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師匠の帰宅 勇者の衝動(2)


「――えっ、な、何で、勇者って!? 私、師匠にルークさんのこと話してないですよね!? え、何で?」



 師匠の発言に驚く。言ったように師匠にはルークさんが勇者であることは話していない。召喚したことさえバレて発覚したわけだし。

 尚も何でだと言い募る私を、師匠は「うるさい」と一言で黙らすと、ルークさんへと視線を向けた。



「それじゃあ勇者、コイツはああ言ったけどお前はどうだ?」

「どう、とは?」

「たまたまか、偶然か」

「それは……、…俺も気づいたらここにいたとしか。 ――それより、何故俺が勇者だと? ドーリーに聞いたわけでもなさそうだし何を根拠にそんなことを?」



 ルークさんが師匠に返す視線は胡乱だ。うんうん、わかるよ、その気持ち。師匠は唐突だし大事なとこをはぐらかすのが得意だから。なので今も。



「それについては後だ、今は答える必要がない。 ――にしても、両方共に無自覚とは……」



 はぐらかすどころか独断だった。ルークさんの視線に剣呑が加わった気がする。

 そんな全てを一切無視した師匠は、再び私を見た。



「勇者を召喚した時の魔法陣の下書きはあるか?」

「ありますよ。でも見たいならまだ契約履行中なので本物も消えてないですけど」

「面倒くさい」

「………」



 つまりは、見に行くのが面倒だから下書きを持って来いということだ。

 渋々と取りに行き、下書きを師匠に渡す。それを暫く眺めた師匠は綺麗な弧を描く眉をぎゅーっとしかめた。



「お前……、オリジナルに振りすぎだろ、これは」

「でも成功しましたよ」

「成功って……、むしろ何でこれで成功した…?」



 師匠がルークさんを見る。



「おい勇者、お前これ見たか?」

「ああ、来た時に」

「何も思わなかったのか?」

「変わってるなとは思ったけど、俺は召喚についてそこまで詳しくはないから」

「大ざっぱか…。 これじゃあ勇者召喚に至った理由もわからん」



 はあ…と師匠がため息を吐いた。珍しく本当に困惑しているようだ。

 勇者を召喚することがそんなに非常識なことなのだろうか? ルークさん本人が困ってないというのに。

 だから尋ねてみた。



「勇者を召喚するってそんなに大変なこと何ですか?」

「いや、それ自体は別に昔からよくあることだ。追い詰められ、どうしようもなくなれば、手軽に他人を犠牲にするっていう常套手段なセコい手だ。しかも突然に、当人の意思など関係なく、多大な災厄を無理やり押し付ける、それが勇者召喚だな」

「さすが師匠、辛辣。でも私は別にルークさんを犠牲なんて」

「知ってるわそんなもん。お前のは“つい”であり“出来心”だって」

「師匠…、言い方…」



 空気読んで、空気。ここにはその本人いるから。しかもある意味それも犠牲じゃん。

 ついと、出来心の犠牲の結果ここにいるルークさんは小さく苦笑を漏らす。ホントすみません。



「そしてその勇者召喚ってのは普通は現在『勇者』である奴には当てはまらないもんだ。 ――そう、コイツはその時点で、()()()()()()()()はずだろ」

「んんー? 意味がわかんないですけど?」

「………」

「あっ、今、馬鹿ドーリーと思ったでしょ!」

「じゃあ阿呆(あほう)なお前にもわかるように説明してやる」



 いや、言い換える必要ある?

 師匠は片肘を止め、腕を組みソファーへともたれる。姿勢を変えただけで偉そうな態度なのは変らない。

 


「元々必要だからこそそこにあったものが無くなったら普通に困るだろ。特に『勇者』なんてものは欠かせない大事な駒だ。無くさないよう大切に保護されてるものなんだよ」

「保護――?」


 

 と、尋ねたのはルークさん。



「別に加護と言ってもいい。 お前のその全属性魔法もそうだ。 無くさないように…、いや簡単に死なないようにか」

「それは、……誰が…?」

「知ってどうする? たとえこちらがそれを知ったところでどうにも出来やしないぞ。奴らは人を盤上の駒としか見てないからな」

「………」

「知っておけ。人知の及ばないもののことなど、考えようとするだけ無駄だと」



 ルークさんと師匠の会話に、私の頭の中には更にハテナが飛び交う。



( え、え、何? ど、どういうこと!? 人知の及ばないって…、急に神様的な話しになってる…? )



 ルークさんはわからないけど、師匠に信仰は似合わな過ぎる。どう考えても善より悪だし、なんなら魔王か!って思う時もある。



( ちょっとついていけないんですけど…? )



 ってか、続きはどうした。


 私の思いが通じたのか師匠が会話を元へと戻す。



「つまりはそんな大切な駒は召喚を受け付けないってことだ。じゃないと優秀な勇者の奪い合いが起こるだろ? 盤上から勇者が空になるとか大渋滞を起こすとかはあり得ない。勇者召喚はあくまでも『勇者』になる前の候補者のものであって、お前を召喚することは不可能だ。――ルーク·デル·フィンレー」



 師匠はルークさんの、ちゃんとした名前をも告げた。


 ホントに、何を、どこまで、知っているのか?


