光の勇者ルーク(3)
「要するに俺の食事は君の魔力ってことだね」
「…そんなこと、…あるんですね」
「あるみたいだ」
つまりは召喚体であるルークさんは、召喚士である私の魔力を食事として存在するということ。そして私の魔力は、波はあれども結構だだ漏れらしく、そこに存在だけでいいらしい。余程離れてなければ。
なんていうか…、勇者を召喚してしまった時点で、もうなんでもありだろう。でも。
「体が受け付けないわけじゃないんですよね?」
「ああ。必要としないだけだね」
「じゃあ一緒に食べて下さいよ、私一人だけ食べてるって何かアレじゃないですか」
「いや、でも」
「一人分も二人分も変わらないですよ。それにいつも通りだと勝手に二人分作っちゃうんでその方が楽なんです」
「じゃあ今――」
「今回だけ、なんて言いませんよね? 召喚体は召喚士の願いを聞くんですよね?」
ずいずいとサンドウィッチの皿をルークさんの方へと押す。
「…なんで、わざわざ…?」
「大変だとか思ってます? そういうのは別によくて、二人で食事を取るって行為が必要なんです。 一人の食事って寂しいじゃないですか」
そもそも私はその寂しさを紛らわす為に召喚魔法を使ったのだ。 ………うん、試してみたかったてのもあるよ! でも寂しいというのもホント。
納得したのかルークさんは「ふー…」と息を吐いた。
「…そんなものかな?」
納得してなかった。
「俺は一人での方が多かったから、…どうなんだろう」
「じゃあそれこそ試してみるべきでは!? 元に戻ったらルークさんも食事仲間とか欲しくなりますよ、きっと!」
「うーん、そうだね…」
私の勢いにルークさんは微苦笑。納得はやっぱりしてなさそうけど、諦めはしたようだ。
苦笑を浮かべたルークさんはサンドウィッチを一つ手に取ると一口。
「うん、美味い」
「でしょう!」
ドヤっとした顔で続ける。
「と言うことで、今から買い出しに行くんですけど、何かリクエストありますか?」
「買い出し? 近くに街が?」
「そりゃありますよ。ここは街の外れの外れの森の中ですけど、三十分も歩けば街に出れます」
「………ついて行っても?」
「構わないですよ。でも、見どころがあるような街ではないですが」
「ああ、いいんだ。 今の世界がどんなのかも見てみたいだけだから」
「なるほど」
それもそうだ。未来の世界だとか私だって見てみたい。
じゃあ早速と、ちゃちゃっと食事を済まし戸締まりをしてからルークさんと連れ立って外に出た。
□□□
「あ、そうだ、ルークさん」
「ん?」
「魔法が使えることは言っちゃダメですよ。大騒ぎになるんで」
「ああ…、今は使える方が稀なんだっけ?」
「そうです」
森の道を並んで歩く。隣のルークさんは私より頭一つ背が高い。その分足の長さだって違うだろうけど、私に歩調を合わせてくれている。紳士だ。 それに物腰だって柔らかで、しかも目を引く美形。魔法云々関係なく騒ぎになる予感しかない。
「師匠のローブ持ってくれば良かったかな…」
「何か言った?」
「あ、いえ、何もないです」
拾われた独り言に首を振る。ローブなんて着れば魔法使いだと言ってるようなもんだ。ルークさんにも指摘されたし。
かくゆう私も街に行く時はローブは着ていない。それにローブで顔を隠したところで体格の良さは分かるし、滲みでる、なんかそういうものは隠せない。モテるだろうオーラ的な?
