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君の好意に報いるには(3)


 無事、目と耳がご臨終した。


 そしてもういい。拒否も否定もするだけ無駄な気がする。でも。



「報いるってのは、ちょっと違うと思うんです…」

「そうかな? でも誤解を解けばドーリーもわかってくれると思うんだ」

()()を解く、ですか……」



 何度出るんだこの言葉。いい加減色んな意味でうんざりだ。だけど、ルークさんがそう言うのなら話しを聞こう。





「ドーリーは、勇者ルークをどう見てる?」



 ルークさんが話し出したのはそんなことから。



「勇者ルーク、をどう…?」

「どんな人物だと思ってた?」

「…ああ」



 いきなり放り込まれた変化球に一瞬戸惑うが、聞くと決めたのだから話しを合わせる。



「どう…、ですか…。 んー…、やっぱり普通に凄いなカッコいいなとは思いましたね、主人公ですし。どんな困難にもめげない折れない、挫ける仲間を励まし奮い立たせ、率先して敵へと立ち向かう。理想的で完璧な勇者カッコいい!! ――って」



 まさにみんなが理想とする完璧な勇者像。心の片隅ではそんな人間いるもんかとは思いつつも、やはり胸躍る気持ちが湧いたのは確か。



「理想的で、完璧…」



 苦い声がする。ルークさんは、テーブルの上でクロスさせた自分の指先に視線を落として言う。



「それが俺に当てはまると思う?」

「それは……、」


 

 言葉に詰まり私はルークさんと同じ場所に視線を落とす。

 組まれた指は長く、スッキリとしていて男性らしい大きな手。けれどそれは節くれ立っていて少し硬そうで、常に使われていただろう無骨な手。理想的で完璧な勇者ルークでは描写にさえ出てくることもない。



「あっ、ごめん! 困らせる為に言ったわけじゃないんだ。ただあまりにも自分との相違があり過ぎて…」



 私が黙り込んでしまった為にルークさんは顔を上げて、そっちこそよっぽど困った顔をする。

 


「むしろ聞いてるとちょっと笑える」

「……ルークさんはルークさんですよ? 何度も言いましたけど…」

「ああわかってる。さすがにフィクションに対して物申すことはないよ。今さらだし、そこに俺の実像がなくてもね」

「………」



 ルークさんは軽く口端を上げる。



「挫けもするし折れもする、仲間らしき仲間がいるわけでもなく、生き残る為には仕方なく敵前へも飛び込む。第二王子なんてものが意味をなさなくても、尊い志なんてもたなくても、勇者なんて存在を誰もが忘れ去っていても、それでも俺は勇者だった。 ……それが俺の矜持だと思ってたんだけど、君に燃やさ――、…言い方があれだけど燃やされて初めて『あれ?』と思ったんだ。これは捨てたモノへのただのわだかまりじゃないかって」



 視線が再び落ちた。



「…捨てた、そう捨てたんだよね、俺は。こだわる必要なんてなかったのに。いつの間にか取り憑かれてた」



 独白に近いそれに私が返事をする必要はない。



「まあ、君の師匠が言うようにそれが駒だからと言われればそれまでなんだけど…」



 遠くを見るように僅かに目を眇めたルークさんはふいと視線を上げ、私を目に止めた蒼い貴石がふわりと揺れる。

 それは緩く柔らかく、甘く…?

 ルークさんの私に向ける視線が随分と変わったような気がするのは気のせいか…?


 だけどまだ、誤解というものは解けていない。



「――でだ、結局何が言いたいかというと、」



 しびれが切れる前にやっと本題に入る。



「ここに来る前、俺は割と(すさ)んでたんだよ」

「……荒む」



 ルークさんは少しだけ決まり悪そうに話し始める。



「でもここに来て、君の魔力に触れて、君の側にいて、そんなものは一切なくなった。 うん、そうだな、生まれてから今までで一番穏やかな日々を送れてたんじゃないかな」

「そんな、大げさな」

「そうかな? まあ実際、それはこの世界が平和であるからかも知れないけれど、それだけでないとも思うんだ。 もし別の、平和であるだけの世界に飛ばされてたとしたら、俺はきっとやっぱり焦燥感を覚えてこんなに穏やかではいられなかっただろう」

「……はあ」

「君の存在自体が俺を安らげる。 ……何でだろうね?」

「そう言われても…」 



 そんなの私には答えられないし、答えなんて出せないもの。

 眉を下げる私にルークさんは小さく口元を綻ばせ「うん、ごめん」と、ちっともごめんって感じでない顔で言うと、続いて苦い顔を作る。



「そんなところに、君の師匠が帰って来た」

「ああ――」



 師匠(魔王)の登場か。

 


「死にかけた時と同じ魔力を浴びて、ここでも魔王の存在を感じて、せっかく手に入れた平穏をまた魔王(コイツ)が奪うのかって思ったんだ。 …でもよく考えれば元の世界でも平穏なんてなかったし、それは別に魔王だけのせいでもなかったんだけどね」

「………」



 ルークさんが話す声には悲愴さはないけれど、ポロポロと零される世界は悲愴でしかない。


 そんなとこに、どうしても戻らなければならないのだろうか?


