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魔法の訓練(2)


 懐かしい……?


 何に対して? どれに対して?



「……え?」



 自分で出した声で思わず目を開けると、



「えっ!? ドーリー、どうした! やっぱり何かまずかったか?」

「―――ふぇっ!?」



 そこに美形がいてびっくり。

 ああ…そうだった、ルークさんがいるんだった。

 しかも何故か重ねてただけの手がぎゅっと握られていて、覗き込むような(近いっ!)ルークさんの顔には心配と困惑の色が見えた。



「……えーっと…?」

「気づいてない? …ドーリー泣いてるんだけど…」

「ええっ!?」



 ぱっと手が開放されたので、自ら頬に手を当てる。 確かに濡れている。 目を瞑ってた間に雨が降った……てことはないな、うん。

 だとしたら、私、何で泣いてるの?



「えっ、何で泣いてるんですかね?」

「いや、それを俺に聞かれても…。 それより体は何ともない?」

「あー、それは…、別に何とも?」

「そう、ならいいけど。 で、何かあった?」

「何か…」



 何かと問われれば。



「懐かしかったです」

「――は? どういうこと…?」

「えーっと…ですね、体の真ん中にポワポワとしたものを感じたんですよ。それが、ピッタリと収まった瞬間に『懐かしい』って感じたんです」

「ふーん…? それが泣いた原因?」

「なつかしいと泣くもんですか?」

「感極まったとか…」

「どうだろ?」


 

 それもよくわからない。でもルークさんと手を離した今でもポワポワな温もりは私の中にある。ちょっと小さくなったけれど。



「ところでルークさん、このポワポワとしたものなんですけど」

「うん、それが魔力で、その場所が魔力の源だね」

「へえ! でもこれってルークさんの魔力ですか? 私では出せない?」

「あー、今強く出てるのは俺のだろうね。でも直ぐに自分の魔力に書き換えられると思う。 だからその感覚を忘れないうちに今から瞑想で訓練だね」

「瞑想…」

「そう、瞑想」

「それってアレですよね? 自分と向き合う的な?」

「まあ、簡単に言えばそうだね」

「……………」

「……ちゃんと確認するからね。寝てちゃダメだから」

「――!?」



 先手を打たれた!!



( いやー、だってそういうの苦手なのにー。雑念が多い人間なんだってー。それに言うように絶対寝ちゃうって! )



 と、心の中で訴えても、その雑念は届かない。いや、届いてもきっと受け付けてはくれない。


 お日様の下のルークさんは金の髪がキラキラしていて、まさに光の勇者!な神々しさで私に言う。



「でも一回しただけで魔力を感じれるようになったんだから凄いよ。才能があるってことだ。この調子で行けば直ぐに魔法だって修得出来るはずだよ」



 これは…、飴出してきた?

 ちょっと笑顔が胡散臭いし、無駄にキラキラしてるし。

 まあでも。私は褒められて伸びる子だ。たぶん。師匠に褒められたことないからわからないけど。



「…わかりましたっ! やってみせます!」

「そうそう、意気込みは大事だよ」



 ルークさんがここぞとばかりに乗せる。

 ええ、ええ、わかりました。乗せられましょうとも!

 フンス!と意気込んで拳を握り立ち上がった後、スンと真顔に戻りその場に座って目を瞑る。


 …うん、意気込んだはいいけど、やることは結局地味なんだよねぇ。



 そして気持ちだけ意気込み始まった瞑想タイム。

 言われたように、暫くするとルークさんの魔力らしいものは萎んでいき、豆のような魔力の残り滓だけが残った。……これが私の魔力か…。

 しかも余りの乏しさに温もりも消えて寂しい。


 瞑想の中、耳に心地よいルークさんの声が言うには、その豆粒みたいな魔力を消えないように安定させながら大きくするとのことらしい。


 イメージ的にはローソクの火か?


 ゆらゆらと揺れる、小さく不安定な炎を消えないように包み守る。安定してくれば、芯を太くして炎を大きくする。同時にロウソク本体も大きくしなければ消費が早すぎてまた不安定になる。

 その匙加減を見極めながらルークさんがやってくれた時のような大きさに持ってゆく。

 最後に、ロウソクという媒体を消してもそれが保てていたら成功のはずだ。



( あれ、やっぱり私ってやれば出来る子? )



 今、丸いポワポワはしっかりとくっきりと私の中に収まっている。若干ルークさんのより温度が高い気がするが、それは魔力の個人差か? 

 それでもやり遂げたには違わないわけで。



「これは成功でしょ!」



 と、目を開けるが、ルークさんがいない。



「………ええっ?」



 いや、酷くない? 目を瞑った無防備な状態のか弱き女性()をほっとくなんて。


 ムッと顔をしかめ、ルークさんを探して辺りを見渡す。

 何だかさっきより景色がキラキラしてるような感じがするのは気のせいか? 魔力がわかるようになったからか?

