シンディ12
シンディの発言にアーデルンご夫妻はまだ反応しません。
「もしくは、世代交代ですか?」
そこでやっとアーデルン当主がハッと息を吐き出し笑みを浮かべましたわ。
「恐れ入った」
それから、アーデルン夫人を見て、「君が目をつけただけはある」と。
「若い頃からずーっと貿易商たる第一線におられたご夫妻が、年齢とともに視線が上がるのも必然。張り巡らせた情報網も歳を重ねベテランの域でしょう」
シンディの言葉にアーデルンご夫妻は頷いておられます。
「顧客の年齢も」
あっ!
そうか、そういうことなのかと、やっと気づきました。
次のベーレン夫人
社交界の機微を敏感に汲み取れる人物
世代交代
先ほどの発言から導かれる答えは二つ。
「若い風捜し、もしくは、次代の片腕をお捜しかと存じます。アーデルン夫人とベーレン夫人のような」
シンディが言った。
「総じて、情報網を新しく刷新するため動いておられるのではないかと推測します。その中に、リゼお嬢様も候補に上がったのかとも」
ストンと腑に落ちた。
『シンデレラお披露目の会』には数名のご令嬢が参加する予定だったはず。
つまり、候補者を集めて見極めようとしていたのだわ。
「これが、メイトレン家『シンデレラ』のお披露目ですわ。お茶会で披露すべきではない内容かと。ウフフ」
確かに、シンディの言う通りね。
「完敗だ」
アーデルン当主が両手をあげました。
「いえ、まだですわ」
シンディはニヤリと笑ったの。
これは、あれねあれ。まだ隠し玉があるのだわ。
「シアお嬢様、社交日誌をアーデルンご夫妻に目を通していただきましょう」
いきなり、振られたシアがびっくりしたわ。
「メイトレン家の頭脳はシアお嬢様ですから」
シンディの発言で、シアの表情がきらめく。
戸棚にしまってある社交日誌を取り出して、アーデルンご夫妻に手渡ししたわ。
わかる。
シンディの意図が。
「アーデルンご夫妻がお捜しの人物は、私でもなく、リゼお嬢様でもありませんわ」
その通りね。
観察眼がずば抜けているのはシアだから。
アーデルンご夫妻が社交日誌を捲る度に、目を見開き、顔が輝き出す。
「これはすごい! 前回のたった一回の社交でこれほどの情報を得たとは!」
「ベーレン夫人の若い頃以上よ!」
アーデルンご夫妻の興奮が伝わってくる。
シアの活躍が日の目を見た。
誇らしげな顔のシアに嬉しくなったわ。
「メイトレン家で、平々凡々至って普通の御人はただひとりだけですから」
「……なるほど、なるほど」
アーデルン当主がククッと笑います。
「失礼した。この場にいない者を笑ってはいけないな。……いや、メイトレン家ご当主は、並の方ではないのでは?」
ア、ハハ……
破天荒な父上ですからね。
メイトレン家のお家事情はアーデルン家も調査済みなのでしょう。
平々凡々至って普通の並……以下であるとわかっておられるはず。
「今は、波に乗っていますけど」
シンディの呟きは小さすぎて、きっと私リゼ姉しか聞こえていなかったと思いますわ。
アーデルンご夫妻をお見送りして、またサロンでひと息です。
「もうすっかり、夜深くなりましたね」
社交日誌披露から、あれやこれやと色々と話し合いが続いて……いつもなら、もう寝ている時間になっている。
でも、興奮冷めやらぬで、眠気はいっさいないの。
それは、母上もシアも同じみたい。
「まさか、廃教会の権利はこちらのままで、月額使用料契約に持ち込めるなんて!」
母上が嬉しそうにおっしゃいました。
「アーデルンご夫妻のご厚意でしょう。母上のロマンチックなお話を聞いたのですから」
「それが、効いたのね」
シアが間髪入れずに言いました。
「シアのおかげで、我が家の社交を、影でアーデルン家がお支えしてくれることも決まって、母は安心しました」
シアの社交日誌の交換条件ということで決まったの。
アーデルン家の子飼いでなく、等価交換のように。
「それに加えて、家令の(つて)までアーデルン家が紹介してくれる」
男手がないメイトレン家を危惧してくれた申し出だったの。
そこはシンディが居るから平気なのだけど。
でも、このままだと、社交会出席時にはシンディがいつもお留守番になってしまうからね。留守を預かる者は絶対必要になるわ。
だから、アーデルン家の申し出を受け入れた。
廃教会使用料が、そのまま家令の給金になってしまうだろうけれどね。
社交費用の捻出はなくなるから、問題はない。
だって、平々凡々……波乗り中の父上から、毎月元締め経由で入金されているし。それで、生活が賄えるもの。
これもそれも、シンディのおかげ。
「シンディの社交プロデュースのおかげよ」
私たちは、シンディを中心にして、キャッキャウフフオホホホと、その日は幸せに浸りましたの。