ただただ受け身の人生
ただただ受け身の人生でした。
貴族の娘は当主の命じるままに、と信じて疑いませんでした。
勉強もマナーもダンスも、教えられるものを教えられるままに、与えられるものを与えられるままに受け取り、受け入れました。
知識、技能、身のこなし。時には歯を食い縛り、血を吐く思いで身に付けました。
出来ない、は言い訳であると叱咤され、出来るようにして当然、出来て当たり前なのだと諭されました。
貴族の娘は商品であると言われました。
より条件の良い相手に売り渡すため、当主のため、家のために存在するのだと。そこに本人の意思は必要無いのだと。
子育てとは難しいものですよね、お父様。
お父様は失敗なさったのですよ。
泊付けになるから、商品価値が上がるから、とのお父様のご判断でわたくし、有り難くも学院に通わせていただきましたけれど、沢山の人間がいれば沢山の考え方にも出会うものです。
お友達、は入学以前から数名ほど与えられておりましたけれど、クラスにも同学年にも他学年にも、学生は他にも大勢いるのですもの。
たまたまお隣の席になったご学友、たまたま同じ講義を選択したご学友、たまたま同じ委員会になったご学友、たまたま図書室で同じテーブルに着いたご学友。
そうそう。わたくし、講義も委員会も、自分で選ぶということにまず驚きでした。本は、課題として渡されたものを決められた日までに確実に読んでおくもの、と思っておりましたけれど、学院の図書室では、自由に、どれでも気になった本を手に取って読むことが許され、また、読むのを途中で止めてしまっても構わないのですよ。
講義も委員会も図書室も、最初は、自分がどうしたらよいかまるで分からなくて、けれど、戸惑いを顔に出してはいけませんもの。決して見苦しくなどならぬよう、淑女の笑みを崩すことなく細心の注意を払い、じっくり周囲の様子を窺ったのですよ。
ねぇ、お父様。
意思を持ったビスクドールは、普通の人間よりも質が悪いと思いませんこと?
だって、お人形なのですもの。
罪悪感とか、倫理観とか、お人形には不要でしょう?
はなから持ち合わせてなどおりませんでしょう?
ねぇ、お父様。
もうお亡くなりになりまして?
心の臓は止まりましたこと?
本来なら手ずからえぐり出して確認して差し上げたいところですけれど、お人形はほら、綺麗でなければなりませんでしょう?
それに、彼の方が白磁のようだと褒めてくださったわたくしの手に、染みでもついたら大変ですもの。
わたくしが手ずから淹れて差し上げた紅茶で天に召されますことを、せめてお喜びくださいましな。
彼の方、わたくしのご主人様、わたくしを堅牢で硬質な箱から解き放ってくださる救世主。
お慕いしておりますわ、愛する君。
どうか、わたくしを拐ってくださいましな。
さる高位貴族家の当主が、娘により毒殺された。
複数回に渡って娘に接触し、父親に毒を盛るよう教唆した男については、学院内の人物には該当が無かった。男の特定に繋がる有力な情報、手掛かりは現在のところ見付かっておらず、捜査は難航している。娘の証言と図書室での目撃情報で、男が学院の制服を着用していたことは判っており、外部の人間が学生を装って学院内に侵入していたものと考えられている。
親の言いなりだった人形は、意思を持ったつもりの操り人形と化した。その後、捜査員の聴取に応じるだけの自動人形となり、やがて、物言わぬ人形となった。