 そのキラキラを一番強く感じる場所へと視線をやれば、草むらに寝っ転がるルークさんがいる。

 そう、このキラキラしているのはきっとルークさんの魔力が見えている。そしてそれは辺りをすっぽりと覆っている。つまりは今、私はルークさんのテリトリーの中で、限りなく安全だということだろう。


 だからといってズルい……。

 人には寝ちゃダメと言いながら自分は気持ち良さそうに寝ているとは!


 私はルークさんの元へと鼻息荒く向かう。

 だけど向かうに連れ、ルークさんの魔力を強く感じるに連れ、ムカつきは薄れ、浮かんでくるのはやはり懐かしいという思い。

 結局傍らにたどり着いても、何も言わずにペタリと横に座り込んだ。


 ルークさんは組んだ腕の上に頭を乗せ目を閉じている。なのでマジマジと眺める。

 師匠とは違う系統だけどとても整った綺麗な顔だ。だけど以前に見たことなどないし、懐かしいなんて思うことなど普通はないはずなのに。


 ……何なのだろうか?

 私の無くした記憶の中にルークさんと関わることがあったのだろうか?

 だけどルークさんと私がいる時代は遥かに離れている。



( そうか…、実は私も召喚されたとか!? )


 

 ルークさんだって召喚しちゃったんだから(私がだけど!) 、人間だって召喚出来るってことだ。 じゃあ、あり得ないことはない。

 ――と、考えてから首を振る。私を召喚する意味全くないなと。

 ルークさんは勇者だし色々と役に立つ(何気に酷い)だろうけど、私が何の役に立つかな?と。

 それに、よしんば私が召喚されていて、それがルークさんと同じ時代だったとして。私が師匠に捕獲された約十年前と言えば、ルークさんはたぶん十代の少年だろう。

 そんな二人にどんな関わり合いがある?

 なんたってルークさんは王子様だ。



( ――は…っ! まさか私も王族!? )



 な、わけない。


 さすがにない。全くない。あり得ない。

 ルークさんと私の容姿に似通ったとこなど一切ない。

 そりゃもうこれっぽっちも!



( ………、…まあどうでもいいかぁ )



 そういう感覚を持つっていうのは多々あることだと聞くし。デジャブってやつ。

 わからないことをいつまでも悩んだってムダだ。


 一人納得してウンウンと頷いていたら笑い声がした。

 


「ふ…、はははっ、…いや…見事な百面相だね…くっ、ふ…」


 

 寝転がったままのルークさんが腹を抱えている。


 

( うおぃっ! 起きてたし、見てたんかい! )



 私の悩む姿は観察されてたらしい。そう言えばさっきまであったキラキラも消えているし。



「――るっ、ルークさんだけ寝っ転がって気持ち良さそうで、ズルくないですかっ!」

「だってドーリー問題なさそうだったし。やることないなぁって」

「もしかして不測の事態が、」

「起きてないだろ?」

「う…っ」

「それに、上手くいったみたいだね」



 元の姿勢に戻ったルークさんが緩く目を細め、見上げて言う。



「前よりもハッキリしたし、今のところ安定してる」

「てことは、成功ですね! じゃあ訓練は終わりって、」

「うん、明日からは魔法の方の訓練だね」

「……終わりって、」

「やることは盛り沢山だよ」

「……終、」

「時間は限られてるからね」

「………」



 私のジト目に気づきルークさんは笑う。

 それに「思ったよりドーリーが優秀だったってことだよ」と言われてしまえば私だって満更でもない。むしろドヤァだ。

 ルークさんはやっぱり笑って、私から視線を外すと空を仰いだ。

 意外と時間が経っているのか太陽は既に西側にある。



「ああ…、気持ちいいな」


 

 太陽を遮るように片手を額に当てたルークさんが呟く。本当に心からと言うように、しみじみと。

 今がまさにルークさんにとっての休息であるようだ。



「私、先に戻っときましょうか?」


 

 一人の方がゆっくり出来るだろうと思いそう話せば、ルークさんは目を瞑ったまま首を振る。



「いや、そのままいて欲しい。言っただろ、ドーリーの魔力は気持ちいいって」



 と、額に当てていた手で自分の左肩辺りを擦った。

 そう言われては無碍には出来ない。

 私もルークさんに倣ってごろりと横になる。

 見上げた先、空の高いところでスジ状の雲が流れ、それをボーッと眺める。


 ポワポワとした魔力の塊は今もちゃんと私の中に感じることは出来る。でもルークさんの魔力は引っ込められてしまってので、私ではまだ見ることは出来ない。キラキラして綺麗だったのに残念だ。


 そんなことを考えながら、自然と出る欠伸に従い私はゆっくりと目を閉じる。

 確かに、気持ちいい。

 形を成したばかりの私の魔力は丸く、少し弾んでいるように感じた。




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