光の勇者ルーク(2)
疲れ切った私は、ルークさんに適当に服を見繕った後、「では」と言い残し部屋に引き上げた。ルークさんが何か言っていたけれど、無視だ。
だって無理、今日はムリ。脳みそが休めと言っている。お布団サイコー。
そして次の日。
「…おはようございます」
「やあ、おはよう」
そう言うには些か遅い時間だが、居間に行けばやたらキラキラしてる人がいる。爽やかに挨拶を返された。眩しい。そして夢じゃなかった。
師匠じゃない見慣れぬ人(ただし美形)が、自分のテリトリーにいることに違和感がありちょっと落ち着かない。
「あの…えっと…、――あ、そうだ! 昨日から何も食べてないですよね? 取りあえず何か作ります!」
「いや、それは別に大丈夫なんだけど…、それより、色々聞きたいなと」
「あー…、ですよね」
結局昨日は何もかもほっぽり出したからねー。そりゃあ聞きたいこともあるだろう。なんてったってここはルークさんがいる時代からは千年近くも先の世界なのだから。
私はルークさんの向かいに座るとまずはと伝える。
「あのー、先に言っときますけど、私ちゃんとした歴史的史実とか全く知らないんですよね。その『光の勇者と不死鳥の聖女』みたいな物語になってるものならまだしも。さすがにウェグルト帝国がなくなったことぐらいは知ってますけど、……あ、ごめんなさい」
そういえば、ルークさんはウェグルト帝国の人だったと、ハタと気づく。
しかも、その今は無き国の第二王子。 めちゃくちゃ配慮に掛けることを昨日も言っていた気がする。
でもそれよりも何よりも。
ルークさん自身が、もうこの時代にはいない人なのだと。
「…急に偉く深刻な顔だね」
「………」
「うん、時の残酷さはちゃんと理解してるよ。だから君は気にしなくていい」
「………でも」
何も言わずとも表情から察したのだろう、ルークさんはおどけるように眉を上げ、ふふっと笑った。
「図太くしたたかそうに見えたけど、意外と繊細なんだね」
「……………、いや酷くないですか?」
「ある意味褒め言葉だと俺は思うけど」
「なるほど、変わった価値観をお持ちですね」
「うん、ありがとう」
「………」
私の気を紛らわす為でもあるかもしれないがムッとなる。
「で! 図太くしたたかな私に聞きたいこととは!」
「――フッ、く…っいや、ごめん、ドーリー」
「勇者が酷すぎる……」
「ホントごめん。 …えっとそうだね、じゃあ、魔王は? 倒せたんだろうか?」
「倒せたから現在があるんじゃないですかっ」
「まあ、確かに」
ルークさんは早々に通常運転へと戻り、一人憤ってるのもなんだかと、気を取り直す為にコホンと一度咳をつき尋ねた。
「でもルークさんがそれを聞くってことは、今はまだ魔王を倒してないってことですよね?」
「ん? ああ…、俺が魔王を倒したって前提なんだ」
「は、何言うんですか? 光の勇者が倒さなきゃ誰が倒すんです?」
「うーん、いや、勇者という称号は確かに与えられたけれど…。 それと、光のって…?」
「えっ、そこからですか!? 本人なのに!?」
私の驚きにルークさんは困ったように眉を下げる。なのでここはと、意気揚々と説明する。
「光の、ってのは、まあ、それも所謂称号ですね。ほら、ルークさんキラキラ金髪ですし。それと、光魔法が得意でもあったから…て、違うんですか? …あ、それは合ってるんですね。 そう、それでっ、聖女ルリアが綺麗な黒髪なんですよ。 だから余計に対になるように金なのかもしれないですね。 魔王も黒ってイメージですし」
「昨日も言ってたけど、聖女ルリアって?」
「ええ、そこも!? ルークさんの勇者本物説が怪しくなってきましたけど…」
「いやそう言われても…」
思わず半目になるが「まあいいです」と続ける。
「聖女ルリアは神託にて選ばれた聖なる力を持つ乙女で、聖獣である不死鳥を従えていて死者をも蘇らせるっていう奇跡の力を使うんです。 え、死んだものは蘇らないって? …ルークさんがそれを言います? その恩恵を受けた唯一が勇者じゃないですかー。もー、いいですよ、ちょっと黙っててもらえます? ――で、その恋人である聖女の力で死の淵から蘇った勇者ルークは新たなる力を得て、仲間と力を合わせ魔王を――っ」
「――いや、ちょっと待って!」
机に突っ伏すようにルークさんから制止の手が伸びた。そしてゆっくりこちらを見上げた顔には動揺が見え若干赤い。
「……何ですか? ここからが盛り上がるとこなのに」
「ホント待って…、……え、…恋人…?」
「そうですよ、聖女ルリア」
「いや…、俺に恋人なんていないけど? そもそも聖女ルリアなんて人も知らない」
「ええっ、それは……」
それはもしやアレか、モテるやつ特有のやつか!
来るもの拒まず去るもの追わず、「向こうが勝手に勘違いしてるだけだろ?」的な?
