シンディ5
新しい生活が軌道に乗り始めて一カ月のこと。
それは、突然の訪問でした。
私は、母上の救援要請を洗濯中のシンディに急ぎ伝えたの。
シンディは、ニヤリと笑い『私にお任せを』と言ったわ。
シンディは手際よくお茶を準備して、応接室に向かいました。その応接室もシンディが綺麗にしてくれて、使用できるようになっていたから、案内できたのよね。
でも……応接室でありながら、調度品はいっさいないわ。ぜーんぶ、お金に変えたから。
「失礼致します」
そう言って入室します。
シンディはティーセットの乗ったトレーを持って、私に続いたわ。
応接室では、母上とシアがその者と対峙していた。
「よおぉ、ございました。勤め人を雇えるほど復活したのですな、メイトレン家は」
なんて嫌な物言いなのかしら。
「いいえ、勤め人ではなく新しい家族よ」
母上がすかさず言い返しました。
「ああ、なるほどなるほど、巷で流行りのシンデレラですか。ならば、その家族も養えるほどになったようで何よりですな! ですから、払ってくださいませ、奥様。私たちへの未払い給金を」
元家令がそれはもう嫌味な笑みで言いやがった。……オホホ、失礼。
「こちらが、私がまとめた元勤め人たちの未払い給金一覧表です。メイトレン家元家令である私が、責任を持って徴収しに参りました」
シンディがトレーをテーブルに置き、元家令の前にお茶を出……さない。
「シンディ?」
母上が呼びかける。
「それ、一覧表であって、徴収委任状じゃないわ。あなたにお金を預けた後に、元勤め人たちに本当に配られるのかしら?」
「なっ!?」
元家令が一気に紅潮したの。
なんか、これって、図星?
「私を信用ならないと!? メイトレン家を影で支えてきた私を!? 金策に奔走した私に対して、酷い言い様ですぞ!」
「言ったのは、私シンディだけど。メイトレン夫人もリゼお嬢様もシアお嬢様も、何もそこまで口にしていないじゃない。心で思っていても」
シンディったら……私たちの敬称を使っている。
「召使の分際で!」
元家令がシンディに向かって手を振り上げる。
バッシャーン
「あぢぃっ」
思いっきり、お茶を浴びせちゃったわ、元家令に。もちろん、シンディが。
そのシンディが元家令の胸ぐらを掴み持ち上げた。
なぜにそんな芸当ができるの!? どう見ても元家令の方が背が高いのに、足先が浮いちゃってる。
「『元』の分際で、頼んでもいねえのに、しゃしゃり出てくんなよ。『現』に楯突くんじゃねえ! ちゃあぁーんと、ひとりひとりに未払い給金は対処するんじゃボケェイ。こちとら、過去十年分の帳簿調べ中なんだわ」
「ひっ ぃっ、ぃっ、くるしぃ」
「お前がちょろまかした調度品を売った金も、ちゃあぁーんと、わかってんだよ!」
シンディの変貌に私たち三人は、足まで浮いちゃってソファの上で肩寄せあった。
「テメエへの未払い給金はねえよっ! ちょこまか横領してきただろ、メイトレン家で。テメエの金策に奔走してただけじゃねえか。それに目ぇ瞑ってやってんだ! こっちの堪忍袋の緒が切れる前に、さっさと出ていきやがれ!」
で、ポーンと元家令は放られた。
倒れ込む元家令の前で、シンディは仁王立ち。
逃げるように這いずっていき、震える足で立ち上がった元家令が、ドアノブに手をかける。
「こん、なこと、をして、ただで済むとっ」
シュン
シンディが何かを投げた。
タンッ
何かが、元家令の手の間際で突き刺さる。
「ひぃぃぃ」
デザートフォークが扉に刺さっていたわ。
際っ際で。
「残念、外れちゃった。ただで済まないように、相応の怪我でお帰りしていただくつもりが、私シンディ『元暗殺者』として腕が鈍っちゃったようね」
はいぃぃぃ!?
なんですとぉぉぉ!?
「さっさと出ていく? いかない? いかないなら、次はデザートナイフだよ」
バターン
と扉が開け放たれ
バタバタバタバタバタバタ……
と一目散に。
「丁重にお帰りいただきましたわ。ふぅ……私シンディ、すっごーく怖かった」
言葉とは裏腹に
振り返ったシンディの
清々しく
肝の据わった
笑みの
底知れぬ
計り知れぬ
恐怖
といったら、
私たちの肝を冷やすには十分でしたわ。
シンディには逆らわない、と心に誓ったの。