シンディ4
「シンディ、昨日はよく眠れたかしら?」
母上が食卓につくなり訊いたわ。
「はい、母様」
シンディが手際よくパンとスープを食卓に並べる。
……まともな朝食に、ヨダレが出そうよ。
食器もピカピカ。
食卓もピカピカ。
「すごいわ、シンディ。母は、母は……」
母上も堪えきれずに潤み出す。
ハンカチを目元に……、シンディが母上の手を止めた。
「母様、そのハンカチは昨日もお使いになっておりますわ。さあ、こちらをどうぞ」
シンディがピカピカに洗濯されたハンカチを母上に持たせ、カピカピになっていたハンカチを回収した。
「シンディ、あなたはなんて素晴らしいの」
「目元を拭いましたら、どうぞ、朝食を冷めないうちに」
「ええ、ええ、そうね」
久しぶりの暖かな朝食だったわ。
「シンディ、遅くなってしまったけれど、メイトレン家へようこそ、歓迎するわ」
食後のティーをサロンで嗜みながら、母上がおっしゃった。
ティーを嗜むのも久しぶり。お供のお菓子はないけれど、気持ちが満たされているわ。
朝食を節約しようと、お天道様が頭上になるまで寝過ごす習慣のついていた私たちにとって、こんな素敵な目覚めが用意されていたから。
シンディが何から何まで全部してくれていたの。
「私も大歓迎よ、シンディ」
リゼ姉ちゃんは可愛い妹ができて幸せよ。
……きっと、昨日のあれは幻聴に違いないわ。
「私は……」
妹のシアが言い淀む。
「……洗濯係を交代してくれるなら、歓迎」
「シア姉ちゃんのこのプクプクのお手々で、洗濯なんて酷使を私シンディがさせるようなことは、今後ありませんわ!」
シアのムッチリな手を包んで、シンディが言ったの。
没落寸前貧乏なメイトレン家の貧相な食事でさえ、わがままボディを維持しているシアにね。本ばかり読んでいて、いっさい動かないのが原因よ。
「まあ! シンディ、大好きよ。私の大事な妹」
「シア姉ちゃん、私も大好き!」
シア、完落ち。
そうよね、シンディには抗えない何かがあるの。わかるわ、リゼ姉ちゃんも。
「そうだわ。新たな家族が入ったのですもの、生活のルールを決めましょう。家事担当をね」
母上がおっしゃった。
今までは、食事が母上。掃除が私リゼ。洗濯が妹シア。裁縫は各自。食材調達は、家族全員で。
だったのだけど、担当を決め直すのね。
「もちろん、シンデレラ召喚された私シンディが、家事全般を担当しますわ!」
シンディったら、それはもう高らかに宣言しちゃったの。
「シンディにだけ、家事を押し付けられないわ」
お優しい母上らしいわ。
「お役目は家事だけじゃありませんのよ! 家事以外でメイトレン家で滞っていたお役目を、母様、リゼ姉、シア姉にやってもらいたいのですわ!」
シンディが立ち上がって発した。
お役目って何かしら?
「母様はメイトレン家の帳簿と書類整理をお願いします!」
「あ……そうね、ええ」
そんなものあったかしら?
資産はもうこのお屋敷だけなのだけど。
「過去十年分です、母様」
「じゅ、十年も!? な、なぜかしら」
母上は引きつり笑いになってらっしゃるわ。
「書類からお金を生み出すのです。まだ、資産があり、事業をしていた頃の出世払い等の契約書があるかもしれませんわ」
「そ、そうね、確かに」
「父様は、あの破天荒な性分ですから、きっと気前よくお金を誰かに融通していたとも思うのです。その書面があれば、メイトレン家にお金が還ってきましょう。つまり、錬金術です!」
「シンディ! 素晴らしいわ。私、頑張ります」
「母様ならきっと錬金術師になれますわ」
母上とシンディが頷き合っています。
昨日まで暗かった屋敷に一筋の光がさしたようです。
「それから、リゼ姉はメイトレン家長子として社交を担当してください!」
「ぅへ?」
役目を振られてびっくりよ。
「リゼ姉は、磨けば磨くほど光り輝く逸材よ」
シンディって、見る目があるわね。
「社交界の華に上り詰めること間違いないわ」
いやあねえ、もう、シンディったら、ウフフ。
「ただ、一点だけは寄せて上げてで、謀りましょう」
今、幻聴が……。
「リゼ姉、人とは欠点があってこそ完璧な人だ、と私シンディは思うから、山を目指して頑張りましょう」
リゼ姉は胸が苦しいわ。……平地の胸が、泣。
「んっ、ぅ、うん、わかった」
「返事は『ええ、承知しました』と!」
シンディからの圧が凄い。
瞬きひとつしない爛々とした目を逸らさず、さあ言え、とばかりに笑んでくる。
「え、ええ、スンッ……承知しました」
「リゼ姉、大丈夫です。このシンディにお任せを。王子様イチコロの立派なレディに成らせられますように、ビシバシいきますから!」
……はいぃぃ!?
どゆこと?
駄目だわ、思考が追いつかない。
「シンディ、私は?」
シアが口を尖らせている。
「シア姉は、屋敷の点検管理の担当を」
「……何それ。なんか私だけ地味な気がするぅ」
「実はこのお役目が一番難しいミッションなのです。屋敷全てを網羅する知識、それは頭脳明晰なシア姉にしかできぬ任務!」
「オホホ、頭の良い私にしかできぬと?」
「そうですわ! 午前午後と屋敷を巡回し、点検日誌を書いてもらいます」
「ふへ……午前も午後も?」
「はい!」
シンディがシアのムッチリな手をまた包む……ガッチリと掴む。逃さぬように。
「いいですね、シア姉。ちゃあーんと、一日二回の巡回ですよ。このお手々に家事などさせられませんから、ね?」
これは、あれねあれ。
洗濯で腕を酷使するか、巡回で足を酷使するか、って感じの。
なかなかやるものね、シンディ。
「点検日誌一冊記載につき、新書一冊購入しますわ、シア姉。よろしくって?」
シンディったらシアの顔面スレッスレで笑ってる。
きょ、きょわい。
可愛い怖いが、顔面に共存するって、もうヤバいわ。
「わ、わかったわ、よっ」
あのわがままなシアが背筋をピィーンと伸ばしている。
シンディの顔圧から逃れるように。
「『ええ、承知しました』と返答するのですわ、シア姉。さあ、おっしゃって」
「えぇ、承知しましま、しますった」
シア、わかるわ、リゼ姉ちゃんも。
シンディの笑みには抗えない。
こうして、新たな生活が始まったの。