シンディ10
シンディが私を見ます。
「手土産を渡したリゼ姉をご指名して」
社交の応酬ってことね。
私リゼ……ちょっと、腰が引けちゃう。
「ど、ど、どうしたら、いいかしら?」
縋るようにシンディに向きます。
母上もシアもシンディの言葉を待ってるわ。
「お任せを」
シンディのそのひと言は安心感がありますわ。
「お断りのお返事をすればいいのですわ」
はい?
なんですとおぉぉぉぉ!?
「シ、シ、シ、シンディ、母はね、それはどうかと思うわ」
母上が慌てておっしゃった。
「では、ドタキャンにしましょうか。退屈なお茶会に刺激を与えられますし」
「それ、もっとイケナイ対応よ!」
さっきまでの安心感はどこへやら。
「シンディ、別の案はないの?」
シアが言いました。
「もし、私が母上やリゼ姉、シア姉を競わせるような催しがある招待をされたなら、『大事な家族を見せ物になどしたくないのだ』と、毅然とした返事を速攻で出しますから」
「っ!」
シンディが瞬きして、ちょっとだけ不安げな顔で私たちを窺っているわ。
「もちろんよ! 私の可愛い娘シンディを娯楽の提供品になどさせないわ!」
母上が声をあげました。
私リゼとシアも視線を重ね頷きます。
「そうね。大事な妹を競わせて、高みの見物などもってのほか」
お断りは、メイトレン家総意となりました。
「では、お断りの旨したためまして、リゼ姉と私シンディで、直にお届けしてきましょう。『シンデレラお披露目の会』まで及ばずに、驚かせてみせられますわ」
「んまあっ、シンディったら流石ね! 確かにこのお断り自体が競いの一手披露になるわ」
シンディがウフフと笑いました。
というわけで、母上から託されたお詫びの品を持参して、アーデルン家へシンディと二人で向かいました。
不参加の文とお詫びの品を添え、玄関先で対応してくれた執事に渡して退散しましたの。
夕食後、いつものサロンでティータイム中になってから、母上にお訊ねしましたわ。
「母上、あのお詫びの品はなんですの?」
不参加の文と同様の封書を託されたのだけど、中身は知らなくて。
「あれね」
母上がシンディを一瞥します。
シンディはお詫びの品を知っているようね。
「母様からご説明ください」
シンディが言ったわ。
「あれは、ある廃教会の権利書よ」
「廃教会?」
「そう。海を望める丘の上の廃教会でね……旦那様から贈られた場所なのよ」
「父上から?」
「フフ、そう。私が二人だけの結婚式を挙げたいと言ったのを、旦那様は覚えていてくれて。正式な結婚式の前に、廃教会で二人だけで誓ったわ」
母上は昔を思い出しているのか、幸せそうに笑っていらっしゃる。
「恋人期間のよくあるお遊びのような……恥ずかしいけれど、ロマンチックなことをね」
「素敵ですわ。でも、そんな大事な場所をアーデルン家にお譲りしたのですか?」
「違うわ、リゼ。私、忘れていたのよ。シンディに過去の帳簿と書類を点検するように言われるまでね。いえ、言われたときでも思い出さなかった」
母上がカップにを口をつけ、喉を一度潤しました。
「廃教会の権利書を見つけて、そういえばって思い出したの。私の資産だったから売却できなかったようね、あの元家令は。いえ、きっと資産価値がなく、買い手がなかったのでしょう」
廃教会を購入して、益にしようと思う者はいなかったのだろう。廃教会では益を生み出せないから。
「それで、シンディに権利書で錬金できるか確認したのよ。シンディは現地まで足を運んでくれてね。アーデルン家だったら、必要かもと」
「どういうこと、シンディ?」
「アーデルン家は貿易商。商船を多く所有しております。その船を……沿岸線の航路を見渡せるのです、廃教会から」
シンディがそう答えました。
「それって……」
「船の安全を丘から見守れることができると、現地で確認できました。商船は海賊に襲われやすいので。灯台の設置も可能ですし。あの廃教会は貿易商たるアーデルン家なら必要かと思いました」
「その権利書をお詫びの品でお譲りしたのよ。私が持っていても役に立たないからね」
母上がシンディに続いておっしゃったわ。
「……お詫びの品も、お披露目だったのですね、母上?」
「そうよ」
母上ったら、鼻高々です。
「もしかして、二年ぶりの社交の場を、アーデルン家にしたのも?」
母上とシンディが笑み合っています。
こんな隠し玉まで用意周到に準備していたとは、リゼ完敗よ。
こっちの手札は切ったのだから、アーデルン家がどう反応するか待つだけね。
「ああぁん! 悔しいわ。私の出番なしなんて」
シアが悔しそうに言いました。
「いいえ、きっとシア姉の出番はこれからでしてよ」
シンディが自信ありげに言いました。
そのとき、
カラーンカラーン
門扉の来訪ベルが鳴らされました。
「こんな夜分に?」
母上が訝しげな呟きをして、私たちは身構えました。
女性だけの屋敷ですから。
「私シンディが参りますわ。勇者のときは、ひとりで千の魔族斬りをしたこともありますので、お任せを」
でしょうね。
浮かせた腰を降ろしましたわ。
一人では行かせまいと意気込んだ母上も私リゼもシアも。
行儀よく座って、シンディを見送りましたの。
背中に……出刃包丁一本隠し持って向かうシンディを。
こういうときのシンディには、逆らえない。
逆らっちゃいけないから。