シンディ16
トルクさんが、眼鏡を取りました。
激隈ですね。
裏方の事務方のご苦労が垣間見えました。
……シンディもかしら?
トルクさんは、眼鏡を拭き拭きしてからかけ直しましたわ。
「特急で国内の貴族の姫を捜しましたが、頃合いの姫はすでにお相手がおりまして、残るは未成年姫のみ」
ああ……話が繋がる先が見えてくる。
「そこで、国内の未婚女性を招く夜会話が急遽持ち上がったのです。今シーズンの夜会担当の事務方は、連日連夜徹夜泊まり込みで……いえ、愚痴は止しましょう」
きっと、その事務方なのでしょうね、トルクさんは。
「一応、箝口令は出ておりますが、夜会の影響が及ぶであろう各方面には、『身分問わず成人未婚女性を招いた夜会開催』が知らされております。メイトレン家は、いち早くその情報を掴んだようですね。ですが、まだ、ほとんど出回ってはいませんよ。それで、夜会は数回に分けて開催する予定です。何せ、全土から成人未婚女性が集まりましょうから」
トルクさんが会釈します。
「どうか、王家が発表するまではご内密に。王家もこの裏事情まで詳細に発表はしませんので」
「ええ、承知致しました」
母上が応じられました。
「我がアーデルン家にも、市場の混乱……景気が起こる旨を息子から知らされてな。まあ、すでにメイトレン家からの情報で動いていたのだが、まさか王子たちトリプルで婚約者捜しの夜会とは予想だにしていなかった」
アーデルン当主が肩を竦めましたわ。
「夜会参加関連の市場は活発になるでしょうね。それはメイトレン家のおかげで、予想しておりましたけれど」
アーデルン夫人がおっしゃいましたの。
「さて、情報共有ができたところで……ひとつ、メイトレン家にお伺いしたいのだが、コホン」
アーデルン当主が咳ばらいしました。
「なんなりと。メイトレン家で協力できることは致しますわ」
母上ともども身を乗り出します。
この商機がメイトレン家にも財をもたらすかもしれないから。
「いや、そうではなく。そのぉ……メイトレン家もご令嬢が三名おられる。して、お相手はお決まりなのだろうか?」
……それ、禁句でしてよ。
「オホホホ……」
母上ったら、笑うだけで私に流し目を……。
「この没落寸前だったメイトレン家に縁談の話など皆無ですわ」
代わりに私がお答えしましたの。
「いや、でも確か……」
「はい、以前は口約束程度のお話はありましたが、メイトレン家が傾き始めてからは、交流なく……お察しください」
私リゼもシアも幼い頃には、確かに許嫁はおりました。貴族でないので、書面での婚約はしておりませんでしたが。
流石はアーデルン家。そのあたりのことも調べられていたようね。
「婚約自然解消ってことですか! ある意味円満ですね」
ラルクめ、お前に察してくれとは言っていないわ。
でも、その明るさは助かる。
「これ、ラルク!」
アーデルン当主が慌てています。
「いえいえ、メイトレン家のオールラウンダーが失礼致しましたわ」
母上が茶目っ気たっぴりに返しまして、場の雰囲気は沈まずにすみました。
「お気遣いありがたい。それで、相談なのですが」
アーデルン当主が夫人に目配せします。
「アーデルン家は息子三人。夜会には出席できませんの。現場に足を運べないのです。同行可能なのは、ご令嬢の保護者や後見人となりましょう。ですから、メイトレン家ご息女の後見人に立候補したいのですが、どうでしょうか?」
アーデルン夫人が母上に深く頭を下げられました。
「頭をお上げくださいませ。とてもありがたい申し出ですわ。私ひとりで、娘たちを夜会に連れていくより、アーデルン夫人がご一緒なら心強くございますもの」
「まあ! なんと嬉しいお言葉でしょう。図々しくも、私からもう一つお願いが」
「なんでしょう?」
「私も夜会の準備を手伝いたく。男ばかり生みまして、娘のドレス選びというのに憧れておりましたの」
「はいはいはい、お気持ちわかりますわ。アーデルン家から贈られた社交用のドレスのセンスの良さには、本当に胸が躍りましたもの」
「そうなのです! あれらを選ぶのも愉しゅうございました」
とまあ、母上とアーデルン夫人で盛り上がっております。
「まあ、二人はそのまま話させておいて、アーデルン家としては、今回の夜会用に仮の店舗を開店させる予定でいる」
アーデルン当主が私リゼに話を振りましたの。
夜会に必要なセットを販売するそう。ドレス、装飾品等のセット販売。
「安価で手頃なものから、少し値の張る輸入品までをね」
「メイトレン家でできることがあればなんなりと」
「メイトレン家には、今まで通り、社交で情報収集をお願いしたい。今回は大いに助かった。相場が値上がりする前に、先んじて仕入れできているからね」
「良かったですわね、リゼ姉様」
シアが言いました。
すでに、今回の緊急会議の日誌を手がけております。
私はシンディに視線を向けました。
「シンディ、この夜会には参加してもらうわよ。社交界デビューが王家主催の夜会なんて、誉れじゃないの」
「そうですね。かしこまりました」
シンディが了承してくれてホッとしましたわ。
固辞したら、この場の皆で説得しようと思っていましたの。
で・す・が……
シンディの笑みが……ニマッ、と。
一瞬の表情変化を私リゼは見逃しません。
きっと、私しか気づいていないかも。
何か企んでいるような気が……
うん、今は見なかったことにしよっと。