 気づいた時からずっと一緒にいる師匠。その容姿は全く変らない。大人になればそうそう変らないと言われるが、その次元を超えている。

 大魔法使いだと師匠は言ったが、本当は何者なのだろうか?

 その疑問をルークさんが口にする。



「アンタは一体何者だ?」

「コイツの師匠だが?」



 間髪入れず答えた師匠は私を指差す。けれどルークさんはもちろん私もそれでは納得しない。

 師匠は、仕方ないと面倒くさいが混じった顔で暫く私たちを眺めた後「はあ…」とため息を吐く。

 これは、たぶん仕方ないが勝った。


 その通りに、師匠は秀麗な顔を面倒くさいというようにしかめながらも口を開く。



「まず先に言うが。勇者、聖剣は絶対に抜くなよ」

「デュランデルを…?」

「まあ武器全般か。あ、それと魔法も禁止な」

「何故そんなことを?」

「危ないからに決まってるだろ。ああ、俺じゃないぞ、俺はお前如きの攻撃なぞ防げるからな。危ないのは、コイツだ」

「え、私?」


 

 不遜な言葉を発しながら師匠が示すのは私だ。

 でもその前に、師匠はルークさんが攻撃したくなるような発言をするってことか? 

 今度は私が胡乱な目をする。



「……どんな話しをするつもりですか?」

「俺の正体だろ?」

「何故に師匠の正体の話しで攻撃が起こることに?」

「起こるかどうかは勇者(コイツ)次第だな」

「はあ…?」



 不穏だ。ルークさんが攻撃するとはつゆ程も思わないが、とっても不穏だ。


 私の心の声を、ルークさんも肯定する。

 


「俺がドーリーを傷つけるなんてあり得ないが、そうまで言うならデュランデルはここに置こう」



 師匠の失礼な言葉に怒ることもなく、ルークさんはデュランデルを机の上に、柄を師匠の方に向け、自分で取りにくくする配慮までして置いた。


 師匠がそのデュランデルを眺める。


 ………何だろう。始めて見る、酷く冷たい目だ。空気まで冷えたように感じる。

 でもそれは、師匠の瞬きと共に直ぐに消えた。



「フン、まあいい。 ところで勇者、お前、俺に見覚えはないか?」

「は?」

「へ? ……いやいや、師匠見覚えって…」



 今さっき会ったばかりじゃないか。

 何処かで見かけたにしてもルークさんは遥か過去の人だ。そんな時代に、まさか師匠もいたと言うのか?

 ………いや、まさか、だよね…?


 師匠は気にせず続ける。



「わからないのか? じゃあ召喚される前、お前がいた年は?」

「……神聖ローダニア歴三七七年、だが…」

「それならもう俺と会ってるだろうし、むしろもう最終局面だろうが」

「はっ…?」

「――えっ! やっぱりその()()()なの!?」

「そんなに見た目が変わってるとは思わないんだが、…仕方ないな。――おい、ドーリー」



 師匠がこいこいと手招きする。私は動揺のままにフラフラと師匠の側まで行くと、直ぐに少しひやりとする()()が私の身をスッポリと包んだ。


 僅かに霞んだように見える視界。今の私にはわかる、これは師匠の魔力だ。それが私を取り囲んでいる。



「ふえ? 師匠?」

「ちょっとじっとしてろ」



 師匠が言い終えると同時に、霞むどころじゃない黒い闇がブワッと広がって。それは私を通り越してルークさんへと向かった。

 


 ルークさんが大きく目を見開く。


 そこに浮かぶのは驚きというよりも驚愕。

 

 見間違えでなければ畏怖と恐怖もその端正な顔に浮かび、闇に囚われるその一瞬、ルークさんの手がデュランデルに伸びた。



「――ルークさん!!」



 黒い闇でルークさんの姿が見えない。

 焦ってもう一度名を呼ぼうとしたら、それを見越したように闇はあっさりと消える。

 それはきっと時間にすれは一瞬の出来事で。

 再び姿が見えたルークさんは俯きハァハァと肩で息を吐き、デュランデルに伸ばそうとしていた手は逆の手が押さえ付ける。その指先は微かに振るえていた。

 

 何が起こったか? なんて、一目瞭然だ。

 どう見ても師匠がルークさんを攻撃したとしか思えない。人には攻撃するなと言っておきながら自らがそれをするとは…。

 ふざけが過ぎると師匠に抗議の声を上げようとしたけれど、先に乾いた笑い声が零された。



「――ふっ…は、はは、……ははは」



 それを零したのはルークさんで、怒鳴るならわかるがどう考えても今は笑うタイミングでない。



「ええ…、ル…、ルークさん…?」


 

 そのことに不審を覚える私の目の前、ルークさんがゆっくりと顔を上げた。

 宝石のようだった蒼玉を昏く翳らせて。




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