見つめる視線が冷たくなる。これだから顔の良い奴は…。心の中で悪態をつく。
「…勇者ってサイテー…」
「口に出てるから」
「あれ?」
「――じゃなくてっ! 旅先でその場に応じてチームを組むことはあるけれど別に聖女だとか仲間だとか普通にいないから、もちろん恋人も」
「えっ、や、でもっ」
「うん、たぶん創作だろうね。 その方が話しが盛り上がる」
「ええー…、そんな…」
「実際はもっと地味なもんだよ。地味で、過酷で…、先の見えない…」
片手を首に当て、ルークさんの声と視線が沈んだ。
「………ルークさん?」
「でも、希望が見えたよ」
「――ん?」
「だって、現在があるんだろ?」
( ああ、…なるほど… )
「…………、…ですねぇ…」
「え、何か不満そう?」
「いいえ別に。 誰かの晴れやかな顔を見てムカついただけです。 こちらはお気に入りの話しを全否定されたので。しかもその主人公にっ!」
「あー…っと、うん、なんか、ごめん…?」
「ぐぬぅ…っ、いいえ別に!」
□□□
昨日に引き続き疲れた…(そして悲しい)
だけど寝るには早いので代わりに空腹を満たすことにする。
さて、何作ろう? と、貯蔵庫を覗くが色々と乏しい。そういえば最近買い出しに行ってなかった。
仕方ないのであるものでちゃちゃっと作り、居間のソファーで本を読むルークさんを見る。
窓から差し込む日差しに金の髪がキラキラと光り、まさに光の勇者。そこだけ切り取った絵画のようだ。 読んでるのは私の愛読書、年季の入った『光の勇者…(以下略)』だけど。読みたいと言うので渡した。
「ルークさんも食べませんか?」
有り合わせで作ったサンドウィッチと無難に紅茶を、テーブルの上にコトンと置く。
「ん、あ、いや別にお腹は――」
「ちなみに、賞味期限今日までのパンに萎れかけのレタスとキュウリ、そしての頼りになる兄貴、いつでも常備塩漬けのハムを挟んだものです。けど、食材はアレですが味は保証しますよ? 師匠特製『ハーブ配合ピリリと舌にくるバランス最高マスタードソース!』を使ってるんで。 絶品です」
遠慮の言葉を言おうとするルークさんを遮りそう話す。
でも嘘でなく、この師匠特製ソースはホントに美味い、焼いた肉にも合う。凝り性の師匠は時折こういったものを作るんだけど直ぐに飽きる。
「いや、遠慮してるわけじゃないんだよ。ただ…」
「? ただ、何です?」
こっちは遠慮なくガブリとやる。だって昨日から何も食べてないのだ、お腹もすいた。
サンドウィッチを豪快に頬張る私を見てルークさんが小さく笑う。
しまった…。師匠とのノリでいつも通りにしてしまった。どこ行ったよ、私の違和感。さっさと馴染んでどうする?
気まずさに紅茶でもって口の中のものをグイと流し込み、ルークさんは「うーん…」と少し唸ってから口を開いた。
「本当に、必要ないんだと思う」
「いや、必要ないって……」
( そんなわけあるかい )
人は食わねば死ぬ。そんなの当たり前だ。
私の半目に気づいたルークさんはまたちょっとだけ笑って、テーブルの上でこちらに手を差し出した。手のひらを上にして。
「ん?」
「ちょっと重ねてもらっていいかな?」
「は…、手を、ですか…?」
「そう」
なんなんだ? 食事の流れから何故に!?
急に出張ってきた違和感という名のドギマギに、若干焦りながらも手を重ねる。ほわりと、二人の手の間に温かい風が起こった。
「わかった? 今のが君の魔力だよ」
「…えっ、は…っ?」
「昨日君を治療した時に気づいたんだけど、俺が必要なのは、たぶんだけどこれだと思う」
「は……?」
これだと言ってるのはたぶん魔力のこと。今ルークさんが示してくれたもの。だけど意味がわからない。
ルークさんが手元へと落としていた視線を「どう?」と言うように上げた。目が合う。
傍から見た今の状況は、手を重ね見つめ合う二人だ。
( ………何に、これ? )
急激に頬が熱を持つ。だって仕方ない。こちとら花の乙女(?)だ。いくら美形に耐性があるからと言っても、ルークさんはあの勇者ルークで、いわば憧れの人で。
ボボボッと上がる熱に慌てて手を離し、胸の前でぎゅっと握りしめる。
「なな…っ、何言って…っ!?」
声は裏返り、言葉に詰まる。明らかにきょどる私とは対照に、ルークさんは別段変わることなく。……いや、少しだけ口角が上がってる?
「そうだね、召喚による対価は…、もちろん知ってるよね?」
「しっ…、しってますよ、もちろん!」
緩く細められた蒼玉の目。その余裕のある態度に、コイツ慣れてやがる…と思いながらも、こっちだってなんてことはないってとこを見せてやると、師匠に叩き込まれた召喚の心得をそらんじる。
「召喚はっ、召喚士本人の魔力を練り込んで魔法陣を描き、魔法陣を通し、その魔力を気に入るか惹かれるかで、召喚体は招きに応じる。 そしてその応じてくれた対価、報酬は、召喚士自身の魔力であり、その場に存在する為の糧も―――……あ、」
「うん、そういうこと」