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シンディ8

 二年ぶりになる豪華な食事を堪能し、ティータイムに入る。

 ホッとひと息と疲労感で微睡む。

 ふわふわと曖昧な意識の心地よさ。


「では、始めましょう」


 シンディが言ったわ。

 何を始めるの?


「どうしたのぉ、シンディ」


 母上の声もゆったりしている。


「私は準備万端よ、シンディ!」


 シアはなぜそんなに元気なの?

 ……紙とペンまである。


「本日の社交場でのことを、事細かにお話しくださいませ」

「それぇ、今日じゃなきゃ、駄目ぇ?」


 母上はもう体力が残っていないみたい。

 私だって、そう。


「今日中に把握し、吟味の末、密偵に行きたいので」


 みっていねえ。

 密偵……、はい?


「ヤれる時にヤッておかないと」


 やる、ヤる……()る!?


「シンディ、それは駄目よ!」


 眠気が吹っ飛んだわ。


「たかだか嫌味を言われた程度のことだもの。ちょっと見下された程度で、()ってはいけないわ」

「そそそそうよ! シシシシンディ、オチオチオチ落ち着いてぇぇ!」


 母上が一番落ち着いていないわ。

 眠そうだった目がバキッてる。


「何言っちゃんてんの、母上、リゼ姉様。社交日誌を書くのよ。寝ぼけてないで、始めましょう」


「本日の社交を記録して、親交できそうなお家の状況を確認していくのですわ。本日中に記録しておかないと、記憶は薄れますわ。さっさと、やっておきましょう」


 あ、そのーーやる、だったのね。

 私リゼ姉は、ちょっと勘違いしちゃったみたい。


「ア、ハハ……寝ぼけちゃった。ね、母上」

「そ、そうね。いやあねえ、まったく」


 母上と共に姿勢を正しましたわ。


「社交は参加しただけで終わりではないのです。社交で得た内容を記録しておいてこそ、有効活用できます。次の社交はメイトレン家主催の昼食会にします。私が招待状を直にお渡しして、お家を確認(みってい)しますから」


「そこまで考えて動いていたの、シンディ?」

「もちろんですわ。私シンディがメイトレン家の社交プロデュースを任せられていますから」


 そうだった。

 というわけで、事細かに本日の社交を語ったわ。


 屋敷の点検日誌を書いているシアが、社交日誌もまとめている。社交相手のお家柄、容貌の特徴まで記しているの。

 私は相手とのやり取りに必死だったけれど、シアは相手の観察をしっかりやっていたのだわ。

 本をよく読み、知識欲のあるシアならではのお役目、納得よ。


「シア姉は、メイトレン家の頭脳ですわ」


 シンディが社交日誌を確認して言った。


「当たり前じゃない。私が一番難しいミッションの担当ですもん」


 シアったら鼻高々ね。


「では、お開きに致しましょう。本日は社交お疲れ様でした。どうぞ、明日は昼までごゆるりとお休みくださいませ。久しぶりの社交で心身が疲労しておりましょう」


 私たちは、達成感に浸りながら眠りにつきましたの。




 翌朝。

 熟睡のおかげか、ちゃんと朝に目覚めてしまいました。

 私は朝の清々しい空気を吸おうと、窓を開けてバルコニーに出ましたの。


 そこで、見てしまった。


 黒装束に身を包んだシンディが帰ってくるのを。

 もちろん、シンディも私をしっかり視界に捉えているわけで。

 天使(シンディ)の笑みを向けられるわけで。


『ヤッたの!? ヤッてきちゃったの!? 誰を殺ってきちゃったのおぉぉ!?』


 私の声ならぬ視線に、親指を立ててシンディが応えたわ。


「リゼ姉! お早いお目覚めですね」


 シンディが軽い身のこなしで、『二階』の私のバルコニーにスルスルッと登ってくる。

 私リゼ、まだ寝ぼけているのかしら?

 シンディの動きが現実離れしていて、実感できないわ。

 でも、黒装束がスルスルッと登ってくるのって、いかにもって感じよね。ありえないんじゃなくて、ありえる光景?

 頭がこんがらがっちゃう。


「早朝のひとっ走りですの。毎日の日課なのですが、美少女ひとりのランニングは、危険がつきもので……このような出で立ちで行っておりました」

「……ああぁ、なるほどね。確かに女性ひとりで外出は危険だものね」


「はい! このどう見ても怪しげな格好だと、誰もがギョッとして避けてくれるので」


 なんか、はぐらかされた気が……しなくもない。

 そういえば、昨日シンディは私たちに昼までゆったり寝ていいと口にしていたわよね。


 それって……この黒装束に関係があるのかしら?


「リゼ姉」


 シンディが私の唇に人差し指を近づけました。


「リゼ姉と私シンディだけの『ひ・み・つ』」


 天使の笑みが間近です。

 私リゼ姉、唇にムッと力を入れ、小さくウンウンと頷きますの。

 私、ちゃあーんと、口を(つぐ)みましてよ。


 だって、超怖いから。

 私リゼ姉、ちびりそう。

 だって、シンディの指が赤く染まっているからよぉぉぉぉ……。


 シンディがもう片方の手を背中に回す。


「屋敷の裏山で『ラビラビ』狩猟してきました。頰肉落ちること間違いなし!」


 へ?


 ラビラビの長い耳を掴んで、シンディが高く掲げてる。


「嘘! あのラビラビ!?」

「シィーー、リゼ姉、静かにお願いします」


 ラビラビは狩猟が難しいことで有名。

 でも、その肉は絶品だってーの。城へ献上品にもなるほどよ。

 私も一度食べたことがあるの。

 あの破天荒な父上が、安定黒字事業一つと引き換えに、入手してね。

 ……あのときは開いた口が塞がらなかったわ。ラビラビ肉の美味しさで口が半開きになっちゃって。


「ランニングがてら一カ月森に通いつめ、やっと捕獲できましたの。今から解体して、熟成させますわ。例のメイトレン家の昼食会用に」

「シンディ……あなたって……そこまでメイトレン家のために」


 私のバカバカバカ!


「くれぐれも『秘密』ですからね、リゼ姉」


 ええ、決して口にはしないわ。

 首折れ『ラビラビ』から血など出ていないということを……。

 世間知らずの姉でいてあげましてよ。




 いいえ、相手の言葉の裏を読める社交上手なリゼ姉だもの。

 天使(シンディ)の口止めに従いますわ。

 冷や汗タラタラ……


 きょ、きょわい。




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