シンディ11
「アーデルンご夫妻のご訪問です」
シンディが戻ってきて告げました。
えーっと、出刃包丁で脅していたりしないわよね?
「応接室にご案内致しましたわ。これの出番はありませんでした」
隠し持っていた出刃包丁をサロンのテーブル置きました。
ホッとひと息出て、でもすぐに気を引き締めます。
「では、皆で行きましょう」
母上も気合い十分で立ち上がりました。
「私はお茶を準備してから参ります」
「私もシンディと一緒に」
私リゼとシンディはセットの方がいいでしょ?
元々、私とシンディがお茶会にお呼ばれされたのだから。
「それがいいわね。シア、行きますよ」
母上とシア、私リゼとシンディでいったんわかれましたわ。
元家令の来訪時と同じ状態よね。
お断り返答当日の夜分に来訪だもの、きっと……何かあるわよね。
「ねえ、シンディ。アーデルンご夫妻はどんなご様子だった?」
「神妙な面持ちでした」
「そう……」
「きっと、良いお話し合いになりますよ」
そうならいいのだけどね。
「リゼ姉、行きましょう」
お茶の乗ったトレーを持ったシンディと一緒に応接室に向かいました。
「失礼致します。お茶をお持ちしましたわ」
私は軽く膝を折って挨拶した後、シンディに目配せしました。
元家令のときとは違い、シンディはお茶をご夫妻に淹れました。
もちろん、皆の分も。
「まずは、ひと口どうぞ」
母上がご夫妻に勧めます。
「そうですな。いただこう」
ご夫妻はカップに口をつけます。
お茶って、緊張を解く効果があるわよね。
ご夫妻の肩が少しだけ下がったように思います。
「それで、ご訪問の用件をお伺いしても?」
母上が口火を切りましたの。
「妻がご無礼した。少しばかりお遊びが過ぎたようで。メイトレン家に謝罪に伺った次第です」
アーデルンご夫妻は深く頭を下げられました。
「いえいえ、そのように丁寧な謝罪を受けるようなことではありませんわ!」
母上が恐縮しておられます。
私たちも同じ気持ちですから、ご夫妻に『こちらこそですわ』と告げます。
「一般的社交のやり取りです。お気になさらずに願いますわ」
母上はアーデルン夫人に笑いかけます。
「お優しいのですね、メイトレン夫人。知らず知らずに私は、上の立場で物事を見ていたようです。若い頃は、皆と同じ視線で物事を見ていましたのに。貿易商たる夫人として、皆が求める視線に合わせて同じ景色を見るようにと」
商品を売る視線を心がけていたのだわ。
「商品を提供する側、売り手である私が、買い手に要求していたのですから、お笑い草よね」
アーデルン夫人が苦笑しました。
『シンデレラお披露目の会』という演目を要求したから。その観客で、高みの見物をしようと上から眺めて楽しもうとしたから。
「ですから、これは『いったん』お返しします」
アーデルン当主が廃教会の権利書をテーブルに置きました。
「その上で、この権利書を買い取りしたいと。商人たる者、ただでもらうなど矜持に欠けますから。……そのおつもりで、これを妻に預けたのでは?」
「あら、バレちゃってまして?」
砕けた口調で、母上が愉しそうに返しました。
この場の雰囲気が和みます。
これが、母上とシンディが見つけた錬金の種だったのね。
商人にただで権利書を譲ったら、どう反応するか予測していたのだわ。
権利書を買ってくださいとストレートに接触するのでなく、アーデルン家との社交でここぞというときに出したのだもの。
「今回、君はまんまとしてやられたな」
アーデルン当主が夫人の手をポンポンと労いました。
「ええ、本当に」
アーデルン夫人からも笑みが漏れました。
「さて、このような策を考えたメイトレン家の軍師をご紹介いただけないものか。大事なご家族とのこと」
アーデルン当主は笑みを称えたまま、流石は商人すごい目利きで切り込んできましたわ。
「失礼だが、二年ほど前のメイトレン家は平々凡々、至って普通のお家柄だったと記憶しているのでね。こんな離れ業を繰り出したメイトレン家の策士を、直に足を運んで拝みたいと伺ったのもある」
これなら失礼にあたらないだろう、とでも言わんばかりでアーデルン当主が肩を竦めてみせた。
アーデルン当主の視線はシンディに。
アーデルン夫人の視線はなぜか私リゼに。
シンディと顔を見合わせます。
『お任せを』
との視線を受け取ったわ。
だから、コクンと頷いた。
シンディが軽く会釈して口を開く。
「アーデルン夫人は、次のベーレン夫人をお捜しですか?」
え?
突然、何を言っているの、シンディ。
「社交界の機微を敏感に汲み取れる人物を」