光の勇者ルーク(5)
家に戻って、ルークさんは居間にて採取した薬草を薬にする作業へ、私は台所で夕食の準備だ。完全に馴染み過ぎてる光景に思えるが、まあもういいか。
買ってきた鱒は結局マリネにし、トマトスープはゴロゴロ野菜入りに。
軽く焼き、漬け込んでいた鱒を皿に盛り付け、スープは味を一度確認してから仕上げに塩とコショウを少々。それも同じく深皿にもった後、ライ麦パンをカットしたら完了。
「ルークさんご飯出来たんでテーブル空けてくれますー?」
「ん、ああ、了解」
私の声にルークさんがいそいそとテーブルを片付ける。何だか所帯じみている、勇者なのに。
私の懇願が功を奏してルークさんも夕飯の席につく。だからお皿はちゃんと二つずつだ。
「ん、美味い」
「でしょー」
朝と同じ会話だけど、美味しい料理は人の心を豊かにするとは誰が言ったか。ホント全くその通りだと思う。美味しいものを食べていると自然と顔が綻ぶ。
ニンマリと頬を緩めて大きめにカットしたカブをブスリとフォークで突き刺す。と、向かいから声が掛かった。
「さっきの件だけど」
「んん?」
ルークさんの声にスープ皿から顔を上げる。
さっきの件、とは?
「魔法の話し」
「ああ」
「俺が教えようか?」
「ええっ!? それはやめた方いいですよ!」
「断るのが早い…」
「え、だって時間のムダですし」
「自分で言うんだ?」
「いやだって…」
教えるったって…、師匠だって匙をなげたものが一朝一夕で身に付けれるはずがない。
だってルークさんは、今日を除けば後四日しかいないと言うのに。
「……あ…」と、小さく声が漏れた。
そうだ。
ルークさんは帰ってしまう人だ。
どれだけ馴染もうとも過去の人間なのだ。
今そのことをことのほか寂しいと感じてしまった自分がいる。
急にしんみりとした私に、ルークさんは慌てて手に持っていたパンを差し出す。
いや別に、ひもじいわけじゃないですけど…。
「教えるって言ってもほんのさわりだけだよ。ドーリーは自分自身の魔力を感じられないだろ? それがきっと発現する魔法を両極端に振ってしまうんだ。だからまずは自分の魔力を感じれるようにしなきゃいけない」
「……なるほど? 何となく意味はわかります。でも、」
「でも?」
「師匠からはそんな話し一切なかったですけど…」
「あー…」
断ったのでルークさんはパンを戻し、そして眉を下げて言う。
「ドーリーの話しを聞いた感じからすると、師匠という人は天才なんだと思う」
「天才……。…それは確かに」
「そう、きっと何でも簡単にこなせてしまうんだろうね。だからそこに至るまでの過程は省かれてしまう。努力という行為を必要としない人間なのかもね、……羨ましいな」
ルークさんの顔に浮かんだ羨望。
「いや、でもルークさんだって勇者じゃないですか」
「勇者イコール天才ではないよ。 俺はちょっと恵まれていただけのただの凡人だ」
「そんな…っ、ルークさんがそれなら他の人なんて終わってますよ?」
マジで何を言うか。ルークさんで凡人なら、世の中全員凡人以下だ。私なんてどーするよ?
まあ私はポンコツの称号を与えられてはいるけれど!
そんな心の声は、当たり前に届かない。
「でも本物の…、本当の、圧倒的な力を前にすれば、恐れて逃げてしまうくらいには凡人だよ」
「…ルークさん…?」
ルークさんが零した声は、別に卑屈というわけじゃなく――。
宝石のような瞳が翳る。
向こうで何かあったんだろうか?