「ホントに、恋愛的要素は一つもないんですか?」
「えっ、何、急に…」
「『光の…(以下略)』読んだんですよねー。そーゆーの」
「ああ…」
ルークさんが遠い目をした。
「冒険には恋愛要素は必要不可欠ですよっ? しかもルークさんの顔ならウハウハでしょ!」
「ウハウハ…」
「そうですよ! ああ…っ、勇者と聖女の恋愛パート部分が好きだったのに…」
「そう言われても」
更に遠い目をしたルークさんに残念な眼差しを向けていれば街の入口についた。
入口と行っても門や関所があるわけではない。ただ地道が石畳に変わり、建物や街灯がポツリポツリと出始める。片隅には小さく街の名を刻んだ石の道標があるだけ。
「ここがオルトア公国の一番北にあるドールアの街です。 もう少し中心に行けば賑やかなとこも出て来ますけど、何か見たいものとかありますか?」
立ち止まりルークさんに確認する。街は中心まで行くと東西に広がる。食材などの市場は東側にあり、私の用事は東だけだ。だけどルークさんの見たいものが何かによって西側にも足を伸ばさなくてはいけない。
「特にこれと言ったものがあるわけじゃないんだけど。…うーん、そうだな、じゃあ本屋とかはあるかい?」
「ありますよ。けど、ルークさん的にはきっと調べものがしたいんですよね?」
「そうなんだ、やはり俺の知ってる常識とは色々と違うみたいだから。 歴史書みたいなのが見たいなって」
「それなら、いいとこがありますよ」
□□□
「――ここです」
と、ルークさんを案内したのは東西に広がる付け根、街の中心にある大きな建物。この街で一番大きいと言ってもいい。
「ここは、…図書館?」
「そうですよ。大きいでしょ? この街には似合わないくらい」
「正直…、そうだな」
「でしょうー。 実はこの図書館、ウェグルト帝国時代のものなんですよ」
「ウェグルトの?」
「そう、二百年戦争を生き延びたんです。田舎過ぎて戦場にはならなかったんですかね? 保護結界?みたいなのはあったらしいですけど」
「へえ…」
そして図書館に入ろうとして、「あ、そうだ」と思い出し足を止める。
「ルークさん、ここ館内での武器の携帯がダメなんですよ。入口で預けないと」
「うん?」
「…デュランデル、どうします?」
「ああそうか」
ルークさんがパチリと目を瞬く。
預けるとしても、聖剣デュランデルは勇者であるルークさんしか触れることが出来ない。私も昨日バチンッとやられた。結構痛い。
「触らないで、って預けますか?」
「いや――、うん、大丈夫だ」
「…?」
大丈夫とは?
ルークさんは軽く頷くと、建物の影に避けデュランデルを持ち何か呟く。聖剣が淡く光った――後に、ググっと縮み始めて、最終的にはルークさんの手のひらに収まるサイズとなった。
「これでいいかな」と、ルークさんは小さくなったデュランデルをピンブローチのように胸元に留める。 へえ、便利なもんだ。
「よしっ、じゃあ行こうか! デュランデル以外は普通に預ければいいし」
「以外?」
以外ってなんだ? と首を傾げながら、入口へと向かう少しだけテンション高めなルークさんの後を追う。
図書館の入口、扉の上には装飾が施されたアーチある。それにはセキュリティの為の魔法が組み込まれていて、武器などを感知出来るのだという。
建物と同じ、それもウェグルト帝国時代の遺物であり、現在の技術では模倣することが出来ないらしい。
ルークさんは、誰しもが魔力を持っていると言っていたし、そういったことに関しては昔の方が色々と進んでいたのかも。
でも結局、その全ては戦争によって破壊されしまったが。
アーチをくぐって扉を開けた先、受け付けカウンターへと向かう。そこで危険物と判定されたものを預けるのだが。
「短剣が三本に、投擲ナイフが五本、それとクロスボウに矢が同じく五本、後は…、この短い棒は?」
「打撃用の伸縮棒だね」
「なるほど、それが二本と。……それにしても大層ですねぇ、戦争でもするんですか?」
受け付けカウンターの女性がアーチから送られてきた情報に視線を落とし呆れている。同じく私も呆れている。以外って…。
デュランデル以外にどこにそんなに隠してた!? え、全然わかんなかったけど!?
ルークさんが服のあちこちから武器を取り出しカウンターに並べていくのを驚きながら眺める。
そうこうしてるうちに武器は全部出し終えて、後は入館証をもらうだけ。だけど、暫くして待っても入館証が渡される気配がない。
「………?」
なので興味深深で眺めていたルークさんの武器たちから顔を上げると――、
受け付けの女性はルークさんに見惚れポカンと呆けていて、ルークさんはルークさんで次の手順がわからないので困りながらも律儀に待っている。
「………まあ、そうなるかー…」
と、声が漏れた。
そう、耐性のない人にとっては、そうなっても仕方ない。
「あのー、入館証もらえますかー?」
「――ハッ!?」
代わりに横から願い出れば、我に返り慌てて入館証を出してくれたが、うーん、大丈夫だろうか? 私はこれから買い出しに回るのでルークさんを一人にするんだけど…。
とは言っても。ルークさんも大人だし、別に付き添う必要もないので後の対処は自分で何とかしてもらうしかほかない。
ルークさんには二時間くらいで戻る旨を告げて、私はそのまま図書館を後にした。