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光の勇者ルーク(6)

 

 ――勇者なのに!?

 


 …と、喉元まで出かかった声は飲み込む。


 度々言ってはいるが、それは今言っちゃいけない言葉だ。



 『勇者ルークは仲間と共に魔王を倒す』



 説明すればとても簡単でとても軽い言葉。しかもこれはフィクションであって、実際のルークさんには仲間などなく今は一人だと言う。

 第二王子であるのに? とも思うけど、その当時の背景を良く知らない私が言うものでもないし、簡単で軽い言葉の中に纏められてしまった()()が、それこそたくさんあるはずだ。 そんな「勇者ルークは魔王に勝ちました。めでたしめでたし」では終えれない色々が。

 だから「勇者なのに?」なんて軽く言っちゃいけない。

 それに私の目の前にはいるのは『勇者ルーク』ではあるが、()()()()()でもあるのだ。


 けれど、私の表情から何かしらは感じ取られてしまったらしい。



「ドーリーは案外優しいんだな」

「案外…」

「思ったより?」

「言い換えただけでは?」

「ははっ。 うん、ドーリーは優しいよ」

「…ぅぐっ」



 直球で来た。しかもキラキラ笑顔オプション付き。ホント不意打ちは止めて!



「…でも本当に、魔王はね、恐ろしく強かったよ」



 私の動揺などおかまいなくルークさんは会話を再開する。



「圧倒的なほどに強かった…、手も足もでないくらいに。……奢りもあったんだろうね、自分の中で。でもそれも木っ端微塵だよ、欠片も残ってやしない」



 欠片もないと示すように、両腕を広げる。そのおどけたような動作が余計に無理してるように見え何も言えないでいると、ルークさんは力が抜けたようにパタリと腕を落とした。ついでに視線も。

 そして深い深い息を吐き、再びゆるゆるとした動作で片手を上げて左肩を抱く。



「…ボロボロだった、死んでもおかしくないくらい。いや実際、あのまま何もしなかったら死んでるだろうくらいにはズタボロだったね、魔力も完全に切れていたし。でも…、あの圧倒的な力になら仕方ないかとも思ったんだ。なのに――、

 ……なのに急に怖くなった」



 落ちたままの手が膝をぎゅっと掴む。



「それが死ぬことに対してか、…何か、別の思いからだったかは、それは今でもわからないけど。 けど恐怖を覚えた俺は無様にも逃げようとしたんだ。…でも逃げれるはずもないよね、ボロボロの体なんかでは。 そんな俺を見て魔王は嘲るように哄笑し、巨大な力の渦が目の前に迫って、……そして気づいたらここにいたんだ」



 若干下がった眉の下の蒼玉が私を見る。



「だから、むしろドーリーは命の恩人なんだよ」


「――そ…、そう、ですか…」



 何と答えていいかわからなくて無難に返事だけ返せば、「まあそんなこと言われても困るよな」とルークさんは頬を掻いた。



「ホント…、つまらないことを話してしまったけど、召喚について君が気にすることはないってわかっただろう? 俺は逆にありがとうと言わなければいけない立場だって。 本当に、死んだと思ったからね。しかも傷さえ全部治ってる」

「……ん?」

「ん?」

「いえ、傷は関係なくないですか?」



 別に私は治療などしていない。そもそも治癒魔法なんて使えない。だけどルークさんはキョトンとした顔をする。



「なくはないんじゃないかな」

「いや何故に」

「だってあの時俺は完全に魔力切れを起こしていたし直せるはずがない」

「実は一度移動して誰かが治してくれた上でここに来たとか?」

「そんなことをする意味がわからないけど…」

「例えばですよ、例えば」

「例える意味もわからないけど、それはないと思う。起きた時、自分の体に残っていた魔力の痕跡は君のものだけだったからね。間違いない」

「そう言われても…」



 私にはわかりようもないことを突き付けられても。



「うん、だからこそ魔力がわかるようになろうか?」

「うわっ、そこで繋げてきた!?」


( 前振りの前に前振りがあったー!! )



 え、もしかして今話してた全部が振り?

 てなことはないだろうけど、何だか上手く誤魔化されたような気もする。

 だけどルークさんが吐き出したものに対して私が何か意見するのもまた違う。さっきのはそう、聞き手があるだけの独白。それ以上触れる必要はない。



「あー、でもルークさんも直ぐに匙を投げると思いますよ。それにこのクッキー全部賭けてもいいです」

「うーん、甘いものがそこまで得意でないから賭けにはならないかな」

「え、じゃあ何で賭けます?」

「まあ取りあえずは賭けから離れようか? それに匙を投げるっていう前提からも」

「いやそんな無茶な」



 自分自身を理解しての率直な意見なのに、拒否されるとは。しかもルークさんはやる気だ。師匠のように変換してはいけない文字の方でなく、本当にやる気に満ちている。



「明日から帰るまで四日間しかないからね、じっくりといこうか」

「じっくり…」

「そう、じっくりみっちり」

「みっちり……。 あ、そういや、家の片付けとかあって忙しいかなーって…?」

「へえ…、そんなに常に片付けてるようには見えないけど、片付けるなら手伝おう。二人の方が早いよね?」

「あー…、片付けはまた今度にします…」



 逃れられない、これは逃れられない。押しが強い。ルークさんキャラ変わってないか? いや、勇者なら押しが強くていいのか……――あっそう、勇者か!