…いや…、そりゃあ、あるか。
ルークさんは魔王を倒すという過酷な旅の途中だ。何もないわけがない。お気楽ポンチな私の生活とは違う。
そんな彼を私は召喚してしまった。
「あのっ、ごめんなさい、ルークさん!」
「えっ!? 何、どうしたんだ急に…?」
「だって…、私が召喚してしまったせいで」
「え、それはもうすんだことだよね? 何でまたぶり返してるんだ?」
「うん……」
なんて言えばいいのか。謝罪の言葉以外は思いつかないけれど。
「私…、自分の都合だけでルークさんを召喚してしまったけど、ルークさんの方だって大事な、その…都合とかそういうのがあったんじゃないかって」
「あー、なるほど。 …でも、どうして急にそんな思考に飛んだんだ?」
「それは…」
瞬間躊躇えば、「ああ、そうか」とルークさんは首を擦り小さく笑った。
「俺が気弱な発言をしたから、…だね」
返事をしなければそれは肯定となる。
違うと答えるべきだろうか。でも出来ない。だってルークさん自身が、その表情が、そうだと認めてしまっている。
少し寂しげな笑顔のままルークさんは言う。
「そうだな…、ドーリーは後世の人間だから別に隠す必要はないだろうけど。…いや、後世とかはもう別に関係ないか…。――まあ、話すにしてもどうせなら先に食事を済ませてしまおうか? 温かいものは温かいうちに食べた方が美味しいからね」
「それはそうですけど…。…何を、話してくれるんですか?」
「ドーリーにとってはきっと面白くないことだよ。それこそ『光の勇者』に幻滅するような」
「幻滅…、ですか」
「うんそう」
頷いたルークさんは本当にそれ以上は話す気はないらしく食事を再開してしまう。
なので私もフォークに刺したまま止まっていたカブを口の中に放り、シャクシャクと咀嚼し飲み込むが、さっきまで感じていた程には美味しいとは思えずにちょっとだけ悲しかった。
やはり食事の時の話題は厳選すべきだな、うん。
□□□
「甘いものは気持ちを落ち着けてくれるそうなので、是非どーぞ」
食後、おやつにと買ってきていたクッキーを紅茶と共に出す。ナッツ類やドライフルーツが練り込まれた硬いクッキーだ。日持ちするとこがいい。
「別に荒れているわけでもないんだけどね、ありがとう」
食事の必要ないルークさんだけどこれにも律儀に付き合ってくれ、クッキーをひとつ摘み上げると形の良い口がそれをパキっと割った。
あまり行儀の良くない動作なのにそんなものさえ様になる。顔が良いって得だ。
じっと見つめていたら、ルークさんから「はあ…」とため息が零れた。
「え、美味しくなかったですか?」
「いやそうじゃないくて…、そんなに熱心に見つめられると」
「――あっ、その」
「でも、ホントに楽しい話しではないよ?」
「あ、あー…、いえっ、それは別に…」
ともに違う意味で受け取ってたことに気づくが、クッキーを食べる姿に見惚れてたなんて恥ずかしくて言えない。
誤魔化すようにゴホンと咳をしてから口を開く。
「一応、『光の勇者――』はフィクションだっていうのはもう理解してますよ。
そう、勇者✕聖女カップルが夢まぼろしだったってことは」
「…どうしてもそこにはこだわるんだな」
ボソッと聞こえた呟きはスルーだ。
「それに、面白くないとか楽しくないとか幻滅するとかはそのフィクション部分であって、ルークさん個人に対して言うものじゃあないですよね? 同列に扱う方がおかしいと思います。 …まあ、恋愛要素皆無にはちょっと思うとこはありますけど」
「………( どうしてもそ(以下略 )」
無言なのに何か言いたげな顔のルークさんに向け、私はニッコリと笑う。
「という事で、前振りは終わりです」
そう締めくくれば、ルークさんは再びため息を吐いた。けれどそれは苦笑混じりの。
「ありがとうと言うべきかな?」
「それでルークさんの中のハードルが下げられたのなら」
「はは、…うんじゃあ、ありがとうかな」
苦笑でなく今度はちゃんとした笑顔を浮かべたルークさんは、それでも躊躇いがあるのか膝の前でぎゅっと両手を組み視線を伏せる。そしてそれをゆっくり解きながら「そうだな…」と口を開いた。
「ドーリーに喚ばれる前、目の前には魔王がいたんだ」
「――えっ!?!」
驚愕の発言に、これでもかというほど目を見開く。
「…わ、私……え? 思っきり邪魔した…って、ことじゃないですかっ!?!」
「凄いねドーリー、目玉が落ちそうだ」
「目玉なんてっ、落ちたらはめればいいんですっ!じゃなくて――っ!」
( うっわ、マジで!? なんてこった!! せっかくの戦いの場を、邪魔したってことじゃん! )
何やってんの、私ー!!
動揺する私はとは違いルークさんは落ち着いた様子で更に驚きの発言を重ねる。
「邪魔と言うよりは、むしろ助かった、かな」
「――何故に!?」
「何故と言われると…、たぶん、君に喚ばれなきゃ俺は死んでただろうから」
「ふえっ!?」
誤字脱字報告ありがとうございました。