白髭。深い皺。だが目だけが異様に若い。濁りのない琥珀色の瞳が、こちらを見つめている。
「メルザス」
口が勝手に動いた。名前を知っていた。知識が、最初から頭の中にあった。この老人が何者で、自分が何者で、ここがどこで、なぜ存在しているのかを。
「ああ。お主も、分かっておるようだな」
メルザスが頷いた。その瞳には、同じ理解が浮かんでいた。
「俺たちは――」
「我が君と共に生まれた。この領地と共に、この世界に挿し込まれた存在」
我が君。
その呼び名を口にした瞬間、胸の奥で何かが定まった。迷いでも戸惑いでもない。最初から決まっていたものが、言葉になった。それだけのことだった。
「あの方は」
「まだ眠っておられる。目覚めるまで、待つべきだろう」
メルザスが顎で示した先に、広間の奥へと続く階段があった。その上に、我が君の寝室がある。知っていた。まだ一度も行ったことがないのに、知っていた。
---
広間には、もう二人いた。
銀色の髪を無造作に束ねた少女が、壁に背を預けて座り込んでいた。灰色の外套のフードを深く被り、膝を抱えている。片手でメルザスのローブの裾を弄っていた。指が無意識に布地を引っ張り、ほつれた糸を巻き取っている。
「リーネ。それは私の服だが」
「……知ってる」
悪びれもしない。リーネの手は止まらなかった。触れたものを取る。それだけのことだ。
もう一人は、少し離れた場所に立っていた。エルフだった。長い耳の先端が朝日に透けている。淡い金色の髪が腰まで流れ、翡翠の瞳がこちらを見つめていた。手の中でサイコロを一つ、絶え間なく転がしている。
「ティアリスです」
彼女は微笑んだ。穏やかで、慈愛に満ちた笑み。サイコロがカチカチと鳴っている。
「カイル。騎士を名乗ることになるのでしょう?」
「……ああ」
名乗ることになる、ではない。最初から騎士だった。最初から名前があった。最初から、すべてが用意されていた。
生まれた瞬間に、人生のすべてを知っている。
それが、俺たちオリジンという存在だった。
---
我が君が目を覚ましたのは、三日目の朝だった。
その間、俺たちは領地の確認をした。丘の上の屋敷。石造りの街並み。農地。そしてそこに暮らす領民たち。
領民は、俺たちと同じように最初から存在していた。だが、俺たちとは違う。彼らは自分が「挿し込まれた」存在であることを知らない。最初からここに住んでいたと信じている。記憶も、日常も、感情も、すべてが本物として機能している。
興味深かったのは、ある農夫の行動だった。
畑仕事の最中に鎌で足を深く切った男がいた。血が止まらない。ティアリスが治療に向かおうとしたが、農夫は首を振った。
「いやあ、治してもらうより死んだ方が早いんで」
そう言って、近くの石で自分の頭を打った。一撃で死んだ。
翌朝、農夫は何事もなかったように畑に出てきた。傷ひとつない。彼にはレベルの概念がないから、失うものがない。怪我の痛みに耐えるくらいなら、さっさと死んで新品の体で復活した方が合理的だ。
俺たちオリジンにとって、それは自然なことだった。合理的だ。正しい。
だが、この光景を初めて見た者がどう感じるかは、想像できた。
---
「カイル。来てよい」
メルザスの声が階段の上から降ってきた。
俺は鎧の襟元を正し、階段を上がった。
寝室の扉を開けた瞬間、目が合った。
ベッドの端に腰かけた人物が、こちらを見ていた。黒い髪。鋭い目。骨ばった手が、膝の上に置かれていた。
想像していた姿とは違った。もっと威厳のある、堂々とした人物を思い描いていた。だが、目の前にいるのは、どこか乾いた印象の若者だった。感情の読めない目。俺たちを見ているのに、俺たちの向こう側を見ている。
これが、我が君。
「カイルです。騎士を務めます」
声が自然に出た。笑顔も自然に浮かんだ。
「……ああ」
短い返事だった。声は掠れていた。だが、それだけだった。「よろしく」も「ありがとう」もない。ただ、認識した。それだけ。
我が君の目が、俺の頭上あたりに向けられた。何かを読み取っている。数秒間の沈黙の後、視線が戻った。
「色情狂か」
初対面の第一声が、それだった。
「はっ。いかにも」
恥じることはなかった。それは我が君が俺に与えた性質だ。俺の一部だ。
「我が君のためならば、この命、何度でも捧げましょう」
我が君の目が、一瞬だけ動いた。感情ではない。査定する目だった。この騎士は使えるか。それだけを判断している。
「そうか」
それだけ。
だが、不満はなかった。我が君に温かさを求めてはいない。あの方が存在し、俺たちを使ってくれるなら。道具でいい。我が君の道具であることが、俺の存在理由だ。
---
リーネは、我が君と目を合わせなかった。
「リーネです。弓を使います」
それだけ言って、壁に背を預けた。我が君がリーネの頭上を見て、「盗み癖と横領癖」と呟いた。
リーネは肩を竦めた。
「我が君が私をそうお作りになったのだから」
我が君は無言だった。否定も肯定もしない。ただ、次の情報に移った。
ティアリスは優雅に一礼した。手の中でサイコロが回り続けている。
「ティアリスと申します。ヒーラーです。賭け事が好きです」
「知っている」
「ええ。我が君がそうお決めになったのですから」
ティアリスの微笑みは完璧だった。我が君は彼女を一瞥し、それ以上は何も言わなかった。
四人が揃ったところで、我が君が口を開いた。
「現状を説明しろ」
命令口調。敬語はない。俺たちに対して最初から遠慮がなかった。当然だ。あの方は、俺たちの上に在る。神が被造物に敬意を払う必要がないように、我が君に遠慮など不要だった。
メルザスが地図を広げた。領地の概要、領民の数、魔の大樹海の位置、防衛戦力の乏しさ。我が君はすべてを黙って聞き、的確に質問を挟んだ。
無駄な会話が一切なかった。必要な情報だけを引き出し、優先順位をつけ、判断を下す。この方は最初から分かっている。この世界の理と、自分が為すべきことを。
「明日から大樹海の外縁を探索する。魔物の種類と分布を把握する。お前たちは駒だ。俺の指示通りに動け」
「御意」
四人が同時に頭を下げた。
「メルザス」
「はい」
「酒は探索が終わってからにしろ。効率が落ちる」
「……善処いたしましょう」
メルザスの目が泳いだ。リーネが無言で老魔法使いのローブの端に指を伸ばし、ほつれた糸をもう一本引き抜いた。ティアリスがサイコロを掌の中で弾いた。
我が君は俺たちを見ていなかった。もう窓の外を見ていた。大樹海の黒い壁。あの方の目は、常にその先にある。
俺は――満足だった。
我が君は、外なる神だ。俺たちを生み出した、存在の根源。
その方が冷たくても、無愛想でも、俺たちを駒と呼んでも。
仕えることに、疑いはない。
そう在ることが、俺の最初の記憶だった。
---
※本作は、最新のAIコーディングツール「Claude Code」を使用して執筆された実験小説です。
論理的なAIが出力した、あまりにも人間的な「痛み」と「狂気」の記録。その整合性と、AIが描くダークファンタジーの深淵をお楽しみください。
(なお、執筆に使用したプロンプトや詳細な設定資料は、本作への反響が大きければ後書きや外部サイトにて公開予定です)