 私はグッと唇を噛む。

 それこそ、答えなんて出ない。



「ドーリーの言う拒絶って、俺が『触るな』って言ったことだよね?」

「え? あ、ええ…」



 そうだった。今はそんな話しの途中だった。



「あれは、…うーん、口調がキツくなってしまったのはごめんとしか言えないけど、本当に触れられると駄目な感じだったから」

「ダメ、とは?」

「前に言ったよね、癒やされるって」

「あー…、なんか?」

「そう、あの時点で癒やされても困る」

「………まあ、確かに」

「だから誤解って言うのはそのことで」

「そのこと?」

「ドーリーに思うとこがあってのことじゃないってこと」

「私に思うとこ…、誤解……、………え…?」



 え、待って、え…っと、どういうこと?


 ルークさんの、私に対する好意は本物で、拒絶は触れられると困るからで、誤解させたはそのことで。



( あー…っとえー…っと、……私に対する()()()()なんだよ――、


 ……ってことか…? )



「あー………、――…あぁ…」



 くっそ紛らわしい。


 ガクンと肩を落とした私にルークさんが尋ねる。



「どう、解けたろうか?」

「…ええ、まあ…。 ――あ、でもっ、それならば逆に報いるなんてことは必要はないですよね?」



 好意に報いるというならば、それは好意でしかない。

 そしてそれは今もらった。



「だって、ルークさんは私のこと嫌ってない、ってことですもんね」

「ああむしろ好きだよ」

「そう好……、―――はっ!?」

「え…、そこ驚くとこ?」

「や、え、えっ!? だって…」

「というか、今の流れからしたらそうでしかないと思うが…」

「――そ…、そうですけど、いやっほら、それならこ、好意って言葉でいいじゃないですか…、す、好きって……」

「同じだよね」

「そうですけどっ!」



 そうだけどっ!!


 その言葉はインパクトが強過ぎる。同じならば『好意』でいいじゃないか!

 わざとか! わざとなのかっ!!

 ルークさんはニコニコと満面の笑みで言う。



「そんな俺の好意、いや、好きって気持ちがドーリーに何か報いたいって言ってるんだ」

「何で言い換えた!?」

「んー、その方が喜んでもらえるかなって」

「喜んでないですよ! 喜んでないですからねっ!?」



 ダメだ、ダメなやつだこれ。

 話しを…、話しを変えなくちゃっ!



「あのっ、あー…、――そ…、そういえば! ルークさんっさっき何で泣いたんですかっ!?」


「―――え…?」



 笑顔のままルークさんが固まった。

 目論見は成功したようだけど、違う意味で地雷だったか…?



「えーっと…、触れちゃいけないやつ、でした?」

「いや…、そうじゃないよ、そうじゃないけど……、うん……」



 ルークさんはボソボソと呟きながらゆっくりと視線を逸らし顔に手を当てた。唯一見える耳がほんのり赤い。



( ………え、もしかして…、テレてらっしゃる? )

 


 あら、やだ、まあ。



「もうっ! やだなルークさんってば! 大丈夫ですよっ、泣いてたなんて誰にも言いませんから!」

「……事実ではあるけど、もの凄く不本意だ」

「不本意だなんて、泣くなんて誰でもすることですって! 理由聞きますよ? (たぶん)得意なんですそーゆーのっ。だから任せて下さい!」

「その当人に言われても…」

「え、当人?」



 ニンマリ顔がキョトンとしたものに変わる。



( ん? あれ? 私のせい? )



 ルークさんの手が外れて、若干咎めるような視線がこちらを見た。



「君の炎のせいだから」

「ああっ! ――えっ、やっぱり燃えたんですか!?」

「さすがにそれはない」

「…ですよね。 え、じゃあ結局何が?」

「あれは…、あー…、うん、ちょっと恥ずかしいとこ見せたと思う。けどそれはよくて、…前にドーリーに魔力を送った時のことを覚えてるかな?」

「ええ、まあ」



 やっぱり恥ずかしかったんだーと、心の中でニヤリとしながら頷く。そして確かに、ルークさんが言ったその時、私もよくわからないままに涙におそわれた。だから尋ねる。



「ルークさんも『懐かしい』と?」

「いや…、懐かしいではなくて。……うーん、どう言ったらいいかなぁ、…しいて言うなら、欲しかったものが見つかった、かな…?」

「んんー…? 焼かれたことが?」

「それは違う」



 笑顔での速攻否定。ちょっ、圧が。



「で、ですよねっ。――あ、で、それが泣いた原因ですか?」

「……どうだろ?」



 あの時の私と同じ回答を零すルークさん。結局二人ともしてよくわからないまま。それは色んなことが。


 唯一その答を知ってるだろう人は――。



「あー、寝た寝た。 んで、話しは終わったか?」



 大きく伸びをした師匠が台所へとやって来た。




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