「でもっ、ルークさんは()()だし、鍛錬とか必要ではっ? だから私ごときに関わらずともいいのではっ!」

「ふーん、粘るなぁ。…でも、今更ここで勇者を掛け合いに出してくるのはズルい、……何だろ? ちょっとムカツクな…」



 ルークさんが何かボソッと呟く。しかも少し不穏な言葉も聞こえた気がする。顔は笑顔なのに。

 それも気のせいか、師匠と同じ圧のある笑顔だ。

 いやホント、美形の圧は怖いんだって。しかも絶対キャラが変わってるし。内情を吐露した相手だからって色々と緩くなってない?


 ルークさんはその笑顔のままでゆっくり頷いた。



「そうだね。図書館でも調べたし、ドーリーも俺が魔王を倒したと言うけれど、このままでは到底信じられない。 言う通り、確かにもっと鍛錬が必要だと思う」

「だったら――」

「でも人間には休息も必要だよね」

「……………、ですかね…?」

「ああ、必要だよ」



 言い切った!? これは…っ、明らかに反論は受け付けないやつだ!



「だからね、だったらこのイレギュラーな四日間を休息に当てればいいと思うんだ」

「……でも、それなら余計に何もしない方がいいのでは…?」

「別に教えるだけなら然程の労力はいらないよ。それにドーリーの魔力に触れるのは、むしろ心地良いし癒やしになる」

「癒やし……」



 アロマか何かかな?

 それにしても、ルークさんはニコニコとしてるのに追い詰められてる感が半端ない、――が。

 うん、まあいい、たかだか四日間だ!

 それによく考えれば凄いことでもある。誰もが知っている光の勇者ルークから直々に魔法を教わるのだ。ドヤれる案件だろう。その成果が出るかどうかは微妙なとこだけど。

 ただドヤれる相手が師匠しかいないってのはどうよ? でも帰って来たらばっちり自慢してやる!



「よしっ、わかりました!」

「ああ、とうとう腹をくくったんだ?」

「ええ、くくりました! そりゃもうぐるんぐるんに!」

「それはちょっと苦しそうだね」

「いやー、そんなの大げさに言っただけですよ」

「うん、知ってる」

「………」



 スン…となった私を尻目にルークさんは立上がりグッと伸びをする。



「さて、話しは纏まったし明日に備えて部屋に引き上げるか……って、ドーリーどうかしたのか?」

「……いいえ何でもないですよっ」


 


□□□




 ルークさんが部屋に戻った後、新たに一人分のお茶を入れる。

 それにしても、私なんかが聞いてもいい話しだったのだろうか? 

 ルークさんは吐き出すことで少しスッキリしたかもしれないけど、私は逆にモヤモヤだけが残った。

 熱いお茶を冷ますように「…はぁ」とため息を零せば、カップの中、お茶の水面が不自然にグラグラと揺れた。



「え…、…何…?」

『やっと繋がったか』

「――うえっ!? え、ええっ!? し、師匠!?」



 揺れてた水面がピタリと静まり鏡とかし、そこに映ったのは見慣れた秀麗な顔。

 


「え、師匠、なんで、急にどうして!? え!? なんで? と言うか、急にそんなとこに出てきたらカップ落とすじゃないですか!」

『取りあえずうるさい。後、落ち着け、な?』

「ぐ…、…ハイ」



 本家、圧のある笑みで強制に黙らされた。

 そして今、この状況を作っているのは水鏡という魔法だ。水を通して遠くにいる相手と繋がることが出来るのだが、普通はちゃんとした専用の器を使うし水だって精製水を使う。…師匠が規格外なだけで。


 

『――で、確認だが何も問題ないか?』

「えっ?」

『………()…?』

「あっ、いえ、問題ないです! 全然、全く、これっぽっちも!」

『ふぅん?』



 若干探るような目つきの師匠にへらりと笑う。



「えーっと、心配してくれたんですか?」

『心配だあ? 大体、お前が俺に迷惑をかけなかったことがあるか?』

「やだなぁ師匠、私だってやる時はやりますよ!」

『いや、むしろ何もするな』

「ええー、酷い!」

『………、…まあいい、じゃあ予定通りに帰る』



 了解というようにこめかみに手を添え頷くと、師匠は一瞬眉根を寄せたが何も言わず、後はあっさりとカップから消えた。本当にただの確認だったようだ。

 そして元へと戻り微かに揺れる水面。……え、これ飲めるの?


 でもそんなことより。師匠にルークさんのことを伝え忘れた。



「…うーん…」



 腕を組み唸る。召喚の内容的に、師匠とルークさんがかち合うことはない。それに、ルークさんのことを師匠に自慢するって思ったけど、それって召喚のことも話さないといけないわけで。



「……………、よしっ、黙っとこ!」



 うん、そうしよう!と決めて、さすがにこのお茶を飲むのは遠慮した。




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