シンディ14
パッカパッカパッカパッカ
ガタゴトガタゴトガタゴト
シアが帰宅してきましたけれど、行きとは違い何やら大所帯を引き連れておりますわ。
「シア、これは何事?」
「アーデルン家からラルク返却回避の品々をご提供いただいたの。シンディ、上手くいったわ!」
シアとシンディがハイタッチをしましたの。
なるほどなるほど……ラルク返却を回避するため、アーデルン家は色々と手を尽くしたみたいね。いえ、品を尽くしたわけね。
これが、シアとシンディのコソコソ話だったみたい。
「あらあら、まあまあ、ラルクの失態の度にメイトレン家は栄えるわね。ラルク、いかんなく失態しても構わないわよ」
母上ったら、呑気に辛辣なことをおっしゃられる。
でも、そんな言葉に項垂れないのがラルク。
「アーッハッハッハ。思う存分失敗しても受け止めていただけるメイトレン家は、なんと居心地良き良きです」
この都合の良いな思考回路を見習いたいくらいだわ。
そんな私たちをよそに、シンディはせっせとシアがアーデルン家からせしめてきた戦利品をお屋敷に運んでおりました。
そんなこんなで、本格的社交シーズン間際になりました。
要するに、王侯貴族が社交をするシーズンってこと。
アーデルン家のように通年社交場を設けている貿易商も、この本格的シーズンに合わせて活動するの。流行を作るのも、流行の移り変わりに敏感になるのも、このシーズン。
貿易商アーデルン家の本番ね。つまりは、メイトレン家の本番でもある。
王侯貴族の社交は、貴族以外は入れないわけじゃないわ。貴族だけの社交なんて、もう廃れちゃっているから。
大富豪に大商人、著名人、国や王家への功労者等々、今や社交界は大きな枠組みになっているわ。
招待状があれば問題なく入れる。のだけれど、その招待状を手にすることが難しいわけ。
なんにせよ、メイトレン家はアーデルン家の下支えで、社交界の復帰が叶ったわ。
でも、ねえ……
「ねえ、シンディ。一緒に行かないの?」
シンディはいっこうに社交に出ようとしないのよ。
屋敷を預けるラルクが居るにもかかわらず。
「私シンディは、メイトレン家の社交をプロデュースする身なので、言わば裏方。裏方は舞台に立たないものですから」
今日も今日とて、母上と私リゼ、シアで社交に繰り出しますの。
メイトレン家の顔は母上。矢面応対が私リゼ。隠し玉観察眼情報収集のシア。この体制に至宝珠玉のシンディが入れば完璧なのに。
「それに私は『ひ・み・つ』のお役目がありまして」
ヒィッ……
耳元小声の破壊力たるや、私リゼ姉は背筋が凍っちゃった。
『ひ・み・つ』『ひ・み・つ』『ひ・み・つ』
シンディが囁き続ける。
あの黒装束の早朝が思い浮かんでいるわ。
私たちが社交中に、シンディったら何をしているのぉぉぉぉ!?
ラルクが留守を預かるから、シンディは容易に外出できるものね。盲点だったわ。それに、シンディの外出をラルクが気づくわけがない。
だって、あのラルクよ。
一刻作業に一日必要なラルクよ。
「出来上がりましたわ、リゼ姉。最後にこの髪飾りを」
姿見の前で確認。
鏡の中で、シンディと視線を重ねる。
小さく頷いておいた。
ぜーんぶ、引っくるめての頷き。
「さあ、今夜は食通のお屋敷です。存分に楽しんできてくださいませ」
今夜はベーレン夫人の伝でお招きいただいた食通家へ向かうわ。
「いってらっしゃいませ」
シンディとラルクに見送られて、出発しましたの。
本日もレンタル馬車とレンタル御者です。
帰宅後、社交日誌をしたためております。
シアがまとめしたため、母上がそれを書き写し、ラルクがアーデルン家に届ける流れになっているわ。
今回の目玉情報は突出している。
これをいち早く掴んだことは幸運だったわ。
「王家主催の夜会で、身分問わず未婚女性を招待するなんてどういうことかしら?」
母上が主催家から密かに耳にしたの。
『ラビラビ』の干し肉を手土産にしたおかげみたい。
シンディったら、こっそり母上にお渡ししていたのよ。確かに食通家へ行くのだから、その手が有効よね。メイトレン家の裏山はどうやらラビラビ生息地のようで、シンディがまた狩猟に成功したの。
でもね、警戒心が強くそう易易と目視されず、捕獲できないのが『ラビラビ』なのに、なぜシンディには捕まっちゃうのかしら?
ただ今回は、首折れでなくシューティングナイフで捕獲してたわ。『昔取った杵柄で』なんて呟いていたっけ。
「片手で摘めるポピュラーな料理の相談があったようでね。要するに、格式張った晩餐会料理でなく、舞踏会脇部屋で立った状態で食べられるような料理の相談を。食通家に新しい料理の情報があるか訊いたって感じね」
食通家が相談元の王家関連筋から相談されたのですって、と母上。
「いつもは食通家に、晩餐会の料理を相談するのに、今年はどうして舞踏会の料理なのかと疑問に思って、訊ねたら……身分問わず未婚女性を招待する夜会が開かれるのだって聞かされたのですって。今年は、その舞踏会の方に重きをおいているみたいな感じで言われたそうよ」
母上がひと息入れたわ。
身分問わず未婚女性となると、相当な人数になる。
たぶん、一日やそこらで全員は招けない。確かに料理として実際に重量は嵩みそうね。
「本当に、なぜ、そんな夜会を開くのかしら?」
疑問が残るのよ、いえ、疑問でしかないもの。
「食通家に嘘偽りはないけれど、相談元の王家が食通家をはぐらかした可能性もあるわ。晩餐会料理を他に相談したからとか。その真偽や真意ははっきりわからないと追記して、シア」
母上の指示で、シアが社交日誌にその旨も綴る。
「この情報が事実なら、商機を見逃せないわ。未婚女性の王城行き衣装関連が飛ぶように売れるもの」
シアがホクホク顔で社交日誌を見て言ったわ。
身分問わず、ともなると、それこそそこら辺の娘でも王城舞踏会に参加できることになるものね。最低限の衣装を用意するでしょう。
お手頃の既製品ドレスの需要が高まるはず。
アーデルン家に有益な情報に違いない。
「門戸を開いて、本当に『シンデレラ』を捜していたりして」
ラルクがポツリと言いましたの。
皆、『あっ』という表情になりまして、いっせいに家のシンデレラたるシンディに視線が注がれました。
「『召使』なら、王城にたくさんおりましてよ」
シンディが言いました。
そっちのシンデレラではない気が……。
シアが社交日誌に抜け目なく付け足しております。
そうして、シアの社交日誌を母上が書き写したものが、その日のうちにアーデルン家へ渡りましたわ。